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58.冷遇令嬢は恥じらうフリをする

夜明けと同時に、ビルテさん、ルイーセさん、そしてカーナ様と方針を確認する。



「……しばらく、わたしが留守にすることになるんですけど」


「任せておきなさい。どこからも避難民たちには指一本触れさせたりしませんわ」



と、カーナ様からの心強いお言葉をいただき、基本方針を決定した。


陣の中央に、リレダル王家の旗、王太子妃カーナ妃殿下の旗を立てる。


さらに中立旗と一緒に、



――剣聖ルイーセ!



と、大書した旗を作って、それに並べさせていただいた。



「……ふざけてるのか?」



と、無表情に呟いたルイーセさんが、プイッと顔を背けた向こうで、ニヘラと笑ったのを目撃した者も多い。


わたしにも見せてほしかった。


住民代表のジェルジを呼び出し、避難民たちへ服の供出を呼びかけてもらう。


それを騎士に着せ、王都に潜入させる。


情勢を監視するほか、ペーチ男爵と接触して、暴徒を説得してもらうよう交渉するためだ。


暴徒が武器を置くなら、この陣に避難して来ることも認める。


そして、母テレシアと同僚だったというヴェラを呼び出したところで、ポツリと雨がひと粒、頬を打った。



「……雨期が、来ましたわね」



エイナル様と、空を見上げた。



「氾濫が始まるまでは?」


「……堤防なしでは、恐らく4日で地盤沈下している一帯が水に浸かり始めます」


「それまでに、住民の意志を確認か」


「全員が同じ考えにはならないでしょうけど、……カリスとばあやを残して行きます」


「いいの?」


「え?」


「……カリスを残して」



と、心配げにわたしを見詰めたエイナル様に、唇を尖らせた。



「言わないでくださいませ。……わたしだって寂しいんですから」


「あ……、ごめん」


「……エイナル様は、わたしと来てくださるのでしょう?」


「もちろん」


「ふふっ。……カリス、やきもち焼いてくれるかなぁ……」


「……大変な仕事を残されて、やきもち焼くどころじゃないわよ」



と、わたしの後ろに、彫像のような顔をしたカリスが立っていた。



「あ、……聞いてたんだ」


「今回もしっかり、こき使われさせていただきますけど、なにか?」


「ふふっ。よろしくね、カリス」


「気を付けてね……、ネル」


「うん」


「エイナル様。ネルをよろしくお願いいたします」



と、深々と頭をさげるカリスに、エイナル様が微笑んだ。



「うん。任せておいて」


「ネル……、運動音痴ですから」


「え? このタイミングで言うこと?」



高い壁に囲まれた狭い敷地で育ったわたしは、決定的な運動音痴に育っていた。


走るのも、遅い。


比較したことがなかったので、つい最近まで気が付いていなかった。



「大丈夫。ボクの胸の中は、世界でいちばん安全な場所だよ?」


「ふふっ。頼もしいですわ」



と、応えたのはカリスだ。


わたしは、なんとなく唇を尖らせてる。


エイナル様がわたしの頭を、そっと撫でられた。



「ルイーセが、いいところ持って行くからあまり見せ場がなかったけど、……ボクも強いんだよ?」


「……それは、知ってます」


「見せ場は、ない方が望ましいですわね」



と、カリスが冷たく言い放ち、わたしとエイナル様が顔を見合せて、つい笑ってしまった。



「カリス伯爵の仰る通りですわ!」



わたしは、緊迫した状況にも関わらず『母テレシアのルーツを訪ねる』として、支流を遡る。


本来の目的は、テンゲル水軍を統括する王弟との面会だ。



「……伏せておけば、ギーダが動き出す可能性が高まるわ」


「ネルが、リレダル本国から離れる方角に動いたって、報せに行くのね?」


「行くかは分からないけど、報せようとはすると思う。……わたしの見立て通り、前大公と繋がっていたらだけど」


「分かった。……エマをつけるわ」


「エマ?」


「メイドだけど、見かけは子どもだし、そこまで警戒されないでしょ?」


「……危ないことさせないでね?」


「分かってるわよ。よく言って聞かせる」


「うん。お願い」



人を疑わなくてはならないのは、正直、気持ちがしんどくなる。


けれど、前大公が卑劣な策略を用いた証拠は、出来れば押さえておきたい。


ビルテさんがわたしの護衛を選び終え、歩み寄ってくれた。



「……コルネリアが来てくれてから、リレダルの貴族、とりわけ現役の貴族は考えさせられ続けている」


「……え?」


「敵国民を洪水から守るため、気力体力の限界まで知力を振り絞り、……大河伯として、そして、貴族としての崇高な義務を果たした」


「そんな風に言っていただくと……」


「コルネリアを見ていると、自分が何故貴族なのかと、自問せずにはいられない」


「……きょ、恐縮です」


「リレダルの民を守ってくれたコルネリアが、今度はテンゲルの民を守ると言うのなら、とことんまで付き合おう。……無限の忠誠を捧げさせていただこう」


「ビルテさん……」


「なに。みんな、コルネリアのことが好きだって話だよ」



と、ビルテさんは気持ち良さそうに雨空を見上げた。



「雨中行軍は身体にこたえる。……気を付けてな」


「はいっ!」



騎士200名がわたしの護衛に割かれ、ヴェラを道案内役に、エイナル様の馬に乗せてもらい、のんびりとした風情で出発する。



「コルネリア……。こんなに、みんなに見せ付けていいの?」


「うふっ。……テンゲルでは、わたしは大公世子を籠絡した悪女なんですって」


「……はあ!?」


「剣聖ルイーセと騎士1800が残れば、下級貴族たちの牽制には充分です。イチャイチャと出発した……、という風聞がほしいですわね」



と、エイナル様の胸に背中を預ける。



「……そうか」


「ええ。……テンゲル王国全体からの油断を誘って、潜入してる騎士たちに仕事をしやすくしてあげたいところです」


「チュ……、チューする?」


「それは、やりすぎです」



と、恥じらうフリをしてエイナル様の胸に頬ずりし、頬を赤らめた。


みなさんからの生ぬるい視線が、わたしの意図通りでありながら、すこし痛い。


小雨ふる中、物見遊山な雰囲気を醸し、小川に沿ってゆるゆると岩場を下って行く。


そして、みんなの視界から外れ、馬蹄の音が届かないところまで離れてから、エイナル様が馬の腹を蹴る。


ここからは、スピード勝負だ。


敵に賢しらな者がいて、わたしの策を見破られても、追い付かれてはいけない。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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