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57.冷遇令嬢は判断を委ねる

星空は、わたしの自由の象徴だ。


どこで見上げても違いはないのに、どこで見上げても新鮮に違って見える。



「……カーナ様の乗って来られた軍船が、まだ近くに停泊しているはずです」


「うん。たしかに……」


「そちらに乗せていただいて帰国し、前大公……、祖父君の仕掛けられた政変を阻止する。というのが基本線です」


「……うん」


「政変を阻止出来れば、リレダル本国軍とまではいかなくても、わたしのエルヴェン騎士団の全軍を率いてテンゲルの動乱に介入することも出来ます」


「……うん」


「政変阻止を確実にするためには、テンゲルの下級貴族と祖父君が繋がっていたという証拠を持ち帰りたいところです」


「な、なるほど……」


「……残念なことを言います」


「うん……」


「技師のギーダには、祖父君の息がかかっているでしょう……」


「……え?」



堤防の修復が一向に進まなかったこと。


いくらテンゲル貴族の思惑が複雑に絡み合っているとはいえ、国王臨席の宮廷で決した方針だ。


助言するリレダル側が議論を撹乱していたと見れば、辻褄が合う。



「……切ないですが、ギーダを泳がせておけば、近く証拠に繋がるでしょう」


「泳がせる?」


「尋問するより、動きを見ていた方が効率的で確実かと」


「そうか……。うん」


「……わたしが眠っている間、下級貴族の兵は動かなかったのですよね?」



もし、反乱側にしても王宮側にしても、大きな動きがあれば、わたしを起こしに来ていたはずだ。


ビルテさんの判断は信頼できる。


けれど、念のためエイナル様に確認する。



「うん。そうだよ」



と、エイナル様が微笑まれた。


わたしを起こさないよう、ヒソヒソとビルテさんかルイーセさんからの報告を受けてくれていたのだろう。


ビルテさんかルイーセさんに寝顔を見られてしまったかもと、すこし苦笑いだ。



「カリスは王宮に?」


「ああ、行った。ビシッと言って来たみたいだよ?」


「ふふっ。……王宮とわたしたちの連携を疑った下級貴族を立ち往生させました」


「あっ……」


「剣聖ルイーセが後背から攻めかかってきたら……、と思えば、恐くてたまらないでしょうからね」


「ふふっ。剣聖……。ルイーセに言ってやってよ。どんな顔するかな?」


「うふっ。楽しみですわね」



後ろから抱き締めてくださるエイナル様と顔を寄せ合い、クスクス笑う。


いつも無表情なルイーセさんの照れ顔など、想像するだけでも悶えてしまう。



「……あとは、テンゲルの民たちの判断です」


「民の?」


「暴徒を扇動した下級貴族は論外として、苛政を敷く現王政の継続を望むのかどうか……」


「ふむ……」


「わたし個人としては、国王の退位をお勧めしますが……」


「……退位?」


「この岩場は大河から離れ、支流に近いです。小川をたどれば支流に至ります」


「うん……」


「支流を遡れば、テンゲル水軍の基地があります」


「ああ……」


「水軍を統括しているのは、現国王の弟。王弟殿下です。……比較的、公正なお方と聞いています」


「……まさか」


「噂ですけどね」


「ああ……」


「いずれにしても、カーナ様の軍船に至るため、船を借りに行きたいですわね」


「……そうか」



水軍は水上戦を主とする上、桟橋を焼かれた王都で暴動との急報が届いていたとしても、動きを決めあぐねているだろう。



「それにしても、コルネリア?」


「はい」


「……国王が、そう簡単に退位に応じるとは思えないんだけど……」


「ですから、そこは民の判断になります」


「……うん」


「まもなく、雨期。……民が、一度生活を失っても王政の転換を望むなら、王都を水に沈めます」


「え!?」


「……堤防は未修復。地盤沈下している被災地に集結している下級貴族は、撤兵するか王宮に攻め登るかの選択を迫られます」


「……う、うん」


「けれど、撤兵すれば反乱は失敗として、王都を脱出し領地で様子を見ている高位貴族たちが一斉に、現王政側に着くでしょう」


「そうか……、高位貴族」


「雨期に入った当初の氾濫なら、王宮は沈まず、下級貴族との乱戦は必至」


「うん……」


「なので、……支流側への排水路を堰き止めます。これで、王宮も沈む内水氾濫が起き……、王都は完全に水没。王宮は孤立します」


「ははっ……。大きな池の中に、ポツンと城が建つことになるのか」


「……必然的に、下級貴族の反乱は崩壊。国王に退位を迫る環境が整います」


「雨期を持ちこたえる食料は……、王宮にはない」


「……その通りです」



チラッと、横にあるエイナル様の顔色を窺う。



――こんな賢しらなこと考えてるわたしを、お嫌いになったりされないかしら?



と、つい考えてしまう。


エイナル様は真剣な表情で、うんうんと小刻みに頷かれていた。



「……暴動はどうなると思ってるの?」


「下級貴族たちが動かないことで、疑心暗鬼になってるでしょう」


「なるほど……」


「ペーチ男爵たちに説得にあたってもらいます。……武器を置けば、悪いようにはしないと」


「うん……、それがいいかもね」


「さらに黒幕がいると思いますが、今は気にしなくていいでしょう」


「……目星が付いてるの?」


「ふふっ。……恐らくですが、わたしとエイナル様を別々にもてなすことにした公爵家が怪しいかと」


「なるほど……」


「暴動で、いちばん最初に火の手が上がったところも……、出来過ぎですわね」


「う~ん……」


「まあ、そこまで複雑なお話は、テンゲル王に解決してもらいましょう」


「ふっ。……そうだね」


「現国王か新国王かはともかくとして、王都の安定を取り戻した後、自分たちでどうにかしてもらいましょう」



クククッと、エイナル様がわたしの耳元で笑われる。


吐息が、少しくすぐったい。



「いいんじゃないかな? コルネリアの考え通りに進めて」


「もちろん、不確定要素でいっぱいですけれど……」


「もちろん、手伝うよ」



と、ほっぺにチューされる。



「ま」


「なにから手をつけようか?」


「そうですわね……」



と、エイナル様とヒソヒソ策を練りつづけ、夜明けが来る前に天幕に戻った。


今夜の星空は格別に透んで見えた。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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