54.冷遇令嬢は持ち上げられる
住民たちには、突然の決断を迫らなくてはならない。
家を捨てわたしたちと逃れるか、家に戻り、動乱が収まるまで息を潜めてやり過ごすのか。
「……深呼吸を。ひと呼吸いれる時間はあります」
と、落ち着いて判断するように呼びかけて回る。
けれど、家に戻ろうとする住民はひとりもいなかった。
それどころか、わたしたちに加わろうとする住民がどんどん集まってくる。
――王政も、下級貴族も……。民からどれほど信頼されていないのよ……。
と、呆れながら、移動の準備を進める。
やがて、ルイーセさんが率いていった一団が戻ってくる。
「蹴散らしておいたが、……すぐに本隊が動き出すだろう」
背に大剣をしまったルイーセさんが、こともなげに言った。
その背後から姿を見せられたのは……。
「カーナ様! ……どうして!?」
と、わたしが駆け寄ったカーナ様は、鎧兜姿。篝火の黄色い光を反射する、青みがかかった光沢のする銀の鎧が凛々しくて、よくお似合い。
兜をとられると、ながい銀髪がファサッと広がった。
「コルネリア、エイナル。伝えるべきことは山のようにありますが……、リレダル本国で政変です」
「……政変?」
「……エイナルの祖父君、前大公が復権を果たすべく、宮廷で政治闘争を仕掛けて参りました」
すでに王太子妃殿下となられたカーナ様が自ら報せに来られたということが、事態の深刻さを物語っている。
「大河伯であるコルネリアが、テンゲル王国に機密を漏らそうとしている……、というのが前大公の言い分」
「なんと……」
「大公閣下と、我が父ホイヴェルク公爵が応戦していますが……、前大公になびく者も多く」
「お祖父様の考えそうなことだ」
と、エイナル様が冷めた声で言った。
「……ボクたちの滞在中に、テンゲルの下級貴族たちが反乱を仕掛けたことがどうにも不思議だったのだけど、後ろにお祖父様がいたのだとすると、納得がいく」
「え……?」
「リレダルとバーテルランドとの戦争で、テンゲルはバーテルランドを側面支援していたんだ。……お祖父様が元々、テンゲルの下級貴族たちに手を伸ばしていたことは充分に考えられる」
「では……、エイナル様とわたしの命を狙って?」
「いや。足止めしておけということだろう。リレダルで政変が成功すれば支援してやる……、といったところかな」
「……後にしよう」
と、ルイーセさんの言葉で、我に返る。
「そうですね。まずは、この場を逃れないと……」
慌ただしく出発の準備が始まる。
下級貴族の兵たちは、わたしたちを追って来ることが想定された。
最低限の荷物に絞り、その他は大通りを塞ぐバリケードにして放棄する。
「……エイナル様。先頭をお願いできませんか?」
「え?」
「ビルテさんと、先導をお願いしたいのです。……わたしはルイーセさんと殿に」
知らない土地での撤退戦になる。
それも、住民も連れた徒歩での撤退。
先頭と殿。双方に判断できる者が必要だ。
すこし驚いた顔をしていたエイナル様が、柔らかく微笑んでくださった。
そして、わたしを抱き締めてくださるのかと思いきや、両脇に手を差し込まれた。
「きゃ……」
と、わたしが思わず声をあげると、身体が持ち上がりエイナル様の馬に乗せられる。
「エ、エイナル様……?」
「カーナ!」
と、ご自身もわたしの後ろに飛び乗られたエイナル様が、よく通る声をあげた。
「先導を頼む! 分からないことはビルテに聞いてくれ。ボクとコルネリアは殿につく!」
「承知しましたわ」
と、兜をかぶられたカーナ様も、馬に跨られた。
「……エイナル様?」
「ふふっ。ルイーセの馬に、コルネリアを乗せるのはイヤだなぁ」
耳元で囁かれるエイナル様の甘い声に、場違いにも頬を赤らめてしまう。
「そういうのは、後でやれ」
と、ルイーセさんが再び大剣を抜く。
「楔型に陣形をとれ!」
ルイーセさんの声に、騎士たちが素早く反応していく。
すでに先頭は、ビルテさんとカーナ様の誘導で動き始めている。
「……カーナの話は断片的だったけど」
「ええ……」
エイナル様が、ゆったりとしたお声で、後ろから話しかけてくださる。
「コルネリアの不在中、釈明を許さないままで宮廷を掌握しようというのが、お祖父様の狙いだろう」
緊迫した状況の中、エイナル様の声は不自然なまでに柔らかく優しい。
わたしを安心させようと、あえて遠く本国の話をされているのだろう。
「リレダル本国の政変と、テンゲルの反乱が連動しているのだとすると……、カーナからの報せを、反乱側はボクたちに知られたくなかったはずだ」
「そういうことになりますわね」
「……コルネリアの帰国を阻みたいと考えているだろう」
「なるほど……」
「ところが、コルネリアが正式に大河伯を解任されるまでは、傷ひとつ付ける訳にもいかない。……そもそも、コルネリアはエルヴェン公爵でもあるしね」
「わたしを拉致したい……、ということですわね?」
「そんなこと、させないけどね」
と、わたしの後ろで、エイナル様がスラリと剣を抜かれた。
肩越しに見上げたエイナル様の表情は、篝火の炎に照らしだされる中、悠然と微笑まれている。
「ボクの美しい妻を、テンゲルの下級貴族どもに見せつけてやろう」
「ま」
「……攫おうにも、攫えない。あえてコルネリアの美貌を見せつけながら、武威を示す。いい策だと思うな」
周囲を守る騎士たちが、気持ち良さそうに笑った。
テンゲルの兵など相手にならないという自信に満ちている。
「来るぞ」
ルイーセさんの声にも、エイナル様の微笑みは微塵も揺らがなかった。
本日の更新は以上になります。
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