53.冷遇令嬢は輪に加わる
篝火がつくる陰影が逆光で、女性の顔はよく見えなかった。
ただ、声には懐かしげな響きが乗る。
「テレシアは、わたしの母です。……わたしはコルネリアといいます」
「え!? コルネリアって……、じゃあ……、大河伯様ですか!?」
「ええ、そうです」
わたしは出来るだけ柔らかな声で応えたつもりだったのだけど、驚いた女性はその場で地にひれ伏してしまった。
わたしが歩み寄ろうとしたら、ビルテさんに止められた。
そして、騎士たちが女性の持ち物を改めて、危険はないと判断されてから、女性の前で膝を突く。
「……母のことをご存知なのですね?」
「は……、はい」
カリスの祖父が母テレシアと出会ったという宿場町には、洪水の被害が直撃していた。
母が働いていたという酒場も倒壊していて、落ち着いてから、母を知る者を探そうと考えているところに起きた暴動だった。
ヴェラと名乗った女性は、かつて母と一緒に働いていたのだという。
「……といっても、テレシア……様は、ふた月ほどでバーテルランド王国に旅立ったのですが」
「そうですか」
「まさか、テレシア様の……ご令嬢が、大河伯様で……、こうして温かいシチューをご馳走していただくことになろうとは」
見れば、ヴェラの表情は疲れ切っている。
突然の暴動に食料の蓄えもなく、自宅でジッと息を潜めていたのだろう。
すでに母が亡くなったことを伝えると、悲痛な表情で悼んでくれた。
「……テレシア様は、コショルー公国から来たと仰られていました」
「コショルー公国……」
「この王都に流れ込む支流を、はるか上流に遡ったところにある国です……」
たしか、このテンゲル王国に形ばかりの臣従をしている、小国のはずだ。
母のルーツをたどる旅には心惹かれるけれど、いまは暴動……、いや反乱に巻き込まれている最中だ。
はやる心を抑えて、ヴェラに礼を言う。
そして、わたしがヴェラと語らっている姿を見た住民の代表が、わざわざ礼を言いに来てくれた。
「……こんなに美味しいシチューを食べられたのは、生まれて初めてにございます」
そう言って、ひれ伏してくれた。
篝火の向こうではエイナル様がペーチ男爵の肩を抱いて、わたしに微笑みを向けてくれていた。
住民の代表は、立派な口髭をはやした初老の紳士。身なりも悪くない。
「暴力に訴えても、何も解決しないと言い聞かせていたのですが……」
と、唇を噛んだ。
「どこか王都の近辺で暴動に巻き込まれない、安全な場所はありますか?」
「……北東に街を抜ければ、岩場になっているところがあり……、そちらならば」
「北東ですね……」
と、ビルテさんと地図を広げる。
わたしたちが大通りを塞ぐことで、いつまで膠着状態を維持できるか分からない。
下級貴族たちが兵を進めてきたら、退避するほかない。脱出ルートを確認する。
ビルテさんが悪戯っ子のように笑った。
「コルネリア様は、住民たちも置いては行かれないのでしょう?」
「え、ええ……、出来れば。大丈夫かしら?」
「もちろん、それも込みで作戦を立案しましょう」
ビルテさんの言葉に、住民代表の表情が明るくなる。
シッと、口元に人差し指を立てた。
「……まだ、皆に伝えてはいけません。喜びは恐慌を招くこともあります」
「わ、分かりました……」
緊張した面持ちで住民代表と、まだそばにいたヴェラとが頷く。
住民を連れて行くなら徒歩だ。
ジェルジと名乗った住民代表も交えて、脱出ルートを慎重に検討する。
やがて、エイナル様に連れられたペーチ男爵が姿を見せた。
「一度、仲間たちのもとに戻り、よく話し合ってみます」
エイナル様に勢いを削がれたのか、ペーチ男爵は殊勝に頭をさげた。
「ええ……、それがよろしいかと」
「……他国より参られた大河伯閣下や、エイナル閣下がまず民のことをお考えであられるのに……、不甲斐ない限りです」
「いえ、お気付きになられたのであれば……。まずは暴動に参加していない民の安全を優先に……」
「はい……」
どうやら、いまのテンゲル王都には最低でも5つの勢力が割拠している。
王政側。扇動された暴徒。反乱を起こした下級貴族。ペーチ男爵たち穏健派貴族。
そして、わたしたちだ。
扇動された暴徒が、下級貴族に味方しようとしているのかは定かでない。今の時点では別の勢力と思っておいた方がいい。
状況は混沌としている。
いずれ高位貴族の領地から兵が攻めのぼってくるかもしれない。
その前に雨期が来れば、王都は水に沈む可能性もある。
わたしの立場を考えれば、早期に帰国する方策を探るべきなのだけど、どうしても住民たちを見放すことが出来ずにいた。
大通りから脇道の夜闇に消えていくペーチ男爵の背中を見送っていると、突然、エイナル様がわたしの顔をのぞき込んだ。
「コルネリアの気の済むようにすればいいよ?」
「……こ、恐い顔をしてましたか?」
「あれ? 根に持たないでほしいなぁ」
「根に持つなど……」
そこに馬蹄の音が響いた。
「……偵騎のひとりが戻ったようです」
と、ビルテさんが険しく目をほそめ、やがて騎士がひとり駆け込み片膝を突いた。
「急報にございます」
「はい。報告を」
「集結していた下級貴族の兵が動き始めました……、が」
と、騎士はひと呼吸おいた。
複雑な状況を正確に伝えようとしているのだと、次の言葉を待った。
「……我がリレダル王国の、王家の紋章旗を掲げた一団を追っております」
「王家の……?」
「数は20ほど。すべて騎馬で、先頭を走られるのは……、カーナ妃殿下とお見受けいたしました」
「カーナ様が!?」
口を両手で覆う。
「……対する追っ手は、およそ500。状況は図りかねますが、いずれ戦闘に至る可能性もあるかと」
「私が行こう」
と、ルイーセさんが大剣を抜いた。
「いずれにしても、下級貴族どもは我が国王家の旗に兵を向けた。敵対の意志の表れと見て問題ないだろう」
「はい。お願いします」
「……カーナはこちらに誘導するが、それでいいな?」
わたしがコクリと頷くや、馬に跨ったルイーセさんが騎士を10名ほど連れて駆け出す。
慌ただしく炊き出しの撤収にかかりながら、住民たちを落ち着かせるべく、わたしも輪の中に加わった。
本日の更新は以上になります。
お読みくださりありがとうございました!
もし気に入っていただけたり、おもしろいと思っていただけたなら、
ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけるととても励みになります。




