52.冷遇令嬢は両手で覆う
大通りのまん中で、盛大に篝火を焚いて、炊き出しを始めた。
大河沿いの被災地に兵を集結させた反乱貴族たちは、今晩のうちに王宮に攻めのぼるつもりだろう。
退避すれば、わたしたちは反乱側に与したと受け止められかねない。
それに、シチューの香りに誘われ、集まりはじめた民衆を見捨てることにもなる。
なにも知らないふりをして、和やかに炊き出しを行いながら出方を窺う。
胆力の問われる選択だ。
けれど、エイナル様は気にされる様子もなく、シチューを味わう民衆の中へと入っていかれる。
「ひぇ~、大公家の世子様で……」
「……お綺麗な方ですなぁ~」
などと、お爺さんお婆さんから手を合わされながら、気持ち良さそうに笑っていた。
カリスが、わたしの肩を叩いた。
「ネル? ……民のことはエイナル様にお任せしておいていいと思うわよ?」
「そうね……」
「エイナル様は、ネルが働きやすいようにしてくださってるんだと思うわ」
カリスの言葉に頷く。
――まったく、このお姿を見ても『ボンヤリ』だなんて言うのかしら? テンゲルの貴族は……。民衆蜂起を止められなかった方がよほど『ボンヤリ』だと思うけど。
と、苦笑いしながら、ビルテさんと防衛体制を確認していく。
反乱貴族たちが攻めかかってこないとも限らない。
ルイーセさんはいつもの無表情のままだ。
「……こちらは生まれた時から戦争してたんだ。実戦経験に乏しいテンゲル王国の騎士や兵士など相手にもならん」
「見くびると、碌なことがないぞ?」
ビルテさんが苦笑いを返した。
哨戒の騎士を立て、偵騎の戻りを待つ。
エマが、ばあやに連れられて、シチューを持って来てくれた。
ばあやが微笑む。
「エマが謝りたいそうですよ?」
「あら」
「……心配かけて、ごめんなさい」
「ふふっ。いいのよ」
膝を折り、エマに目線を合わせた。
「……でも、どうして街の様子を探りに行こうって思ったの?」
「うん……。少し前から、変な人たちがウロウロしてたから……」
「そう……」
「……私と弟のおウチの跡にも、火を点けちゃうんじゃないかって……」
初めて訪れたわたしでは〈変な人〉かどうかの見分けが付かなかったのだろう。
倒壊した家屋が連なる被災地は、陰謀の拠点になっていたのかもしれない。
「ありがとう。でも、もう勝手に出て行かないでね?」
「はい。……ごめんなさい」
反乱貴族の集結を知らせに戻るという、エマの判断は的確だった。
その点については利発だと思うけど、やはり危険な行いには叱っておかないと。
「あとね……」
「なに、エマ?」
「……港に、リレダル王国の船が来てたみたい」
「……え?」
「桟橋が焼かれた時に、離れていったって……、港の人が言ってた」
「そう……。うん、ありがとう」
リレダルの船? と、ビルテさん、ルイーセさんと顔を見合せた。
――リレダルもこの蜂起に関わってる?
思わず口元に手をあてた。
「……コルネリア様とエイナルが訪問中の反乱勃発。タイミングが良すぎるとも言えるわね」
ビルテさんも表情が険しくなる。
ただ、これだけ賑やかにしているのだ。反乱貴族側に、わたしたちの存在は捕捉されているだろう。
わたしとエイナル様が標的なら、とっくに攻めかかられているはずだ。
シチューの香りに誘われて、次第に集まる民衆の数が増えてくる。
王政側にしても反乱側にしても、これだけの数の民衆を蹴散らしたら支持を失うことは明らか。
もちろん、民衆をわたしたちの盾にするつもりはない。
集まる民衆を騎士で囲み、万一に備える。
やがて、道の王宮側から、白旗を振って近付いて来る兵士の一団が現われた。
――まずは、王政側から接触してきたか……。
先頭に立ち、両手を挙げていたのは、野心的な目付きが印象的なペーチ男爵だった。
「……蜂起を止めたかったのです」
と、ペーチ男爵は悔しそうに項垂れた。
「そうでしたか」
「……王政に問題は多いですが、このやり方では死者が出過ぎる」
「ええ……」
「港に集まっているのはテンゲル王国の下級貴族たちです……。私も誘われていたのですが……」
民衆を扇動して王都を混乱させ、高位貴族を焼き討ち、その上で兵を進める。
あまり、褒められたやり口とは思えない。
「それで、ペーチ男爵。わたしのところに来てくださった、ご用向きは?」
「大河伯閣下!」
と、突然、ペーチ男爵は地に伏した。
なにかと熱いのだ。
「なにとぞ、大河伯閣下よりの仲裁をお願いしたく、まかりこしました!」
「……お気持ちは受け取りました。ただ、国王陛下に、そのお気持ちはあられますでしょうか? 反乱を起こした者どもを許すという……」
「そこも含めて、なんとか!」
ま、丸投げですか……。と、口を両手で覆った。手元に扇がなかった。
「私と同心している貴族もおります! まずはお引き合わせさせていただきたく!」
み、三つ巴ですか……。なお悪いですわねと、口を覆う手を退けられない。
「……ペ、ペーチ男爵もお疲れでしょう。まずはシチューでも召し上がってくださいませ」
「いや、しかし!」
「わが夫、エイナルにも同じ話を。あと、わたしにも考える時間を頂戴できれば」
「こ、これは失礼を……」
と、騎士にペーチ男爵をエイナル様のもとへと案内させた。
ビルテさんが真っ赤な髪の毛を、ワシャワシャッと掻いた。
「……どうされます?」
「……真面目に返事をするなら、情報が不足し過ぎて判断がつかないわ」
「ですよね」
そのとき、ふっと炊き出しの輪から、中年の女性がわたしに近付いてきた。
「ひょっとして……」
「はい?」
「……テレシア?」
差し当たって必要でない情報ばかり増えていく。
本日の更新は以上になります。
お読みくださりありがとうございました!
もし気に入っていただけたり、おもしろいと思っていただけたなら、
ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけるととても励みになります。




