51.冷遇令嬢は笑顔を振りまく
エマが邸宅を抜け出した意図は分からない。
「……たぶん、状況を聞きに行ったんじゃないかしらね」
と、悲痛な表情のカリスも首をひねった。
カリスを手伝い、休息をとる騎士の世話にあたっていたらしいのだけど、気が付いたらいなかったのだそうだ。
「どこかのスパイということは……、ないと思うのだけど」
「ええ。弟も置いて行ってるしね」
日が暮れて、戦闘の音が収まってくる。
まる一日の戦闘を経て、ようやく両陣営が兵を引き始めたのだろう。
王都の地図に目を落とし、街路の構造をよく頭に入れる。
「……ダメだよ? ひとりでエマを探しに行ったりしたら」
「ふふっ。さすがに、そこまで無謀ではありませんわ」
と、エイナル様に苦笑いを返した。
邸宅に籠る、主だった騎士を幕営に集め、軍議を開く。
「ここを出て、大河沿いに移ります」
「……しかし」
と、ビルテさんが難色を示した。
「この邸宅もいつまで安全か分かりません。洪水被害の大きかった地域に移り、中立を宣言します」
「……反乱に無関係な民を受け入れるつもりだね?」
「はい」
と、エイナル様に応える。
「両陣営の負傷者も受け入れ、停戦を呼びかけます」
「ふむ……」
立場と身分に縛られて、壁を乗り越えられず、手をこまねいているだけの自分に我慢ができなくなっていた。
それでは、母国の貴族たちと同じに思えてならない。
魚市場の燻製小屋で強制労働に励む、義妹フランシスカにも顔向けできないような気持ちだ。
もちろん危険を伴う判断であるし、エイナル様やビルテさんから反対されたら、それを押してまでとは思わない。
けれど、まずはルイーセさんが賛成してくれた。
「……ここは王宮に次ぐ激戦地になっている。退去するなら、どちらの陣営も制圧出来ていない、今しかない」
「たしかにな……」
と、ビルテさんが頷いた。
ルイーセさんが地図を指した。
「本来なら、王都の外まで退去して戦況を窺いつつ、帰国のタイミングを見計らいたいところだけど……、民を見捨てられるコルネリア様でもない」
「……被災地ならば、どちらの陣営も獲りには来ないか」
「守りは手薄になるが、瓦礫を利用すればどうにかなるだろう」
騎士たちが、具体的な作戦を立案し始めてくれた。
わたしは炊き出しの準備を命じる。
子どもたちも手伝ってくれて、芋を洗ったり皮を剥いたりと、甲斐甲斐しく働いてくれた。
エマの弟に微笑みかける。
「お姉ちゃんを迎えに行くよ?」
恐らく、エマは居ても立っても居られなくなっただけだ。子どもらしい軽率さとも、大人になりかかった責任感とも取れる。
子どもなら、どちらの兵からも攻撃対象とは見られないはず。
と、無事を祈る。
大量のシチューが完成し、わたしは門を開いた。
松明を盛大に焚かせ、港近くの被災地に向けて進軍を開始する。
「さあさあ! 休憩で~すっ! 温かいシチューを誰にでもふる舞いますよ~っ!」
と、大鍋に入ったシチューのいい匂いを漂わせながら、皆に明るい声を上げさせる。
エイナル様の馬の前に乗せてもらったわたしもニコニコと、沿道に笑顔を振りまく。
もちろんリレダル王国旗とバーテルランド王国旗を高々と掲げて、牽制もしながら、賑やかな行軍を続ける。
息を潜めていた民が、ひとり、またひとりと行軍に加わってくる。
「港近くの広場でふる舞いま~すっ! 武器を置いて、食べに来てくださいね~っ!」
軍楽隊までは連れて来ていなかったのだけど、トランペット奏者は4人いた。
明るく楽しい曲を演奏させる。
反乱に加わった暴徒は、武器を置いてまでは炊き出しに参加してこないだろう。
けれど、まずは無辜の民を保護したい。
どちらかの軍勢から襲われる可能性もあり、緊張しながらも、努めて朗らかにふる舞う。
「コルネリアは、いざというときの度胸がすごいよね」
「……褒めてます?」
「もちろん」
と、エイナル様が、大袈裟に驚いて見せられた。
「……これで手出しをしてくれば、どちらの軍勢であろうと、責任は向こうになる。偶然という言い訳も出来ない」
「とはいえ、こちらも軽武装。騎士は鎧も着けておりません。油断は出来ませんわ」
「そうだね。……歌でも歌う?」
「あら、いいですわね」
と、子どもたちも一緒にトランペットの伴奏で歌い始める。
行軍というよりはパレードが、テンゲルの王都を進んで行く。
やがて、ひょっこりエマが帰って来た。
「ん、も~ぅ! 心配したのよ!?」
と、抱き締めた。
「ご、ごめんなさい。あの……」
「なに?」
「……私たちを救けてくれた辺り」
「うん。今から行こうとしてるの」
「危ないです」
「え?」
「……恐い顔した、知らない人たちが大勢います」
「よく、報せてくれたわ。エマ」
行軍を止め、その場で炊き出しの振る舞いを始める。
ビルテさんと協議し、偵騎を走らせた。
「絶対、無理はさせないでください」
炊き出しには人が集まり始め、彼からも情報を集める。
そして、被災地周辺に反乱貴族の兵が集結しつつあることが判明した。
地図を広げる。
「……支流から、小舟を使って上陸させたのね」
情勢を見誤って、なんの囲いもない場所に孤立させてしまったと、唇を噛む。
ポンポンと、エイナル様がわたしの頭を叩いた。
「恐い顔になってるよ?」
「……でも」
「美人のコルネリアが恐い顔したら、すごく恐く見えちゃうよ?」
「ま」
「ふふっ。ほら、エマが冷や汗流してる」
見ると、笑顔を引きつらせていた。
ニッと笑いかけるのだけど、表情を硬くさせてしまった。
「コルネリア。……考えようによっては、ボクたちが〈通せんぼ〉してる形だ」
「あ……」
「まずは、シチュー食べない?」
と、エイナル様が微笑まれた。
集結した反乱貴族の兵と、王宮のちょうど中間あたりで……、宴会が始まった。
本日の更新は以上になります。
お読みくださりありがとうございました!
もし気に入っていただけたり、おもしろいと思っていただけたなら、
ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけるととても励みになります。




