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50.冷遇令嬢は空を睨む

邸宅を囲む四方の路地では、暴徒と王政軍の戦闘が続いていた。


ただ〈王政軍〉といっても統制はとれていない。恐らく国王の兵と貴族の兵が連携も取れないまま、それぞれに暴徒を鎮圧しようとしている。


それどころか、正規兵同士も疑心暗鬼で牽制し合い、その隙を暴徒のゲリラ戦に突かれる始末だった。



「……窓の近くは危ない」



と、エイナル様の体躯に視界を遮られた。


戦闘では矢が飛び交い始めていて、暴徒に弓矢を準備した者がいると窺われる。


戦場の最前線のど真ん中に、この邸宅だけが孤島のように浮かんでいる。


すぐにも仲裁に飛び出して行きたいわたしを、エイナル様に押し止められた。



「……戦況が明らかになるまでは無理だよ」


「ですが……、こうしている間にも、目の前で傷付く者や……、命を落とす者が」


「うん……。でも、コルネリアがそうなるかもしれないところに、ボクは行かせられないよ」



ポスポスと、エイナル様の胸に拳をぶつけて、八つ当たりする。



「そもそも、交渉相手が誰なのかも分かっておりませんものね」


「うん、そうだね」


「……無辜の民が巻き込まれていないか、心配でなりませんわ」



わたしのヘナチョコな拳を、エイナル様は黙って受け止めてくださる。


流れ矢が壁を飛び越えてくることもあったけど、騎士たちには反撃を禁じてある。


朝陽が完全に昇ってから、リレダル王国旗とバーテルランド王国旗を掲げた。


中立も宣言しないけど、もしも攻撃されたら反撃するという意志を明確にした。


今の時点では、騎士を偵察にも出せない。


壁一枚を隔てて命の奪い合いが展開されているというのに、わたしにはなす術がなかった。


外では断続的に戦闘が続く中、騎士に交代で休憩をとらせ、わたしのところにも、ばあやがサンドイッチを持って来てくれた。



「ばあや……、子どもたちには?」


「ええ、ええ、もう食べさせましたよ。食欲はないようでしたけど、食べたら、寝てしまいましたわ」


「そう……」



宿舎として与えられた邸宅は、尖塔を備えている訳ではない。最上階も高さは低く、王都の全体を見渡すことはできない。


それでも、戦闘が王都の広範に広がっていることは窺えた。


四方にある邸宅のうち、北西ふたつは暴徒が占拠したようだった。


南東ふたつは、まだ抗戦している。


サンドイッチを頬張り、王都の地図に目を落とす。


邸宅から見て北には母国、西には大河。脱出路を暴徒が塞いでいる形ともいえる。


ただ雨期が近く、修復されていない堤防を放置して帰国する気にもならない。



「また水に浸かるまで戦闘が続いたら……、大打撃となるのは庶民ですわ」



誰に言うともなく呟くと、エイナル様や皆が頷いてくれた。


待機状態の騎士たちへの指揮はエイナル様とビルテさんに任せ、技師のギーダと堤防の図面を開いた。



「……こうなれば、土嚢を積んで急場をしのぐしかないでしょうね」



ギーダの表情も硬い。



「この規模になると、土嚢をつくる袋と、詰める土の調達が問題ね」


「……丘なども見当たりませんからね」


「板を二枚立てて、間に石を詰めたらどうかしら? ……焼き討ちされた邸宅から、瓦礫はたくさん出ると思うのよね」


「ああ……、それなら間に合うかもしれませんね」



他国の民のために、お人好しが過ぎるとも思うけど、見て見ぬふりも出来ない。


なにより、なにかしていないと気が変になってしまいそうだった。


仮設の水止めの設計をギーダに頼む。


ビルテさんとルイーセさんに守られながら最上階に登り、王都を見渡す。


戦闘が収まる気配はない。


王宮の火は消し止められた様子だけど、黒い煙がモクモクと上がり続けている。


蜂起自体は計画的であることが窺えるけれど、暴徒の動きを見る限り統制はとれておらず、街は地獄絵図のようだ。



「ダメだよ?」



と、エイナル様が囁かれた。



「……え?」


「今、討って出て、両軍ともに鎮圧する作戦を考えちゃってたでしょ?」


「あ……」


「分かるよ、気持ちは」



また夜が来ようとしていた。


王政側、あるいは反乱側から、なんらかのアプローチが来るものと考えていたのに、それがなかった。


それだけ戦況が混沌としているのだろう。


記憶をたどるのだけど、参考になりそうな事例が思い当たらない。


戦場のど真ん中で、あまりにも不可解な立場に置かれてしまっていた。


リレダル王国の大河伯にして、バーテルランド王国の王政顧問。そして、ソルダル大公家世子のエイナル様もいらっしゃる。


どちらの軍勢も、わたしたちを敵に回したくないと考えていることは容易に想像できる。


おそらく明確な王政打倒の意思を持って民衆を扇動した反乱側も、リレダル、バーテルランド両国からの介入は招きたくないはずだ。


結果、この邸宅だけが真空地帯になっていた。



「ネル、大変!」



と、カリスが駆け込んだ。



「エマが、街に行ったみたいなの!」


「え!?」



外に目を落とすと、戦闘が続いている。


なにか考えがあってのことかもしれないけれど、あまりにも危険だ。


けれど、捜索の騎士も出せない。戦闘に巻き込まれたら、どちらかの軍勢に加勢したと見做される恐れがある。


グッと、エイナル様が力強く肩を抱いてくださった。



「……エマは、この街で育った娘だ。信じてしばらく様子を見よう」



エマは弟を置いて、裏口から抜け出していた。逃げたとは考えにくい。


茜色に染まり始めた空を、睨んだ。

本日の更新は以上になります。

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