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48.冷遇令嬢は目が覚めた

ピンと尖った黒い口髭を、テンゲル王宮からの使者がつまんで撫でた。


メイドがお茶を出す前から、ふんぞり返って話し始める。



「王宮に断りもなく孤児を集めておられるとか。由々しきことですぞ」


「ふふっ……。由々しきこと、とは?」



エイナル様は穏やかに微笑まれたままだ。



「なんと。この程度のこともお分かりになられぬのですか? 嘆かわしい」



眉間に指をあて、ワザとらしく首を左右に振る使者に、わたしはムッとしてしまう。


ドアをノックする音がして、カリスと新しいメイドがお茶を持って来てくれた。


エイナル様が使者にお茶を勧める。



「どうぞ。リレダルから持って来た茶葉です。こちらでは珍しいでしょう?」


「む……」


「……リレダルの茶は飲めぬと?」


「いえ……、そのようなことは。いただきましょう」



居丈高に乗り込んできた使者の、気勢を削ぐエイナル様の呼吸に、わたしは目を輝かせた。


泰然と微笑まれたままのエイナル様が、ひと回り大きく見える。


空気は仕切り直しとなって、お茶を置いた使者は内政干渉であると抗議してきた。


けれど、声に切れ味がない。エイナル様に呑まれている。



「それは困りましたね」



と、他人事のように仰られたエイナル様に、使者の顔色が変わる。



「困っておるのはこちらです」


「彼らは既に、ボクの直臣に取り立ててしまいました」


「な……」


「もちろん、ソルダル大公家の直臣という意味ですよ?」


「そんな勝手な……」


「テンゲル王国で王宮勤めをしている者の中にも、我がリレダル王国から流れてきた者がおりますでしょう? ……断りを入れてもらったという話は聞きませんが?」


「そ、それは……」


「エマ」



と、エイナル様が、部屋で控える新しいメイドの名を呼んだ。


わたしが最初に連れて帰った姉弟の姉だ。


紫がかった黒髪はクセのないストレートで、頭の形がいい。大きな目は深海のような濃い紺色をしていて、体格は華奢。


下がり眉が気弱そうに見えるけど、お腹いっぱいご飯を食べると、芯の強い性格が分かるようになった。


歳はまだ11歳。機転がきくからと、エイナル様がカリスに預けられた。



「ご使者殿に、自分たちの仕事を説明してくれるかい?」


「はい……。朝起きると、まずは自室の清掃。それから騎士様方のお部屋を回ります……」



と、エマが自分たちの生活を説明する。


エイナル様の簡単な指示だけで、自分たちが孤児として収容されたのではなく、正式に雇われたのだと、使者に伝える役割を与えられたことを理解していた。


エイナル様が、ニコリと微笑まれる。



「いやぁ。テンゲルの者は働き者で助かっていますよ」


「しかし……」


「ぜひ、お礼をさせていただきたい。ああ、そうだ。テンゲル王のお名前で、民に炊き出しをふる舞わせていただこう」


「い、いや、そのようなことを急に仰られましてもですな……」


「もちろん、テンゲル王のご裁可を待ちますよ。ご使者殿。どうぞ、よしなにお取り計らいください」



と、エイナル様は、使者を追い返してしまった。



「お見事でしたわ」


「そう? コルネリアの役に立てたのなら良かった」


「こういう交渉事の呼吸は、書物を読むだけでは分かりません。とても、勉強になりましたわ」



王宮からの抗議を逆手にとって、民への炊き出しまで申し出られた。


困っている民の腹を満たせるのなら、テンゲル王の手柄になったのでも、わたしは全然かまわない。


エイナル様は、そんなわたしの気持ちまで汲んでくださっていた。


翌日から、炊き出し用の食材が次々に邸宅に運び込まれる。


随行している騎士団長のビルテさんが、相変わらずの手際で指揮を執ってくれていた。



「……随分、日持ちのする食材ばかり選んでるのね?」


「ふふっ。どうせ、すぐに裁可が降りるとも思えないからね」



エイナル様の同級生のビルテさんとは、友だち付き合いを続けてもらっている。


主君と騎士団長という関係になってしまったので、かえってやりにくいかと思ったのだけど、ビルテさんは気にしないようだ。


19年間、友だちゼロで育ったわたしには、ありがたい存在だ。


家臣は増える一方だけど、お友だちは中々できない。


そして、ビルテさんの予想通り、テンゲル王の裁可は降りない。黙殺されている。


それどころか、テンゲル貴族たちがひっきりなしに邸宅を訪れるようになった。



「炊き出しのお申し出。ぜひ、お力にならせてください」



という者もいれば、



「……王のメンツを、潰すことになりはしませんでしょうか?」



と、やんわり止めに来る者もいる。


なかには、テンゲル王の批判を長々と演説する者までいた。



「いちばん迷惑しているのは民なのです! お分かりいただけましたでしょう!?」



と、机を叩く。


熱血ぶりに、こちらの気持ちを引かせてしまうのはペーチ男爵と名乗った若者。


野心的な目付きで、わたしとエイナル様に熱弁を振るった。


ブラウンの髪に、濃い眉毛。しっかりと通った鼻筋が印象的。


リレダルでもバーテルランドでもあまり見かけないタイプなので、まじまじと観察してしまった。


ただ、テンゲル王国内の権力闘争に巻き込まれる訳にもいかない。


うんうんと聞いていたエイナル様が、うまくあしらわれて、追い返された。


堤防修復工事の方も停滞しがちだ。



「……とにかく、ひとつ決まれば、10は難癖がつくんです。……100かも」



と、技師のギーダが嘆いた。


水防に関する権限が大河院に集約されているリレダル王国では、このような経験をすることがない。



「雨期が近いっていうのに……」


「ほんとよねぇ……」



露天の肉の串焼きをふたりで頬張り、ギーダの苦労をねぎらう。


エイナル様は訪問してくる貴族を応対してくださり、堤防にはわたしひとりで足を運んでいる。


お母様のことを調べて歩く余裕もない。


ため息を吐いていると、店主がおまけの串を持って来てくれた。



「炊き出しを、王様に申し出てくださったそうで……」


「あら、よくご存知ね? ……まだ、ご裁可が降りてないんだけど」


「いつものことですよ。自分の国の王様のことながら情けない限りです」



眉間にシワを寄せ、頭を掻く店主。


手持ちのおカネを渡し、お腹を空かせた子どもを見かけたら串焼きをふる舞ってくれるようにと頼んだ。


邸宅には、炊き出し用の食材が積み上がっていく。


はやく、困っている人のところに届けたいのだけど、立場が邪魔をする。


夕陽を眺めながら、エイナル様のお顔を見上げた。



「誰か、この国の豪商などに食材を寄付して、代わりに炊き出しをやってもらうことは出来ませんでしょうか……?」


「う~ん……。結局、王宮の顔色を窺いそうだね」


「では、あのペーチ男爵などはどうでしょう? 民を思う熱い気持ちを持っているように見受けられましたけど……」


「……堤防の方はどう?」


「え? ……こちらも、なかなか進まず」


「うん。どこかでキリを付けて、早めに帰国した方がいいかもね。……コルネリアのお母上のことは、次の機会にしよう」


「え? でも……」


「うん。……気持ちはボクも分かるんだけど、ちょっとイヤな予感がするんだよね」



夕陽を眩しそうに見詰めるエイナル様が、目をほそめ、口元もキュッと真横に引かれた。


その晩。騒ぎの声で目が覚めた。


ベッドで身体を起こすと、すでにエイナル様は窓辺に立たれていた。



「……逃げ損ねたか」



親指を噛まれているお姿を、初めて見た。


扉の外からビルテさんの鋭い声が響く。



「変事です」



窓の向こうで、火の手があがった。



「民衆が蜂起し、王宮に向かっています」


「数は?」



エイナル様の声は低い。



「目視の限り、およそ5千。ただし、数はまだ増えそうな勢いです」



大河流域国家を震撼させる、テンゲル動乱の始まりだった。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
 煽動したのは例の男爵かな。他国の賓客がいるタイミングでやるって、下手しなくても国際問題だろうに。
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