47.冷遇令嬢は唇を噛む
堤防の修復現場を視察する。
大河院から連れて来た技師の測量で地盤沈下が確認され、ようやく修復方針が固まった。
「……決壊の原因が分からずに揉めていたようですね」
と、技師のギーダが苦笑いした。
ギーダはわたしと歳の近い女性技師で、測量には特に強い。
オレンジに近い茶色の髪を黄色いバンダナでくくり、袖を肩までまくり上げた作業服姿で図面を開くと、なかなか貫禄がある。
「……とりあえず雨期に向けて、杭を打ち込んでの仮復旧を勧めています」
「そうねぇ。沈下を止めるために井戸の使用を制限するなら、上水道を整備しないといけないし……。当面は沈下と付き合っていくしかないものね」
そばでは、テンゲル王国の技師たちが喧々諤々と喧嘩のような議論をしていた。
「……彼ら、かなり揉めてたようです」
「あら、そう……」
「最初は誰も口をきかなくて、こっちが気を遣いましたよ」
「ふふっ。それは、ご苦労さま」
ふと、その議論の輪にエイナル様が入っていかれるのが見えた。
「まあまあ。我が国でもコルネリアが構造計算の誤りをひと目で見抜いたことがあってね……」
と、わたしの自慢話を始める。
くすぐったくて嬉しくもあり、またエイナル様が馬鹿にされることになるのではとハラハラもする。
ギーダが声を潜めた。
「……テンゲル王国では、コルネリア閣下のことを悪女と噂する向きもあるようで」
「あっ……、悪女?」
つい大きくなりそうになった声を、慌てて潜める。
「リレダルの大公世子を籠絡し、その権勢を利用して御実家を乗っ取った……、と」
そう言いながら、ギーダも鼻で笑った。
「……色々言われちゃうのね」
「この半年あまり、お伽噺のようなご出世ですから」
「あら、褒めてくれてるの?」
「呆れてるんですよ」
「ふふっ。その方がギーダらしいわ」
エイナル様の自慢話にテンゲルの技師たちも呆れて毒気を抜かれたのか、ようやく冷静な議論を始められたようだ。
堤防は大工事だ。様々な思惑が絡み合う。
技師たち一人ひとりにも有力貴族からの息がかかっているだろうし、他国の者があまり口出しすると、話が余計にこじれる。
言葉遣いに注意するようギーダに伝えて、現場を離れた。
Ψ
復興途上の街を、エイナル様と歩いた。
ドーム型の屋根が印象的な貴族たちの居住地区と違い、市街地の復興は遅れていた。
「……庶民が後回しになるのは、あまり感心はしないけどね」
エイナル様の呟きに、わたしも同感だ。
それこそ、連れて来た2千名の騎士に復興を手伝わせたいのだけど、そういう訳にもいかず、もどかしい。
掘立て小屋で営業を再開させてる店で、肉の串焼きを買い求めて、エイナル様と頬張った。
「美味しい~っ! これは……、羊?」
「うん、そうだね。子羊だと思うよ」
この状況では、なかなか売上も上がってないのだろう。
護衛の騎士たちにも振る舞うと、店主から大いに感謝された。
ふと、遊覧船で乗客にフルーツをお振る舞いになられたカーナ様を思い出し、クスリと笑ってしまう。
「カッコよかったなぁ……。あの時のカーナ様」
と呟き、あたりを見回す。
周囲には、倒壊したまま放置されている家屋が散見され、思わず眉を寄せる。
その物陰から、こちらをジッと見詰める視線に気が付いた。
小さな女の子と、もっと小さな男の子。姉弟だろうか。身なりは汚れていて、洪水で被災したのだろう。
瓦礫に腰を下ろしたまま、気力を感じない眼差しでわたしたちの方を眺めていた。
串焼きを2本手に取り、ふたりに歩み寄る。
「食べる?」
しゃがんで視線を合わせて微笑むと、ふたりはコクリと頷いて、美味しそうに味わって食べ始めた。
――食べ方に品がある。……よい家庭で育ったのだろうに。
ふたりが食べ終わるまで隣に腰を降ろし、空を見上げた。
この治政には、やはり納得がいかない。
せめて、炊き出しの救民小屋くらいは王政で建てるべきではないか。
庶民は大人でも生きるので精一杯だ。
子どもにまで手が回っていない。
昨日、招かれた晩餐で供していただいた豪華な料理を思うとやり切れない。
食べ終えた姉弟が、丁寧に頭をさげてくれた。
「おっ、偉いな」
と、エイナル様が、両手で姉弟の頭をワシャワシャと撫でた。
「ボクたち、リレダル王国から来たんだ。知ってる? リレダル王国」
と、膝を抱き、長身を小さく畳まれたエイナル様が姉弟に微笑む。
姉は弟を抱き寄せ、コクリと頷いた。
エイナル様は声をさらに和らげた。
「ふたりのおウチは流されちゃったの?」
「……うん」
「じゃあ、ボクのところで働く? ご飯と寝るところくらいは用意できるよ?」
そう仰られたエイナル様に、姉が泣き出し、つられて弟も泣き出した。
ばあやが駆け寄り、ふたりを抱き締める。
「……ビシビシ働いてもらうからね。ご飯をいっぱい食べて、ゆっくり寝るんだよ」
姉弟の汚れた身なりも気にせず抱き締めるばあやに、エイナル様が深く頷かれた。
「コルネリアは、いい侍女に来てもらえたね」
「はい……。あの……」
「ん?」
「……よろしいのですか?」
「なにが?」
「……内政干渉だと、テンゲル王国から咎められる恐れも……」
「はははっ。小間使いをふたり雇ったくらいで咎めて来るなら、さすがに笑い飛ばすよ?」
確かにそうだ。自分の頭が少し固くなっていたことを反省した。
泣き止んだ姉弟は、ばあやに手を引かれて歩く。
カリスが、持っていた砂糖漬けのお菓子を食べさせると、ふたりはやっと笑顔を見せてくれた。
それにしても――、と思う。
エイナル様は姉弟に、親のことを聞かれなかった。恐らく洪水の犠牲になったことは想像に難くない。
口にするだけでもツラいことを、エイナル様はわざわざお聞きにならない。
わたしと最初に会ったときもそうだった。
さすがに〈人さらい〉と言われることはないだろうけど、他国の地で孤児に手を差し伸べることにも、躊躇されなかった。
「ん? ……あのまま立ち去ってたら、コルネリアが悲しそうな目をしてたでしょ?」
「あ、ええ……。それは、きっと」
「テンゲルから難癖付けられることより、そっちの方がボクはツラいかなぁ~?」
と、気持ちよさそうに笑われた。
この懐の広さ、度量の大きさが、なぜテンゲルの貴族には伝わらないのか。
すこし唇を噛む。
「焦ることないわよ?」
と、カリスが耳打ちしてくれた。
ハッと振り向くと、優しく微笑んでくれている。
「いまに、テンゲルの人たちにも、エイナル様のことが分かるわ」
「そうね……」
姉弟は、ばあやにお風呂に入れてもらいピカピカになった。
午前中は邸宅の掃除をして甲斐甲斐しく働いてくれている。午後は自由時間にしてるけど街に出ることはなかった。
エイナル様が姉に小遣いを握らせた。
「ほかにも困ってる子どもがいるなら連れておいで」
「……いいの?」
姉が上目遣いにエイナル様を見た。
「うん。だけど、ごめんね。悪いことに手を染めちゃってる子はダメだ。罪人を匿ったら問題になる」
「……うん」
「キミの目で見て大丈夫な子だけなら、連れて来てくれていいよ」
緊張気味に頷いた姉は、弟を邸宅に置いたまま駆け出した。
そして、日暮れまでに、数人の子どもを連れて帰って来た。
邸宅が急に賑やかになる。
午後になると中庭で遊ぶ子どもたちの笑い声や叫び声が外まで響く。
「やっぱり、子どもは笑ってるのがいちばんだね」
と、目をほそめるエイナル様と、お部屋から子どもたちを眺めた。
ただ、案の定、テンゲルの王宮から、抗議の使者が来た。
「勝手なことをされては困りますな」
と居丈高な使者に、エイナル様は泰然と微笑まれた。
本日の更新は以上になります。
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