46.冷遇令嬢は機嫌よくしたい。
茶会は飽くまでも非公式。予定になかった晩餐にまでお招きいただいた。
その帰りの馬車で、ばあやが眉を寄せた困り顔で笑った。
「あの公爵夫人は、褒め方がお下手でしたわね」
「……褒め、……方?」
「エイナル様のことを『ボンヤリ』だなんて……、あれでコルネリア様のことを褒めているおつもりなのですわ」
ばあやの言葉に、わたしも眉を寄せ、首をひねってしまった。
「……ばあや、どういうこと?」
「ふふっ。エイナル様を落とすことで、コルネリア様を持ち上げているおつもりなのですわ」
「……えっ?」
「そういう方もいらっしゃいます」
ばあやの隣で、カリスが微笑んだ。
「ネルは、エイナル様の魅力を、みんなに知ってもらいたいものね」
「あ……、うん」
カリスとの友人付き合いが公のものになって、かなり気楽になった。
ばあやは、リサ様のお許しを得て、正式にわたしの家臣に移籍してくれた。
「コルネリア様のもとにおれば、色々なところを一緒に旅させていただけますもの」
と、にこやかに笑ってくれた。
ご子息は立派に独り立ちされ、すこし環境を変えてみたいという気持ちもあったのだろう。
リサ様も快くお許しくださった。
世間の荒波に揉まれたばあやは、わたしがときどき出会う、理解できないタイプの人について優しく教えてくれる。
そして、
「気にし過ぎると、良くないわよ?」
と、カリスが、わたしの気持ちに寄り添ってくれる。
宿舎の邸宅に戻ると、エイナル様は既に国王主催の晩餐の席からお戻りで、特に気分を害された様子もなく、ホッとした。
カリスとばあやを休ませ、エイナル様と寝室の窓辺に腰を降ろし、ふたりで夜景を眺めた。
「皆さん、コルネリアのことを褒めていたよ?」
「そ、そうですか……」
「いい奥さんだねって、随分、羨ましがられてしまった」
嬉しそうに杯を傾けるエイナル様に、今夜はなんだか素直に喜べない。
「あれ? コルネリアの方は、なにかあった? 表情が暗いよ?」
「いいえ……、なにも。とても和やかなお席でしたわ」
「なら、いいけど」
河川問題での訪問ということで、エイナル様は大河伯であるわたしに、正使の座をお譲りになられた。
宮廷の席次で、大公世子であるエイナル様は父君である大公閣下、ホイヴェルク公爵に次ぐ第3位。
エルヴェン公爵に叙爵されたわたしは、第4位。
本来であれば、エイナル様の方が正使を務めるべきだ。
けれど、
「まあ、副使の方が動きやすいこともあるし、気にしなくていいよ」
と仰られたエイナル様の言葉に、素直に従うことにした。
夫人が正使で、夫が副使では体裁が整わないので、大河伯として正使の任を受けたのだけど、少し後悔していた。
翌日、テンゲル王国の交易大臣が、わたしに接触を図ってきたからだ。
「貴国リレダル王国とは、バーテルランド王国との戦争で、ながく交易が途絶えておりましたが、この機会に再開に向けた協議を行えないものかと……」
「……光栄ですわ」
リレダル王から交易再開に向けた下交渉の密命を受けていたのは、エイナル様だ。
「ぜひ、明敏なるコルネリア大河伯閣下と交渉せよと、我がテンゲル王国の国王陛下より厳命を受けております」
不満だった。
昨日、エイナル様を晩餐に招いておきながら、テンゲル王がわたしとの交渉を選んだことに。
だけど、大臣を追い返す訳にもいかない。
「……交渉には、副使も交えてよろしいでしょうか?」
「あ……。ええ、それで結構です」
エイナル様の存在を忘れていたかのような大臣の表情も癇に障る。
貴賓室にエイナル様を呼び、交渉の席に加わっていただく。
「……それで、大河伯閣下。バーテルランドとの和約の方は?」
「両国貴族が相互に交わす婚姻の、最後のひと組の結婚式がまもなくです。これを待って平和条約に調印という運びで協議が整っておりますわ」
わたしとエイナル様の結婚式で両国王は戦場以外で初めて顔を合わせ、和平協議が随分進展した。
「両属となられたコルネリア閣下のお働きあればこそですな」
と、大臣が感心して見せるのも、ほんとうは腑に落ちない。
エイナル様はもちろん、クラウス伯爵や大公閣下、また母国の宰相閣下など、たくさんの方たちの努力があればこそだ。
和平のために結婚を捧げたご令嬢も、わたしだけではない。
「……わたしなど、最後の最後に出てきただけですわ」
「いやいや、ご謙遜を。ながく争っていた両国の和平を、こうも速やかに成立させたのは、コルネリア閣下の存在を抜きには語れますまい」
「ええ、大臣の仰られる通りです。コルネリアはすごいんです」
と、エイナル様がにこやかに笑い、大臣は困ったような笑みを返した。
わたしが、いかにしてエイナル様に見付けていただき、いかにしてお母様から授けられた学問の才を発揮するにいたったか。
滔々と語る場ではない。
大臣が難しい顔で、腕組みをした。
「リレダル、テンゲル両国の交易を本格的に再開させるは、通過するバーテルランドとの協議も重要ですな」
「……そこは、変に隠し立てせず、三国間での合同委員会を立ち上げるのが、よろしいかと」
「おおっ。さすがはバーテルランドでは王政顧問を務められるコルネリア閣下。……そこは、お骨折りいただけますかな?」
「ええ……、よろこんで」
下交渉に手応えを感じたのか、大臣はホクホク顔で帰って行った。
ニュッと、唇が前に出る。
「……エイナル様?」
「ん? ……あれ? コルネリア、怒ってる?」
「そうではありませんけど……」
「いい交渉が出来たと思ってたけど?」
「……そうですわね」
胸のモヤモヤを、うまく言葉にできない。
わたしを信じて任せてくださるエイナル様に文句を言うのも、なんだかおかしい気がする。
ポスッと、エイナル様の胸に背中を預けた。
「コルネリア、疲れちゃった?」
「……そうですわね。すこし疲れたかもしれませんわ」
お母様の言葉が、妙に胸に響く。
――バカでいる方がいいのよ。
こんな意味で仰られた訳ではないのだろうけど、わたしが才を発揮すればするほど、エイナル様を貶める者が出て来るのではないかと、不安になっていた。
「……今晩は、寝室を別で」
「え!? ……ボク、なにか気に障ることしちゃった?」
「いいえ。……久しぶりに、カリスと夜語りしたくなっただけですわ」
明日は一緒に街あるきをしようねと約束して、エイナル様と別々の寝室に入った。
明日は機嫌よくしたい。
明日はエイナル様を粗略に扱う者と出会わないようにと祈りながら、結婚後初めて、ひとりで床に就いた。
本日の更新は以上になります。
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