45.冷遇令嬢は招かれる
第二部、開幕です。
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたしますm(_ _)m
Ψ Ψ Ψ
ドーム型の天井が特徴的な、広々とした謁見の間。金や鮮やかな色彩が壁面を覆う。
わたしは、母国バーテルランド王国と大河を下流に国境を接する、テンゲル王国を公式訪問している。
「こちらが、リレダル、バーテルランド両国王陛下からの親書にございます」
「……うむ。大儀であるな」
近侍の手から、テンゲル王に親書が渡る。
ツヤのないストレートな黒髪が長くもみあげから伸びている。おなじく黒々とした口髭と顎髭は短く整えられ、こけた頬を精悍に見せていた。
わたしは、決して歓迎されていない。
男性ばかりのテンゲル貴族が立ち並び、奇妙なものでも眺めるような視線に取り囲まれている。
「コルネリア大河伯が、優秀であることはよく理解した」
と、テンゲル王が親書を近侍に返す。
「恐れ入ります」
「しかし……、先の豪雨にて、我が国に甚大な被害をもたらしたのも、大河伯ではないかな?」
リレダル王国における被害は軽微。バーテルランド王国でも父前侯爵のもたらした被害を除けば、6年前の大氾濫を下回る。
完全な言いがかりではあるものの、わたしのせいで自国の被害が拡大したと難癖をつけられている。
被災した民から上がる怨嗟の声が自分に集中し、苦し紛れにわたしの名を持ち出したのだ。
「……貴国の被害には、厚くお見舞い申し上げます」
「うむ……」
「大河を下り貴国の港に着けば、いまだ仮復旧といったご様子。……貴国の優れた排水技術をしても、港の周囲にはまだぬかるみが残り……」
「それよ、大河伯」
我が意を得たりとばかりに、テンゲル王は身を乗り出した。
「我が国がどれほどの被害を受けたことか、その目で確かめたであろう?」
「ええ。たくさんの井戸を拝見いたしましたわ……」
「井戸?」
「恐らく、豪雨前より一帯で地盤沈下が起きていたものと推測されます」
テンゲル王国の水防政策は独特で、堤防よりも排水を重視する。
王都は大きな支流が大河に流れ込む三角州に位置し、近隣の流量は元々多い。そのため河幅の拡幅や排水網の整備で対応してきた。
「僅かな沈下、恐らく5センチから10センチ。その高さが堤防から失われていたのです」
「そ、その程度の高さで……」
「……痛ましきことながら、問題なのは高さだけではなく、堤防の一部が構造的に歪んで脆くなっていたことです」
「歪み……」
「決壊した箇所といまだ水が引き切らない場所を結べば、井戸が多用される地域をすっぽりと覆っております」
貴族たちがざわつき始め、技師の長と思われる年老いた男性が王の側に呼ばれる。
わたしの後ろに控えてくださるエイナル様に、ちょんちょんと肩をつつかれた。
ニコリと微笑んで、好意的でない場所に立つわたしの心を励ましてくださる。
「むう……」
と、テンゲル王が唸った。
責任を他国に押し付ける自説を崩されたことが不満なのだろう。表情は硬い。
「恐れながら、国王陛下」
「……なんだ?」
「決壊前、これだけの雨量に晒されながら内水氾濫をまったく起こさなかった、貴国の排水技術は確か」
「うむ……」
「支流に大河の水が逆流するバックウォーター現象も完全に防がれています」
「……なぜ、そのようなことが、我が国を訪れたばかりの大河伯に分かるのだ?」
「バックウォーター現象が発生していれば、王都がこの程度の被害で収まっているとは考えにくいからですわ」
「そ、そうか……」
「僅かな地盤沈下は、まさに蟻の一穴。誰の責任とも言えませんわ」
謁見の間に、なんとも言えない安堵の空気が広がった。
港に到着してすぐ、近隣の者たちから、
――豪雨の前から、排水の流れがすこし悪くなっていた気がする。
という証言も得ている。
排水の勾配が変化していたのだろう。民の声に耳をすましていれば、地盤沈下を事前に把握できたはずだ。
けれど、それを今言えば、テンゲル王と技師の長のメンツを潰してしまう。
わたしは、穏やかに微笑んだ。
「原因が分かれば、貴国の優れた技師の皆さまが排水網の再整備をされるのは、アッという間にございましょう」
「うむ、……そうであるな」
「もし、国王陛下よりのお許しをいただけるなら、わたしも貴国の排水技術を学んで帰らせていただきたく存じます」
「左様……、であるか」
「引き替えと言ってはなんですが、リレダル大河院より、堤防技師を連れて来ております。……雨期が近付く中、堤防の修復でお力になれることもあるかと」
貴族たちからも、いくつか質問の声があがり、丁寧に答える。
なかには懐疑的な意見もあったけれど、雨期が近く堤防の修復が急がれる。
テンゲル王と技師の長は、まだすこし不満げではあったものの、最終的に貴族たちからの賛同の声が押し切った。
技師たちの技術交流が決まり、わたしの逗留も決まる。
宿舎には立派な邸宅が与えられ、心配したエイナル様が連れてきた2千の騎士もすべて収まった。
「もう……、大袈裟ですわね」
「でも、……捕えられたりしたら、大変だしね」
と言われては、ながく軟禁生活を送ったわたしとしても断れない。
わたしのエルヴェン騎士団に加えて、大公家の騎士団からも護衛が付いた。
鎧をまとわない騎士服の軽武装であればと、テンゲル王からの許可も出ている。
そして、豪華な邸宅の中を歩き回っては、目を輝かせる。
「ふわぁ~! テンゲル様式の建物は、壁も柱も天井も、色鮮やかですわねぇ~!」
金と銀のタイルで縁取られた廊下の窓枠に手をかけ、エイナル様と並んで夕陽に染まりゆく街並みを眺めた。
「リレダルの高くて尖った感じとも、バーテルランドの水平に広がる感じとも違って、こう……、ドームがたくさんあって、ぼこぼこっとした感じですわね」
「うん。……神秘的だね」
と、エイナル様が、わたしの腰を抱いて寄り添ってくださる。
いまは侯爵領で執政官を務めてくれるカリスの祖父が、母テレシアを見付けた国。テンゲル王国。
思いのほか、早く訪問することができた。
「お母様の謎を解かないといけないわ!」
と、訪問前に意気込んだわたしに、休暇先のエルヴェンで合流したカリスが、優しく微笑んでくれた。
「……謎?」
「そうよ! 神話級の天才テレシアが、なぜ、男を見る目だけはいまいちだったのか!? ……神話級の謎だわ!!」
「ふふっ。……そうね」
すっかりリフレッシュしたカリスも、テンゲル王国に随行してくれている。
エイナル様がちょっと不審に、廊下の左右をキョロキョロっと見回された。
「……? エイナ……、んむッ」
結婚式を終えてから、エイナル様は隙を見ては、わたしに〈チュー〉してくる。
「もう……、こんな廊下で」
「……景色が綺麗だったからね」
「理由になっておりませんわ」
と、エイナル様の胸の中に身体を預け、異国の地に日が沈む様子をゆったりと眺め続けた。
雨期を前にした、初夏の熱さが心地よかった。
Ψ
すぐにでも街を歩き回って、堤防の修復現場にも行きたいけれど、まずは社交。
有力貴族が開いてくれる茶会に、足を運ばない訳にもいかない。
エイナル様は国王に招かれ、わたしはカリスとばあやを伴って、貴族夫人たちのお茶会にお呼ばれした。
公的な役職と身分をいくつも持つ高位貴族の身では、こういった場をおろそかには出来ない。
「コルネリア様は本当に優秀でいらっしゃいますのね。我が家など、夫が王宮から帰るなり、何度も唸っておりましたのよ?」
などと、和やかにもてなしてくださる。
みなさんがお召しのドレスには金糸や銀糸を織り込んだブロケードが用いられ、浮き彫りような模様が鮮やか。
首元を覆う高い襟を、宝石や真珠が飾るネックラインは荘厳で豪華。
異国の文化に、目を輝かせる。
なかでも、公爵夫人だという初老の貴婦人は、とても敬意を込めてもてなしてくださった。
「夫君のエイナル様は、とてもボンヤリされていて、羨ましいですわ」
「ボ……、ボンヤリ?」
「うちの夫など、いつも偉そうで。仕事は出来るのかもしれませんけど、もう少し私の方も向いてもらいたいと、いつも思っておりますよの?」
「あ……、ええ」
「より上位の称号である〈大公世子夫人〉ではなく〈大河伯〉を名乗られるのも、ボンヤリされてるエイナル様を立てられてのことでしょう? ほんと、コルネリア様はご立派ですわね」
悪意は感じられないのだけど……、釈然としない。
数人の貴族夫人に囲まれ、話題が次々に流れていくまま、うまくエイナル様のことを紹介できなかった。
ただ、考えたこともなかったので、エイナル様の魅力や偉大さを、言葉にしてみたことがなかったのも確かだ。
ニコニコと微笑んだまま茶会を終えたのだけど、どうにも気持ちがモヤモヤする。
ふと。
国王のもとに招かれたエイナル様がどんな扱いを受けているのか、気になった。
本日の更新は以上になります。
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