最終話.冷遇令嬢は目を輝かせる
グレンスボーの城塞で、デッキブラシを握る。グリフ家伝来の宝物などは退避させられたけど、建物は逃げられない。
王国のため、しばらく水に浸かってくれたことに感謝しながら、丁寧に掃除する。
「はいはい! エイナル様!? 手が止まってますわよぉ~?」
「はははっ。見付かってしまった」
「わたしは、いつでもエイナル様を見ておりますわよぉ~? さあ、ここが終わったら、ばあやの昼食です! もうひと働き、頑張りましょ~!」
わたしが城塞の清掃に加わりたいと言ったら、エイナル様も付き合ってくださった。
貴公子なのに、頭が下がる。
わたしの中では色々な想いが渦巻いてる。お母様に注いでいただいた愛情と学問。けれど、まだ壁が低かった頃、お母様は赤子のわたしを抱いて脱出も出来たはずなのではないか。父とフランシスカへの裁定はあれで良かったのか。やはり、甘すぎたのではないか。だけど、国外追放や処刑などで罪から解放してやるのも腑に落ちない。職務とはいえグレンスボーを水に沈めた申し訳なさ。せめて、自分の手で清掃を。でも、早く結婚式も挙げたい。
なるほど、これが外の世界で生きるということなのだなと、黙々と手を動かす。
汗をかき、エイナル様ともみんなとも、笑い合って過ごしている。
初めての肉体労働に、目を輝かせてもいる。身体を動かし、汗をかいたあとのご飯が美味しいのも初めての体験。
「ばあや! このお魚のシチュー美味しい
~っ! 食べたことない味がするわ!」
「ええ。この辺りで獲れるイワナは川魚の臭みが少なくて、風味豊かなんだそうですわ。漁師が持って来てくれたんです」
旨味の溶けた滋味あふれるスープと、ほろほろと柔らかな食感に、目を輝かせる。
魚市場の燻製小屋で働く、フランシスカの様子ものぞいてきた。
相変わらず、奇妙奇天烈な理屈を言っては、
「何言ってるか、全然分からねぇ!」
「うぐっ……」
「いいから、手を動かせぇ~」
と、荒っぽいけど気のいい職人さんたちに囲まれ、汗を流していた。
わたしにあった歪みは、エイナル様の愛情が正してくれた。
フランシスカの歪みも、流れ者がたどり着くことも多い交易都市エルヴェンの、荒っぽい愛情に揉まれて、正されたらいいなと思う。
「お~い! 元姫様! これ、向こうに持ってけ~!」
「元姫様って呼び方、いい加減やめてよね!」
「フラちゃ~ん! こっちも~!」
「フラちゃんも!」
一緒に、そぉ~っと、のぞいてたカリスが苦笑いした。
「随分、温情のある裁定ね」
「そう?」
「だって、フランシスカ様。意外にも、なんだか楽しそうよ?」
「う~ん……。あのまま、牢屋に入れてても、フランシスカが、自分の仕出かしたことや、わたしへの仕打ちを反省するとは思えないのよね」
「それは、そうね」
「……ちゃんと受け止められるようにするのって、ひょっとしたらフランシスカにとっては、すごく過酷なことになるんじゃないかな」
「あら?」
「なに?」
「ネル、ちゃんとお姉ちゃんやってるし、冷徹な為政者でもあるじゃない?」
「……褒めてる?」
「褒めてる。……罪人を良民へと領導するのは、為政者の大事な責務よ」
「ふふっ。……そうね」
見方を変えれば、フランシスカも父の犠牲者だろう。
なんて家に生まれたんだって詩にしたら、教授が褒めてくれた。詩学34位の成績を付けてもらった。
だからと言って、許すつもりもないけど、せめて自分の行いの意味を自覚してから、反省し、悔いてほしい。
でないと、わたしの19年が虚し過ぎる。
フランシスカは、黙って軟禁した父の背中を見て育ち、黙ってわたしの食事を抜いたのだろう。
いつか、黙って温情をかけられたことの惨めさに気が付いてほしい。わたしからの、かるい復讐だ。
「気付くかなぁ~~~っ!?」
「え、なに? ネル」
「ま。16年もあれば、気付くか」
「なによ?」
「ふふっ。また今度、話す!」
お陰さまで、わたしは多忙だ。清掃の傍ら、仕事は辺境のグレンスボーまで追い駆けてくる。
どれも楽しくて、目を輝かせる。
お母様から授かった学問を活かし、自分なりに応用して発展もさせる。
新しい発見を、お母様と議論できないことにふと気が付いて、ご不在を強く感じる。
わたしは、お母様が亡くなられたことを受け入れようとする自分に、ようやく気が付いた。
いろいろ思っても、やはりお母様の愛情は信じられるし、今でもわたしにとってかけがえのない宝物だ。外の世界には、お母様と一緒に出たかった。お散歩したかった。
そういう夜、星空を見上げ、エイナル様が手を握ってくださる。
「……エイナル様。はやく、掃除終わらせましょうね」
「うん、そうだね」
「両国の国王陛下をお迎えしての結婚式です。ピカピカに磨かないと」
「ふふっ」
「……なんですか?」
「コルネリア殿は、ほんとうに強く、しなやかに、美しくなられた。……いや、きっと、もともとそうだったんだ」
「……賢しら、ですか?」
「どうだろうね?」
「ええ~っ!? ハッキリ教えてくださいよぉ~!?」
「もう、ボクにはどうでもいいんだ。……こうして、寄り添って、労わり合って、愛しみ合える。……それだけでいいんだなって、ボクも気が付いた」
「まあ……」
「一緒に、どこまでも〈お出かけ〉しよう! コルネリア殿の目を輝かせに行こう! そうしたら、ボクの目も輝く」
わたしは、そっとエイナル様の胸に、身体を預けた。
辺境のグレンスボーにも初夏が訪れ、衣ごしに触れ合う熱が、心地よかった。
「嬉しい……、お言葉ですわ」
「本心だよ?」
「信じておりますわ」
「うん」
「……言葉にしてくださるお気持ちが、嬉しいのです」
エイナル様は、ずっとわたしを信じ、わたしが話し出すのを待っていてくださった。
急がず、慌てず、見守ってくださった。
どこにでも連れて行ってくださり、素敵な風景をたくさん見せてくださった。
深く底なしの愛情を、わたしに注いでくださった。
だけど、わたしには最後にひとつだけ、どうしてもエイナル様に打ち明けられない思いがある。
――はやく結婚式で、チューしたい!!
ウズウズしている。けど、ちょっぴり恥ずかしくて言い出せない。
黙々と清掃に励んでいる。
もしかすると、エイナル様との〈チュー〉で、色々吹っ飛ぶんじゃないか……、なんてことも考えてしまう。
気付け! 気付け、エイナル様!
と、思うのだけど、いずれ近々、必ず叶う予定の願いだ。頬を紅く、口をすぼめて、楽しみに待っている。
そして、ひとり、お母様の日記をひらく。
エイナル様との結婚を、お母様に報告するように、お母様の肉筆に触れる。息づかいを感じる。
神話級の天才、テレシア。
はたして、彼女が一体どこから来たのか。
その足跡をたどる〈お出かけ〉に、エイナル様と一緒に旅立つ日を夢見て、目を輝かせる。
― 第一部 完 ―
*あとがき*
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!
手探りで始めたコルネリアの旅だったのですが、なんとか完結とさせていただくことが出来ました。
また、感想などもお聞かせいただけますと、とても嬉しいです。
ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけると、跳び上がって喜びますm(_ _)m
次回作は明日から連載開始いたします。
次は、継母のお話しです。ぜひぜひ、引き続きお付き合いいただけましたらとても嬉しいです。
なお、次回作は明日3話公開の後、少し更新頻度を落として1日1話ペースでの公開を予定しております。ごゆるりとお楽しみいただけると幸いです。
さて、本作ですが、4月28日から続編の連載を開始します! 匂わせるだけで書けてない作品もあるので宣言します汗
最後、バタバタッと政治面だけが駆け足になっちゃった感もあり、続編ではコルネリアとエイナルのお話を中心に、新キャラも登場させつつ、ゆるゆる2人の物語を描きたいと思います。
舞台は母テレシアを執事長が見つけた、さらに下流の国、テンゲル王国。母の出生の謎を追いつつ、コルネリアとエイナルが新たな関係を築きつつゆるゆる旅するお話になる予定です(カリスもいるよ)。
宣言したので、やりますm(_ _)m
1日1話公開を目標に、不定期連載になるかもしれませんが、完結は必ずさせる主義です。どうか、引き続きコルネリアの旅にお付き合いいただけますと幸いです。
最後までお付き合いいただきまして、本当にありがとうございましたm(_ _)m
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