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43.冷遇令嬢の新しい家

当面の宿舎に、離宮を借りている。


夜のテラスで、カリスと星空を見上げた。



「……思ってたより、相当ひどいわね」


「ほんとに……」



と、ふたりでため息を吐く。


調べを進めれば進めるほど、モンフォール侯爵家の統治、家政ともに惨憺たる実情が明らかになってきた。


お母様の軟禁に苦言を呈したり諫言した家臣はすべて遠ざけられ、父の周辺に残ったのは奸臣や佞臣の類いばかり。


いきおい、横領や収賄が横行しており、調べようにも、そもそも資料が無茶苦茶。


数字の辻褄が、全然合わない。



「そりゃ、逃げ出すはずよね……」


「ねぇ……」



罪状の確定した元家臣から順に、追っ手をかける。捕縛できたら、詮議。


すべては、嘘を吐いてお母様を隠し、やましいところのある父が、捨て鉢な統治をおこなっていたせいだ。


弱みを脅す悪臣もいたようだ。


王国や他家に対する損害だけではなく、家政に対する責任も問うている。



「……フランシスカ様も、何にあんなにおカネ使ってたんだろ?」


「ほんとに……」



こちらも、数字がまったく合わない。ただ膨大な額を浪費していた。


詮議に対しても、論旨が散らかっていて、要領を得ない。調書は難解なパズルを読むようだ。



「私はお姉様みたいに綺麗じゃないんだから、私には着飾る権利があるわ! 豪遊しないと見劣りするじゃない!」



という理屈が解説できる人を、誰か紹介してほしい。軟禁し世間から隠した姉と、誰が比較するというのだ。


父は正当化と強弁を繰り返していて、こちらも反省している様子はまったくない。


ただ、フランシスカの母、ベルタだけは、



「……私たちの世代で、テレシア様に憧れなかった女性はおりません」



と、ボソリ、ボソリと詮議に応じている。


父がお母様を軟禁した後、先代侯爵、つまりわたしの祖父にあたる人が、伯爵家との政略結婚を父に強いたらしい。


フランシスカが、



――テレシアと比べられ続ける、私のお母様みたいな人生、私は絶対にイヤ!!



と、絶叫していた人物像とは、すこし違って見えた。


散財や浪費、不正の形跡も見られない。


出自の伯爵家から、領地で蟄居させ表舞台には出さないからと、引き取りの申し出があったので応じることにした。


不幸な政略結婚だったのだろう。


わたしに丁寧に頭をさげて、実家に戻っていった。穏やかな余生を祈った。



「……風通しの悪い家だとは思ってたけど、ここまで腐敗してたとは、気が付かなかったわ……」



と、メイドとして勤務していたカリスが嘆いた。


祖父の執事長は、自分まで去れば、いざというときにお母様やわたしを守れる者がいなくなると考え、父に逆らわず、黙々と働いていてくれたらしい。


わたしの輿入れに、カリスをねじ込んでくれた。鬼気迫る執事長の勢いに、父が気圧されたらしい。とても感謝している。


詮議にも素直に応じ、様々な証言をもたらしてくれた。


結局、フランシスカも、父の知らないところで横領に手を染めていた。悪臣に唆されたらしい。


穴埋めしようと借金したり、また横領したりと、無軌道な実態が明らかになった。


まあ、父も似たり寄ったりだった。


ふたりのつくった借金は、王国全土の貴族から大量に寄せられたわたしの爵位継承への祝い金で返済できた。



「……なんていうか、賠償金も含めて、全体的にプラスマイナスゼロな感じなのも、納得いかないわよね」


「ふふっ。ネルも律儀だから、顧問の仕事もこなしてるしね」


「あれはいいのよ、楽しいし」



母国の河川政策への提言をまとめて、国王陛下に提出した。


母国には大河伯に相当する役職はなく、宰相といえども貴族領への干渉は出来ない。これから群臣で討議するだろう。


急ぎ、モンフォール侯爵領の堤防は応急工事を開始させた。雨期までに仮復旧にこぎつけないと、また被害を出しかねない。



「働き者のコルネリアを大河伯に推薦しておいた、……って、王太子殿下が仰られてたわね」


「あはっ。懐かしい~!」


「ほんと、ネルは働き者だわ」


「カリスに言われたくないわよ」



執事長は、わたしと同じ年に生まれた孫娘のカリスに、



――いつか、コルネリア様のお役に立てるように……、



と、仕事を叩き込んで育てたらしい。



「ま、ネルにひとつ告白しておくと……」


「え? なに、恐い」


「……私も、ネルにひと目惚れだったのよねぇ~」


「……え?」


「私たちが4つの頃、まだ壁も低くて、祖父に連れられてお屋敷に遊びに行って、……見ちゃったのよねぇ、ネルを」


「そうだったんだ」


「んふっ。可愛かったわぁ~。あの娘が私の主君になるんだって、祖父の厳しい教えにも付いていけたの」



始まりは、どこだったのだろうか。


執事長がお母様と出会ったとき? 父がお母様を見初めたとき? お母様が次期宰相に内定したとき?


でも、やはり父が嘘を吐いたときだろう。


エイナル様のように、度量大きくパートナーの立身出世を手放しに喜べとは言わない。妬み心が起きたり、プライドが傷付くこともあるだろう。


だけど、父はそれをお母様と話し合っただろうか?


黙って、軟禁してしまった。隠した。


その後の影響も考えず、衝動的にやってしまったのだろう。軽率にもほどがある。


領地を荒廃させ、家政を腐敗させ、嘘の辻褄あわせだけに神経をすり減らし、これまで生きて来たのだ。


巨悪も陰謀もなく、出てくるのは小悪党ばかり。実はお母様が敵国のスパイ!? とか、実はわたしが魔王の生まれ変わり!? とか、そんなお伽噺もなく。ただ、セコい悪事が積りに積もって、高い高い壁になり、ついに決壊の時を迎えた。



――いったい……、わたしは何に、軟禁され続けて育ったのだろう……。



改めて、遠い目をしてしまった。


暗い話をすればキリがない。


詮議にもキリがなさ過ぎて、打ち切って裁定を申し渡した。


父には19年間の重労働を課す。


堤防修復工事に従事させ、人夫小屋との行き来以外の外出を禁じた。


お母様の眠る丘を見上げながら、屈強な職人たちに囲まれ、汗水たらして働けばいい。


フランシスカには16年の強制労働。


想像以上に散財の度が過ぎていたし、横領も見過ごせない。


フランシスカが生まれて17年。わたしを軟禁し続けたのと同じ期間を課そうかと思ったのだけど、幼い頃、一度だけ甘い飴玉をくれたことを思い出して1年減じた。


エルヴェンの燻製小屋に送る。


魚市場の職人たちに囲まれ、すこしはまともな思考回路を身に着けてほしい。


なにか喚いてたような気がするけど、意味不明だし内容もないので、そのまま下がらせた。


そして、わたしは爵位は継承したけど、家督は継承しなかった。


貴族としてのモンフォール家は廃絶。


母テレシアを家祖とし、わたしが初代となるエルヴェン家を新たに興した。


わたしの気付かないうちに、エイナル様と出会っていた地。のぞき見されてた、エルヴェン。


遊覧船エイナル&コルネリア号の出港地。


わたしの最初の領地でもあるし、家名に頂戴することにした。


わたしは、リレダル王国の大河伯にしてバーテルランド王国の王政顧問、エルヴェン公爵にしてモンフォール侯爵の、



――コルネリア・エルヴェン。



になった。


つまり、父とフランシスカの、貴族への復帰の道は完全に断たれた。


結局、父が先延ばしに保留していた身上書は、エルヴェン家当主としてわたし自身で書いた。


父の名もフランシスカの名も載せない。



「結婚式では、私が父親役でエスコートしようかな?」



と、カリスが真顔で言ったので、



「いいわね、それ!」



と、笑い合った。



  Ψ



執事長を新たに執政官に任命し、侯爵領の統治を任せる。


かつて父に諫言して追放された、気骨ある家臣たちに乞うて呼び戻し、統治体制の確立を急いだ。


エイナル様に早く会いたい。


父の罪状が明らかになるにつれ、あまりの恥ずかしさに、先に帰国してもらった。



「エイナル様に隠し事をしようという訳ではなくてですね……、あまりにあまりと言うか……」


「ふふっ。分かってるよ」



おでこに〈チュー〉して下さった。



――ハッ! ここは、リレダル王国ではないのだから……。



と、気付いたときには、もうエイナル様の騎影が小さくなっていた。


やはりズルは良くない。


結婚式での感動を減じるところだった。


反省した。我慢、我慢。楽しみ、楽しみ。


領地の復興計画を立て、執政官に渡す。税率も当面下げ、復興に力を入れてもらう。


合間に王宮に呼ばれ、平和条約の条文づくりにも関わる。両属のわたしなので、両国に公平な文案に想を練る。


お母様の墓地には、礼拝堂を建てた。


王国中の貴族が参拝に訪れ始めたので、お母様には騒がしくて申し訳ないけど、観光客向けの商売も起こす。


差し当たって領民の働き口が増え、皆が笑顔を見せてくれているので、お母様も許してくださるだろう。


フランシスカから没収したお母様の遺品は、すべて墓地に納めた。どれも父から贈られた品だ。


最期まで父を愛していたお母様のところにあるのが相応しい。お母様の愛したものでも、わたしは愛せない。わたしには必要のないものだ。


ただ、モンフォール家の礼拝堂も再建したら、父からお礼の書簡が届けられた。


愚かで軽率だけど、良い心も持っているのだと、すこし安心する。なにせ、実の父親ではある訳だし。


別邸を囲む壁の取り壊しが始まる。


瓦礫は領地に移送し、堤防修復の資材として活用する。父が担いで運んで埋める。


取り壊しの様子を少しだけ視察して、あとは執政官に任せた。


侯爵領の復興にメドを付け、わたしは帰国の途についた。


もはや、どちらが〈帰国〉なのか、よく分からない。


再び、グレンスボーに向かう。


水が抜けたと報せが入っていて、わたしの強い希望で、グレンスボーで結婚式を挙げることになっている。



「ネルは、グレンスボー子爵に嫁いだんだものね?」



と、カリスが微笑んだ。


やっぱり、わたしの最初のお友だちだ。わたしの気持ちをよく分かってくれる。


季節はまもなく初夏。


馬車の窓を開け、



――グレンスボーに着いたら、まずは掃除ね。それから……!



と、ウキウキしながら、馬車に揺られた。

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