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42.冷遇令嬢は自分の手で裁く

わたしが謁見の間に入ると、貴族たちからどよめきが起きた。



『これほどとは……』


『まこと、テレシア殿の生き写しでないか……』


『宰相閣下より、話には聞いておったが……』



囁き声に会釈で応えて微笑むと、いい歳をした〈おっさん〉たちが、頬を赤くして、はにかんだ。



――お母様が、皆さま方の青春のヒロインだった……、って訳ね……。



多少の苦笑いを噛み殺しつつ、エイナル様を伴い、奥へと進む。


数多の視線と囁き声に晒されながら、宰相閣下のお隣、最上位の席次に立つ。


モンフォール侯爵家の罪を裁く場に赴いた長女でありながら、リレダル王国の公爵であり大河伯、また大公世子の婚約者というわたしには手厚い礼遇が与えられた。


やがて、父と義母、フランシスカが獄吏に引き立てられて来る。


そして、母国バーテルランド王国の国王陛下がお出ましになり、皆で拝礼を捧げて出迎えた。


父は、まがりなりにも侯爵。


高位貴族であり、裁定の場も大仰で厳粛に執り行われる。


国王陛下がご着座され、わたしは顔をあげた。


途端に、国王陛下がガバッと玉座から立ち上がられた。


リレダル王より年配で治世は長く、恰幅もいい。


たれ眉、たれ目で、人が良さそうだけど、太い鼻には精悍さが漂い、よく整えられた口髭と顎髭からは、威厳も感じられる。


そのバーテルランド王が、わたしを見詰めて動かない。



「……テレシアが一女、コルネリアにございます。お目にかかれて光栄です」



わたしが、カーテシーの礼で応えると、国王陛下は、



「う、うむ……、そうか」



と仰られ、再びご着座された。


父の呻き声が聞こえたような気がするけれど、視線は向けなかった。


書記官が抑揚のない事務的な声で、モンフォール侯爵家領の堤防決壊がもたらした被害状況を読み上げ、裁定が始まった。


王都をはじめとした王家領、および他家の領地にもたらした甚大な被害が詳らかにされていく。


そして、すでに調べを終えたモンフォール侯爵家の財産状況が読み上げられ、賠償金の支払い能力がないと明らかにされる。


わたしは目を閉じ、静かにそれを聞いた。


宰相閣下が、国王陛下に言上される。



「ゆえに、領地は没収。爵位は抹消。家門は廃絶。当人らは厳しく処罰。5年から8年の重労働といったところ。……さよう裁定すべきかとは存じますが……」


「うむ……。ソルダル大公世子、グレンスボー子爵エイナル殿」



と、国王陛下が、エイナル様の名を呼ばれた。



「はっ」


「……わざわざのお運び、痛み入る。ご覧いただいた通りの仕儀である」


「ははっ。……貴国の被りました甚大なる被害に、お見舞い申し上げます」


「うむ。重ね重ね、痛み入る。……わが国としては多大なる損害を与えた上に償いも出来ぬモンフォール侯爵家を、取り潰さざるを得ん。だが、それは貴国リレダル王国との和平を潰そうとの意志ではない」


「承知しております」


「……コルネリアとの婚約を継続されるも、新たなる婚儀を求められるも、貴国とエイナル殿の要望に沿う形で、和平交渉を継続させてもらいたいと考えている」


「ははっ」


「……コルネリア」



と、国王陛下のお声掛けに、わたしはカーテシーの礼を執って応えた。



「余は、そなたに会えて嬉しいぞ」


「恐れ入ります」


「……かような仕儀となったは、すべて国王たる余の不徳のいたすところである」



国王陛下は、大きく息を吸い込まれ、そして、ながく吐き出された。



「そなたよりの助言の書簡がなければ、さらに被害は拡大しておったであろう。わが国にとって、大いに助けとなった。心より、礼を申す」


「……恐れ入ります」


「余に出来ることであれば、なんなりと、そなたから受けた恩に報いたい。望みがあれば申してみよ」


「それでは、恐れながら申し上げます」



と、わたしは身体を起こし、国王陛下の瞳を真っ直ぐに見詰めた。


きっと、わたしではなくお母様を見ている国王陛下の瞳には、同情と敬愛の念が入り混じっていた。



「わたしは、モンフォール侯爵の爵位継承を望みます」


「なっ……、いや、しかし……」



立ち並ぶ、群臣もざわつく。


わたしは微笑を浮かべたまま、国王陛下の瞳を見詰めつづけた。



「当然、賠償金も引き継ぎます。……支払い猶予、分割でのお支払いの相談はさせていただきたいのですが、必ずや完済をお約束いたします。利息もお支払いします」



エルヴェン公爵としてわたし個人に入る経費、および大河伯としての俸給をあわせれば、最長で20年での完済と弾いている。


モンフォール侯爵領の復興が順調に進めば、最短8年でも可能と見込んでいた。


国王陛下は、何度か宰相閣下と目配せをし合った後、わたしに強い労わりの視線を向けられた。



「良いのか、コルネリア? ……そなたに責を負わせぬため、この場を設けたのであるぞ?」


「構いません。……本来、爵位の継承とは貴族の家政に属する事柄であり、国王陛下の権能は、事後に承認を与えることのみと理解しております」


「う、うむ……、そうではあるが」


「父に、この場で、わたしへの爵位継承をお命じ下さい。父が拒むならば、わたしも諦めます」


「しかし……」


「……お母様の墓地を、ほかの方の統治に委ねたくありません。不敬ながらに、たとえ王家でありましても……」


「そうか……、うむ、そうか……、そうであるか……、そうであろうな……」



と、国王陛下の瞳には憐憫の情が映り、群臣の皆さまも、悔恨の念が感じられる険しい表情で、深く頷かれていた。


国王陛下は、父に爵位継承をお命じになられて、父はあっさり了承した。


これ幸いとばかりに責任を投げ出し、躊躇いなくわたしに押し付けた父に、期待はしていなかったけど、やはり落胆した。


ともあれ。


わたしは、モンフォール女侯爵となった。



「国王陛下に言上いたします。この、コルネリア。リレダル王国には公爵として、母国には侯爵として忠誠を誓う、両属の身となりました」


「うむ……」


「かくなる上は、両国和平の架け橋となるべく、身命を賭して働かせていただきます。……エイナル閣下」



と、エイナル様に微笑んだ。



「侯爵令嬢ではなく、女侯爵となってしまいましたが、わたしとの婚約を継続していただけますか?」


「もちろん、喜んで。バーテルランド王国が、わが国をより尊重している証として、国元で反対する者もいないでしょう」



国王陛下は、わたしたちのやり取りに満足気に微笑まれ、何度も頷かれた。


そして、わたしに向かい、口を開かれた。



「コルネリア。ひとつ、頼みがある」


「はっ。わたしは既に陛下の臣下。なんなりとお申し付けください」


「うむ。そうであるか……。では、コルネリア侯爵に申し付ける。余の顧問を務めよ」


「えっ……」


「……普段は、夫となるエイナル殿のもとで暮らすが良い。だが、わが国の河川政策はじめ、王政に助言してもらいたい」


「はっ。……光栄に存じます」


「ただし、顧問の俸給は3年間、通例の半額。それをもって、モンフォール侯爵家の賠償金は完済したものとみなす」


「なんと……」


「……すまんな。この程度のことしかしてやれず」


「いえ、とんでもございません……。誠にありがたい裁定にございますれば……、お礼の言葉とて……」


「……我らの罪滅ぼしだ。それに、コルネリア大河伯の名は、大河流域国家に鳴り響いておる。その叡智をお借り出来るなら、安いものだ」



温かい拍手に包まれ、この場の〈主役〉であったはずの父やフランシスカを置いてけぼりに、裁定の場は幕を閉じた。


ただ、わたしが爵位の継承を望んだのは、お母様の墓地を守りたかったから、……だけではない。


初対面の国王が、父やフランシスカを断罪することに、我慢がならなかったのだ。


母国バーテルランドの王や貴族がお母様とわたしに向ける好意と敬意は理解している。事実上の賠償金免除もありがたい。


だけど、治世の長い現国王は、お母様を次期宰相に内定した王でもある。にも関わらず、軟禁した父から救い出さなかった。


もちろん、国王といえど貴族の家政は不可侵という原則を守ったにすぎない。


豪雨中、リレダル王が王都と王家領のみの指揮を執り、貴族領では当主が指揮を執ったことと、構図は大きく変わらない。


貴族は官僚ではない。領地に君臨する君主でもある。


当主である父が〈体調の優れない妻と娘を守るため〉とでも称し、壁を築いても、そこは王権の及ぶところではない。


だから、国も王も怨んではいない。


けれど、釈然とはしない。


お母様とわたしを壁を越えて助けには来なかった国王の手に、裁きを委ねることなど、到底、納得できない。


それに、国王では王国への損害しか罪に問えない。父やフランシスカの侯爵家に対する罪を問えるのは、当主となったわたしだけだ。


もちろん、わたしの爵位継承で、



――救かった……。



みたいな顔をして、へなへなとその場に崩れ落ちている父やフランシスカを、そのまま許すつもりなど毛頭ない。


わたしはもう、バカでないと飢えると怯える軟禁令嬢ではないし、父の所業で和平が壊れるのではと悩む人質令嬢でもない。


両国がわたしに求めてくれる才と功が、きっと和平を守る。隣で微笑んでくださるエイナル様と、きっと守ってみせる。


ただちに身柄をもらいうけ、獄に繋いだ。


傾いた本邸や領地から、統治や家政に関わる資料をすべて接収。精査。詮議。


放漫な統治と散財が、王国と侯爵家に多大なる損害を与えたことを詳らかにし、その責任を厳しく問う。


そのために、わたしがすべてを肩代わりする爵位継承を選んだのだ。責任はとるし、忠誠も誓う。母国のために働く。


軟禁されていても侯爵夫人としての誇りを忘れないお母様を、わたしも誇りに思い、憧れ、わたしも貴族として生きたかった。同時に追放してほしかったし、逃亡したかった。


わたしの心根を最終的に定めたのが、父のようにはなりたくないという思いであることが、不本意ではある。


だけど、父やフランシスカは、当主としてわたし自身の手で裁定する。裁く。


本日の更新は以上になります。

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