38.冷遇令嬢は義妹に謝罪させてあげた
フランシスカは、お母様のイヤリングに手をあてたまま視線を泳がせている。
あてが外れた、とでも言わんばかり。
「あ、じゃあ、ネックレス……」
「いらないわ」
フランシスカは、自分の物にしたお母様の遺品を、わたしとの交渉材料にするつもりだったのだ。
あさましい。
純粋で汚れのないお母様の形見が、わたしの頭のなかで、いまも呼吸し続けているというのに。
「平民だったお母様が自分で買えたはずもない品ばかり。財産権はモンフォール侯爵家にあるわ。お父様からもらったの? フランシスカが持ってればいいじゃない。わたしには、必要ないものだわ」
「あ……、そ」
と、口を堅く結び、指先を震わせながら、フランシスカは膝の上に手を降ろす。
デビュタントでも、そのつもりでお母様の遺品ばかりで着飾って来たのだろう。
わたしが欲しがるに違いない。引き換えに口止めしようと意気込み、絢爛豪華な席に気圧されて、意気消沈して帰ったのだ。
ドレスまでお母様のものを着こんでいたけど、わたしが欲しいと言ったら、下着姿にでもなるつもりだったのだろうか?
浅はかな。
「フランシスカ。カリスに非礼を謝罪しなさい。それで、この場を私的な懇談に戻してあげる」
「な、なんで、私がそんなこと!?」
「……貴女が罰を受ける方を選ぶのなら、わたしに躊躇する理由はないのだけど?」
「カ、カリスだって同罪じゃない!?」
「へぇ。なにが同罪なの? 詳しく教えてくれる?」
「わ、私が散財したなんて言うけど、カリスたちメイドや執事だって、他家より良いお給金をもらってるじゃない!?」
「……口止めのためね」
「そ……、そうよ……」
わたしが、カリスに視線を向けると、穏やかな微笑を浮かべて肯いた。
フランシスカが、してやったりという顔で横柄に胸を反らす。
「テレシアに毎月のように届く見舞いの品だって、全部、メイドや執事に下げ渡してたのよ!?」
わたしが、ばあやの様子を窺うと、険しい顔付きで肯いて見せてくれた。
ばあやの主君リサ様の御実家、マスランド公爵家からも見舞いの品が届けられていたのだろう。
ばあやのことなど気にもかけない様子のフランシスカは、得意げに話を続ける。
「カリスだって懐に入れてたでしょ!? まるで、私のせいだけで侯爵家の財政を悪くしたみたいに言われて、とっても不愉快だわ。カリスが、私に謝って!」
「私と祖父の執事長が侯爵家から余分に頂戴した品は、すべてコルネリア様にお返しいたしました」
と、カリスは、冷ややかな声で言った。
「はあ!? お姉様を迎えに来た辺境からの馬車に乗るとき、カリス、手ぶらだったじゃない!? どうやって持って行くのよ!」
「すべて換金し、コルネリア様の輿入れに備えて蓄えておりました。余分にいただいていたお給金もすべて」
はたと、気が付く。
「ああ……、カリス。グレンスボーでわたしを養ってくれてた、執事長の持たせたお小遣いって……?」
「はい。すべて、そういった出所のおカネでした。……黙っていて申し訳ございませんでした」
「ううん。あの頃のわたしじゃ、受け止め切れなかったと思う。……ありがとう、カリス」
「いえ……。胸のつかえがひとつ取れました。感謝するのは私の方です。ありがとうございます、コルネリア様」
カリスと微笑みを交し合い、フランシスカに向き直った。
「カリスにやましいところは、ないみたいよ?」
「だって……!」
「……夫人教育で送り出した娘の経費も賄えない、モンフォール侯爵家の恥を、カリスが救ってくれたんでしょ?」
「それは……」
「そろそろ、わたしも騎士団総長として判断しないといけないわ。……この、王国の存亡がかかった危急の時、王国潰滅の謀略を企む、不逞の輩に対する裁定を」
「ぼ、謀略なんか企んでない!」
「同じことよ、フランシスカ」
「しょ、証拠がないわ!? 私、そんなこと言ってないもの!」
「ふふっ……。面白いわね、フランシスカ」
「な、なにがよ!?」
「証人がいるわよ?」
「証人って、お姉様とカリスじゃない!? そんな、でっち上げ……」
「ばあやがいるわ」
「ばあやぁ~!?」
と、フランシスカの目が、わたしの後ろに向いて、あからさまな侮蔑の色を浮かべた。
「そのバアさんが、どうしたって言うのよ!? 老いぼれ侍女の言うことなんて、誰が信じるの!? 私は侯爵令嬢よ!?」
「ばあやは、母国マスランド公爵家ご令嬢リサ様の侍女。それも、公爵家3代に渡って仕えた忠臣」
「リサァ~!?」
「あら? そうだったわね。貴女、リサ様と王立学院で同級生だったそうね。親しいお付き合いを断られていたようだけど?」
「うぐっ……」
「……ばあやは、由緒ある伯爵家の未亡人でいらっしゃるわ。早くに旦那様を亡くされ、公爵家に出仕し、女手ひとつでご嫡男を育て上げられた」
「そ、そうなの……、ね……」
「財務卿をお務めのマスランド公爵閣下の信頼も厚く、母国の王妃陛下とも親交がおありになる……」
「へ、へぇ~」
「王妃陛下も、ばあやのマッサージがいたくお気に入りだったそうよ?」
「そう……」
「さて、フランシスカ? 誰の言うことが信じられないって? わたしに教えてくれる?」
「うっ……」
ばあやが、険しい表情ながらに、穏やかな声音を響かせる。
「コルネリア様は、リサ様のご親友。リサ様と公爵家の名誉のためにも、コルネリア様に仇なす者は許せませんわ」
「親友……」
と、フランシスカが、恨めし気に呟いた。
「ともに政略結婚で敵国に送られた者同士と、コルネリア様は実にお優しい救いの手を、リサ様に差し伸べてくださいました」
「救いの手……」
「私どもでは、どうにも出来ずにいたところを、思いもよらない方法で救けてくださいました。……婚礼での、リサ様の幸せそうなお顔……。このご恩、返しても返し切れるものではありませんわ」
「わ、私にも救いの手を伸ばしてくれてもいいじゃない!?」
「ですから、差し伸べられているではありませんか。フランシスカ様にも」
「はあ!?」
「カリス様に謝罪されたら、見逃してくださると。……大逆の罪に対し、こんなご温情、そうはございませんわよ?」
穏やかだけど、迫力がある。
長年、公爵家に仕える中では修羅場をくぐった経験も大いにあるのだろう。
わたしは、フランシスカに冷ややかな視線を向けながら、
――ばあや、カッコいい!!
と、内心、すこし興奮していた。
しばらく身体を震わせていたフランシスカは、何も言わずに立ち上がった。
そして、ぎこちなく頭をさげた。
「……申し訳、ありませんでした。出ていけだなんて……、言ってしまって」
「だ、そうよ? カリス」
と、わたしが視線を向けると、カリスが盛大に苦笑いした。
「え? ……私が決めるんですか?」
「そりゃ、フランシスカはカリスに謝ってるんだもの。カリスが決めないと。許すかどうか」
「どっちでもいいですわ。コルネリア様が決めてください」
フランシスカが、ガバッと身体を起こした。
「この私が……下げた頭を……、どっちでもいいって……」
「わたし、優しいでしょ?」
「はあ!?」
と、フランシスカが、わたしを睨んだ。
醜悪な表情。わたしの足をつかむ怪物は、すっかり心の奥底から抜け出し、目のまえで、無様な醜態を晒していた。
「……気に喰わないことがあれば謝罪の機会も与えられず、なにが気に障ったのかも教えてもらえず、ただ食事を断たれる」
「くっ……」
「それに比べて、どこにどんな問題があったのか、懇切丁寧に教えてあげて、謝罪までさせてあげたのよ? 感謝してね、フランシスカ。優しい姉に」
「ゆ……、許せない」
「そう……」
フランシスカの憎悪に歪む顔を、わたしは珍獣を眺めるように観察した。
さして、面白くもなかった。
「追放してやる。モンフォール侯爵家からお姉様の籍を剥奪して、結婚も、大河伯もなにもかも、滅茶苦茶にしてやる! 戦争でもなんでも、好きにしたらいいのよ!」
「……最初から、そうしてくれてたら、良かったのにね」
フランシスカは、わたしの呟きにも、睨みつけたまま何も応えない。
「でも、もう遅いわ」
窓の外では豪雨が激しい音を間断なく鳴らし続け、部屋の中にまで響き渡っている。
もう、わたしは決着をつけないといけない。
理不尽で身勝手な憤りに身を震わせるフランシスカの濁った瞳を、わたしは、まっすぐに見詰めた。
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