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34.冷遇令嬢は遡る

国境で折り返し、上流域での協議を開いてから、大河をくだった。


雪融け水による、水位の上昇が続く。


ほんのわずかでもいい。豪雨が、雪融け水の流れ切った後に来ることを祈った。


支流に入り、遡る。


大河の水が支流に逆流するバックウォーター現象を防ぐ備えも確認しつつ、遡っていく。


蛇行する峡谷の急流。神秘的な景色に目を輝かせながらも、頭では増水時のことを想っている。



「この危機を乗り越えたら、今度は純粋に風景を楽しみに来よう」



と、エイナル様が微笑んでくださった。


わたしにピタリと寄り添うエイナル様に、赤髪の女騎士ビルテさんと、白銀の女騎士ルイーセさんがヒソヒソ苦笑いしていた。



――ずっとわたしの近くにいても、変に文句を言われないよう、女性のお友だちで固めたのね……。



と、気が付いて、嬉しいやら、気恥ずかしいやら。公務中なのにと、照れる。


切り立った峡谷を抜け、大きくうねった流れを遡る。河岸には森。その先には荒野があって、グレンスボーがある。



「エイナル様。この地の対策は間に合いません。6年前はさしたる雨量ではなかったようですが、今回は危険です」


「……そうか」


「グレンスボーに退避命令を」



わたしとエイナル様が出会った地、グレンスボー。夫人教育を受け、老博士から学問を教わった。



「住民の命と財産を守れたら、復興は出来ます」


「分かった。父上にも書簡を出そう」



グレンスボーは、グリフ家発祥の地。


わたしからも詳細な説明を添えさせていただき、ソルダル大公閣下からのお許しもいただいた。


水防師団から騎士100名を駐屯させ、住民の避難誘導を指揮してもらう。



「エイナル様のこと……、うっかりさんだなぁって思ってました」


「ん? ……なんの話?」


「グレンスボーで、微妙な間違いを仰られては『ああ、失礼』って……」


「あっ、えっと……」


「ふふっ。エイナル様は、わたしの知識を試してらっしゃったのですね? 今、気が付きました」


「えっと……。気を悪くした?」


「いいえ、とんでもない。……そんなに早くから、わたしのことを知っていてくださったのだなぁって、嬉しくなりました」


「そう……」



と、頬を赤くしたエイナル様を見上げて、肩の上あたりがキュッとむずがゆくなる。


そっと、寄りかかって身体を預けると、腰に手を回してくださった。



「かぁ~っ!」



という、ビルテさんの声が聞こえて、気恥ずかしいのだけど、



――なるほど、これが独身の男性騎士だったりしたら、何を言われるか分からないわね……。



と、思ったりもする。


目と耳は川の流れと河岸の地形、肌は風の向きと強さを感じようと集中している。


だけど、心はエイナル様が満たしてくださり、よりいっそうに集中力が湧いてくる。


支流を下って、大河にもどる。


ブロムに入り、公爵家取次のカーナ様をはじめとした下流域の取次の皆さまと協議を持つ。


親しげに言葉を交わすエイナル様とカーナ様に、ビルテさんとルイーセさんが目を丸くした。



「……話には聞いていたが。変われば変わるものだな」


「いずれは王妃になるのだし、まともでないと迷惑だ」



ふたりのヒソヒソ話に、肩をすくめる。


そして、急ぎブロム大聖堂へと向かった。



「こんなときですけれど……」



と、リサ様が申し訳なさそうに、けれど、幸せそうに仰られた。


リサ様の結婚式に、エイナル様と列席させていただくのだ。


緊急時であるし、王都で指揮をとられる国王陛下もご臨席を見合わせ、他家の貴族もほとんどは代人を送り、当主や世子の列席は、エイナル様だけ。


それでも、リサ様は、正式にホイヴェルク公爵家の一員となることで、すこしでもわたしの力になりたいと、式を早めた。


純白のウェディングドレスがよくお似合いの、可憐なリサ様。


わたしに貸し出してくださっている、侍女の〈ばあや〉が、リサ様の花嫁姿においおいと泣いた。


最後、メイクの仕上げを〈ばあや〉の仕事に残しておられ、皆で控え室を出て、ふたりにしてあげる。


カーナ様が微笑まれた。



「リサは、コルネリア様の熱烈なファンですもの。自分の結婚式が貧相になっても、コルネリア様の力になりたかったのよ」



式が終わり次第、リサ様は公爵家の世子夫人として家政の一翼を担われる。


その分、公爵夫人やカーナ様の負担が減り、とりわけ、大河伯取次を務められるカーナ様は豪雨対策に専念できる。



「ファ、ファンだなんて……」


「ふふっ。本当のことよ? 私もだけどね」



わたしは照れ臭いやら、申し訳ないやら、ありがたいやら、なんと答えたらいいのか分からない。


エイナル様が、祝福の笑みをカーナ様に向けた。



「リサ殿の意を汲まれた、セヴェリンと公爵閣下も立派だね」


「あら? 危急の時、ともに戦うと名乗りをあげた乙女の心意気に応えられないほど、わがホイヴェルク公爵家は情けない家ではありませんことよ?」


「ふふっ。まったくだ」



エイナル様とふたり、式が行われる聖堂へと向かう。


大変なときだけど、初めて体験する結婚式にワクワクしながら廊下を歩く。


窓の外には、準備された土嚢が積み上げられていて、ながい歴史をもつ大聖堂を守る備えを確認できた。


大河の氾濫を完全に防ぐことは難しいし、単純な雨量だけで浸水する可能性もある。


土嚢の向こうでは、下男が排水路の清掃をしている。その側では、神官様が図面を片手に、下男頭とおぼしき男性と真剣な表情で打ち合わせをしていた。


緊迫感と危機感が漂う中にも、冷静に準備が進められている様が見て取れ、心を強くする。


ふと、廊下の向こうから足早に忙しげな雰囲気で歩いてきた紳士とすれ違った。



「あ、これは、失礼……」



と、わたしに顔を向けた紳士が、ビクッと身体を震わせ、立ち止まられた。


わたしの顔をまじまじと見詰められる。



「……リサ様の御父君でいらっしゃいますね。テレシアが一女、コルネリアにございます。お目にかかれて光栄です」



わたしを、お母様と見間違えられたのだ。


急な挙式にあわせ、母国から到着されたばかりなのだろう。


わたしに威儀を正し、エイナル様とも挨拶を交わされ、大河伯就任にお祝いを述べてくださった。


御父君の瞳には、わたしへの敬意が満ちていた。それは、お母様に対するものも混じっているのかもしれない。


二、三の言葉を交わし、花嫁のもとへと急がれる御父君を見送る。



「コルネリア殿の才が、また奇跡を起こしてくれたね」



と、エイナル様が、わたしに微笑まれた。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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