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33.冷遇令嬢はじんわり嬉しい

  Ψ  Ψ  Ψ



軍船で大河を遡る。


わたしの気にかかったところで船を停め、小舟で河岸に降りる。



「カーブの外側で流速が速い。川の中に何本か杭を打ちましょう」


「……杭、ですね」



と、随行の騎士が、メモを取ってくれる。



「流れを撹乱して弱め、堤防への負担を減らします。流木が引っかからないように、先端を丸く削り、間隔はこのくらい……」



と、メモを指差しながら、指示を出す。


すぐに斥候の騎士が、メモを手に駆け出して、領主の城に向ってくれる。


大河に目を戻すと、急造の浚渫(しゅんせつ)船が川底をさらっていた。重りを付けたバスケットを投げ入れ、泥を汲み上げる。


急遽、騎士団から編成してもらった水防師団が黙々と作業にあたり、頭が下がる。


軍船に戻ると、わたしに随行してくれている水防師団長のビルテさんが、温かいココアをさし出してくれた。



「春の陽気とはいえ、河風は冷えるわ」



鮮やかな赤毛を長く伸ばした、長身細身の女性騎士。


ソルダル大公家の騎士団から派遣され、銀の鎧には朱の紋様が描かれている。



「エイナルがやきもちを焼いて、志願する男性騎士をことごとく退けるから、私にお鉢が回ってきたという訳だ」


「まっ」


「ちょ……、ビルテ? 余計なことは言わなくていいよ?」



と、エイナル様が気さくに言葉を交わされるのは、ビルテさんが王立学院の同級生だからだ。



「邪な気持ちなどなく、美貌の大河伯閣下のもとで働きたいという騎士が、山のようにおるのに、大公世子の権力をフルに使いおって。恨まれるぞ?」


「ボ、ボクは、コルネリア殿が女性騎士の方が使いやすいかなと思ってだね……」


「まあ、そう言うことにしておくか」



と、カラカラ笑われる、爽やかなご気性。


わたしは、まだエイナル様の奥さんではないし、エイナル様と同様の友だち付き合いをお願いしたら、快く受けてくださった。


ただ、エイナル様……。わたしが、やきもちを焼くとは思われないのかしら? どうやら、わたしはそういうタチではないみたいではあるけど。


と、お顔を見上げたら、ビルテさんが笑いを重ねた。



「こう見えて、私もルイーセも人妻だ。長い付き合いだが、エイナルから女として見てもらったことは一度もない」



ビルテさんが悪戯っぽく笑い、視線を向けた先には、白銀の鎧。


王宮騎士団から派遣された女性騎士、ルイーセさんがココアを手に、コクリと頷かれた。


こちらもエイナル様の同級生で、ビルテさんとは対照的に寡黙なご気性。ほのかに紫色をしたペールシルバーの髪で、背丈はわたしと変わらない。


だけど、王国で五本の指に入る剣の使い手だそうで、背には大剣を背負っている。


ボソボソッと話され、結構、辛辣。



「……エイナルを、カーナ様の毒牙から守った甲斐がある」


「毒牙は言い過ぎだろ、ルイーセ」


「はははっ。そう言えるようになって、良かったではないか、エイナル?」



ビルテさんが、笑い飛ばした。


軍船がふたたび大河を遡上し始め、わたしは河岸に目をやる。


エイナル様が、わたしを和やかな空気で包むようにと、常に気にかけてくださっていることが伝わり、ありがたい。


やきもちはともかく、ご自分の気のおけないご友人で固め、豪雨対策に集中したいわたしが、ゼロから人間関係を結ばなくていいようにと配慮してくださっている。


カリスはケープをかけてくれ、ばあやのサンドイッチを頬張りながら、日没までの間、大河を遡上し続ける。


やがて、わたしの希望で、河岸を早馬で駆けてくれた遊覧船の老ガイドが合流した。


河船の経験が豊富で、活きた助言を期待してのことだ。


船上で、再会を喜び合う。



「すっかり、駆け上がられましたな。まさか大河伯にまでなられるとは」


「すべて、エイナル様のおかげですわ」



エイナル様ったら……。わたしが、こんなお爺ちゃんの手を握っても、ピクリとされるのね。


と、すこし、おかしくなる。


だけど、じんわり嬉しくもある。


日が暮れると視察にならない。船を停め、明日の計画を話し合い、その日は終了。


甲板で木箱に腰かけ、老ガイドと旧交を温めた。もちろん、エイナル様もいる。



――旧交……、かぁ。



と、胸に迫るものがある。



「いや、ご立派なのは、総督様もですよ」



老ガイドが、顔をシワくちゃに笑った。



「ご自分の婚約者が地位を昇り詰めても、涼しい顔をしてなさる」


「ふふっ。コルネリア殿が偉大だからね」


「なかなか出来ることじゃありませんよ? 男ってのは見栄っ張りですからね」


「ボクは、誇りに思っているよ? コルネリア殿の婚約者であること」


「いやぁ、度量の大きなお方だ。なかなか言えることじゃありませんよ?」



腕組みして感心する老ガイドの大袈裟な仕草を見て、ふわっと……、思いが至った。



――父は……、お母様が宰相に昇り詰めることに……、我慢がならなかったのだ。



無学な平民の女に情けをかけ、いい気分になっていたら、あっという間に追い越された。頂点に駆け上がった妻の、自分は部下にならなくてはならない。


だけど、宰相になるなとも言えない。


軽率にも別邸に閉じ込め、ずるずると軟禁し続けた。


確証はない。


ただ、老ガイドがわたしを褒めれば褒めるほどに、エイナル様は嬉しそうに笑われ、わたしに敬意の視線を向けてくださる。


こんな度量を、父から感じたことはない。


きっと、問い詰めても認めることはないだろう。どこまでも偽り、欺き、糊塗しつづけるだろう。


父に感謝することがあるなら、エイナル様のもとに送ってくれたことだけだ。


大河の上で瞬く星空を見上げた。


わたしは、外の世界にいる。


外の世界で、よちよち歩きを始めたときから、エイナル様が惜しみない愛情を注いでくださり、いま、ここにいる。


お母様。


愛情に応えるためには、バカでいれば良かったと悔いておられたのですか?


湧き上がる父への憤りを夜の大河に流し、エイナル様だけを見詰めた。


エイナル様の愛に、わたしは応えたい。



  Ψ



王家領の支城に入り、王家取次のユッテ殿下をはじめ、近隣各家の取次の皆さまと最終の協議を行う。



「豪雨も氾濫もなく、コルネリアはバカだなぁと、皆さまに笑っていただくのが、わたしにとって最も望ましい未来です」



わたしの挨拶に、ユッテ殿下が気持ち良さそうに笑われた。



「ははははっ! それでは、そのとき全力で笑えるように、対策には全力を尽くそうではないか! なあ、皆のもの?」



皆さまから笑いが起きて、場の空気が軽くなる。


土砂災害が予想される地域からの避難経路の確認。避難民の受け入れを含めた各家領相互の協力体制。もともと仲のよろしくない家同士には、王家が仲介に入る。


どうしても浸水が防げないと予想される畑を、むしろ遊水地として活用し、下流域での氾濫を防ぐ。そのための農夫への補償。


ビルテさんとルイーセさんからは、水防師団による連絡体制の説明と、協力要請。


協議は多岐にわたる。


ユッテ殿下が、可愛らしいほっぺたを、ぷくっと膨らませた。



「コルネリア。聞きしに勝る手腕だな。3日はかかると思った協議を、あっという間にまとめてしまった」


「お、恐れ入ります……。皆さまの協力のおかげですわ」


「論旨が明確で、簡潔。損得勘定にうるさい貴族に対し、負担が偏りすぎない采配。いや、感服した」



損得勘定にうるさいと言われ、苦笑いを浮かべる各家の取次の方々も、満足気にうなずいてくださっていた。



「これで豪雨が来ずとも、わが国の水防が10年は早巻きで進んだ。父上だけではなく、兄上の治政をも支える財産となろう。感謝するぞ、コルネリア」


「過分のお言葉、痛み入ります」



エイナル様が誇らしげな視線で、わたしを見守ってくださり、取次の皆さまから自然と拍手が起きた。


嬉しい。


ゆるむ顔を引き締めて、深々と頭をさげた。


船に戻り、ふたたび大河の視察を続ける。


水位は上がり続け、雨は降らない。


少しずつ降ってくれることを最後まで祈っていたけど、やはり、ドカッとまとまって降るのは確実だ。


水防の未熟な上流の山岳国家群では、すでに雪融け水だけで氾濫が起き始めたと急報が届いている。


見落としがないか。まだ打てる手はないかと、慎重に河岸を眺め、大河を国境まで遡り続けた。

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