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31.冷遇令嬢はバキバキ

デビュタントの翌日。


大河伯への正式就任後、初めて大河院に入り、博士たちを招集する。



「わたしを、否定する材料を集めてください」



という言葉に、皆さまが怪訝がる表情を浮かべた。


最初に諮問を受けた広いお部屋。


黒板に書き出していく。



「例年ならば、今はまだ冬。晩冬にあたる時期です。ですが、春の花がひらき、樹木の新芽が顔を出す陽気……」



傍らではエイナル様が見守ってくださっている。さすがに、手は握ってもらわないけど、優しげな眼差しで包んでくださる。


ソルダル大公家の大河伯取次にご就任くださり、この場にご臨席いただく大義名分を整えてくださった。


単なる婚約者の同伴では、ちょっと恥ずかしい。



「……ツバメの飛来が早く、なぜか数も多い。ペリカンは本来、もっと下流域を繁殖地にするはず」


「むぅ……」



と、諮問でわたしに論戦を挑んでくださった、狷介そうな風貌の中年博士が唸った。



「わたしは、豪雨の予兆ではないかと考えています」


「たしかに……、懸念はされる」


「夜空の星々の瞬きが大きい。すでに、大気に水蒸気が蓄えられ始めているようにも見えます」



博士たちが、ざわつき始める。



「……そして、例年より冬が厳しかった。降雪量が多ければ、雪融けによる出水が多くなることも考えられます。雨期の前であっても、そこに豪雨が重なれば……」


「6年前を超える可能性がある……」



ただ、別邸に軟禁されて育ったわたしは、近年の気象データに触れている訳ではない。


基本的な考え方を、お母様から教わっただけだ。



「ツバメの飛来が早い年はなかったか。その年の天候はどうだったのか。本当にペリカンが飛来した年はなかったのか……。データの洗い出し作業を手伝ってほしいのです」


「それで、否定する材料ですか」


「はい。就任したばかりの大河伯の顔を立てる必要はありません。先入観を抜きにして、精査してほしいのです」


「なるほど。急な抜擢で肩に力の入った新大河伯閣下の得意面に、泥を塗ってやればよろしいのですな?」


「仰る通りです」



狷介博士の皮肉げな笑みに、にっこりと微笑み返した。


やはり、この方は分かっている。


上席者の顔色を窺うようでは、真実を解き明かすことはできないと。


まして、わたしはソルダル大公グリフ家の世子の婚約者。次期ソルダル大公夫人だ。


敵国の出自ながら、絶大な政治権力も背景にしている。


世俗から遠い学者とはいえ、忖度されてしまう材料には事欠かない。



「……わたしの見込みでは、早ければ豪雨は、ふた月後。そんなに短期間で建つ堤防はありません」


「打てる対策は限られますな」


「動き出すのは早ければ早いほど良いですが、動くときには王国全体で取り組む必要があります」


「……大河だけではなく、支流にも対策を講じなくてはなりませんしな」


「わたしは、エイナル様との結婚を延期しました」



場の空気が引き締まる。


エイナル様は残念そうに眉を寄せた笑いを浮かべ、わたしの言葉を肯定された。


わたしの本気が、皆さんに伝わった。



「……空を見上げれば、快晴。豪雨の予測をするのに疑問を抱かずにはいられませんが……」


「ま。そういう商売ですな」



と、狷介博士が立ち上がり、皆さんも続かれる。



「すぐに、取り掛かりましょう」



  Ψ



わたしも書類とにらめっこ。


初めての経験に、目が……、疲れる。


初めての眼精疲労に、特に嬉しくはない。


ただ、活きた情報に触れるのは楽しくてたまらない。次々に湧いてくるアイデアが、作業の邪魔をするので、メモをして頭から追い出すということを覚えた。


教えてくれたのは、カリスだ。


仕事の出来る侍女様は、やはり違う。



「必要なときに思い出し、必要のない時には忘れておく。目の前に集中する」



と、仕事術を学び、目を輝かせた。


ただ、カリスを大河伯の秘書官に任命しようとしたら難色を示された。



「さすがに、侍女と両立は無理よ。……侍女は辞めていい?」


「え~!? それは、ヤダ」


「もう。ワガママねぇ」


「……カリスなら出来そうだけどなぁ」


「無理だってば」



仕事の出来るカリスが無理だと言うのなら、本当に無理なのだろう。


通常、大侍女団を率いて行くものらしい国王陛下主催のデビュタントを、ひとりで取り仕切ってしまったカリスの言うことだ。


結局、カリスには秘書官兼任の侍女長ということになってもらって、カリスの下に侍女を新しく雇い入れることにした。



「こき使うわねぇ~」


「頼りにしてるのよ」


「ま、緊急事態だしね」



人選もカリスに任せると、まだ王都にご滞在中のリサ様から、〈ばあや〉を借りてきてくれた。



「忙しい中だし、ネルが知ってる人の方が安心できるでしょ?」



と、引き合わせてくれた〈ばあや〉さん。


わたしとカリスにマンゴーのジュースを出してくださった、マリアン・ポレンさん。


歳は教えてくれない。乙女だ。


そして、マッサージのプロだった。


目のまわり、顔、首、肩をやさしく揉みほぐしてくれる。


とても、助かる。


マリアンさんと呼ぼうとしたら〈ばあや〉でいいですよと笑う。


毎晩、マッサージしてもらいながら蕩けるように寝落ちた。



「いってきます! ばあや!」



と、ソルダル大公家のお屋敷で頂戴した、壁のない別邸から、毎朝、カリスと出発する。


邸宅のことはすべて〈ばあや〉がやってくれるので、カリスは大河院でわたしのサポートに専念できる。


エイナル様は、ソルダル大公領に走って、各地の天候に関する情報を集めてくださっている。


ご自身で走ってくださったのは、各地の古老から話を聞いてくださるためだ。


なにか伝承めいたものが残っているかもしれない。



「世子が自ら足を運んだとなると、頑固な古老たちの口も軽くなるからね」



非常にありがたいのだけど、すこし寂しい。早く帰って来てほしい。


エイナル様とカリスには、甘えてばかり。



「バカね。今回のは違うでしょ?」



と、カリスに笑われた。


続々と博士たちからの分析結果が届き、それをもとに喧々諤々、議論する。


狷介博士の吐かれる言葉には、いつもトゲがあって刺激的。初老の女性博士は柔らかい言葉なのに鈍器のようにズシリとくる。


初めての体験に目を輝かせ、心を躍らせ、心の奥底で、足をつかまれる。


お母様から授けていただいた学問は、頭の中に軟禁しておかないといけないのではと、不意に足をとられて舌がもつれる。



「私じゃ、物足りないだろうけど」



と、カリスが、手を握ってくれた。


全部を許してくれるような微笑みに、背中を押してもらう。


そして、8日後。


エイナル様もお戻りになられ、古老たちの証言も集約。豪雨の襲来は、ほぼ間違いないだろうということで、すべての博士の見解が一致した。


〈ばあや〉が来てくれなければ、バキバキの目と肩が、もげてしまうところだった。


博士たちとそろって国王陛下の御前に上がり、見解をご説明、緊急対策予算の計上にお許しをいただく。


怒涛の日々が、始まった。

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星の見え方すら伏線だったかあ
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