29.冷遇令嬢は父と義妹に申し渡す
晩餐会が始まった最初に、ユッテ殿下が、
「コルネリアの父と妹は……、まあ、なんだ。ユニークな方たちだな」
と、仰られ、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
国王陛下主催の席に招待状もなしに押し掛け、わたしとの血縁を盾に「中に入れろ」と、ゴネたのだ。
拘束され、投獄されてもおかしくない非礼だ。
騒ぎを聞き付けご対応下さったユッテ殿下のご温情にも、恥ずかしいやら、面目ないやら、いたたまれない。
自分たちが仕出かしたことの意味が分かってか、分からずか。顔を真っ青にしたふたりが卑屈な笑みを浮かべ、わたしの前に立った。
父が震える声で、
「コルネリアも壮健になった様子で、なによりだ……」
と、挨拶も祝いの言葉もなく、話を切り出したとき、
――わたしを、口止めするために来たのだ。
と、分かった。
わたしが、身体が弱く生まれ別邸で療養して育ったという嘘に、口裏を合わせろというのだ。
停戦合意中とはいえ、敵国の王都に娘だけを従えて乗り込んできた理由が、それか。
宰相閣下の浮かべる険しい表情から、母国の宮廷に届け出てもいないのだろう。
「……コ、コルネリアには、辺境の水と空気が合うのではないかと送り出したのだが、……そ、それが良かったかな?」
「はい。お陰さまで、生まれてこのかた風邪ひとつ引いたことのないこの身が、ますます壮健でおります」
と、ニコリと微笑んだ。
「わ、和平のため……、大切な身体だ。大事にせねばならんぞ?」
とは、「和平が壊れたら、コルネリアの責任であるぞ? それでもいいのか?」と、わたしを脅しているのだろう。
逆に言えば、父も、和平を壊し戦争が再開される責任を負いたくないのだ。
「わ、私、驚きましたわ。……グ、グレンスボー子爵が、ソルダル大公閣下の世子でいらっしゃっただなんて……」
と、フランシスカが、わたしに媚びるような声を向けた。
「……エ、エルヴェンでお会いしたとき、教えてくださったら良かったのに」
「そうね、フランシスカ」
わたしは、穏やかな声で応えた。
「聞いてくれたら良かったのにね。学のないわたしが、どうして総督代理に任じられたのか……、って」
「あ、あは、あはは……。そ、そうだわ。お姉様、おめでとうございます」
「なにが?」
「い、嫌だわ。……た、大河伯ご就任、おめでとうございます」
「聞かないの? フランシスカ。どうして、大河伯に任じられたの……、って?」
フランシスカは貼り付けたような笑顔のまま、押し黙って、わたしを見ている。
わたしに、この場で、お母様について言及されることを恐れているのだ。
浅はかだ。すべて、露見しているのに。
辺境へと流刑にでもしたつもりだったのだろう。身上書の偽りも、わたしへのこれまでの仕打ちも、バレるはずがないと高を括っていたのだ。
そうまでして、わたしを敵国の辺境に追いやり、閉じ込めておきたかった理由は、ひとつしか思い当たらない。
フランシスカの婿取りだ。
別邸にわたしを軟禁したままでは、他家からの婿を迎え入れられるハズがない。
かといって、わたしをモンフォール侯爵家から追放し平民にすれば、これまでのことが露見しないとも限らない。
リサ様から教えていただいた〈王国の鬼才と謳われたテレシア様のご息女〉であるわたしを軟禁して育て、虐げていたと風評が立てば、家の名声は地に落ち、それも婿取りどころではなくなる。
そこまで疎むわたしを、父がいっそ暗殺してしまわなかった理由は分からない。
そもそも、なぜ、そこまで疎まれているのかも、いまだに分からない。
知りたくもない。
どうせ、くだらない理由だ。
それぞれ他の賓客に対応されているエイナル様とユッテ殿下が、同時にチラッと、こちらの様子を窺われた。
沈黙が興味をひいたと焦ったのか、フランシスカが口をヒクッと動かした。
「……素敵なドレスね。お姉様によくお似合いだわ」
「ありがとう。エイナル様に仕立てていただいたのよ?」
と、微笑んだわたしは、内心、とても驚いていた。いや、目を輝かせていたかもしれない。
――なんだ……。フランシスカ、可愛らしい顔……、してるじゃない。
とりたてて美人という訳ではないけれど、わたしが別邸で見ていたフランシスカとは、まるっきり違う。
下がり眉に、つぶらな瞳。わたしが心の中で毒づいていた目と目の間隔も、いうほどではない。まるい鼻にも愛嬌がある。
総じて、顔のつくりは可愛らしい。
いまも、わたしの心の奥底で、足をつかんで放さない、怪物のようなフランシスカとはまるで別人だ。
――わたしの目が……、歪んでいたのだ。
と、ほんのごく最近で、すごく遠い過去でもある、別邸での暮らしに思いを馳せる。
常にわたしを見下し、陰湿にいじめ続けるフランシスカを、わたしは、どうにか見下し返してやろうとしていたのだろう。
学問を誇れば食事を抜かれ、なおさら惨めな思いをさせられる。お母様との約束もある。隠し抜かなくてはならない。
お母様譲りの美貌だけが、わたしの心の平衡を保つ、よすがになっていたのだ。
なんと、情けなくて、惨めなことか。
その、わたしの目の歪みを、修復してくださったのは、エイナル様だ。
ゆっくりと時間をかけ、焦らず、わたしの歩みに合わせ、惜しみない愛情を注いでくださった。
わたしを、ただ、尊重してくださった。
だからといって、フランシスカに申し訳ないとも、許そうとも思わない。
卑屈な笑みでわたしに媚び、わたしのドレスを褒めてみせるフランシスカは、お母様のドレスを着て、お母様のイヤリングを着け、ネックレス、ブローチ、指輪まで、お母様のお使いになられていた品。
とても、許すことも、受け入れることもできない。
ドレスを褒められたら、ドレスを褒め返すことが貴族令嬢の礼儀であったとしても、言葉を絞り出すことはできない。
わたしは、父にも目を向け、父とフランシスカに申し渡した。
「お父様。わたしの身上書に誤りがあるようです。正しいものを、早急に送り直してください」
「あ、いや……、それは」
「既に誤りの内容は、ソルダル大公家におかれましても、エイナル様も、リレダル王国の皆さまが、把握されております」
「うっ……」
「まさか、故意に偽りを書かれた訳ではございませんわよね?」
「そ、それは……」
「誤りを正しても、エイナル様はわたしとの結婚を望んでくださっています」
と、ハッキリとした声で申し上げたら、両隣でそれぞれ別の賓客と交わされていたエイナル様とユッテ殿下の会話が、同時にピタリと止まった。
「まったく、15の薄紅の乙女を前にして、コルネリアまで惚気るのかぁ~?」
と、にやけたユッテ殿下に肘でつつかれ、
「も、もちろん! ボクはコルネリア殿がコルネリア殿である限り、どんなコルネリア殿であろうとも、……愛するよ」
「やっとれんな~」
「たとえ殿下の御前であろうとも、大事なことですから」
と、エイナル様が真顔で仰られた。
賓客方もクスクスと笑われ、
「これはこれは、両国和平の未来は明るいですな」
と、和やかな場が生まれた。
愛想笑いに顔を引きつらせた父が、身上書を送り直すと約束した。
「お父様。モンフォール侯爵家の領地も大河沿い。どうぞ民のため、水害に備えてくださいませ」
と、大河伯の立場から、別れの言葉を述べると、父とフランシスカはわたしのテーブルから離れていった。
そのままふたりは、次のダンスパーティも待たずに、会場から出ていく。
「大丈夫? ……コルネリア殿」
と、エイナル様が、わたしの耳元で囁いてくださった。
わたしは、初めて心からの笑顔を、エイナル様に向けることができたかもしれない。
「ええ、エイナル様。これで、わたしは母の娘として、胸を張って嫁いで行けます」
「……そうだね。良かったね」
「はい。平民の娘でも……」
「コルネリア殿はコルネリア殿でしょ?」
「はい……」
「じゃあ、コルネリア殿だ」
「ふふっ……」
「え?」
ユッテ殿下が「なんだ、その理屈は!?」と呆れられ、
「15の小娘にも分かるように、ふたりの恋を詳しく聞かせてもらうからな!?」
と、オレンジジュースを、ガブッと飲まれた。




