27.冷遇令嬢は呼吸を合わせる
高いアーチ状をした窓の外では、夕闇が迫っている。
国王陛下と王妃陛下に、到着のご挨拶を済ませ、上品で落ち着いた控え室に、ひとり佇む。
カリスは、会場の最終確認に立ち会ってくれている。
エスコートしてくださるエイナル様は、後から来られるものらしい。
考えてみれば、別邸を出て以来、ひとりになった覚えがない。カリスか、エイナル様が常に隣にいてくれた。
わたしをひとりにしないよう、いつも気にかけてくれていたのだと、じんわり胸に温かいものがこみ上げる。
ひとりになって、ひとりではないことを噛み締めた。
コンコンっと、ノックの音がした。
「あっ! カーナ様ぁ~! それに、リサ様も!」
「ふふっ。もっと緊張してるかと思ったけど、思ったより落ち着いてるわね」
と、カーナ様が眉を寄せて笑った。
リサ様は、わたしのデビュタントに出席するため、夫人教育を急いで終わらせてくださったらしい。
「……やはり、コルネリア様の一度きりのデビュタント。どうしても、どうしても、お伺いしたくて」
「リサったら、すごく優秀なのよ?」
「や、やめてくださいよぉ~。コルネリア様の前でぇ~」
と、リサ様は、カーナ様に甘えるような声を出される。
そのお姿は、まるで本当のご姉妹のよう。
おふたりの関係が良好に積み重ねられているのだと、頬が緩んだ。
「いいこと、コルネリア様?」
と、突然、カーナ様がわたしの顔を指差した。
「は、はい」
「今年中には、私は王太子妃。コルネリア様とリサは、大公家と公爵家、それぞれ世子の夫人ね」
「え、ええ……」
カーナ様の指が上を向く。
「でも、あと10年もすれば、私は王妃。コルネリア様は大公夫人、リサは公爵夫人。リレダル王国の女性、トップ3になる令嬢が、いま、ここにそろってるの」
「は、はいっ!」
「しかも、コルネリア様は大河伯。王国の命運は、私たち3人の手にあると言っても過言ではないわ」
10年後――。
そんな先のことを考えたことはなかった。
いや、これからは考えなくてはならないのだと、カーナ様は仰られているのだ。
「ふたりがバーテルランド王国の出身だとか、そんなこと民の生活には関係ないわ」
「はい」
「男たちに任せてたら戦争ばかり。今回の和平も、大公夫人と、わが母、公爵夫人の陰のお働きがあればこそなのよ?」
「そうなのですね……」
「私たち3人が心を合わせて、リレダル王国を平和と繁栄に導く。今日がその最初の日だと思ってるわ」
「カーナ様……」
「ふふっ。……デビュタントおめでとう、コルネリア様」
「ありがとうございます」
「精一杯、花を添えさせていただくわね」
と、カーナ様が抱き締めてくださり、リサ様も加わられた。
とてもいい香りがする。
本当に、わたしはひとりではなくなったのだなぁ、……と、満ち足りた気持ちになった。
いつの間にか、お部屋に入っていたエイナル様が、
「また、先を越された……」
と、呟かれ、3人でクスクス笑った。
「結婚式まではキスも抱擁もお預け。それがリレダル王国の伝統ですわよ? 大公世子ともあろうお方が、破られるおつもりですか? ダンスで我慢なさいませ」
と、カーナ様から指差されたエイナル様は不満げに唇を尖らせ、また3人で笑った。
窓の外からは、続々と招待客の皆さまが到着される賑やかな声が聞こえてきた。
カリスが戻り、わたしをドレスに着替えさせるため、エイナル様を追い出す。
「じゃ、後でね」
「落ち着いて」
と、カーナ様とリサ様もお部屋を出ていかれた。
わたしの服を脱がせながら、カリスが微笑む。
「いい、お友だちが出来たわね。ネル」
「うん」
「そろそろ、私の役目も終わりかなぁ~」
「え!? ダメよ」
「……ネルの身分に相応しいお友だちが、これからドンドン増えていくわ」
「ダメ。絶対ダメ。……カリスは、わたしの最初のお友だちだもの。わたし、最後まで、カリスとお友だちでいたいの」
「ふふっ。……ありがと」
「信じてない?」
「信じてるわ」
「カリス、信じてないでしょ?」
「信じてるってば」
「……カリス?」
「なあに? ネル」
「明日もお友だちでいてね?」
「ええ、明日もお友だちよ」
「……明日も聞くからね?」
「あ……、謀ったな?」
クククッと、ふたりで笑った。
「明日からお友だちやめます、なんて言わせないわよ?」
と、カーナ様のマネをして指差してみた。
「……わたしじゃ、あまりカッコよくならないわね」
「なんでも一回はやってみるところは、とてもネルらしいわよ?」
「ふふっ。そうね」
そして、着替えが終わり、カリスは会場に戻るため部屋を出て、替わってエイナル様を招き入れた。
「とても……、綺麗だよ」
「……エイナル様に選んでいただいたドレスのお陰ですわ」
わたしの大河伯就任を支えるため、エイナル様がほとんどの役職を返上されていたと知って、とても驚き、とても感謝した。
ここぞというとき、わたしの手を温かく握ってくださるエイナル様がいらっしゃらなければ、今日、この場所にわたしはいなかっただろう。
「わたし……、賢しらな女になってしまうかもしれませんわ……」
「コルネリア殿がコルネリア殿である限り、ボクは愛し続けるよ。賢しらなコルネリア殿も、魅力的だ」
と、エイナル様は握ったわたしの手に、キスをしてくださった。
「ま」
「……忠誠の証だ。これなら、伝統に反しない」
「もう……。なにを工夫なさっているのですか?」
と、照れ隠しに怒ってみせ、隠し切れない笑みをこぼした。
窓の外は宵闇に染まり、時間を知らせに、カリスが戻る。
エイナル様のエスコートで、深紅の絨毯が敷き詰められた廊下を通り、王宮の大広間へと向かう。
扉の前で、深呼吸をした。
「大丈夫、落ち着いて。……ボクと一緒だよ?」
「ええ。心強い限りですわ」
通例、デビュタントは複数のご令嬢が、皆でダンスを披露し、社交界デビューを果たす式典だ。
だけど、今日はそうではない。
扉の向こうから、華やかなファンファーレが鳴り響く。
開式を告げる国王陛下の厳かな声が響き、わたしの名前が呼ばれた。
わたしひとりのための、デビュタント。
向こう側から扉が開き、まばゆい光に包まれる。
エイナル様と腕を組み、前に進むと真正面には、豪華なクリスタルのシャンデリア。
大階段をエイナル様とふたり、盛大な拍手に包まれながら、ゆっくりと降りてゆく。
踊り場で立ち止まり、会場全体を見渡す。
奥の高台には、玉座から立ち上がり、わたしをお迎えくださる国王陛下と王妃陛下。
その両脇を、王太子フェルディナン殿下とカーナ様のテーブルと、第一王女ユッテ殿下のテーブルが挟まれる。
そして、ソルダル大公ご夫妻のテーブル。さらには、リサ様と婚約者セヴェリン様のテーブルには、ホイヴェルク公爵ご夫妻のお姿も見えた。
王国の重臣、高位貴族、名士、来賓、いくつものテーブルが並び、皆さま方の拍手にカーテシーの礼で応えると、さらに盛大な拍手を贈ってくださる。
壁にはリレダル王国の建国神話をモチーフにした、巨大な絵画と彫刻。床は、精緻で美麗な寄木細工が彩る。
テーブルのひとつに、エルヴェンの政務総監クラウス伯爵と、母国の宰相閣下のお姿を見付けた。
「……クラウスから伝えたら、宰相閣下もぜひに、とのことでね」
「そうですか」
敵国の皆さまに囲まれて安堵を覚え、母国の宰相閣下に胸をざわつかせる。
内心、苦笑しながら、微笑みを浮かべて階段を降りきる。
そして、会場の中心、ダンスエリアへと進むと、拍手が鳴り止み、皆さまがご着席され、演奏が始まった。
エイナル様と手を握り合い、見詰め合う。
「いくよ?」
「ええ……」
ゆったりとステップを踏み始め、わたしのデビュタントが幕を開ける。
まばゆいばかりの光と優雅な演奏に包まれ、ただ、エイナル様と呼吸を合わせることだけを心がけた。
入口近くの、いちばん下座。急遽、増設されたであろうテーブルに、父と義妹フランシスカの姿を、見付けてしまっても。




