264.冷遇令嬢は立ち上がった
ヨジェフ陛下と諸侯方には、先にスクロ子爵の主城に向かってもらった。
馬車の中で、わたしの不在中を取り仕切ってくれたナタリアと、エイナル様も交えて打ち合せる。
「……スクロ子爵には、両国王陛下およびエイナル王配陛下がご臨席になられる晩餐会を開けるだけの経費を、そっとお渡ししております」
「うん、ありがとう。……イヤな顔されなかった?」
「こちらの都合で厨房をお借りするのですから『場所代』ですわと、快くお受け取りいただけました」
「うん……、わたしの親書でヨジェフ陛下と、お茶会をとりやめにしてしまった諸侯方が押し掛けたのだから……、上手な渡し方ね」
「主城は手入れが行き届いていないご様子でしたので、支度の手伝いに騎士を数名さし向けました」
「うん。ありがとう」
「……貴賓室などでは準備が間に合わないだろうということで、恐らく立食の園遊会形式になりそうです」
「あら、夜の園遊会。素敵ね」
「かつて、ポトビニス王ヨジェフ陛下もご臨席になられた、コルネリア陛下と、イグナス陛下、レオナス陛下による〈四王の野外饗宴〉の故事を伝えております。あのとき同行していた騎士も支度に向かわせましたので、恐らくは似た趣向になるかと」
「……うん、そうね。あのときも急ごしらえで……。ふふっ、ばあやが七面鳥を焼いてくれたわね」
「はい。会場には盾を並べたと聞いております……。少々手入れが間に合わなくても、それで隠せるかと」
ナタリアの差配は、実にこまかな点にまで行き届いていた。
報告のため手にするメモに視線を落しながら、銀縁の眼鏡をクイッと上げる。
「……それから、テンゲル女王とポトビニス王。二王訪問の慶事をともに祝うため、領民には祝い酒をふる舞うようにと、スクロ子爵にお願いしてあります。こちらも必要経費はお渡しし、領外からの調達になりますので、当方の騎士を走らせました」
「完璧ね」
「……これは、スクロ子爵が問わず語りに教えてくださったことなのですが」
「ええ」
「……スクロ子爵領の私兵団は、俸給の支払いが滞っていることから、半数ほどがすでに逐電。残った者たちも思うようには動いてくれないといった状況のようです」
「……厳しいわね」
「格式を保つので精一杯、といったご様子にございました」
「……お茶会にお招きしたのも、相当無理をさせてしまったわね」
「難しいところですわね」
と、ナタリアが眼鏡を外した。
「……コルネリア陛下のお茶会に招かれなかったとなれば家の恥。没落と衰退を加速させてしまうでしょうから」
「そうね……」
「あと、園遊会の前に、ヨジェフ陛下も交え、スクロ子爵とコルネリア陛下、御三方で懇談できる時間を設けるようにと伝えてありますが……、差し出がましかったでしょうか?」
「ううん。素晴らしいわ、ナタリア。わたしからお願いする手間がはぶけちゃった」
「恐れ入ります」
すまし顔でかるく頭をさげたナタリアが、ひと回り大きく見える。
様々な修羅場を乗り越え、すっかり頼れる侍女様に成長してくれたと感慨深い。
馬車を止め、わたしはエイナル様の馬の前に乗り換え、ナタリアは、
「イローナ様とペテル王子のお世話がございますから」
と、ふたりが乗る馬車に乗り換えた。
馬をゆっくりと歩かせ始め、エイナル様がわたしの頭の上で感嘆の声を漏らされた。
「すごい側近が育ったね」
「ええ、頼もしいですわ」
「馬車の中での『事前ブリーフィング』も完璧だった。……これなら、安心して三者会談に臨めるね」
「ほんとうに」
「責任ある仕事を、信じて任せてきたコルネリアのお陰だと思うよ?」
「いえ、そんな……。カリスやばあやの教育が良かったのですわ。いや、その前に、そもそもナタリアは優秀でしたし……」
「いや、う~ん……、むしろ、コルネリアの背中かな? ……ナタリアは、コルネリアの役に立ちたくて成長したんだと思うな」
「……ありがたいことですわ」
だんだん照れ臭くなって、視線を沿道に向けた。
ナタリアはテンゲル前王の暴政下の諸侯家で育った。諸侯家の気持ちと事情がよく分かっている。
屋内での晩餐会は、調度品や食器のグレード、部屋の広さなどが如実に露呈してしまうため、貧乏貴族にとっては鬼門だ。
とはいえ、自国の王が足を運んでくれたというのに何のもてなしもしなかったとなれば、国内での名望を失う。
それを〈野外での立食〉にすることで、ボロを隠しつつ、「四王の饗宴に倣った」という「格式ある演出」にすり替える。
それも、歴史的にはクランタス、ブラスタ両大国から格下と扱われてきた自国の王が、テンゲル女王から両国王と対等に扱ってもらったという故事でもある。
スクロ子爵が持ち上げる形であるし、ヨジェフ陛下も悪い気はしないだろう。
これだけの差配を、わたしが山に登っていた短時間に思い付き、スクロ子爵の誇りを傷付けない形でやり遂げてくれていた。
外交儀礼と貴族の心理を知り尽くす、見事な差配だ。
「ふふっ……。エイナル様からナタリアを褒めていただけると、なんだか、わたしまで鼻が高い思いがいたしますわ」
主城に向かうメインストリートに入ると、領民たちから歓声で出迎えられた。
すでに祝い酒が届けられた雰囲気で、みな上機嫌に手を振ってくれる。
見れば、街角では『影絵芝居』も始まっているようだ。
「ふふっ……、今日はどんな演目なのでしょうね?」
「さあ、……コルネリア陛下の山登り?」
「あら、そんなに早いでしょうか?」
「もしそうでも、ボクは不思議に思わないけどね」
「ふふっ、そうですわね」
エイナル様と微笑み合いながら、沿道に並ぶ領民に手をふり返した。
主城に入り、くたびれたお衣裳を着た執事から出迎えられる。
ただし、目はキラキラと輝いている。
髪とお髭はキレイに整えられているし、お衣裳は間に合わなくても、出来る限り身なりを整え、スクロ子爵家の晴れの日を盛り上げようという意気込みが感じられた。
「……急なことで、執事様にも申し訳ございませんでしたわね」
「いえいえ、そんな、もったいない。……どうぞ、わが主君スクロ子爵とヨジェフ陛下が貴賓室にてお待ちです」
ピンと背筋を伸ばした執事に、貴賓室へと案内してもらう。
訪問は完全非公式の体裁。歓迎の儀仗も必要なく、主人自らが出迎える必要もないというのもナタリアの差配だ。
出来る限り負担をかけないようにという気配りが行き届いている。
わたしがペテル王子を、エイナル様がイローナを抱きあげ、貴賓室に入った。
――お預かりした『人質』は丁重におもてなししておりますわよ。
という、儀礼的な所作だ。
「おお、コルネリア陛下……。お疲れのところ、申し訳ない」
と、ヨジェフ陛下が立ち上がって出迎えてくださり、その後ろのスクロ子爵は高揚の隠せない表情で、瞳はすこし潤んでいた。
さらにその後ろ、年配のご婦人はスクロ子爵夫人だろう。
留学先のブラスタでスクロ子爵と恋に落ち、婿に迎えた。こちらも胸がいっぱいといったご表情で、わたしに熱い視線を注いでくださる。
「……中庭でお待ちくださっているみな様をお待たせするのも、無粋ですので」
と、微笑み、早速会談に入った。
エイナル様とルイーセさんは一緒に山に登ったので残ってもらう。
また、ナタリアもぜひと、スクロ子爵から声をかけていただいたのだけど、
「……ペテル王子とイローナ様のお世話がございますので。先に中庭にご案内させていただきますわね」
と、優雅なふる舞いで固辞し、貴賓室をあとにした。
鮮やかな立ち居振る舞いと言うほかなく、場はひとしきりナタリアの話題になる。
ヨジェフ陛下が頭を下げられた。
「わが臣下に、過分なご配慮を賜りましたようで、私からも礼を」
「いえ……、大したことは」
と、優雅に微笑み、カッコをつけさせてくれたのは、すべてナタリアだ。
ほんとうに鼻が高い。
そして、水源地近くの〈天然ダム〉の状況について共有していく。
スクロ子爵家の私兵団は機能していない。
それには触れず、ポトビニスの王宮騎士団から騎士を急派、天然ダムの監視体制を構築してもらうよう、わたしからお願いした。
山のふもとに常駐し、異変がないか常時監視してもらう。
さすがに、これまでわたしが連れてきた騎士にやらせると、内政干渉となる。
力強く頷かれたヨジェフ陛下は、ただちに王宮に勅令を発せられる。
わたしは、赤い鉱石を詰めた小瓶をテーブルの上に置いた。
「……あの山の開発権をテンゲル王家で購入させていただき、その対価をスクロ子爵からの出資金とする形で合同商会の立ち上げを急いではと存じます」
「しかし、それは人工鉛ガラスの開発が成功してからでも……」
と、ヨジェフ陛下が、あごに手をあて首をひねられた。
「火成岩由来の鉱床。それが、天然鉛ガラスの原料となる特殊な砂の正体でした」
「ええ……」
「……つまり、あの山の地下には、かつて火成岩があったのです」
「ん? ええ、それが……」
「山のふもと付近を掘削すれば、鉛に汚染されていない温泉が湧き出します」
「なんと……」
「合同商会、最初の事業は温泉開発。……ここはポトビニス王都からも近く、貴族向けの社交場、庶民の憩いの場。両方を開発すれば、かなりの観光収入が見込めます」
スクロ子爵は目を大きく見開き、口をポカンと半開きにした。
「まずは砂の枯渇で職を失った領民を温泉開発の臨時作業員として雇用し、民情を安定させてください」
「は、はい……」
「それから接客に向く者は温泉地の従業員に、そうでない者はガラス産業に従事していただきましょう。……それまでには人工鉛ガラスの開発を成功させますから」
人工鉛ガラスづくりに最適な砂と鉛と木炭の配合比を割り出したら、その混合物をガラスづくりの原材料として他家領に出荷することもできる。
希望するガラス職人がいたら移住してもらって、この地でガラス製品の製造まで行ってもらってもいいけど、無理にそこまで進める必要はない。
「……ポトビニス全体が潤いますな」
と、唸るヨジェフ陛下に、ニコリと微笑みを向ける。
「輸出可能なレベルまで製造能力が高まりましたら、ぜひ取り扱いはテンゲルとエルヴェンの交易商に」
「ふふっ、商売もお上手だ」
「そして、この赤い鉱石の存在……」
と、小瓶のあたまに、指を置いた。
「……当面の間、秘匿させていただきたいのです」
「と、仰いますと……?」
「対ロアンの戦略物資になり得ます」
ヨジェフ陛下と見詰め合う。
「……分かりました。詳しいことは聞きません。スクロ子爵に異存がないようでしたら、私としては見て見ぬふりをいたしましょう」
「い、異存など、めっそうもない。どうぞ、コルネリア陛下のよきように……」
と、スクロ子爵が深々と頭を下げてくれ、合同商会設立の概要が固まった。
すでに、ナタリアが起草してくれていた〈基本合意書案〉に目を通してもらう。
「……すこし、文字が歪んでいるところはイローナが騒いでいたそうで……」
と、わたしが苦笑いすると、おふたりの空気も緩んだ。
そして、みなで〈基本合意書〉にサインして、合同商会の立ち上げが内定した。
次に、鉄砲水の可能性を、どのように民に伝え、対策工事をどのように行うかという打ち合せに入ると、ヨジェフ陛下がニヤリと笑われた。
「ふふっ、ご案じなく。すでに、民は大まかには知っております」
「まあ……。影絵芝居ですわね?」
「ご明察の通り。……リレダルを豪雨災害の脅威から守り、闇組織の堤防破壊テロを未然に防いだ大河伯こと大河の盟主、コルネリア陛下がポトビニスのために立ち上がってくださったのだと……、民も感謝しておることでしょう」
沿道での熱狂的な出迎えは、ふる舞い酒の効果だけではなかったのかと、肩をすくめる。
ポトビニスは王も民も強か。
すでに小川沿いに住む者たちは一時的な避難を始めているそうで、わたしが最大の懸案と考えていたことは解決済みだった。
天然ダムへの対処は、大河院からの技師の到着を待つばかり。
ヨジェフ陛下が立ち上がられた。
「さあ、それでは中庭で待ちくたびれている諸侯たちに、コルネリア陛下のご活躍を話して聞かせてやりましょう」
「ふふっ……、さてはご準備済みですわね?」
「はははっ! バレてしまいましたか。影絵師がスタンバイしております」
「それは、ぜひご紹介してくださいませね。聞いてみたいことが山のようにございますわ」
と、微笑みを返し、わたしとエイナル様も立ち上がった。
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