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260.冷遇令嬢はこき使われる

ヨジェフ陛下が、なにやら企まれているような笑顔で、



――()()この製法を見付けたことにするか……。



と仰った「誰が」は、「わたしが」だった。


わたしから、ポトビニスの諸侯に大々的に発表してもらいたいと求められたのだ。



「いえ……、あの、結局は職人さんたちに詳細を詰めていただく訳ですし……」



と、恐縮するわたしに、ヨジェフ陛下の真剣な眼差しが向く。



「大国テンゲルの女王陛下が、わが国の産業のために骨を折ってくださる。あらたな知見をもたらしてくださる。大きな衝撃と感激……。それは、大河の盟主たるコルネリア陛下への忠誠を新たにすることになりましょう」


「よ、よろしいのでしょうか……? ポトビニスの諸侯方から、その、わたしへの忠誠を高めるようなことをして……」


「はははっ。……私のことならお気になさらず。ポトビニスでは、すでに私は『大のコルネリアびいき』で通っております」


「まあ……」


「コルネリア陛下のご威名がポトビニス王国内で高まることは、私の王権を強化することにつながっております」


「ふふっ」


「抜け目がないでしょう?」



と、ヨジェフ陛下は悪戯っぽく笑われた。


ただ、大々的に発表といっても、



――できますわ! ……たぶん。



では、格好がつかない。


わたしは鉛ガラスの人工的な再現、そのために適切な砂と鉛と木炭の配合比を、ポトビニス滞在中に見付けださないといけなくなった。


急いで、離宮の物置に実験室を準備する。


物置といっても、物を置くための部屋というだけで、実際には空き部屋だ。


なにせ王宮より立派な離宮。使っていない部屋ばかり。



「鉛ぃ? ……ガラスが真っ黒になるだけじゃねぇのですわよ?」



と、訝しがるレジュカ陛下に頼み込んで、ご両親に協力を仰ぐ。


テンゲルから連れてきた護衛の騎士たちにも手伝ってもらい、レンガを運び込んで簡易の炉を設置。換気設備も整える。


レジュカ陛下以上に訝しがるご両親だったのだけど――、



「……こいつは、なんです?」



と、お母君が、わたしの持ち込んだ木箱をポンッと叩いた。



「あっ……、えっと、後でご説明しようと思っていたのですけど、()()()です」


「ふいごぉ? この箱がぁ?」



娘のレジュカ陛下とまったく同じ口調で、怪訝そうに木箱を眺めるお母君。


硬質なお顔立ちはレジュカ陛下に瓜二つ。


対して、お父君はいつもにこやかで、好々爺然とされている。



「まあまあ、コルネリア陛下のご説明を聞いてみようじゃないか」



と、なだめるようにお母君の背中をポンポンッと叩かれた。


このご夫婦は〈かかあ天下〉のように見えて、お父君の方がやわらかくリードされているのだなと、なんだか微笑ましい。


わたしが木箱の側面から突き出た棒を中に押し込むと、底から伸びる管からフーッと、風がでる。


さらに、今度は棒を引っ張り出しても同じように風がでる。


押しても引いても風がでるので、風は途切れず、連続して炉の中に空気を送り込めて、火力が安定するはずだ。


目を丸くするご両親に、木箱のふたをあけて中をお見せする。



「……棒の先に、箱の断面と同じ大きさの板を仕込んであるのです。押したり引いたりするたびに、板が仕切る片側の空気が押し出され、反対側のもう片方では空気を吸い込みます。その繰り返しで、風が途切れることなく送り出される仕組みです」


「これは……、すごいですね」



と、お母君が殊勝な声を出された。


ガラス工房では「ふいご」に革袋が使われているのを見て、前々からいつか試してみたいと思っていたことを思い出したのだ。


革袋の「ふいご」は、ギュッと押さえると風を吐き出す仕組みなのだけど、空気を吸い込む間は風が止まるので効率が悪い。


風が途切れ途切れになって、火力の安定も悪くなる。


木箱をつかった「複動式」だと、その点が大きく改善される。



「……忙しさにかまけて、先延ばしにしてしまっていたのですけど、いい機会ですから、試しにつくってみたのです」


「これは、みんな欲しがりますよ」


「そうですわよね」



硬い眼差しをわたしに向けるお母君に、苦笑いしながら頷いた。


まだまだ改良の余地はあるのだけど、この試作の「複動式ふいご」をさし上げると申し出たら、ご両親に大変喜んでもらえた。



「……職人風情のために、こんなものまでつくってくれる女王陛下の仰ることだ。とにかくやってみようじゃないか」



と、お父君が微笑まれ、お母君からも積極的に鉛ガラスづくりに協力してもらえることになった。


ちなみに「複動式ふいご」の製造方法までポトビニスに提供したら、テンゲルからもエルヴェンからも怒られる。


仕組みの肝は、なかに仕込んである「弁」にあるのだけど、これは内緒だ。


帰国してから、テンゲルかエルヴェンの商人に開発と販売を委ねたい。


最終的には水車に連結すれば、送風は自動化することができ、炉を大型化することにもつながるはずだ。


そうなればガラスだけではなく、主なところでは製鉄が大きく変わる。


ただそれは、ちょっと先の話になる。


とにかく、実験の準備は整った。


だけど、わたしのスケジュールはパンパンだ。


やっておいていただきたいことを、メモにまとめてご両親にお渡しする。


わたしがポトビニスの離宮で迎える朝は、エイナル様との鍛錬から始まる。


ナタリアも一緒に早起きして、わたしを着替えさせてくれる。いつも嬉しそうに鍛錬用のお衣裳を着せてくれるのが、なんだか励みになっている。


それから、一日の予定を確認しながら、イローナとペテル王子とも一緒に、朝餐をいただく。


イローナは毎朝にぎやか。


だけど、たしかにペテル王子の方をだんだん見なくなっていて、でもチラチラと様子を窺っていて、とても微笑ましい。


わたしは、ポトビニスの民が『水玉』と呼ぶデザートが好きだ。


最初は手違いで出されたらしい。



「あ、あれほど厳重にチェックしておりますのに……、すぐに下げます」



と、慌てる給仕を制して、ひと口いただいた。


使用人用の食材が誤って混ざっていたけど、毒という訳ではないので、毒見もパスしてわたしたちの前に並んだらしい。



「不思議な食感ですわねぇ……」


「ほんとだね。食べたことのない味……。いや、味はしないか。うん、食感を楽しむのがいいね」



と、エイナル様も微笑まれた。


ポトビニスの郷土料理を味わいたくてヨジェフ陛下にご手配いただいた料理長を呼んで詳しい話を聞けば、やはり庶民の食べ物らしい。


湿地帯や運河の底に自生する、見た目の悪い「泥芋」のような根菜から採ったデンプンを水で溶いて丸め、熱湯で茹でるだけ。


小麦が採れにくいポトビニスで、泥芋は勝手に生えてくる雑草のようなもので、庶民のお腹を満たし「貧乏人の腹ふさぎ」とも呼ばれるらしい。



「これは……、売れますわね」


「は? あ、いや、これは失礼を……」



と、恐縮する料理長にお願いして、テンゲル本国との定時連絡に載せ、茹でる前の『水玉』を、ばあやに送った。


すぐに返事があって、



――すこしの蜂蜜かジャムをたらすと、茹でたら透き通る見た目との相性がよく、甘さが加わり食感をより楽しめますわ。



と、テンゲル王宮のメイドたちから大好評とのことだった。


カリスからは、



『私の開くお茶会では珍しいデザートが食べられるって、テンゲル王都の社交界で噂になってるわ』



と、しっかり社交の武器にしてくれてるという、報告の書簡が添えられていた。



『帝妹も噂につられて顔を見せたわ』



それ以上に詳しいことは書かれていない。


だけど、カリスのことだ。上手くやってくれているだろう。


さらに、ご機嫌うかがいも兼ねてソルダルのご両親にも送ってみたのだけど、こちらでも評判が良かった。



「はあ……。まあ、美味いには、美味いですわね……」



と、蜂蜜をかけた『水玉』をご賞味くださりながらも訝しがるレジュカ陛下を説き伏せ、輸出ルートの構築に着手した。


ポトビニスの商人は誰も「貧乏人の腹ふさぎ」が他国で売れるとは信じてくれず、庶民出身のレジュカ陛下のご差配で、製造工場を立ち上げていただいたのだ。


もちろん、わたしの出資。


大国の女王の気まぐれだと、ポトビニス王都の民からは奇異な目で見られているらしいけど、テンゲルでも、モンフォール侯爵領でも、エルヴェンでも、次々に商人たちが取扱いに名乗りを上げてくれている。



『大河の真珠』



と、わたしが名付けた新商品は、大河の上流でじわりと人気になり始めている。


モキュモキュと味のしない、美味しくも不味くもないポトビニスの民がただの食料だと思う『水玉』が、ポトビニス由来の人気デザート『大河の真珠』として広まる。


ポトビニスには新しい産業になるし、大河流域国家の一体感の醸成にも役立つ。


朝餐の後は、お茶会に臨み、お招きした諸侯やご令嬢にご挨拶して、ひとりひとりの目を見詰めて、お名前をしっかり覚える。


ご領地の場所や特性、特産品などもおうかがいして、それも覚える。


そして、中座を詫び、ヨジェフ陛下と一緒に地下の書庫に向かい、外交記録を閲覧させていただく。


午餐に戻って、お茶会、また地下書庫。


晩餐の前に離宮に戻って、最後のお茶会。これも中座して地下書庫。


晩餐を終えたら、エイナル様とナタリアと、今日お招きした諸侯の情報を整理して、お礼状をしたためる。


お礼状に感激して、お礼状のお礼状を送ってくださる諸侯もいるので、これにも返書をしたためる。


なかには領地経営の相談をしてくれる諸侯もいて、それにも丁寧に答える。


それから、エイナル様は街の酒場に繰り出され、ポトビニスの民と交わってくださっている。


わたしはテラスに出て、ホッとひと息、夜空を見上げ、冬の気配を異国で感じる。



「お待たせいたしました」



ナタリアの優しい声に、ふり向いて、微笑みを交わし合えることが嬉しい。


持ってきてくれた、あたたかいミルクをいただく。至福の時間だ。


ナタリアはホットワインに、ポトビニス独特のスパイスを浮かべている。


湿地帯に咲く、白く可憐な水蓮に似た花の(つぼみ)を乾燥させたもので、赤ワインの熱でゆっくりと開いていく。



「ポトビニスでは、この花が開くまでの間に願い事をすると、願いが叶うといわれているそうですわ」


「あら、素敵ね」



赤ワインの上でゆらゆらと花弁を開いていく、ちいさな蕾をふたりで眺めた。



「……ごめんね。結局、ナタリアには子守りのようなことをさせて……」


「いえ、とんでもございません。王子と伯爵令嬢……、それもコルネリア陛下とご縁戚のご令嬢のお世話をさせていただいているのです。光栄なことですわ」



カリスが、わたしと同行する侍女にナタリアを指名してくれたのは、その高い分析能力がゆえだった。


闇組織の実態解明にあたり、ナタリアは〈水脈史編纂室〉の指揮を執り、辣腕を振るってくれた。


ポトビニスの外交記録を読み解く援けにと、カリスが推薦してくれたのだけど、わたし以外への開示をヨジェフ陛下から断られてしまったのだ。



「……先にお伝えしておくべきでした」



と、ヨジェフ陛下からはお詫びいただいたのだけど、外交記録は高度な機密情報。


ご判断は無理もないことだ。


むしろ、こちらが無理を言ってしまったとお詫びした。



「コルネリア陛下こそ、なかなかのハードワークになっておられますが、体調の方は大丈夫ですか……?」


「うん。充実してるし、楽しいし……」


「ご無理はなさらないでくださいませね」



と、ナタリアはかるく眉を寄せ、わたしに微笑んでくれた。


それから、実験室に向かう。


ご両親が、わたしの指示した配合比でつくってくれた鉛ガラスの試作品が、そろそろ冷えているはずだ。


離宮のふかふかの絨毯の上を歩きながら、これでこそ「コルネリアこき使い大作戦」ではないかと、ニマッと笑ってしまった。



本日の更新は以上になります。

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