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254.冷遇令嬢は必死だ

わたしがサウリュス陛下の手を取ると、マーティンが気色ばんだ。



「ぬ、無礼であろう。コルネリア陛下、何者ですかな、この男は?」


「ふふっ。……クランタス王国の国王、サウリュス陛下ですのよ?」


「国王……」



わたしの手を握り返すサウリュス陛下が立ち上がられると、やはりご長身。


長い脚のお膝は、片膝を突いたまま顔を赤くしたり青くしたりするマーティンの頭の位置より高いのではないかと思われた。


そして、マーティンに微笑みを向けて見下ろされた。



「どなたか存じぬが、割り込んでしまったようで申し訳ない」


「う……、ぬ……」



舞踏会では女性が誰をダンスパートナーに選んでも、それは女性の自由とされる。


だけど、申し込んだ男性の地位や身分によっては、差し障りが出ることもない訳ではない。


その点、マーティンが王子位を主張したところで、国王を選んだわたしの選択は、どの方向から見ても、非礼にはあたらない。


カリスがサッと手を挙げると、楽団の演奏が始まった。


わたしとサウリュス陛下の周囲から人が退いていき、顔をしかめたマーティンも、人懐っこそうな笑みを浮かべたままのシャルルに促され、立ち上がって壁際に移動した。



「ふふっ。……サウリュス陛下に手をとっていただく日がまいりましょうとは」


「私の手はいつも、木炭か絵筆が占領しておりましたからな」


「ぷっ。……ご、ご立派になられて」


「ふふふっ、慣れない〈国王業〉に四苦八苦の日々ですよ」



前奏が終わり、ゆっくりとステップを踏み始める。


エイナル様のわたしを包み込んでくださるようなリードとは違い、サウリュス陛下のリードはまだ拙い。


互いに補い合うようにしてリズムを刻んでいく。


ふと――、



――諦められた、サウリュス陛下が不憫です。あれほど強くコルネリア陛下のことを想われていたというのに……。



という、ナタリアの涙を思い出す。


チラリとお顔をうかがうと、濃い青紫の桔梗色をした瞳は……、必死だった。



「……ダンスを練習し始めたのは、即位の後でして……」


「ふふっ。焦らず、ただ、お互いに呼吸を合わせてまりましょう」


「はい!」



と、こんなにも殊勝な物言いが似合わない方が、ほかにいらっしゃるだろうか?


いや、先入観のせいかしら?


いつも、なぜか自信満々で、だけど、その自信に見合うだけのすばらしい絵画の才能を見せてくださったサウリュス陛下。



「うくっ……」


「……ど、どうされましたか?」


「い、いえ……。お気になさらないで……くださいませ……」



いつもご披露くださっていた〈奇妙な踊り〉を思い出してしまったのだ。



――ふ、腹筋が……、割れちゃう……。



あの情熱的で独創的な()()をご披露された(ほう)が、みなに感銘を与えるのでは……。



――なんて考えちゃダメよ、コルネリア! ステップに集中して!



と、あたまの中で、謎のお姉様からたしなめられる。


誰なんだ、お姉様。


チラと周囲を窺うと、エイナル様がそっと顔を背けて口元を手で押さえられていた。



――エイナル様も、サウリュス陛下の()()を思い出されたわね……。



やきもちとか焼いてくださる場面ではないのですか? 他国の美形の国王陛下と、妻がダンスを踊っておりますのよ?


よく見たらカリスもだ。


涼やかに微笑んだまま、斜め上に天井を見詰めている。


他国の王への礼を失しないよう微笑を絶やさず、覚えたての不安定なステップに合わせ、足を踏まないように気を付け、中性的な顔立ちに浮かぶ剣術の鍛錬に励む少年のような表情を直視もできず、ただ腹筋に力を入れて吹き出してしまわないように耐えながら、臣下や他国の要人に囲まれてダンスを披露する。


主君のそんなピンチを最後まで見届けないとは、カリス? あとでお説教ですわよ?


わたしも必死で、サウリュス陛下がカッコよかった場面を思い出す。



『……あそこだけ、草の色が違うではないか』


『停めてください!』



うん。あのときのサウリュス陛下はカッコよかった。


そのあと、メッテさんが長柄の鉾槍(ハルバード)を投擲されたのもカッコよかった。


どうにか呼吸が楽になったころ、ちょうど曲が終わった。



「……拙い踊りで申し訳ない」


「いえ……、とてもエキサイティングでしたわ」



サウリュス陛下の胸の中で微笑んだ。


身体を起こし、みな様にお辞儀をすると盛大な拍手に包まれる。


大広間を見渡すと、帝妹ソレーヌとマーティン、それにシャルルの姿がなかった。


舞踏会は出入り自由が建前ではあるけれど、実際に中座して帰ってしまうのは見たことがない。


どうやら、わたしがサウリュス陛下に()()だった間に退出したらしい。


マーティンを使った策謀に失敗し、他国の王まで登場したのでは、帝妹を場の中心に据えることも無理だと諦めたのだろう。



――新通貨発行で、ただちに闇組織に見切りをつけたシャルルらしい判断……、というところね。



エイナル様と並んで玉座に腰を降ろした。


そして、わたしとエイナル様のポトビニス行きを、みなに告げた。



「……友好親善のため、ポトビニスのヨジェフ陛下からの招請に応じ、生誕祭の最終日までには戻ってまいります」



外交文書の開示は秘中の秘。


昨年の〈コルネリア生誕祭〉は3ヶ月に及んだけれど、今年は開催期間を約半分に圧縮してある。


ポトビニスへの滞在は、約3週間ほど。


行宮を提供し、帝妹たちのお世話をしてくれているアティラ伯爵には「聞かれるまで伝える必要はない」と追って命じた。


これで、舞踏会を途中退出し、王都から離れた行宮にいるシャルルたちの耳には、この情報がすこし遅れて届くハズ。


いずれ気が付いてもらわないことには、わたしの不在で〈隙をつくる〉という作戦には合わないのだけど、まずは『肩すかし』をして気勢を削ぐ。


シャルルからすれば、こちらはピリピリと警戒していると思っているハズだ。


そこに、わたしとエイナル様がふらりと他国に〈旅行〉に出かけたと耳にすれば、シャルルの目算はなんらか狂うだろう。



「……気が付くタイミングによっては、なにかボロを出すかもしれない」



というのは、ルイーセさんの策。


揺さぶられてばかりでは情けない。こちらからも揺さぶりをかけていく。



  Ψ



わたしのポトビニス行きを王都の民にも広く布告すると、いくつかの催しが、急きょ前倒しになった。



「……いま、わたし。完全にワガママ女王ですわね」



と凹むわたしを、エイナル様が慰めてくださった。


足を運んだ〈コルネリア陛下に捧げるのど自慢大会〉では、みなの歌声に手拍子で応える。


わたしとエイナル様と、宮中伯カリス、宮宰クラウス、それに飛び入りでサウリュス陛下も審査員になって、大河の舟歌(バルカロール)を見事な低音で歌い上げた街の娘に〈コルネリア賞〉を贈った。



「おめでとう。一度、ご家族か恋人を連れて王宮に遊びに来てね」



褐色の肌がまぶしい、シルバーアッシュな灰色髪のお姉様で、貸荷馬車屋で経理をしているのだという。


照れ臭そうに、賞状を受け取ってくれた。



「……岩場の陣にもいたんです」


「あら、そうなのね。じゃあ、わたしの宝物のひとりね」


「宝物だなんて……、コルネリア陛下のお陰で暮らしがどれほど良くなったことか。心の底から感謝してます」



褐色の頬を赤らめると、まるでオレンジ色に輝くかのようだった。


参加者ひとりひとりにも声をかけて回る。


ほんとうは、ひとりに賞を決めるのはどうかと思っていたのだけど、



『盛り上がるから』



という理由で押し切られてしまった。


わたしのために一生懸命歌ってくれたひとりひとりに感謝の言葉を伝えると、倍以上の言葉でわたしへの感謝を語ってくれる。


なによりの、誕生日プレゼントだ。


それから〈コルネリア陛下を描く、お子様似顔絵大会〉の展示会場にも足を運ぶ。


どれも力作で、ひとつひとつ丁寧に拝見させてもらった。


サウリュス陛下もご同行くださり、あごに手をやり真剣な表情でご覧いただく。



「ど、どうですか……? サウリュス陛下の目でご覧になられて?」


「……どれも、子どもならではの瑞々しい感性がすばらしく、なによりコルネリア陛下への敬慕の念に満ち溢れているところに感銘を受けます」


「そうですか!」



卓越した画家であられたサウリュス陛下から、テンゲルの子どもたちの絵をお褒めいただくことが、とても嬉しい。



「王として、民からこのように慕われるコルネリア陛下は、私の憧れで目標です」


「まあ……」


「……絵筆を取りたくなります」


「あら……」


「更地だったテンゲルの王都に天幕を張り、ただ無心にコルネリア陛下の絵を描いていました……」


「……昨年の生誕祭ですわね」


「懐かしい気持ちにさせてもらいました」



と、サウリュス陛下は目をほそめられた。


近侍しているナタリアが、そっと涙を拭う。



「ほんとうに、乗り越えられましたのね。先日の舞踏会に加え……、もう、私に思い残すことはございませんわ」



わたしには、その言葉の意味はよく分からなかったのだけど、ナタリアは涙顔に爽やかな笑みを浮かべていたので、そっとしておくことにした。


いつか、話したくなるときが来たら、きっと、わたしにも教えてくれるだろう。


そして、懐かしい顔にも会った。



「あら! エマじゃない!?」


「はい……」



テンゲル動乱で知り合い、わたしのメイドだったエマが、すこしお姉さんになって、照れくさそうにはにかんでいた。



「……弟の絵が入選して、飾ってあるんです」


「え~っ!? どれどれ、どの絵?」



エマに案内してもらい、両手に肉の串焼きをかざし満面の笑みを浮かべたわたしの絵を眺める。


豪快なタッチで、ニコニコと笑っていた。



「上手に描いてくれてるわね……」


「……いちばん最初。おウチが流されて、お父さんとお母さんもいなくなって、途方にくれてた私たちに、コルネリア陛下が串焼きをくださったこと……。弟には、いちばんの思い出なんです」


「そう……」


「私も、あのときの串焼きより美味しいお料理は、まだ食べたことがありません」



前王の暴政で放置されていた堤防の不備が洪水となり、エマたちから両親を奪った。


倒壊した家屋の瓦礫に腰かけ、気力のない眼差しでわたしをボーっと眺めていたエマと弟の姿は目に焼き付いている。


あんな子どもを、ひとりも出してはいけない。


戦禍を避ける。ロアンの侵攻を防ぐ。その思いを新たにして、エマとは手を振り合って別れた。


港に足を運び、荷役人夫の共同宿泊所で、ゲアタさんと打ち合せた。



「……コルネリア陛下のご不在中、妙な動きがないか、手下の者たちにもよく見張らせておきます」



というゲアタさんは、最初に出会った頃のようなラフな格好をされていた。


鳳蝶(あげはちょう)の刺青が、鮮やかに目立っている。



「なにか……、ケンカされたりしました? メッテさんと」


「……いや。メッテがというより、イグナスの顔を見てるのが、どうにも気分悪くて……」


「あ、ああ……、それは」


「メッテは器の大きな、本物の大親分です。……大河の無頼をまとめながら、ブラスタの王族としての務めも果たす」


「ええ……」


「……まあ、ちょっと、私にも気分転換が必要になった……、っていうか」


「メッテさんは、ゲアタさんのことを頼りにされてますから……」



というわたしの言葉が合図となって、ひとしきりゲアタさんからグチを聞く。


ブラスタ7王家の当主や大河委員会大使を、ゲアタさんに相談なく引き受けていたことが、よほどこたえていたらしい。



「……でも、メッテさんのことがキライになった訳ではないんでしょう?」


「それはもちろん! ……あっ」


「ふふっ。……惚れた弱みですわね」


「そういう()()です。……最後まで付いて行きますよ、私は、きっと」


「グチなら、いつでも聞きますから」


「……頼みます」



王女で大親分へのグチだ。


聞かせられる相手が、わたしくらいしかいないのも、よく分かる。


わたしの不在中、ビルテさんと連携して王都の街を守ってもらうようにと、よくお願いして別れた。


慌ただしく民が開いてくれる催しを回りながら、ポトビニス行きの準備を進める。


そして、いよいよポトビニスに旅立とうという朝、王宮に急報が駆け込む。



「……不審な天幕?」



港に突然現れたのだという。


ゲアタさんたちが遠巻きに監視しながら、わたしに報せを走らせてくれた。


イヤな予感を覚えながら、港へと向かった。



本日の更新は以上になります。

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