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251.冷遇令嬢は揺れていた

『大国には求めるものを与えつつ、小国は実利を取るものです』



ヨジェフ陛下からの親書は淡々としていながら、わたしへの敬愛の情がにじむ、なんともあたたかい気持ちにさせていただくものだった。



『ブラスタ、クランタス。両大国に挟まれるポトビニスは、時に応じて両国の〈良き友人〉あるいは〈忠実な僕〉を演じて、生き抜いて参りました』



両国の時の王、宮廷が求める〈名分〉つまりは〈メンツ〉を与えるのと引き換えに、ポトビニスは独立という実利を得てきた。


大国の権威を常に公の場で認め、敬意を払ってふる舞う。


それでも、理不尽な干渉もまた、常に避けられない。



『……ポトビニスの諸侯はことあるごとに両大国からの干渉を受け、時にはブラスタに臣従し、時にはクランタスに臣従し、ポトビニス王家はその屈辱に耐え忍びながら、再び臣下の列に戻すことを繰り返してきました』



王権とは実はかなり不明瞭なものだ。


小国においては、それがさらに顕著。


王権が揺らいだと見れば、すぐに諸侯は裏切り、他国につく。


諸侯に服属する在地貴族ともなれば、さらに複雑に主君を替える。



『……かつてポトビニスと私は、テンゲル女王に即位されたコルネリア陛下の真価を見誤るという過ちを犯しました』



ブラスタ前王の〈忠実な僕〉として、対テンゲルの出兵を行いながら、ぬけぬけと訪問してきた当時の王太子ヨジェフ殿下を、わたしはテンゲル王都に留め置いた。



『テンゲルが、コルネリア陛下という才を得て、ブラスタ、クランタスをも凌駕するほどの存在感を放つ、大河の大国になっていたことを、私は察知できませんでした』



そうまっすぐにふり返られると、苦笑いしてしまうのだけど読み進める。



『……ですが、コルネリア陛下は私にテンゲル国内を自由に歩き回ることを許され、なにひとつ隠すことなくすべてを見せてくださいました。そして、私は新しい大河の大国テンゲルの〈求めるもの〉が、公正と誠意であると気が付いたのです』



わたしの『公正』や『誠意』を重んじる気持ちは、もはや、執着と言ってもいいのかもしれない。



――父のような貴族にはなりたくない。



わたしのいちばん奥深くに、しっかりと根を下ろす、大切な願いだ。


それが、テンゲル国内を見ていただくことで、ヨジェフ陛下に伝わっていた。


つまり、テンゲルの民に、諸侯に、わたしの治政に行き渡っていると認めてくださっていたことに、じわり嬉しくなる。



『……コルネリア陛下がポトビニスに求めるものは〈屈服〉でも〈隷属〉でも〈阿諛追従(あゆついしょう)〉でもなかった。このことは、私のみならずポトビニス王国のすべての臣民に、大きな衝撃と感激を与えました。そんな大国が大河に現われたのか……、と』



ヨジェフ陛下をテンゲルに留め置いたとき、エイナル様がわたしに向けてくださった微笑みが思い起こされる。



――大河委員会、ひいてはコルネリアを中心に回り始めた大河流域の新しい国際秩序では、誠意や優しさの方が国と王家を守る役に立つと気が付いたら、変わり身は早いと思うけどね。あのタイプは。



エイナル様のお見立ては正しかった。


その後、ヨジェフ陛下から『不誠実』を感じたことは一度もないのだから。



『コルネリア陛下と、コルネリア陛下のテンゲルは、常にポトビニスを対等に扱ってくださいました。……現在、討議中の〈大河評議会〉の設置においてもです。このことに恩義を感じぬポトビニス臣民は、ひとりもおりません』



そのように受け止めてくださっていたことが、面映ゆく、切なく、そして、身の引き締まる思いがする。


大国の女王ぶった横暴なふる舞いが、わたしにもどこかあったのではないかと懸念していただけに。



『……翻って、突然に現われた大帝国ロアンの、これぞ横暴な大国! というふる舞いには、思わず笑ってしまうほどです』



文面からは、そこはかとない自信が感じられる。


横暴であればあるほど、ポトビニスは御し方をよく知っていると言わんばかりで、



――もう少し早く、ヨジェフ陛下にご相談すれば良かったわね……。



と、苦笑いした。



『そして、コルネリア陛下は、リレダルのカーナ妃殿下との見事な連携により、ついに大帝国ロアンが本当に〈求めるもの〉をあぶり出されたのです』



力強い筆致だった。



『一見、コルネリア陛下は敵の〈トロイの木馬〉を、テンゲル王都に自ら招き入れてしまったかのように感じられるかもしれません。ですが、小国ポトビニスの王たる私には、まったく逆の光景に映ります』



正体不明の新興の帝国。


その深い闇の中から、最大の武器である帝妹ソレーヌと、黒幕シャルルを、光のあたる〈皿の上〉に引きずり出すことに成功した。


というのが、ヨジェフ陛下のお言葉だった。



『……小国には、希望と絶望、信頼と裏切りが、繰り返し訪れるものです。その戦いに、コルネリア陛下は初戦で見事な勝利を収められた。私とポトビニスの臣民は、その価値をもっとも知る者として、惜しみない称賛を贈らせていただくものです』



なにか、現実がひとつでも変わったかといえば、そんなことは一切ない。


ロアンの強大な軍事力は健在だし、帝妹ソレーヌはテンゲル国内に入れてしまい、シャルルを捕縛する方策も見付からない。


なのに、ヨジェフ陛下から、



――コルネリア陛下は間違っていません。



と仰っていただけることが、こんなにも気持ちを落ち着かせてもらえるものなのかと、自分の身体に熱が戻ってくるような感覚がした。


そして、ヨジェフ陛下の親書は、非常に重要な提案で締めくくられていた。



『ポトビニスは、小国がいかに生き抜いてきたのか、その知見のすべてをコルネリア陛下に提供する用意があります』



「え、ええ~っ!!」



と、思わず、喜びの声をあげる。



「ふふっ、なにか良い報せでしたか?」


「あ……、うん。ごめんね、急に大きな声を出したりして」


「いえ……」



執務室で近侍してくれてるナタリアに、照れ笑いを返して、もう一度、ヨジェフ陛下からの親書に目を落とす。


外交巧者で鳴らすポトビニスの王宮に秘められた、建国以来すべての外交記録を、わたしにだけ開示してくださるというのだ。


世の中のどんな学問書よりも、生きた外交、生きた政治を学べるはずだ。


いわば、ポトビニス秘伝の、外交の職人技を伝承させてもらえるのだ。


わたしにとっては、垂涎の文書。お母様ですら触れることの出来なかった、宝の山に飛び込める。


ただし、当然のことながら、ポトビニスの王宮からは門外不出。わたし自身がポトビニスに訪問する必要がある。


ソワソワと立ち上がり、ナタリアに声をかける。



「……カリスの執務室に行くわ」


「お呼びしましょうか?」


「あ、うん。……大丈夫」



すぐにも相談したくて、カリスに来てもらうのが待ちきれない……。


とも言えず、すこし怪訝な表情をしたナタリアを押し切るようにして、カリスの執務室を訪ねた。



「なに、ネル? なんで揺れてるの? ……用があるなら私が行くのに」


「あ、うん、待ちきれなくて」



と、ヨジェフ陛下からの親書をカリスにも読んでもらう。


いま、テンゲルは大変なときだ。


ちゃんとした理由があるとはいえ「ポトビニスに行きたい」などと言い出せる状況ではない。


そのことは重々分かっている。


カリスに話を聞いてもらって、先々の楽しみということで気持ちを落ち着けるつもりだった。


だけど、親書から顔をあげたカリスは、いつものように涼やかに微笑んだ。



「生誕祭中だけど……、舞踏会が終わったら行けるんじゃない?」


「……え?」


「どうしたの?」



カリスの答えが意外なもので、胸がドキッと高鳴った。



「い、いいかな? テンゲルをあけても」


「ふふっ。……帝妹、マーティン、シャルル。カルマジンでの大使間協議の進展も気になるわね……」


「……そうよね」


「でも、我慢できないって顔してるわよ? ネル」


「あ、え……、うん」


「根回しと準備は私がやるから、ネルはエイナル陛下にだけ伝えておいて」


「え? ……いいの?」


「ふふっ。だって、ネルのそんな勢い、みんな断れなくなっちゃうでしょ? ……ちゃんと調整するから、やっぱり難しいってなったら、もうしばらく待ってね」


「……分かった。ありがとう、カリス」



こんなに問題山積な状況で、女王が、



――留学したい!



だなんて、ワガママなこと、この上ないだろう。


だけど、対ロアンに役立つ知見がたくさん埋もれているかもしれないし……。


と、エイナル様に言ったら、にこりと笑ってくださった。



「コルネリアは、ずっと学びたくてウズウズしていたからね」


「あ……、はい」



賢しらなようだけど……、レーエン子爵に復元していただいた、テンゲル王宮の図書館に納められてる文献の内容は、どれもお母様から教わっていたのだ。


懐かしい気持ちにはなれるのだけど、あたらしい学びということはない。


時間ができたら、リレダルに金融学を学びに行きたいとは思っていた。


だけど、それも〈大河公証役場〉の設立準備作業で、なんとなく老博士から学んでしまった。


エイナル様が、やさしくやわらかに微笑んでくださった。



「ボクはね、コルネリアの才に気が付いたとき……、う~ん……、言葉を選ばずに言うと、単なる〈学問好きの女の子〉なんだと思ってたんだ」


「え……? 違いました?」


「ふふっ。コルネリアは学ぶだけじゃなくて、それを自分の血肉にして実践できる」


「……? 実践しないのなら、なんのために学ぶのですか?」


「ははははっ! ほんとだね、まったくだ。学院時代のボクに聞かせたいよ」


「あれ? ……わたし、なにか変なこと……、賢しらなこと言っちゃいました?」


「ううん。とても正しいことを言ったよ、コルネリアは」



エイナル様は、やさしくわたしの頬を撫でてくださった。



「行っておいでよ、ポトビニス」


「え? ……エイナル様は一緒に来てくださらないのですか?」


「う~ん……、カリスの調整次第じゃないかな?」


「あ、はい……」


「一緒に〈お出かけ〉もしたいけどね」


「はい……」


「それに、まずは舞踏会だ。ダンスの練習しておかないとね」


「はいっ!」



ヨジェフ陛下のお言葉は、ずいぶんわたしの心を軽くしてくださった。



――希望と絶望が、繰り返し訪れる。



とても分かりやすい。


絶望しかなかった、あの別邸の高い壁のなかより、よほど良いではないか。


それに、舞踏会は『皿の上に乗せた』帝妹ソレーヌとシャルルを、しっかり観察できる、絶好の機会だ。



「……マーティンにも油断してはいけないよ?」


「ええ、そういたします」



エイナル様の執務室で、すこしだけステップを踏んだ。



「だって、コルネリアが踊りたそうに身体を揺らしてたから」



と、エイナル様が笑われた。


やがて、カリスが調整を終えてくれたのは、舞踏会の前日。


ソワソワしながら、カリスが指定した王宮の目立たない一室に入ると、テンゲル中枢の主要メンバーが全員集まっていた。


みなの表情は、うっすらと緊張していて、



――やっぱり、みんなでわたしのポトビニス行きを止めるわよね……。



と、すこし残念に思いながら、それも無理のないことだとソファに腰を降ろす。


だけど、カリスがみんなと調整してくれていたのは、わたしが予想もしなかった『ロアン帝国対策』で、思わず唸らされた。



本日の更新は以上になります。

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