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247.冷遇令嬢は弱点を知りたい

アティラ伯爵が求めてきた内密の謁見は、カリスが取り次ぎ、王宮の裏庭で行った。


水没後、庭師に取り急ぎの職場を確保し、造園技術の流出を防ぐ必要もあって、こじんまりとした庭園を再建させていた。


植え替えたイヌツゲの生垣が美しい、整形式の庭園で、誰かと会っていても人目につきにくい。


足元を彩る、やや紫がかった鮮やかな赤いダリアの花を眺めながら、カリスとルイーセさんと、洗練されたロートライアン製のテーブルセットを囲んでお茶にする。


側には給仕役として、ナタリアが控えてくれている。



「あの赤いダリア……、サウリュス陛下だったら何色って仰るのかしら?」



などとお喋りを楽しんでいると〈偶然にも通りかかった〉アティラ伯爵が、わたしに平伏すようにして片膝を突く。



「……お目通りの機会を賜り、恐悦至極に存じます……」



淡い黒髪の、鳥の羽根を重ねたような毛先をふわりと揺らし、アティラ伯爵があげた顔は、緊張で強張っていた。


引退した前王弟の嫡男で、わたしには〈はとこ〉、マーティンには従兄弟にあたる。


前体制で枢要な地位を占めていた前王弟の家系ということもあり、潜在的には不満分子と見做さざる得ない伯爵家を継承した。



「わたしに、内密に会いたいということでしたが……?」



すでに、アティラ伯爵には枢密院議長のフェルド伯爵自らが、マーティンの帰国を伝えている。


その後、すぐさまの謁見を求めてきたことを、無視はできなかった。


いまは、なによりもテンゲル国内の結束を固めておきたいときだ。


アティラ伯爵が色の薄い唇を震わせた。



「……マーティン殿下と、帝妹ソレーヌ殿下のご滞在場所を、わが伯爵家の領地にてご提供させていただきたく……、お願いにまかりこしました」



アティラ伯爵は、その家柄ゆえに前王の元第2王子マーティンを旗印にして、わたしへの叛旗を翻すつもりかと、疑われても仕方のない立場にある。


申し出は意外にして大胆なものだ。


だけど、淡い黒髪の長い前髪の奥で光る、アティラ伯爵の瞳の色に混じり気はなく、決死の覚悟すら窺えた。


細面に白目の少ない、真っ黒な瞳。


鼻筋はほそく、緊張しているのか白い頬は青ざめて見えた。



「……存念を聞かせてくれますか?」


「はっ! ……わが領地は王都に近く、さりとて王都からは距離もあり……。マーティン殿下とソレーヌ殿下、そして、引き連れてくる近侍が、なんらかの企みを目論んだとしても、一定の歯止めとなります」


「なるほど……」


「……く、加えて、私は血縁が近く……、マーティン殿下から疑われることもございませんでしょう」



カリスが涼やかに微笑んだ。



「アティラ伯爵は、おふたりの見張り役を買って出られた……、と、理解してよろしいのでしょうか?」


「……そ、そのように解していただけましたら幸甚に存じます」


「もう少し、具体的なお話をおうかがいしても?」


「……カリス宮中伯閣下には、なにかとご配慮いただき、感謝の言葉とてなく……」


「ええ……」



と、カリスは微笑みを重ね、話の続きを促す。



「……コルネリア陛下より払い下げていただきました〈行宮(こうぐう)〉が、まだ手付かずで残っております。前王所縁(ゆかり)の宮殿でもあり、帝国よりの賓客にご滞在いただくのにも失礼にはあたらぬかと……」



一考の余地があった。


王都近郊にあって、もっとも近い〈行宮〉であり、わたしたちの『側に置く』という和平条件も満たせるだろう。


さらに、アティラ伯爵は、



「……わ、わが妹を、どうかコルネリア陛下のお側でお使いくださいませ」



と、わたしに人質を差し出すとまで言ってきた。


帝妹とマーティンを王宮に住まわせるのは、もちろん抵抗があるし、どこか適切な滞在場所はないかと、枢密院に探させていたところでもある。


ルイーセさんが小声で囁いた。



「……いずれにせよ、騎士団の監視下に置くだろう?」


「あ、ええ」


「アティラ伯爵がなにか企んでいたとしても、騎士団で押さえ込める。……王都の中心部から離れた宮殿なら、立地としても申し分ない」



かるく頷き、アティラ伯爵に顔を向けた。



「分かりました。……マーティン殿下とソレーヌ殿下の滞在場所。そなたの申す通りにいたしましょう」


「はっ。……誓って、コルネリア陛下とエイナル陛下への忠義に迷いはございませんことを……」


「ええ。嬉しく思いますわ」



王都から離れた行宮であれば、『誰が尋ねて来たのか』も容易に監視できる。


帝妹もしくはマーティンが、テンゲル諸侯や王宮に手を突っ込んできても、対策が打ちやすくなる。



「フェルド伯爵に、わたしからの内諾を伝えておきます。今日の夕刻以降に、フェルド伯爵におなじ内容を申し出てください」


「……かしこまりました」



念のため、枢密院の討議にかける。


枢密院もかなり張り詰めて対策を講じてくれているはずで、頭越しの決定はできれば避けておきたい。


それに、なにかわたしの気が付かない問題が見付かれば、枢密院からの奏上があるだろう。念には念を入れる。


アティラ伯爵に微笑みを向けた。



「1年後……。アティラ伯爵が枢密院の列に加わっていたなら、わたしも心強いのですが……」



わたしの匂わせた〈褒美〉にも、アティラ伯爵はその品のある眉を、ピクリとも動かさなかった。


裏になにか意図を秘めているのか、あるいは真にテンゲルの平穏を思ってのことなのか、いまの時点では判断できない。


妹君を人質に預かることは丁重に断ったのだけど、これまでとは少し違った熱心さでぜひにと頼まれた。



「実は……、妹はナタリア様の大ファンでして」


「あら、そう……」



チラッと、給仕のナタリアに目をやると、まんざらでもない顔をしている。


そして、妹の願いを叶えてやりたいと、兄バカな表情を見せるアティラ伯爵に、思わず顔をほころばせてしまう。


人質の方が「名目」だったとは予想外。



「……お、お叱りを受けるかもしれませんが、できましたらお側に……」


「あ、え? ……でも、アティラ伯爵の妹君といえば、まだお若いのでは?」


「……8つにございます」



おう……、8つの妹の願いを叶えようと、女王に必死で頭をさげるアティラ伯爵に、ほのぼのとした気持ちにさせてもらう。


でも、さすがに8つでは、メイドにするにしても幼い。



「妹君には、たまに王宮に上ることを許します。……えっと、勉強道具を持参するように。わたしかナタリアが、お勉強を見てあげます」


「こ、これは、なんという栄誉を……」


「いいわよね、ナタリア?」


「ええ、もちろんです。コルネリア陛下の思し召しですもの、私に異存などあるはずございませんわ」



心から嬉しそうに喜ぶアティラ伯爵は、今日いちばんの笑顔を見せてくれた。



――枢密院への参画より、妹をナタリアに会わせてあげる方が嬉しいだなんて……。



と、苦笑いしつつ、大いに恐縮するアティラ伯爵をみんなでつついて、妹自慢を聞かせてもらう。


随分と可愛いく思っているようだ。


よく聞けば、異母妹らしい。


父である前王弟が、老いらくに使用人との間に儲けた異腹の妹に対して見せる、砕け切った表情を、信頼してみることにした。


妹君へのお土産にとお菓子を持たせたら、さらに感激の表情を見せてくれた。


アティラ伯爵には行宮の清掃と改装、それに調度品を揃える経費の支給を約束する。


シャルルの隠し金山を収公したお陰で、王家の財政には余裕がある。帝妹から難癖を付けられることのないように、入念な準備をしてもらう。


清掃員は王宮から派遣すると伝え、アティラ伯爵を下がらせた。


派遣するのは清掃員に扮した陰働きの騎士だ。行宮を入念にチェックさせる。



「……まあ、万一だけど、実はマーティンを恨んでて暗殺……。なんてことがあっても困るしねぇ」



ナタリアも座らせて、苦笑いしながら、もうすこしお茶を楽しんだ。



  Ψ



カーナ妃殿下と急使でやり取りし、和平交渉の進捗を睨みつつ、テンゲル諸侯の引き締めを図っていく。


枢密院からの説明に動揺を見せた諸侯には、わたしかエイナル様が直接会って、協力を求めていく。


わたしたちの泰然とした姿を見せることが、いまは大事だ。



「……やるのですか? 今年も」



と、フェルド伯爵の提案に眉を寄せて笑ってしまった。



「こういうときであればこそ、大河各国の絆を確認する機会が肝要かと」


「いいんじゃないかな? コルネリア生誕祭。今年もやろうよ」



エイナル様もウキウキと乗り気だ。


昨年はテンゲル復興のアピールに、大々的なビジネスマッチングの機会として、ほぼ更地の王都の地盤固めも兼ねて開催した。


それを今年も開催して、大河各国から商人を招こうというのだ。


断りにくい大義名分ではある。


和平交渉の進捗から見て、恐らくは帝妹とマーティンがテンゲル王都に到着した直後くらいの開幕になる見込みだ。



――わたしのお誕生日会に、良かったらどうぞ。



まあ……、牽制にはなるか。と、開催を承諾すると、王都の街が一気に活気づいた。


48ある王都の各種ギルドも全面協力を申し出てくれて、さらには様々な催しを自主的に企画してくれ、王宮に許可を求める届け出が多数届く。


ひとつひとつに目を通し、わたしへの愛情溢れる企画の数々に胸を熱くする。



「……王都の民が、こんなにも楽しみにしてくれていたなんて……」


「みんな、コルネリアをお祝いしたいんだよ」



と、エイナル様が、やわらかに微笑んでくださった。



――コルネリア陛下に捧げるのど自慢大会! 飛び入り参加自由!



なにを聞かせてくれるのだろう。


とても楽しみだ。


生誕祭の開催にあわせ、王宮では舞踏会を開くことにした。


わたしが不在がちの王都で、社交界の形成に汗をかいてくれていた、前公爵夫人を王宮に呼んだ。


テンゲル動乱では、わたしと対立関係にあった前公爵の夫人だけど、夫が引退した後は、息子3人から年金を支給してもらい、王都でひとり気ままに暮らしている。



「……いつ誰がどう裏切るのか、予想もつかないのが貴族というものですわ」



首元を覆う高い襟を高価な真珠が飾る、初老の貴婦人の微笑みに悪意は感じない。



「すべてはコルネリア陛下の権勢次第。権勢が衰えたと見れば、いまは忠義を捧げる者たちも、次の権勢に群がりましょう」


「ご助言、痛み入ります」


「……社交の場とは、その権勢を測り、測られる場と心得られるのがよろしいかと」


「前公爵夫人からご覧になられて、わたしの権勢の源泉とは、なんでしょうか?」



帝妹の来訪に備えるにあたり、わたしの弱点を知っておきたい。


かつての政敵の夫人が寄せてくれる忠言に、素直に耳を傾けた。



本日の更新は以上になります。

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