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243.冷遇令嬢は大前提に気が付く

帝妹ソレーヌとマーティンを、テンゲルに1年間滞在させる。


それは、ソレーヌとエイナル様、マーティンとわたしの婚姻含みであるという、ロアンからの和平条件。


早朝に開いた大河評議会の準備会合で、カーナ妃殿下から、各国の大使にご説明いただいた。


静まり返る貴賓室。


エイナル様は大河騎士団の対応にあたってくださっており、この場にはおられない。



「……ずいぶん、舐められたもんだな」



と、メッテさんが沈黙を破られた。


カーナ妃殿下が、心苦しそうに腰を折る。



「私の交渉がいたらず……」


「いや、妃殿下はご立派だ。……こうして、ご自身で説明の場に出てきた。コルネリア陛下に語らせなかった矜持はお見事」


「……恐れ入ります」



深々と頭をさげられたカーナ妃殿下に、ご退出を促す。


まだロアンとの交渉は残っており、急ぎご帰国いただかなくてはならない。


立ち上がられたメッテさんが、優雅に拝礼を捧げられた。



「……いかな屈辱的な条件であろうと、まずは大河の民の平穏を守られたカーナ妃殿下に、このマウグレーテ・ダギス、最大限の敬意を表します」


「救われますわ……。マウグレーテ殿下には、もうすこし良い形でお目にかかりたかったのですけど」


「いただいた肩当ては、わが誇り。……いずれまた、日を改めて」



わたしの憧れるおふたりの初対面が、こんな形になってしまい残念でならない。


熱い視線を交わし合われ、カーナ妃殿下は貴賓室をあとにされる。


そして、今後のことに議題が移った。



「……わたしとエイナル様は、帝妹ソレーヌとマーティンの受け入れ体制を整えるため、王都に向かわねばなりません」



ふたりをカルマジンに入れる訳にはいかない。


テンゲルのみならず、清流院、大河委員会までもが内側から喰い破られるようなことになれば、目も当てられない。


警戒して、警戒しすぎということはない。



「弱気になってねぇか?」



メッテさんのお声に、ハッとする。



「いいか、コルネリア陛下。これは権力闘争だ。大河の平和のため……、ロアンの兵を引かせるために、コルネリア陛下とエイナル陛下は、毒を呑んでくれた」


「はい……」


「毒がまわれば……、つまり、帝妹とマーティンにテンゲルで好きにさせたら、大河を内側から喰い破られるぞ?」



ユッテ殿下が、苦悶の表情で深々と頭をさげられた。



「……大陸諸国の情勢を把握しきれていなかったリレダルの失策が、かような事態を招いた。面目次第もない」


「申し訳ないがそういう話でもねぇ。……舞台は血を流さねぇ戦場に移ったってことだ。それ自体は悪い話じゃねぇ」


「戦場……」



と、メッテさんのお顔に視線を向けた。



「だから、権力闘争……、宮廷闘争だ。受け入れる帝妹は、帝国からの賓客。まさか、幽閉する訳にもいかねぇだろ?」


「それは、ええ……」


「見てろ? 舞踏会に園遊会。帝妹は必ず独自に社交の場を開く。そのとき、帝妹の招きをテンゲル諸侯は断れるか?」


「……そうですわね」


「私らもだ」



と、メッテさんは大使を見渡した。



「帝妹から『貴国を訪問したい』と正式に申し入れられて、断れる国があるか?」


「……それは、そうですな」



最年長のポトビニス大使が、手を口元にやって考え込む。



「早急に必要なのは、各国ともに国元の引き締めだ。帝妹と王配の道ならぬ恋の駆け引きに固唾を飲んでる場合じゃねぇ」


「し、しかし……」



と、ヘラルト殿下が呻くように呟いた。



「……万が一にもコルネリア陛下とエイナル陛下が離縁になどなれば、バーテルランドはとても呑めん。『リレダルは我が国を軽視するのか』と、反リレダル感情が爆発する……」


「馬鹿いうな!」



と、メッテさんがテーブルに手の平をバンッと突かれた。



「エイナル陛下も、コルネリア陛下も、お互いに()()()()だ! な、コルネリア陛下!?」


「ぞっこ……、あ、え……、はい」



と、反応に困る。



「美貌の帝妹がどれほどのもんか知らねぇが、そんな心配は要らねぇ!」


「……それは、オレも保証しましょう」



クラウスが冷淡な声を重ねる。



「コルネリア陛下以外の女性が、エイナルの目に入ることはありません」



というクラウスの発言が合図となり、〈エイナル様がいかにわたしに惚れ抜いているか話〉を、みな様が競うようにしてご披露されはじめた。



「え? え? ……え?」



と、話の展開に付いて行けないながらも、



「……え? そんなことが?」



という、わたしの知らないエイナル様のエピソードを、イグナス陛下も、ユッテ殿下も、メッテさんも嬉々としてお聞かせくださる。


ポトビニス大使までもが、



「いつかコルネリア陛下を〈お出かけ〉に連れて行きたいからポトビニスの名所旧跡を教えてくれと、それはもう熱心に……」



と、微笑ましげに語られる。


わたしの顔は真っ赤だ。


ついにはヘラルト殿下までもが……、



「私とて、そんなことは分かっております。……コルネリア陛下にフラれた私を、こんこんと慰めてくれたのは誰あろうエイナル陛下です」


「え? そんなことが?」


「コルネリアに惚れるのも仕方ないよねと、フラれたばかりの私に惚気るのですから……」


「え? そんなことが?」


「そのエイナル陛下のご表情ときたら……。まったく、どれほど愛しておられるのかと、毒気を抜かれたものです」



ヘラルト殿下が肩をすくめると、爆笑の渦が巻き起こり、わたしはさらに顔を赤くした。


メッテさんが片眉をさげ、口の端をあげられる。



「な? 大丈夫だろ?」


「え……、わたしですか?」


「……エイナル陛下は大丈夫だ。弱気になるな」


「あっ……」



みな様が、わたしを優しげな眼差しで見詰めてくださっていた。



「はい。……ありがとうございます」


「よし! これは宮廷闘争で、社交の闘いになる。諸侯を切り崩されたら負け、民の心を奪われたら負けだ」


「なるほど……」



と、あたまが回りはじめる。



「……各国で荒地の開拓に取り組めば、切り札になり得ます」


「ふふっ。また、なにかすごいことを思い付いたな?」


「すごいかどうかは……。ですが、ロアンが大河に毒を流すために設けた1年という時間があれば、逆にこちらも対抗策を練ることができます」



新型ボウガンのことは、まだ伏せておく。これこそ、最後の切り札にしたい。



「……やれることは、まだまだあります。フレイザー帝国との関係強化……、そうですわね、テンゲル駐在大使のハリス侯爵に大使館で園遊会を開いてもらうなど……」


「ふふっ。帝妹は顔を出せるかな?」


「……出していただければ、ロアンとフレイザーの〈本当の関係〉を見極めることもできますわ」


「おっ、調子出てきたじゃねぇか?」



おどけるメッテさんに、みなさんが笑い、わたしも笑った。


いまはまだ快心の笑顔とはいかなくても、1年後には、きっとみんなで笑い合えるという予感が、わたしを励ます。


みなさんの心の根底には、ロアンの理不尽なふる舞いへの憤りがあった。


そして、わたしとエイナル様の絆に、絶対の信頼を置いてくださっていることが、なにより嬉しい。



「……コルネリア陛下とエイナル陛下の絆は、いまや大河の要だ」



と、メッテさんが気持ち良さそうに笑ってくださった。


各国とも当面の間は、リレダルに援軍を送る臨戦態勢を維持することを確認する。


この奇妙な和平自体がロアンの罠である可能性は捨て切れない。戦争の危機は去ったと油断したところに攻め込まれる恐れをなしとはできない。


ユッテ殿下が、深々と頭を下げられた。


わたしのカルマジン不在中も、大河評議会の正式設立に向けた討議を加速させることで、各国の大使が一致。


ロアンの傍若無人なふる舞いが、各国の結束を促した形だ。ヘラルト殿下も神妙な面持ちで異義を唱えられなかった。


準備会合の議長役はクラウスに任せる。



「……しくじったなぁ」



と、別れ際にメッテさんがボヤかれた。



「何がですか?」


「……ブラスタの大使なんか引き受けるんじゃなかったぜ。肝心なときに、コルネリア陛下の側について王都に行けねぇとは……」


「ふふっ。お気持ち、とても嬉しく思いますわ」


「……負けるなよ?」



と、メッテさんが差し出してくださった拳に、わたしもチョンッと拳を合わせた。


ふと、みなさまがエイナル様のお話だけをお聞かせてくださって、わたしには何もお尋ねにならなかったことに気が付き、



――わ、わたしがエイナル様に……、ほ、惚れ抜いてるのは、大前提なのね……。



と、気恥ずかしくなってしまう。


そして、早朝の緊急会合を終え、わたしは私室に戻る。


ここまで隠密裏にことを運んだ。


カリス以外の侍女たちにも、事情を説明しないといけない。



本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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