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239.冷遇令嬢は遠く見守る

イグナス陛下との情報交換を密に行う。


クランタスは既に国元のサウリュス陛下のご裁可も降り、援軍の出兵準備は万端。


テンゲルとの統一行動を、どの水準で行うか、わたしに加え、クラウスも交えて入念に打ち合せてもらう。


ポトビニスは小隊派遣レベルにとどめ、指揮をテンゲルに委ねたいと打診してきたので、これを了承。


緊急出兵に備え、小隊はすでに国元を発ってテンゲルに向かっている。


ブラスタは足元の政情が不安定で、メッテさんが当主を務める7王家の兵団のみの派遣で最終調整中。


焦点となる、バーテルランドはわたしからの親書が諸侯の手に届いたばかりで、調整に着手したばかり。


大使のヘラルト殿下に面会を求めた。



「……河口四ヶ国から派遣する援軍の通行だけでも、先行して許可をいただきたいのですが……」


「やむを得ません。……国元の父王とコルネリア陛下とで直接の交渉を……」



と、ヘラルト殿下に断りを入れた上で、バーテルランド王、ならびに宰相閣下に親書を発した。


バーテルランド王と宰相閣下は、最大の〈親コルネリア派〉だ。


許可はすぐにいただけ、バーテルランドとしても援軍の派遣を前向きに検討するとの返書をいただいた。


ただ、これはヘラルト殿下の頭越しでの交渉になった。


バーテルランドの〈反コルネリア派〉が、ざわつくことは避けられないだろう。


露骨な妨害はないにせよ、あとあとになって禍根を残すかもしれない。


クラウスと、ポトビニス大使に、ヘラルト殿下の慰撫をお願いした。


その頃。ようやく、わたしがロアンに潜ませた陰働きの騎士からの報告が入り始める。


ただし、『ようやく』というのは、わたしが待ちわびていたというだけで、実際にはかなり速い。



「なるほど……。新帝バスチアンは、味方をも欺く奇襲攻撃をこれまで何度も成功させてきたという訳ですのね……」



外交や謀略によって敵の油断を誘い、機が訪れたと見れば、一気に攻めかかる。


ときには、バスチアン自身が単騎で駆けて攻め入るのを、味方の兵が慌てて追いかけたというようなこともあったらしい。


それは一見すると無謀な突撃にも見え、バスチアンが〈暴れ馬〉の異名をとる由縁ともなっている。



「だけど、用意周到でもある……」



帝妹の美貌を活かした婚姻政策。標的に定めた国への浸透工作、つまりは敵国の有力貴族を調略。


こういった策を組み合わせ、軍事侵攻の機を自らがつくり出している。


恐るべき相手と唸らざるを得ない。


そして、わたしがハリス侯爵に働きかけたフレイザー帝国による海からの牽制は、確かに実行されていた。


フレイザー海軍が一部の島しょ部を攻撃、占拠するといったことまでやっていた。


だけど、バスチアンは歯牙にもかけない。


新たに臣下に加えた者たちに沿岸警備を命じるだけで、フレイザー帝国に反撃する素振りすら見せていない。


実に合理的。


いま、2つ、3つの島を争ったところで、消耗するだけだと見切っている。


エイナル様、ルイーセさん、それにクラウスとカリスも交えて、情報を精査する。



「……ロアンはリレダル王家との外交交渉は保ちつつ、ソルダル大公領へ出兵の構え。兵の数的優位を最大限に活かそうという姿勢ですな……」



クラウスが唸る。


カーナ妃殿下の特使派遣については、交渉が続いているとの報告が届いている。


一方で、バスチアンは虎の子の、ロアン古参の兵に東方への出兵準備を命じている。


ルイーセさんが不愛想に呟いた。



「……交易を潰し、旧来からの職種別ギルドを廃し、どうやって軍備を整えているのかと思ったが……」



バスチアンは帝国領内で、誰でも自由に商いをしてよいと布告を出していた。


わたしが歴史と伝統を守りながら、技術革新と制度改革によって漸進的な改革を進める〈穏健改革派〉だとするなら、バスチアンは〈急進改革派〉だ。


人の欲望を無秩序に解き放ち、経済を活性化させていた。


わたしはギルドが閉鎖的にならないよう、新規参入に門戸を開くように促す治政を行っているけど、バスチアンはギルドそのものを潰してしまった。


帝都は新たに商売を興す者たちで、猥雑な活気に満ちているという。


倫理よりも欲得が賛美される国づくりが進行していた。


ただし、無軌道な商いを行った新商人は、軍権によって厳罰。ただちに首が飛ぶという恐怖支配でありながら、公正な商人は称賛し保護もしている。


諸侯の特権も次々に取り上げ、帝国領内のほとんどはバスチアンの直接統治。ただ、恭順な姿勢とる諸侯には自治を許すという老練さも見せる。


エイナル様が、眉間にしわを寄せた。



「……ただの荒くれ者ではないね」



密偵に送り込んだ陰働きの騎士たちは、最新の情勢に加え、バスチアンの風聞も集めてくれていた。


義父(とう)様の祝賀使を追い返した戴冠式において、バスチアンは聖職者から帝冠を奪い取り、自らの手で戴冠したという。


既存の権威を否定する、バスチアンの姿勢を象徴するようなふる舞いだ。


ここでも、女王即位にあたって前王に戴冠させた、わたしとは対照的。


だけどそれが、帝都の民からは熱狂的に支持されているのだという。



「……こんな形でなければ、ぜひ民の暮らしを豊かにする改革手法について、意見を交わしてみたかったですわ」


「うん。……いずれ、交易も復活してくるだろうけど、その前に戦かな……」



バスチアンの治政は拙速を尊ぶ。


それは、戦術においても徹底されており、機と見ればただちに開戦してしまう。


後詰めの兵や兵站は、あとでいくらでも整えられるというやり方。


開戦までに権謀詐術を駆使していたとしても、戦自体は勢いで決するものだという思想が垣間見えた。


つまり、動員令をかけたということは、一気に攻めかかってくることが予想される。



「いや、どうかな?」



と、首をひねったのはルイーセさんだ。



「……と、仰いますと?」


「これまでのバスチアンの戦の仕方を目にしてみれば、基本は奇襲攻撃だ」


「ええ……」



陰働きの騎士たちが収集してくれた情報によると、反ロアン連合軍を破った一大会戦においても、バスチアンは分断策を駆使した上での夜襲で勝利を収めている。


大軍を相手にしても、冷静に急所を見抜く軍才が窺える。


ルイーセさんが、ソルダル大公領近辺の地図に視線を落とした。



「……ひとつは、バスチアンの動員令が『東方』としか言っていないこと」


「はい……」


「そして、動員に対して、ソルダル大公領にいたる道が狭隘(きょうあい)に過ぎる。これでは、大量の兵が()()()()を起こし立ち往生することが明らかだ」


「それは、わたしも気になっておりました……」


「うん。……小勢を密かに準備し、すでに急襲させていたというのなら、まだ理解できる。だが、動員令がこちらに伝わることは織り込み済みだろう」


「……ソルダルのお義父(とう)様も、すでに迎撃態勢は整えたと……」


「そうだ。奇襲にはならない……」



翌日には、さらなる急報が届く。


バスチアンは、腹心を主将に据えた『東方遠征軍』を、華々しく帝都から進発させたという。



「……狙いは、大軍を背景にした外交交渉ですわね」



わたしの呟きに、エイナル様が頷く。


東方への出兵を一大イベントに仕立て上げ、帝都の民を楽しませたのだろう。


臨戦態勢をとるお義父(とう)様から、緊張の急使が届き続ける。


開戦すれば、ただちにテンゲルから援軍を送れる体制を維持しながら、遠くソルダル大公領に思いを馳せた。


ソルダルの領都は『ロアンの大軍、侵攻間近!』の報に大混乱に陥っているだろう。


恐らく、その大軍は国境をつなぐ狭隘(きょうあい)な地形の前で進軍を止める。


そう読めていたとしても、領都の民は避難し始めているだろうし、交易などの経済活動も止まっているはずだ。


イグナス陛下、そしてユッテ殿下と、頻繁に情報交換を重ねながら、続報を待つ。


果たして、ロアンの侵攻軍から、



――カーナ妃殿下をお迎えに参上した。



との使者が現われたという報せが届く。



「……美しい王太子妃殿下を、人質同然に帝都まで大軍で運び、帝国の威勢を上げようという魂胆か……」



ルイーセさんが吐き捨てるように言った。


カーナ嫌いで通すルイーセさんが「美しい」などと仰るのはマレなことだ。


それだけ、ロアンのやり口には、わたしも嫌悪感が隠せない。


もちろん、リレダルは拒否。


双方、何度か使者を交わし合い、国境をつなぐ狭隘な交易路のちょうど中間地点で、和平交渉を行うことで妥結した。


リレダルからは、厳重な護衛のもとカーナ妃殿下が交渉に赴いてくださる。


それも、ロアンからの指名があってのことだ。


国境沿いまで兵を進めながら、ソルダル大公を軽視するかのようなふる舞いに憤りを覚えつつ、ここはリレダルの判断だ。


カーナ妃殿下にお任せするほかない。


双方、限られた護衛のみでの和平交渉が始まったとの報を受け、天を仰いだ。


大河流域の命運をカーナ妃殿下に託し、交渉の行方を、遠くカルマジンから見守ることになった。



本日の更新は以上になります。

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