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233.冷遇令嬢はまだまだ変われる

  Ψ  Ψ  Ψ



深夜の夜風に涼しさを覚えるようになった頃、カリスとふたり、テラスで星空を見上げた。



「ほんと、素敵だったわよねぇ~、エイナル陛下」


「もう……、何回言うのよ」



と、カリスに苦笑いを返す。


叙任式と結団式から、しばらく経つというのに、いまだにカリスはわたしと会う度に、エイナル様のことを褒めてくれる。



「……ソルダル大公家伝来の荘厳で煌びやかな鎧。金糸のように輝く髪に、エメラルドグリーンの瞳……」


「うん……」


「エイナル陛下が、ネルひとりだけの騎士になられる……。感動的だったわぁ~」


「ふふっ、……いつまでも大袈裟なんだから……」



わたしが初めてエイナル様にお会いしたとき、側にはカリスだけがいた。



――〈あたり〉じゃない!?



カリスの不敬な囁きは、いまでも耳に鮮やかに思い出せる。



「……なにがあってもネルを守ると、ずっと側にいる、ネルを決してひとりにはしないと……、お誓いくださって……」


「もう、カリス。泣かないでよ。わたしまで泣けてくるじゃない」



あの別邸で、ひとり壁を見上げていたわたしを、カリスはずっと見てくれていた。


父は〈言い訳〉のように、交代でメイドにわたしの世話をさせ、ギリギリ貴族令嬢らしい生活を送らせていた。


わたしとの交流を禁じられ、形ばかり別邸に出入りするメイドたち。


カリスもそのひとりだった。



「……私がいなくなっても、もうネルがひとりきりになることはないんだなぁって思うと……」


「もう、不吉なこと言わないでよ。……カリスとも、ずっと一緒。ずっと一緒にいてほしいわ。……わたしに出来た、最初のお友だちなんですもの」


「ふふっ、そうね。ありがとう、ネル」


「ありがとうは、わたしのセリフだわ。……ありがとう、カリス。わたしのお友だちでいてくれて」



環境が激変しつづける、わたしのいちばん側で、カリスはずっと支えてくれた。


かけがえのない、最初のお友だちで、いちばんの親友だ。


夜風が樹々を揺らす音に耳を傾け、ふたり静かに、これまでの歩みを思う。


きっと、カリスもあの別邸に思いを馳せたのだろう、



「……ベルタ様が、カルマジンに到着されるのって、明日だったわよね?」



と、フランシスカの生母、ベルタのことに触れた。



「うん……。わたしと会うにせよ、できれば静謐な環境でって希望してきたから、大袈裟な出迎えはしないけど」


「どうして呼んだの? ……って、聞いてもいい?」



カリスとは毎朝顔を合わせてはいるのだけど、お互い職務に忙しく、この件については詳しく話をしないままだった。



「あ……、うん。隠すようなことじゃないし……」


「……ネルがしんどくなるなら、話してくれなくてもいいんだけど……」


「ううん、それは大丈夫。……改めて考えてたら、やっぱり、どうしても不思議で」


「うん……」


「……フランシスカは、なにもあの別邸に足を運ぶ必要なんかなかったのよね」


「……ん?」


「あ、だから……、別にわたしの存在なんか無視して、気ままに楽しく過ごせばよかった訳じゃない? それが、父の意向でもあった訳だし」


「ああ……、言われてみれば、そうね」


「たぶん、聞けばくだらない理由だとは思うんだけど……、だんだん気になってきちゃって」


「うん。ネルには真相を知る権利があるわ」


「ふふっ。真相だなんて言えるような、なにかがあればいいんだけど。……あのフランシスカよ?」


「ふふっ、そうね。フランシスカ様だものね」



モンフォール家を廃絶し、ベルタを実家に帰してから、しばらく時間があいた。


すこしはベルタも落ち着いて、わたしとお母様が軟禁されていた期間のことをふり返れるようになっているのではないか。


なにより、いまのフランシスカの姿を見せてみたい。


周囲とは諍いを起こしながらも、ときには燻煙器で顔をススだらけにしながら、チーズの冷燻づくりに情熱を傾けている。



「……ルーラント卿にも相談に乗ってもらったのよね」


「あら、そうなのね」


「ルーラント卿は犯罪を憎まれるけど、だからこそ罪人の更生にもお詳しいから」



大河騎士団に続き、大河公安局も無事に発足した。


こちらは犯罪捜査における実務家たちの集まりで、各国の王政の動向に揺らぐところが少ない。



『王でも貴族でもなく、私たちは法に仕えているのですよ。……もちろん、大きな声では言えませんが』



と、ルーラント卿から皮肉気に笑われたものだ。


わたしも女王なのに。と、苦笑いを返しておいたのだけど、大河公安局は順調に稼働を始めた。


いや、順調過ぎるほどだ。



「それにしても、隠し金山とはねぇ……」


「ねぇ……」



と、カリスと眉を寄せ合った。


各国の捕縛者たちの証言を突き合わせ、辻褄の合わないところを、ルーラント卿が目ざとく見つけた。


目ざとくとは、失礼な言い回しだけど、ほかに適切な表現が見当たらない。


そして、テンゲルの衛士団が尋問を続けていた柳のじいさんはじめ、元無頼の親分たちに突き付けた。



「温厚だけど、相手の逃げ道を塞いでいくような話術……。ルーラント卿の本領発揮よね?」



と、カリスが笑った。


元親分たちの証言のほころびを繋ぎあわせ、浮かび上がったのが隠し金山だ。


王家領北方の山奥。


シャルルが密かに発見し、テンゲル前王の暴政から逃れた者たちやコショルー難民を幽閉して働かせていた。


元親分たちは、その人夫をシャルルに提供することで財貨を得ていたのだ。


正確な場所は元親分たちも知らされておらず、すべての証言から位置を割り出したのは、ルーラント卿のご慧眼の賜物。



「……元親分たちの余裕な態度には、隠し金山の存在があったのね」


「刑期を終えたら悠々自適な生活が待ってるとでも思ってたのかしら……。ほんと、許せないわね」



と、ユッテ殿下のようにほっぺたを丸く膨らませてしまう。


位置が特定された後、ただちに騎士団を派遣し、幽閉されていた人々を解放し、金山は収公した。


そして、シャルルがテンゲルを去った後も、幽閉された人々は黙々と金山で働き続けていたのだ。



「……テンゲル王家の財政は、一気に好転したけど……」


「素直には喜べないわね……」



この間、カリスは王家領を統括する宮中伯として事後処理に忙殺されていた。


幽閉されていた人たちからの事情聴取、場合によっては再審庁に回し、希望する者は故郷に帰し、さらには金山の正当な操業にむけた準備……。



「……闇組織の根が、まだどこに潜んでいるか分からないわね」



カリスの呟きに、わたしも堅く頷いた。


闇組織の資金の流れは、強制捜査で得られた押収資料から、ナタリアたち水脈史編纂室が、おおよそ解明してくれていた。


行方の分からない資金も含めてだ。


それが、隠し金山の発見で、さらに膨大な額に膨れ上がった。


これまでに産出された金の行方は、現時点ではまったく分からない。


テンゲルから、そして大河流域から流出した富が、どれほどのものであったのか。シャルルを捕縛し尋問するまでは、全貌を知ることはできないのではないかと思わされる。


水脈史編纂室は大河公安局内の機密調査室に改組され、ナタリアの手から離れ、ルーラント卿が指揮を執ってくださっている。


清流院には大きく、狷介博士が指揮を執る水脈調査局、ルーラント卿の大河公安局、エイナル様の大河騎士団の、三つの組織がぶら下がる。


かなり()()()なことになっているけれど、いまの時点では仕方がない。



「あら? ……旦那様のお帰りよ?」



と、カリスが階下に目をほそめた。


馬車から降りるエイナル様のご機嫌な顔が見える。



「ふふっ。……エイナル陛下ったら、クラウス閣下がお側に来られたことが嬉しくてたまらないのね」


「ねえ。最近はわたしとの晩餐の後は、いつもテンゲル大使館に入り浸り」



と、苦笑いを返す。


エイナル様が〈お友だち〉のクラウスと楽しそうにされているのは、わたしにとっても嬉しいことだ。


カリスが愉快気に声を潜めた。



「……デジェーも呼んで、騎士の道を説いて聞かせているそうよ?」


「大丈夫かしらね? ……あまりからかわないようにってお願いしてるんだけど」


「大丈夫なんじゃない? ……エイナル陛下もクラウス閣下も、デジェーの働きはお認めになられてるし……。いい弟分ができたくらいに思われてるんじゃないかしら」



わたしに気付いたエイナル様が、大きく手を振ってくださった。



「ふふっ……、楽しいお酒だったみたいね」



と、わたしも手を振り返す。



「……そういえば、ネル。叙任式でエイナル陛下たちの肩に置いた剣、ちっともブレなかったわね」


「え!? ……そう?」


「ええ。ピシッと、切っ先が揺れることもなく……」


「ふふっ……、そっか」


「ネル自身の戴冠や、ヨジェフ陛下の戴冠式や……。重たいものを持つと、こう、すこしユラユラッとしちゃってたのが、ピシッとしてて、凛々しかったわよ?」


「……エイナル様のご指導のお陰ね」



朝夕の鍛錬は続いていて、カリスには毎朝のお着替えをしてもらっている。



「歩き方もキレイになったし」


「ふふっ……、嬉しいわ」


「あ、前が悪かったって訳じゃなくて……、洗練されてきたっていうか……」


「いいわよ、気を使わなくても。わたしとカリスの仲じゃない」



と、照れ隠しに、カリスから視線を逸らした。


まだ、うまく言葉に出来ないのだけど、エイナル様のご指導で、自分が変わっていっていることが、なんとも嬉しい。


まだまだ、わたしは変われるのだという実感が、日々の執務にあたる、心の張りになっていた。


そして、翌日。


密かに招いたフランシスカの生母、ベルタと面会する。



「……憧れのテレシア様のお役に立てるのだと嫁いだモンフォール侯爵家で……、その実態を知ったときの絶望は……」



以前より血色のよくなった顔を、深い憂いの色に染めるベルタの話に耳を傾け、父の犯した罪の深さに眉根を寄せた。



本日の更新は以上になります。

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