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228.冷遇令嬢は平和を祈る

テンゲル王国の各地では〈秋の収穫祭〉を盛大に祝うのが一般的。


だけど、カルマジンでは夏祭りを盛大に執り行う。それは真正緋布を染めるケルメスの収穫が、夏場であることに由来する。


祭りは、『緋』を与え給う、山の精霊に感謝の祈りを捧げるところから始まる。


そして、今年の夏祭りはカルマジンの民にとって、特別な意味を持つ。


わたしが行幸でカルマジンの地を初めて踏んだのは、昨年の晩秋から初冬にかけてという時期だった。


つまり、王領伯の圧政から解放されて、初めて迎える夏祭りなのだ。


もちろん、エイナル様がカルマジン公に就かれてからも初めてだし、茜集落の者たちや、再審庁に詰める無頼たち、さらには各国大使館の方々がカルマジンに移り住んでからも初めての夏祭りだ。


新旧住民の融和は大切なテーマとなっており、エイナル様もお心を砕いてくださっている。


王領伯が荒らした〈聖域〉を再封印する際に引き受けた巫女役は、引き続きわたしが務める。


たとえ、正義の実現のためであろうとも、カルマジンに古くから住む民にとっては、ずっと騒がしい状態が続いているのだ。


王国全体を統治する女王であるわたし自らが巫女役を引き受けることで、彼らの心がわずかなりとも落ち着くのであれば、喜んで務めさせてもらう。


古式の装束は純白のウール製で、これから緋色に染める羊毛を象徴している。



「……本当に女神様のようですわね」


「もう、大袈裟なんだから」



うっとりと語ってくれるナタリアに、照れ隠しの苦笑いを返す。


この装束を身に付けるのは三度目だ。


聖域を封印するときと、柳のじいさんの捕縛に赴いたとき。


随分と精霊を騒がせてしまったけれど、幸い今年のケルメスも質が良いようだ。


夕刻。念願の休暇をとってもらい、旦那様との温泉旅行から戻られたルイーセさんに護衛してもらいながら、山へと赴く。



「……近くの王家領内に、なかなかいい湯があった。秘湯と呼んでもいい寂びれ具合だったが、開発すればいい観光地になるのではないか?」


「まあ、それは貴重な情報ですわね」


「次はコルネリア陛下の行幸のお供で訪れたい」


「ふふっ。いいですわね」


「……ところで、コルネリア陛下は歩き方がキレイになったな」


「え? ……分かるのですか?」


「ああ。体運びがスムーズで、軸のブレが少なくなった。……精霊への儀式に備えて鍛えたのか? 元より神々しいコルネリア陛下が、ますます光り輝くようだぞ?」



うふっ……、と笑いがこみ上げる。


わたしの剣聖様がお認めくださるのなら、間違いがない。


朝夕のウォーキングの効果が現われているのだと、嬉しくなってしまう。



「そうか。……エイナルは新兵を育てるのも上手だったからな」


「そうなのですね」


「ああ、前大公の嫌がらせで大量に新兵を押し付けられても、驚異的な生存率を誇った。もちろん、敗けもせずにな」



血なまぐさい戦場の話ではあるけれど、エイナル様らしいと微笑む。



――みんな、生きて家族のところに帰るんだよ。



と、緊張する新兵にやさしく語りかけるエイナル様の笑顔が、目に浮かぶようだ。



「……クラウスのような目立った戦果は上げなかったが、兵の損耗率の低さは、リレダル王国内でも目をひく優秀さだった」



損耗率――、と命を数字で測る表現を、わたしは好まないのだけど、優秀な指揮官を表す重要な指標のひとつだ。



「……バーテルランドの第2王子ヘラルト殿下の猛攻をしのぎ切ったミリヤム砦の戦いなどは、大公家に世子エイナルありと、リレダル中にその名が知れ渡ったがな」



そのヘラルト殿下も、いまはともに平和を語り合う仲だ。いささか屈折した関係ではあるものの……。


精霊には、大河流域国家の恒久平和を願う祈りも捧げたい。


そして、住民の代表たちと合流し、ここからはお喋りも控えて、厳かに歩む。


旧住民の長老たち、茜集落の長老たちに加えて、カルマジン公のエイナル様、無頼を代表してゲアタさんを従えて進む。


各国の大使からは精霊に捧げる美しい花が寄贈されており、カリス、ナタリア、ばあや、ウルスラのわたしの侍女たちが厳かに捧げ持ってくれている。


彼らは禁足地の入り口で待ち、わたしとルイーセさんだけで分け入る。


聖域の最も奥にある水源の湧き口で、清浄な水を、新品の白木の(おけ)に満たす。


そして、カルマジンに伝わる(ぜつ)のない小さな陶器の鈴、聖域の静穏を象徴する宝器を揺らしながら皆のもとへと戻った。


今年、最初に採取されたケルメスの粒と、それを染料にした〈一番染め〉の緋布を汲んで来た水に浸ける。


染色に重要な〈洗い〉を象徴する儀式を終えると、ちょうど日没を迎え、松明に火を灯して麓に向かって大きく振るのが『祝祭』の開始を告げる合図だ。


市街地からは笛や太鼓の賑やかなリズムが響き始める。


この小さな盆地の街から、テンゲル、そして大河流域国家を覆っていた闇が晴らされていったのだと、改めて胸に迫るものがあった。



「うわ……、キレイですね」



というウルスラと一緒に目を輝かせる。


市街地に降りると、家々の玄関には〈祝い布〉が色鮮やかに垂らされている。


精霊への供物である神聖な真正緋布ではなく、染める過程で生まれる〈二番染め〉の薄い赤やオレンジ色の布が街を賑わす。


夏の暑さを、暖色系の鮮やかな布が彩り、カルマジン全体が熱気に満ちていた。


さらに、紡績産業の象徴として、草木染などケルメス以外で染められた羊毛の毛糸玉も、街路樹や軒先に結び付けられている。



「コルネリア陛下~っ! エイナル陛下~っ! ありがとうございますー!」



と、行き交う住民たちから、夏祭りの無事の開催に感謝の言葉をかけてもらう。


さらには、



「カリス様~っ!」


「ルイーセ様~っ!」


「ナタリア様~っ!」



と、みんなが人気で、なんだか、とても嬉しい気持ちでいっぱいになる。


カリスは涼やかな笑顔で、ルイーセさんは不愛想に、ナタリアは照れ臭そうに手を振って応えている。


ばあやが意外と若い男子から人気で、後でその秘密を探ってみたい。


ウルスラは茜集落の者たちが出した、素朴な〈おやき〉の屋台を手伝いに行った。


コショルーの伝統料理を、聖域に幽閉されている間に独自に発展させたもので、山菜とキノコの取り合わせがとても美味しい。


茜集落の若者たちに混じり、売り子を頑張るウルスラを微笑ましく眺めた。



「子爵夫人のおやきですよ~っ!」



という、若い男子の呼び声に、頬を赤くしつつ、おやきを焼いている。


広場の片隅では、メッテさんの子分たちが開いた「腕相撲大会」が大賑わい。新旧住民の力自慢たちが参加して、非番の騎士の顔も見えた。


メッテさんが寄贈したブラスタの名酒が賞品とあって、皆が真剣に戦っている。


ユッテ殿下が協賛してくださった射的の屋台も大賑わいで、おもちゃの弓を引く子どもたちの姿が微笑ましい。


昨日、着任されたばかりのポトビニス大使は、伝統である『影絵芝居』を上演する屋台を出してくださった。


演目は……、



『コルネリア陛下、闇組織を討つ』



と題して、なんだかキレイなわたしの影絵が、えいやと悪者たちを懲らしめている。


すこし、照れくさい。


バーテルランドのヘラルト殿下は、リンゴの砂糖漬けの屋台を出してくださった。



「……ふふっ。なんだかんだ、ネルの足跡をよく勉強されてるのね」



と、カリスが笑う。



「私が、お小遣いでごちそうするわね?」


「もう、カリスったら……。ありがとう」



と、わたしがあの別邸を出て最初に味わった甘味を、感慨深くいただいた。


そして、イグナス陛下からは、シンプルにふる舞い酒を提供していただいた。


広場の中央で、みなが舶来の名酒を堪能している。



「……海上交易が盛んで、様々な文化が流入するクランタスの前王陛下らしいお計らいね」



と、感心した。


地元で伝統の祭りを邪魔しないよう、クランタスの文化を持ち込むのではなく、珍しいお酒を提供するだけにとどめる。


異文化との距離の取り方が絶妙だった。


カルマジンの民に寄り添う、それぞれのお国柄が現われた粋な計らいに、心から感謝する。


そして、フェルド伯爵領からは、サジー酒を抱えたジイちゃんが駆け付けてくれた。



「……ご領主様を枢密院議長にお引き立ていただき、領民一同、ますます王政に尽くそうと誓い合っているところです」


「もう、ジイちゃん……。孫娘として扱ってよぉ……」


「へへっ……、色々、ご迷惑をかけちまいましたし……」


「ううん、迷惑なんかかかってないわよ。ジイちゃんの勇気ある告白で、どれだけ助かったことか……」



と、微笑み合う。


その〈ご領主様〉のご令嬢であるナタリアも、ジイちゃんと親しく言葉を交わした。



「コルネリア陛下の『ジイちゃん』は、私にとっては……、えっと……、コルネリア陛下のジイちゃん様ですわっ!」


「そんな……、やめてくださいよ」


「ふふっ。これからも、コルネリア陛下のご治政を支えて参りましょうね」


「……ご領主様のご令嬢から、もったいないことです」



涙ぐむジイちゃんを、みなの笑顔が囲む。


過去はどうあれ、これからは一緒にテンゲルの国づくりに励む、同志だ。


ふる舞い酒に持って来てくれたサジー酒に、カルマジンの民の笑顔も弾ける。


そして、清流院に戻り、いよいよワクワクドキドキの懇親会へと臨む。



――皆さんの親睦を図り、〈結果として〉イグナス陛下とユッテ殿下の交流の機会にもなる。



という方針を胸に秘めていたのだけど、イグナス陛下のお言葉が、いきなり皆を緊張させてしまうとは思わぬ幕開けだった。



「……国元より報せがあり、シャルルという者の足取りがつかめました」



緊張でカチコチだったユッテ殿下のお顔が、スッと政務にあたられるいつもの笑顔になり、



――逆に、ユッテ殿下の人となりを、イグナス陛下に知っていただく機会になるのでは……?



と思いつつ、イグナス陛下のお話に耳を傾けた。



本日の更新は以上になります。

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