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227.冷遇令嬢は一緒に悩む

カリスが、朝のお着替えを担当してくれることになって、すぐにナタリアが夕方のお着替えを担当したいと申し出てくれた。


いま、ナタリアは水脈史編纂室の業務を、新設される大河公安局に引き継ぐ準備で忙しくしてくれている。


わたしは「なにも、こんな忙しい時期に仕事を増やさなくても……」と、戸惑ったのだけど、ばあやが優しく献言してくれた。



「カリス様も、ナタリア様も、コルネリア陛下のお世話がしたいのです」


「う、う~ん……」


「ふふっ。……おふたりとも、コルネリア陛下の侍女であることが、なによりの誇りなのですわよ?」



ばあやの言葉にハッとして、ありがたくナタリアの申し出を許すことにした。


ウキウキとしながら、わたしにウォーキング用のお衣裳を着せてくれるナタリアの笑顔には、面映ゆくもあり、嬉しくもある。


ナタリアの能力の高さに甘えていた自分に反省もする。



「……そんな、やめてくださいませ。どんな形でもコルネリア陛下のお役に立てることは、私にとって嬉しいことです」


「ありがとう、ナタリア。とても心強く思うわ」



わたしが微笑むと、ナタリアも照れ臭そうに笑ってくれる。


闇組織事件が一応の解決をみて、すこしずつ、わたしの身の回りも平常に戻していかないといけない。


ナタリアが満足気に微笑む。



「とても可愛らしいお衣裳。……可憐なコルネリア陛下によくお似合いですわ」


「ふふっ、……そう? ばあやが仕立ててくれたのだけど……」


「さすが、ばあやさんですわね。プリーツスカートにしか見えないキュロットは動きやすくて、シワになりにくい。……それに、シルクのチュニックも素敵ですわ」



色々なご縁があって、わたしの側に仕えてくれる侍女たち。


とてもありがたく、光栄なことだ。



「……ウルスラは基礎から学ぶという形ではなく、実務や実際の事績に触れるなかで身に付けていくというスタイルの方が合っているのかもしれませんわね」



というナタリアの献言も、的を射ているのではないかと容れることにする。


ユッテ殿下とエイナル様とのウォーキングを終えてお部屋に戻ると、イグナス陛下への使者に出したウルスラも帰っていた。



「ご、ご快諾いただきました!」


「そう。ありがとう、ウルスラ」


「ただ……」


「なあに?」


「……メッテ様は来られるのかとばかり聞かれまして……」


「ふふっ。……お相手の大切な反応を見逃さず、きちんと報告できる。立派に使者のお役を果たしたわね」


「え? ……あ、ありがとうございます」



と、頬を赤らめるウルスラに、褒美のお菓子をとらせる。


感激してくれるウルスラに、わたしも感激してしまう。


ナタリアがウルスラに囁く声もまた嬉しい。



「……いい、ウルスラ? 嬉しいからといって、いただいたお菓子を大切に置いておいてはダメよ?」


「え……、どうしてですか?」


「いちばん美味しいときにいただいて、陛下のお心を無駄にしないことが、ひとつ」


「は、はいっ!」


「もうひとつは、また次も陛下のお役に立てたら、また美味しいお菓子をいただけるでしょう?」



と、悪戯っぽく微笑むナタリアに、ウルスラがパアッと明るく笑った。



「はいっ! 次のお役も頑張ります!」



先輩後輩の温かなやり取りを耳にして、わたしの心も浮き立つ。


寝室でエイナル様に聞いていただき、ふたりで微笑み合った。



「……君主という立場にあると、身の回りには様々な思惑が渦巻いてしまうものだけど、側近同士の仲がいいのはコルネリアにとって、いちばんの財産だね」


「ほんとうですわね……」


「大切にしてあげたいね」


「はいっ!」



と、エイナル様の胸に顔を埋めた。


夜風が心地よく、夏の暑さも気にならない。


穏やかな日々の訪れを、素直に噛み締めた。



「……足運びは上手になったね」


「ほんとですか?」


「うん、次は背筋を意識してみて。空から一本の糸で吊るされてるイメージで」



と、翌朝のウォーキングでも、エイナル様から優しくご指導いただく。



「こ、こうですか?」


「うん、……最初はもう少し低いところから吊るされるイメージでもいいかな?」


「え? ……ご覧になるだけで、そんなことまで分かるのですか?」


「ふふっ。最初は低いところから、慣れてきたら、すこしずつ高いところから吊るされるイメージに変えていくんだよ?」


「分かりました!」



目を輝かせるわたしを、ユッテ殿下も温かく見守ってくださる。


そして、イグナス陛下とお近付きになる方法をあれこれ話し合っては、ふたりで頭を悩ませる。



「……大人になるしかなかったと大見得を切った私だが……、こ、好ましく思う殿方と、どう距離を詰めたらいいのか……」


「う、う~ん……、わたしもエイナル様とは婚約から始まりましたし……」


「そうだよなぁ……。かといって、コルネリア陛下以外に相談する気にもなれず」


「い、一緒に悩むくらいはできますわ!」



ヒソヒソと恋の話をするわたしたちを、エイナル様はにこやかに見守ってくださる。



「……エイナル様はどう思われます?」



と、おうかがいすると、実に困った表情を浮かべられた。



「……ボクはね、父上がバーテルランドとの和平のために考えた政略結婚策に深く共感してたんだ」


「ええ、以前にもおうかがいしました」


「だからね……、政略結婚でやってくる女性以外を好きにならないように気を付けて生きてきたんだよね……」



と、3人そろって、恋らしい恋の経験がないことが分かり、みなで笑い合った。


恋のナタリア先生に相談してみると、わたしにチュニックを着せてくれながら、ニヤリと笑ってくださった。



「……イグナス陛下の眼中にメッテ様しかいないのは、むしろ好都合ですわ」


「こ、好都合?」


「ほかの女性に目移りすることなく、しかも、メッテ様にはその気がない」


「そうね……」


「ユッテ殿下のお立場からすれば、焦ることなく、ゆっくりとイグナス陛下との関係を深めていけますわ」


「な、なるほど!」


「……皆さま、イグナス陛下にご真意をお尋ねしにくいのは、性急に結論を出されることを危惧されてのことでしょう」


「……たしかに」


「ふふっ。イグナス陛下のご気性ですもの、無理もないことですわ」


「ユッテ殿下のことを、よくご存じないうちにパァンッてお断りされたら、悔いを残しそうだものね……」


「……メッテ様が『曖昧さに耐える』と仰られたのも、そのあたりにお考えがあるのではないでしょうか」



政略における思惑を読むのには慣れていても、恋の駆け引きには疎い自分に気が付かされて苦笑いした。


そして、カルマジンに着任したクラウスからの拝礼を受ける。



「テンゲルからの大河委員会大使の重責、謹んで務めさせていただきます」



わたしは大河委員会の議長で、各国に対して公平にふる舞うべきで、わたし自身が大使を務めることはできない。


テンゲルの利益代表たる大河委員会大使には、別の者を選任しなくてはならない。


だけど、各国が王族を大使に選任したことで、テンゲルからの大使選任が難航した。


テンゲルには現在、正式に王族である者がわたしとエイナル様しかいないのだ。



「……そろそろ、枢密院議長の座をテンゲル出身の諸侯に譲るのに、ちょうど良い頃合いかもしれません」



との献言がクラウスからあって、枢密院議長から大河委員会大使への転任という方向で進めようとしたら、



――テンゲルの枢密院には、まだまだクラウス閣下が必要です!



というテンゲル諸侯からの請願が、わたしのもとに大量に届いてしまった。


クラウスの敏腕が、テンゲル諸侯からの信望を集めていることを嬉しく思うと同時に、調整が複雑化してしまった。


だけど、この問題についてはカルマジン公として枢密院に議席を持っていただいた、エイナル様が取り仕切ってくださった。



「クラウスには、王の代理人を意味した古来の役職である〈宮宰(きゅうさい)〉の地位を与え、枢密院を監督、補佐してもらう」



これでテンゲル諸侯も納得してくれて、枢密院の新議長にはナタリアの父親であるフェルド伯爵を任命した。


ただ、これも、互いに動乱平定の功臣であるケメーニ侯爵と譲り合いになって、調整に苦労した。


最終的に、闇組織事件において王都を守り切った手腕を評価する声に押される形で、フェルド伯爵の就任と決まった。



「……フレイザー帝国よりの大使、ハリス侯爵ですが」



と、クラウスが声を潜めた。


ハリス侯爵は、あくまでもテンゲルとフレイザー帝国、二国間関係における大使であり、大使館は王都にある。



「捉えどころのない御仁ではありますが、偽造緋布の補償交渉については好意的に処理を進めてくれております」


「そうですか……」


「ですが、西方諸国でもフレイザー帝国と対立関係にあるロアン王国が、われら大河流域国家に接近するのを警戒しており、西方諸国のいざこざに巻き込まれないよう注意が必要かと」


「……いずれにしても、大河流域国家、大河委員会の結束が大切ですわね」


「ご慧眼の通りかと」


「クラウス。大河委員会大使の重責、よろしくお願いしますわね」



と、テンゲル動乱と闇組織事件という、ふたつの大事件を短期間に乗り越えたテンゲルの新体制が固まる。



「へぇ~、シロガラシを……」


「そうなの。黄色い花がとても可愛らしいのよ?」


「……う、う~ん。洪水が運んだ泥をまいた、モンフォール侯爵領の小麦畑にですよね……?」



と、空き時間を使って、ウルスラに過去の出来事を話して聞かせもする。



「豪雨災害は雨期の前だったから、そのままだと泥が雨で流されちゃうのよ」


「あっ! シロガラシの根が土を固めてくれるのですね!?」


「そう。それに、小麦の作付け前に、シロガラシをそのまま畑に()き込んだら、とても良い緑肥(りょくひ)になるのよ?」


「へぇ~!」


「それから、洪水の運んだ泥には、よくない菌も含まれているけど、シロガラシには殺菌作用があるの」


「……農夫は素直に従ってくれたのですか?」



と、ウルスラの興味が、あくまでも人の営みにあるところも頼もしい。



「ふふっ。……じっくりと説明したら、若い農夫を中心に、初めてのやり方に取り組んでくれたのよ」


「なるほど~」


「……モンフォール侯爵領では、父やフランシスカへの反感もあって、侯爵家自体が信頼をなくしてたから骨が折れたわ」


「そんな……、コルネリア陛下には関係ありませんのに」


「……民から見たら、わたしもおなじ侯爵家の一員だったのよ」


「う~ん……、民の視線……」



学問を体系的に学ぶことより、実際の体験に興味を惹かれるウルスラが、わたし贔屓な視線に囚われないように気を付ける。


充実した日々を過ごすなか、ついに夏祭りの日がやってきた。



本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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