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226.冷遇令嬢は話して聞かせる

バーテルランド大使館をあとにする。


ウルスラが期待に満ちた瞳でキラキラと、興奮気味にわたしを見詰めるので、苦笑いして、わたしとエイナル様の馬車に陪乗を許した。



「あ、あれはどういうことだったのですか!?」



大使館に向かう前は、



――コルネリア陛下が招かれたお茶会なのに、逆に自分の大使館でとは……、失礼な方ですねぇ。



と、おかんむりだったウルスラが、すっかりバーテルランドの第2王子、ヘラルト殿下のおふる舞いに魅了されていた。


魅了……、というのは、すこし違うかもしれない。


興味を惹かれてやまない、といったところだろうか。



「ヘ、ヘラルト殿下は、わざとイヤなことをコルネリア陛下に仰ってる……、ってことだったのですか?」


「ふふっ、そうね。大雑把にはその理解で間違ってないわ」


「へ、へぇ~」


「……ありがたいことに、わたしを応援してくださる方は大勢いらっしゃるけど、なかには、そうでない方もいるの」


「……う、う~ん」


「ふふっ。でもね、そんな方たちとも仲良くしないと、迷惑がかかるのは結局、民だわ」



その究極は戦争ということになるのだけど、そこまでいかなくとも、たとえば商人に対して、わたしの領地には物を売るなと圧力をかけることもある。


とてもくだらない話だけど、貴族とはそうした生き物だ。



「……わたしのことが嫌いな貴族の不平や不満を押さえてくださるのは、どんな方だと思う?」


「それは……、とてもコルネリア陛下のことが好きで、コルネリア陛下のいいところを話してくださる方ですよね?」


「ふふっ。それが、違うのよ」


「……どういうことでしょうか?」


「いちばんわたしのことが嫌いで、いちばんわたしに文句を言ってる方」


「え、ええ~っ!? ……どうしてですか?」


「そんな方がね『このコルネリア嫌いの儂が言うのだから、皆、ここらで我慢せよ』と仰ってくださると……」


「あっ……、ああ~っ! そ、そういうことなのですね!」



バーテルランドにおける〈反コルネリア派〉の頭目といってもいい第2王子ヘラルト殿下は、その役割を果たしてくださっている。


母テレシアを信奉する親世代と違い、わたしと同世代の間には、



『……嫉妬、は止められませんからな』



と、ヘラルト殿下が仰った、複雑な感情が渦巻いている。


敵国リレダルで大河伯に登用していただいたのが、わたしの〈出世〉の始まりだ。


そして、愚かな父に軟禁されて育った憐れな存在だったはずのわたしが、大河伯、公爵、侯爵、王政顧問、女王、議長、総裁とトントン拍子に出世していくのだ。


リサ様やルーラント卿のように、わたしと仲良くしてくださる方ばかりではない。



――コルネリアなにするものぞ。



と、不満をためる者が出てくるのは、自然の摂理として仕方がない。


まして、バーテルランド生まれでありながら、ほぼ不在。手の届かないところで出世をつづけ、親たちは手放しに褒めちぎる。


わたしが世に出て、まだわずか。


彼らの人生は、わたしの登場によって急に色合いが変わってしまった。



『……そんなことでは、コルネリア陛下のお役には立てぬぞ』



などと親からお小言をいわれては、おもしろくないに決まっている。


そうした不満分子を取りまとめられたのが、ヘラルト殿下だ。


エイナル様がウルスラに、ニヤリと笑われた。



「……コルネリアは、ヘラルト殿下の求愛を手酷く断ったからね」


「手酷くなど……。リレダルとの和平を壊しかねない軽率なおふる舞いを、たしなめただけですわよ?」


「へ、へぇ~。そんなことが」


「ふふっ、ささいな出来事よ」



ただ、ヘラルト殿下の非凡なところは、



――不満のガス抜きは、私にお任せあれ。



と、水面下でわたしに伝えてきたことだ。


わたしにフラれたという風聞を逆手にとって不満分子を糾合し、彼らの不満をコントロールしてくれている。



「か、賢いんですね……」



と、腕組みして唸るウルスラに、眉を寄せて笑った。



「いい、ウルスラ? ここからが、宮廷における複雑な人間関係や、宮廷内の権力闘争に熟知しながら、なにごとにも秘密を守らないといけない〈侍女教育〉よ」


「は、はいっ!」


「……ヘラルト殿下は第2王子でいらっしゃるけど、次の王位を狙われているのよ」


「え~っ!?」



と、大きく開けた口を、ウルスラは慌てて両手で塞いだ。



「そうね。侍女たる者、驚いても、静かに話を最後まで聞かないといけないわね」


「……は、はい」


「表向き、わたしに否定的なことばかりを口にされるヘラルト殿下を、わたしが次の国王にと推したら……?」


「あ~」



兄である王太子殿下は、父国王陛下に従い、わたしに親密にしてくださる。


ヘラルト殿下が内密な場になると、ご自分がいかにバーテルランド内の不満分子を抑え込んでいるかと盛んに語られるのは、



――泥をかぶるのだから、いずれは後押しをお願いしたい。



という含意がアリアリだ。


そして、万一、わたしが失脚すれば、そのまま不満分子を扇動して王太子殿下を突き上げ、廃位に持ち込むおつもりだろう。



「……ズ、ズル」


「ふふっ、それが宮廷闘争で、宮廷内でじゃれ合っている分には民に迷惑はかからないんだから、別にいいのよ」


「ふわ~、誰が〈いい人〉なのか分からなくなってきました」



そんなヘラルト殿下だけど、ただ一点だけ、わたしが信用できるところがある。



『……なんとしても、再びバーテルランドの民を戦禍に晒してはなりません』



と、憂いを帯びたお声で、眉をグッと険しく寄せられるところだ。


エイナル様も親しげにお声をかけられた。



『次は、国を富ませ、民を富ませる競争といたしましょう』


『しかり。……戦場で剣を交えたエイナル陛下と私であればこそ、思いを(いつ)にできるというものですな』



おふたりが交わす固い握手のうえに、そっとわたしも手を添えさせていただいた。



「あ、あの……、コルネリア陛下」


「なあに?」


「……ヘラルト殿下は、モンフォール侯爵領の〈農地改革〉が成果をあげ、バーテルランド国内のコルネリア陛下を見る目が変わってきたと仰っていました」


「そうね。……農地改革は、成果が目に見える形になるまで時間がかかるから」



父の愚政が堤防を決壊させ、モンフォール侯爵領の小麦畑はすべて泥土に埋まった。


再建に5年は要するのではと言われていたけど、わたしはこれを好機と捉え、農地を一度すべて収公し農地改革に乗り出した。


侯爵領に蔓延っていた腐敗の追及と同時並行で進めたので、なかなかハードだった。


だけど、放置したり、ゆったり無理のないペースで進めたりすれば、その間に農夫の離農を招く。


そうなれば、職を求めて都市部に流出した農夫を呼び戻すのは至難となり、再建はさらに遠のく。


スピード感がなにより重要だった。


歴史的に使用されてきた古い灌漑水路も、すべて土砂に埋まった。


そこで、まずは洪水がもたらした水が引いていく様をよく観察。


洪水が自ら削り取った、最も効率的な流路を〈基幹排水路〉として利用し、そこから毛細血管のように水を惹き込む、あたらしい灌漑、排水システムを設計した。


これによって、水はけが劇的に改善。従来よりも遥かに水害に強い農地となった。


そして、農地の表土は流されてしまったけど、上流から栄養豊富な沖積土(ちゅうせきど)が大量に堆積した。


この、通常は「ヘドロ」として除去される堆積物を選別し、〈客土〉として農地全体に均等に敷き直すことで土壌を改良。


そして、家も農具も種も失った農夫たちを、まずは臨時の土木作業員として雇用し、これらの作業で当面の生活の糧を確保してもらい、農夫の離農を防いだ。


さらに、従来の慣習だった、



――農夫が借金で種を買い、収穫で返す。



という仕組みを全面的に廃止。


モンフォール侯爵領政庁が運営する『種子府』を設立し、最適な品質の種籾と、改良した農具を貸与することにした。


これにより、農夫は借金のリスクなしに、即座に耕作を再開できた。


まあ……、原資をエルヴェン公爵領から融通できたからこそ、実現できた施策であって、すべてがわたしの功績という訳ではないのだけど。


この夏には小麦畑が見事に穂を実らせ、まもなく迎える収穫では、従来の倍の収量を見込めるところまできていた。



「へぇ~っ! さすがはコルネリア陛下です! ……モンフォール侯爵領では、そんなことが」



と、わたしが照れ臭くなるほど、盛大に感心してくれるウルスラがせがむので、他家領ながら父が迷惑をかけたアズライト鉱山とマラカイト鉱山の再建についても話して聞かせる。



「……そんなにすごいコルネリア陛下に、やきもちを焼いたりするんですねぇ……」


「ふふっ。賢しら……、だからかしら」


「そんな、コルネリア陛下は賢いんですから! ……う~ん、難しいですねぇ」



そして、馬車が清流院に着いても、まだウルスラの瞳はキラキラと輝き続けていた。


ナタリアが、夕方のウォーキングのお衣裳に着替えさせてくれる間も、あれやこれやと質問してくれる。


人の営みの『難しい』ところこそ、ウルスラの興味をかき立ててやまないのだろう。


丁寧に話して聞かせる。



「……そうね。ちょうどいい機会だから、ウルスラ、使者のお役を務めてみる?」


「え? 私がですか?」


「イグナス陛下を非公式懇親会にお誘いする使者を、誰に頼もうか迷ってたのよね」



ユッテ殿下との交流の機会を設けたくて考え出した、夏祭りにおける懇親会。


イグナス陛下に対しては、あまり大袈裟にしたくなくて、わたし自身がお誘いするのは控えようと思っていたところだった。



「あら、いいですわね」



と、ナタリアが、ウルスラに笑みを向けた。



「ウルスラでしたら、もう立派にお役を務められると思いますわ」


「え、ええ~っ!?」


「……言葉遣いにだけは気を付けるのですよ」



微笑んだナタリアが、押さえ付けるようにしてウルスラにドレスを着せる。


あの晩。聖域で出会った物怖じしない少女が、〈初めてのお使い〉に緊張する姿に、目をほそめた。



本日の更新は以上になります。

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