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222.冷遇令嬢は興味津々だ

盆地であるカルマジンの夏は、蒸し暑い。


どこで手配したのか、ウルスラが大きな団扇でゆるゆると扇いでくれる謁見の間で、リレダルからの大河委員会大使を迎えた。



「はははっ。コルネリア陛下が堤防に突き刺した軍船を見分させてもらってから、こちらに来させていただいたぞ!」


「ユ、ユッテ殿下……?」



と、にこやかに胸を張られる、リレダルの第一王女ユッテ殿下に、呆気に取られた。



「ふふっ。……ブラスタは7王家を束ねる王女殿下、クランタスは前王陛下を遣わしたとなれば、リレダルとしても王族を派遣しない訳にはいくまい!」


「え、ええ……、それは分かるのですが」



バーテルランドは高位文官から王子に差し替えると連絡があったし、ポトビニスもヨジェフ陛下の叔父君に変更すると言ってきていた。


ただ、リレダルからは何の報せも届いておらず、予定通り宮廷文官が到着したのだとばかり思っていたのだ。



「はははっ。コルネリア陛下に驚いてもらおうと思って黙っていたのだ! 我らの深い仲であれば、この程度の趣向は許してくれるであろう?」


「もう……、驚きましたわ」


「そうか! お楽しみいただけたようで、なによりだ!」



と、気持ち良さそうに笑われては、わたしも苦笑いを返すしかない。


窓の外に広がる夏の濃い青色をした空に、ユッテ殿下の笑顔がとてもお似合いだ。



「イグナス陛下を婿にもらおうと思ってな!」


「あ……、えっと……」


「うむ。イグナス陛下が、マウグレーテ殿下ことメッテ殿に〈首ったけ〉なのは、よく存じておる!」



自信満々に胸を張られては、返す言葉がない。


玉座を並べるエイナル様と目を見合せ、眉を寄せて微笑み合うことしかできない。



「私はまだ若い! いや、幼いと言っていいだろう」


「あ、ええ……」


「イグナス陛下にふり向いてもらえるよう、充分に成長するまで待ってほしいとお願いするつもりだ!」


「さ、左様ですか……」


「うむ。……自分では妖艶な第一王女に成長する予定なのだが、こればかりは時を経ないと分からん」



真剣に眉を寄せられたユッテ殿下に、思わず口の中を噛んだ。


かつてないほどに、まるいほっぺたをつつかせてほしい気持ちでいっぱいだ。



――よ、妖艶を……、目指されてたんだ。



大使着任の信任状奉呈式を終え、本来であれば各国の大使への挨拶回りに行かれるところをお引き止めして、お茶に誘った。


なにせ、その各国の大使というのが……、メッテさんと、イグナス陛下だ。


さすがに、先にもう少し詳しいお話をおうかがいしておきたい。



「クランタスの画家殿……、いや新王陛下が描いたというコルネリア陛下の絵を、ぜひ拝見させてもらいたいのだが」


「み、耳がお早いですわね……」


「はははっ。リレダルの誇る諜報網は既に大河河口にまで伸びているぞ?」



照れ臭いのだけど、お世話になったユッテ殿下のお望みとあれば断りにくい。


エイナル様と一緒に、おずおずと〈コルネリアの部屋〉へとご案内する。



「そういえば、エイナル陛下。新設される〈大河騎士団〉の騎士団長にご内定あそばされたそうではないか!」


「ええ……、統合幕営の発展的解消に、ボクの名前が収まりが良かっただけですが」


「はははっ。……各国とも、平時にまで軍権をコルネリア陛下に預けるのは具合が悪かろうが、さりとて、せっかくできた繋がりを捨てるのは惜しいからな」



闇組織への捜査が終結に向かい、各国とも準戒厳体制を解き始めている。


統合幕営はその役割を終えたのだけど、なんらかの形で軍事的な同盟関係を残せないかと、ブラスタのレオナス陛下から各国に打診があった。


レオナス陛下の王権はいまだ不安定で、大河委員会体制に支えられる側面がある。


大河委員会が各国の軍事力に関与することは、レオナス陛下としては、ブラスタ諸侯への牽制となる。



「しかし、大河騎士団とは、なかなかに優美な発想だ。さすがは芸術家でもあられるクランタスの新王陛下」



と、ユッテ殿下がうんうん頷かれる通り、サウリュス陛下のご発案。


各国から1名ずつの騎士が選任され、名目上だけの儀礼騎士団として発足し、清流院総裁であるわたしのもとに置かれる。



「ふふっ。……これで、ようやくボクも〈コルネリアの騎士〉として認められることになりました」


「わ、わたしは恐れ多いと言ったのですけど……」


「はははっ。いいではないか〈コルネリアの騎士〉。……リレダルでも名だたる騎士たちの間で奪い合いになっておるぞ?」


「そ、それほどのものでは……」



と、恐縮してしまうのだけど、大河騎士団に所属する騎士たちには、



――コルネリアの騎士。



の称号を授けることになってしまった。


もし仮に、彼らが戦場に立つことにでもなれば、



「コルネリアの騎士、見参!」



と名乗るだろうし、正式な儀礼や式典の場では、この称号も合わせて呼ばれることになる。


エイナル様も他国に赴かれたら、正式な呼称として、



――テンゲル王配にしてカルマジン公、ソルダル大公世子、グレンスボー子爵、コルネリアの騎士、エイナル・グリフ陛下。



と呼ばれるのだ。


もしも、わたしも隣にいたら、どんな顔をして聞いたらいいのか分からない。


ほんとうに、コルネリア本人であるわたしとしては気恥ずかしくてたまらないのだけど、これには切実な理由もある。



「……まだまだ、大河委員会体制はコルネリア陛下個人の才と信用で成り立っておるからな」


「は、はい……」


「もし仮に、コルネリア陛下が大河委員会の議長や、清流院総裁の職を降りられたとして、ほかの者が同じ職に就いたからといって、ただちに王権の一部や軍権を預けるという話にはならんからな」


「……もったいないことです」


「コルネリア陛下としては、ご自分がおられなくとも大河委員会が機能するようにしたいだろうが……、まあ道は遠いな」



ユッテ殿下のご性格だからこそ、あっけらかんと口にしていただけるけど、なかなかに各国の思惑が渦巻くところだ。


闇組織への緊急的な対抗措置として、やむを得ない面はあった。


だけど、大河委員会の権能は急速に拡がりすぎた。


よりはっきり言えば、わたしに与えられた権能を勝手に誰かに譲るなよと、各国から釘を刺された形だ。


つまり、現状においては『コルネリア一代限り』の権能であると明確にする意味合いで〈コルネリアの騎士〉の称号を創設せざるを得なくなったのだ。



「……大河はコルネリア陛下という才を得て、大きく変わろうとしておる」


「もったいないことです……」


「その途上にあっては、このような措置も必要になろう。……我ら〈大河委員会大使〉の役目は、すこしでもコルネリア陛下の肩の荷を軽くしてさし上げることだな」



と、ユッテ殿下が可愛らしく目をほそめられた。


大河委員会の運営は、わたしがリードする形から、各国の大使による合議が中心の体制に移行する予定だ。


逆に言えば、統合幕営の設置がリレダル王の発議で、ほぼわたし抜きで決まったようなこともなくなる。


治安当局者会合も、清流院内の常設機関として『大河公安局』に移行する方向で最終調整中だ。


闇組織事件の最終解決として、黒幕シャルルは、どうしても捕縛したい。


国境を超えた、国際的な刑事警察機構を正式に発足させ、本格的に行方を追いたい。



「おおっ……、美しいな」



と、サウリュス陛下の残していかれた〈コルネリアの部屋〉で、ユッテ殿下がキラキラと輝かせた瞳を大きく見開かれた。



「お恥ずかしい限りで……」


「なにを恥ずかしがることがある!? 見事にコルネリア陛下の美が描かれているではないか!」


「そ、そうですか……?」


「うむ。……私はコルネリア陛下の嫁にしてもらう予定だったが、むしろ嫁にもらいたくなったな」


「ま、まあ……。イ、イグナス陛下を婿に取られるのでしょう?」


「はははっ。私は忙しいな!」


「もう……。エイナル様とわたしを奪い合ってくださるのですか?」


「お、それもいいな!」


「じょ、冗談ですわよ?」


「もちろん、私もだ!」



と、ユッテ殿下と笑い合った。


このままここでお茶をと仰るユッテ殿下の背中を押すようにして、貴賓室にお招きした。



「じ、自分の顔52枚に囲まれては、落ち着いてお話することもできませんわ……」


「はははっ。相変わらず、コルネリア陛下は奥ゆかしいな。私なら自慢して毎日、茶会をひらくところだが……」


「そ、そのときはお招きくださいませね」



窓から見える青い空に白い雲、緑豊かな山肌を眺めながらお茶にした。



「……まあ、メッテ殿と喧嘩するつもりはない」



と、ユッテ殿下は穏やかに微笑まれた。



「ブラスタとの友好もある。なにより、イグナス陛下とメッテ殿のお気持ちの邪魔をするのが目的という訳ではない」


「ええ……」


「ただ、私はイグナス陛下を〈ちょっといいな〉と思っているし、イグナス陛下もご退位されて婿にお迎えできる環境が整ったとも言える訳で……、これで黙っているのが、私の性に合わんというだけのことだ」


「……左様ですか」


「うむ! ……盛大にフラれるために来たと言っても間違いではないぞ?」



こうまでハッキリ仰られては、止める理由もない。


わたしとしては、メッテさんにも、ユッテ殿下にも幸せになってもらいたくて、どちらがイグナス陛下と結ばれたらいいかなんて決めることはできない。



「はははっ! それは、私も応援させてもらおう!」



と、メッテさんが、ユッテ殿下と堅い握手を交わされるのを見ても、エイナル様と一緒に肩をすくめて、見守ることしかできないのだ。



――ど、どうなるんでしょう……?



と、興味津々の視線をエイナル様に向けてしまってはいたけど。



本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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