表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

217/265

216.冷遇令嬢は衝撃をこらえた

王都に発つ前の晩。


カリスとふたりで、サウリュスのアトリエだった部屋に、そっと赴く。


ランプを灯し、わたしを描いた、たくさんの大きな絵を一緒に眺めた。



「……とても、素晴らしい出来ね」



カリスが満足気な声を出した。


実は、あまりの照れ臭さに、まだエイナル様以外には誰にも見せていなかったのだ。



「……そう? カリスも、そう思う?」


「ええ、とても素敵。私の知ってるネルが活き活きと描かれていて……」


「わたし本人より……、美人過ぎない?」


「え? どこが?」


「どこが……、というか……」



カリスが、やさしげに微笑んでくれた。



「ネルそのものよ」


「……そっか」


「ちょっと、悔しいかな?」


「え、悔しい?」


「……私しか知らないと思ってたネルの表情まで、全部、サウリュス殿に描かれてしまっているわ」


「あ……」



と、エイナル様のお言葉を思い出す。



――すこし妬けちゃうくらいだ。コルネリアは()()()なのに……。



あれは、そういう意味だったのかと、なんだか気恥ずかしい思いがした。



「ええ! わたしは()()()()()()ですわ!」



と、お応えすれば良かった。


いまから、急にそんなことを言ったら、さすがに、ちょっと変だ……。


次の機会があれば、頑張ろう。



「……不思議ね」



と、カリスがゆっくりと52枚の絵を見て歩く。



「不思議? ……なにが?」


「……ネルの絵だわ」


「え……、うん。わたしの絵よ?」


「あ、えっと……」



しばらく眉間にしわを寄せて考え込んだカリスの表情が、ゆっくりと笑顔になって、わたしの顔をのぞき込んだ。



「分かった」


「……え? な、なにが?」


「テレシア様じゃないんだ」


「……え? え? どういうこと?」


「……ネルの顔立ちは、テレシア様によく似てるし、新通貨に描かれた肖像画を見ても『あれ、テレシア様かな?』って思っちゃうことがあるんだけど……」



と、カリスは目をほそめ、サウリュスの描いた絵を見上げた。



「ここにいるのは、間違いなくネルだわ」


「あ……、そういえば、わたしも『お母様みたい』って、ちっとも思わなかった」


「ふふっ。……私は絵画について難しいことは分からないけど、表情ね。表情がネルの表情だわ」


「うん……」


「……サウリュス殿には、ネルの心の奥底までのぞかれちゃったわね」


「ふふっ……、ほんとね」



改めて、絵を見上げ、そして、見渡す。


照れ臭くてたまらなかったのは、お母様に瓜二つの娘ではなくて、わたしそのものが描かれているからだ。


わたしにとって、お母様に似ていることは喜ばしいことであったはずなのに、なぜだかとても嬉しくて、気恥ずかしい。


お母様のこともよく知るカリスに、最初に見てもらって良かった。



「ネル、みんなには見せてあげないの? ……ナタリアなんか、すごく見たそうにしてたけど」


「うん。明日、王都に出発する前に、みんなを案内する」


「そう。じゃあ、みんなもサウリュス殿の出発前に直接感想を伝えられるし、最高のはなむけになるわね」



やはり、サウリュスは優れた画家だったのだろう。奇行は目立ったけど。


ついに、ほんとうのわたしを、すべて暴かれてしまった思いがする。



「ねえ、ネル?」


「なあに、カリス」


「……この絵、どうやって部屋から出すの?」


「それなのよ」



壁を壊すか、ずっとこの部屋に置いておくのか、悩ましいところだ。


形式上は大河委員会の施設である清流院に〈コルネリアの部屋〉があるのは、どうなのか。



「……サウリュス殿には、最後まで悩ましい問題を残していかれるわね」



と、カリスが笑った。


こういう表現が正しいのか、わたしの答えをすぐには出せないのだけど、



――わたしは、お母様という壁の〈外の世界〉に、連れ出された。



と、感じていた。


そして、お母様はわたしの胸のなかで、いまも優しく微笑んでおられる。


翌朝、王都に向け出発する。


闇組織への捜査は終局を迎えようとしており、油壺攻撃への厳戒体制は解かれた。


久しぶりに、エイナル様と馬車の旅。


サウリュスの乗る馬車には、休暇も兼ねてナタリアを同乗させている。


あの気難し屋の画家といちばん仲が良かったのは、なんといってもナタリアだ。


そっと、後ろの窓から様子を窺うと、なにやら話が弾んでいる様子。


出発前に案内した〈コルネリアの部屋〉の絵画の感想を、ナタリアが熱く語っている様子が窺えた。


エイナル様が、ふふっと笑われた。



「最後の〈コルネリアの美を讃える会〉だね」


「……ほんとですわね」



と、苦笑いして、前を向く。


サウリュスの描いたわたしの絵を見たナタリアは、



「……負けっ放しなのに諦めない健気な男が、ついに勝利を収めるところを、初めて見ましたわ……」



と、ポオッとした表情を浮かべていた。


なにか恋の予感のようなものを感じてしまったのは、わたしだけだろうか。



「ん~、どうだろうね?」



と、エイナル様にはピンときてないご様子。


ふだんなら〈恋のナタリア先生〉に聞くところだけど、いかんせんご本人の話題だ。


しばらく、そっと様子を見ておきたい。



「……ぶ、文通の約束とかしてますかね?」


「ふふっ。コルネリアの近況を報せますわねって、約束してるかもね」


「う……、それでもいいですわ」



なんとなく、お似合いな気がするのだ。


特に、絵を描き上げてからの、気品ある貴公子然としたサウリュスのふる舞いは、ナタリアの〈結婚用〉のお眼鏡にもかなうのではないか?


などと、ソワソワしながら王都に入った。


港には、クランタスから迎えの船が来ており、雨期の最後の小雨の中、タラップを登るサウリュスに、みんなで手を振った。



「また、会えますわよね」


「クランタスに、海を見に来られると聞いていたが?」


「そうでしたわ! ぜひ、案内してくださいませ! ……ナ、ナタリアも連れていきますわね」


「ふふっ。それは楽しみだ」



と、サウリュスの姿は船の中に消えた。


甲板に出てきて、手を振りながら出港していくような人柄ではないことは、よく知っている。


こうして、人騒がせで気難し屋の画家は、母国へと帰国していった。


まさか、あんな形で、すぐにも再会することになるとは、このときは夢にも思っていなかったけれど。



  Ψ



王宮に入り、デジェーを見舞う。


デジェーの扱いは、とても微妙だ。


女王暗殺を企てた罪人として手配されていたデジェーが、闇組織を壊滅させる情報を手に帰還したのだ。


その経緯については、デジェーの体力の回復具合と相談しながら、衛士団が慎重に取り調べてくれている。


まだ、ベッドから身体を起こせないデジェーの横にエイナル様と並んで座る。


傷が痛むのか、険しい表情をしたデジェーが、これは生来のものなのか、不敵な笑みを浮かべた。



――あ~、こんな笑い方をする人だったわね……。



と、内心、すこし苦笑いをした。



「……女王陛下の暗殺を目論んだ私の首をお刎ねになることで、事件はすべて解決となります……」



という口調も、どこか気取って聞こえて、



――そうそう! デジェーってこんな感じだった! お帰り! デジェー!



と、妙な感じに顔をほころばせてしまった。


この、なんだろう、なにかと意味ありげな感じ。久しぶりに会うと、なんだか……、面白い。


デジェーを客観的に見れるのは、不正追及を通じて王家領の在地貴族たちを完全に掌握できたことが大きい。


最初に出会った頃は、まだ不遜な在地貴族に手を焼いている頃だった。


後ろに控えるナタリアに書記を命じる。



「私の命など蜉蝣(かげろう)のようなもの。なにも惜しくは……」


「えいっ」



と、デジェーの額に手を乗せ、弾ませた。


キョトンとするデジェーに、ニマリと笑ってしまう。



「……ナタリア、ちゃんと記録してね。女王コルネリアは暗殺未遂の罰として、デジェーの額を打った……、ってね」


「はい、間違いなく」



ナタリアの声にも含み笑いが乗っている。


厳正に法に照らせば、いかなる功績をもっても完全には消せない大逆の罪ではある。


だけど、王領伯の部下に代わって自ら罪をかぶり、その罪をもって闇組織に自分を信用させ、潜入に成功したのだ。


このくらいの融通はきかせたい。


わたし自らが罰したという記録が残れば、クラウスも、うるさいことは言わないだろう。


そして、デジェーは黒幕シャルルに、一度だけ会っていた。



「……コルネリア陛下への忠義が心の底になければ、ふわりと心が引き寄せられてしまうような、魅力的な男でした」



元親分たちの証言とは、若干ニュアンスが異なる。


だけど、デジェーの証言の方が、わたしが思い描いているシャルルの人物像に近い。


不定型にして、菌糸が延びるように、どこまでも自己増殖する組織を『デザイン』した男。


人を非道に脅すことに躊躇いがないと同時に、中核となる元親分たちを〈悪の美酒〉で酔わせてしまった。


こういった〈悪の組織〉では、自分たちの正義を訴えることの方が多い。



――これは、正義の行いである!



と、自己正当化する訳だ。


だけど、元親分たちは、悪い行いそのものに酔っていた。それを、カッコイイことであると自慢げに語っていた。


おそらく、シャルル自身が〈カッコイイ男〉なのだ。特に、男性から見たときに。


デジェーはすべてを証言するとわたしに誓い、改めて忠誠を捧げてくれた。


ちなみに『寵臣』という言葉の意味を教えたら、激しく赤面していたので、やはり知らなかったのだ。


寵臣が女王の愛人を意味する隠語だと。


顔を真っ赤に不敵な笑みを浮かべるデジェーは、なんだか可愛らしかった。


わたし自身も、わたしの周囲にも、デジェーの『ガッツ』を称賛する声は多い。傷が癒えた暁には、相応しい処遇を考えたい。


そして、しばらくは、王都での執務をこなして過ごす。


ジイちゃんは、改めて無頼から足を洗うと宣誓し、親分であるメッテさんからの許可も得た。



「無頼ってのは、ほかに生きようがない者が、仕方なくやるもんだ。ちゃんと正業で生きていけるんなら、さっさと足を洗え」



と、王都に足を運んでくれたメッテさんのお声は、とても慈悲深いものだった。


ジイちゃんは諸侯領の元無頼たち、つまり闇組織とは袂を別った諸侯領側の秘密結社に呼びかけ、解散を決めてくれた。



「……すでにコルネリア陛下の治政は盤石。王政が民を苦しめることは、もう二度とないだろう」



ジイちゃんの呼びかけには、わたしの身が引き締まる思いがした。


そして、諸侯領に存在していた秘密結社の者たちが王宮に集い、わたしとエイナル様を前に、解散式を執り行った。


闇に囚われなかった彼らは、最後まで民のために活動してくれていた。


わたしとエイナル様で褒詞を授け、以後は善良なる民として平穏に暮らすようにと声をかけた。


どうしても自分は無頼でありたいと願う者には、



「……正業を捨てるんじゃねぇぞ?」



という条件で、メッテさんが子分にしてくれた。


闇組織の全容解明のための捜査と取り調べは続いているけど、王都は平穏を取り戻そうとしていた、ある日。


大河の河口から、驚きの報せが届いた。



――イグナス陛下、ご退位。



衝撃は、さらに続く。



――王兄、サウリュス殿下、ご即位。



その場にいた全員が、あのクラウスまでもが、笑いをこらえた。


だ、大丈夫……?


玉座で踊ったり……、しない?



本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


もし気に入っていただけたり、おもしろいと思っていただけたなら、

ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけるととても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ