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214.冷遇令嬢は期待に胸を膨らませる

王都の騒乱は完全に鎮圧したと、クラウスからの書簡を受け取った。


森に待機させていたデジェーは王宮に収容し、手厚い治療を受けさせている。


まだまだ証言してもらわないといけないことがあるし、なにより、わたしが話を聞きたい。


そのデジェーのメモをもとに、闇組織のアジトをクラウスの指揮ですべて摘発。大量の旧通貨と宝飾品が発見された。


ビルテさんも国軍を率いて王都に戻り、治安は完全に回復させられた。


わたしは、再審庁の地下牢に足を運ぶ。



「……なんていうか、()()の悪い地下牢ね……」



同行してくれるカリスにボヤいた。



「治安のいい牢屋っていうのも、なんとなく変じゃない?」


「まあ、そうなんだけど……」



治安が悪いのは、わたしの心中だ。


地下牢にはモンフォールの父、フランシスカ、チーズ屋の主人が収監されている。


フランシスカとチーズ屋の主人は、燻製小屋で強制労働中。


モンフォールの父は、なんだかノビノビしていてイラッとした。


そして、もうひとり、デジェーの父である王領伯も収監されたままになっている。


檻の鉄柵越しに声をかけた。



「……デジェーが発見されました。重傷ですが、命は取りとめそうです」



億劫そうに俯いていた王領伯が、ハッと顔を上げた。


まだ尋問が行えるほど回復していないけれど、デジェーがわたしのために、闇組織に潜入し、その機密を持ち出してくれたことは確実だ。


あるいは、デジェー自身が調べ上げてくれたのかもしれない。


それは、民から奪われた富を回収するのに、多大な貢献となった。


もちろん、闇組織の者たちが浪費もしているだろうし、取り返せたのはすべての富という訳ではない。



「……デジェーは、わたしのため、〈大河の民〉のため、命をかけた働きをしてくれましたわ」



王領伯は、特徴的な横に長い丸顔を青ざめさせ、わたしから目を逸らした。


緋布の偽造が露見したとき、王領伯はわたしの暗殺を命じ、動揺する部下に代わってデジェーがわたしの寝室に忍び込んだ。


そのとき、王領伯は『さすが、我が息子』と、喜び勇んで送り出した。


だけど、王領伯が治めていた地には、柳のじいさんのいた港町も含まれる。


傀儡に成り果てていたとはいえ、闇組織の創設者にして首魁だった柳のじいさん。



「……もっとも近く、もっとも強く脅されていたのではありませんか?」



だからと言って、王領伯の罪が軽くなると言うものではない。


特にコショルー難民を〈聖域〉に幽閉し、緋布偽造の奴隷労働に従事させていた罪など、到底許されるものではない。


すでに闇組織を壊滅させ、柳のじいさんも捕縛し、詮議を受けさせていると告げる。



「王領伯を脅かす者は、すべて捕えたはずです。……全容解明のため、証言してくれる気になったら、獄吏に伝えてください。……悪いようにはいたしませんから」



わたしの言葉にピクリとも反応しなかった王領伯を残し、地下牢をあとにする。


不正を犯していた代官たちは、すべて各地の牢に収監している。


世間とは隔絶されており、あの巨大な闇組織が壊滅したとは、にわかには信じられないのかもしれない。


全員を王都に移送して、柳のじいさんや、元無頼の親分たちが捕縛された姿を見せてやる手配を、クラウスが進めている。


わたしたちが、今いちばん知りたいのは、黒幕シャルルの行方だ。



「へっ……、あの見かけ倒しの薄情者が」



と、柳のじいさんにとっても、シャルルは突然失踪したらしい。


いまのところ、捕縛した誰に聞いても「突然姿を消した」という証言は一致しており、行方はようとして知れない。


だけど、野放しにするのは危険だ。


外見の情報を聞き取り、似顔絵を描き起こした上で各国の治安当局にも情報を共有。手配をかけている。


そして、思わぬところから、堤防破壊テロを企てた技師のギーダの行方が分かった。


コショルーに隠棲させている、前大公のもとに逃げ込んでいたのだ。


正確には、逃げ込んだというよりは、



「復権の好機がやって参ります!」



と、前大公に脱出と決起を促しに訪れていたらしい。


もっとも、前大公は、



――だ、誰だったかのう……。



と、戸惑いながらも鷹揚に、暇つぶしの相手をさせていたらしい。


コショルー動乱時、ギーダは前大公のために働いていたはずなのに、さすがは万事が大雑把な大物、お義祖父(じい)様だ。


すっかり忘れていたらしい。


わたしが堤防に軍船を〈突き刺した〉という噂話を、炭焼きの村の者から伝え聞き、それがテロへの対処だったと知って、



――ああ……、あのときの技師の娘か。



と、ポンと手を打ち、わたしに書簡を送ってくださった。


結局、闇組織は一丸となって堤防破壊テロを目論んでいたのではなかった。



「……女王の権威を失墜させるのに、おもしろいことを考える女がいる」



と、菌糸のように広がる組織が、それぞれ自律的にギーダを援けたらしい。


なるほど、それならば資材の提供は受けられても、穴を穿つ作業自体はひとりでやるしかなかった訳だと、頷いた。


ただ、それは「やる気」と「意欲」に「技術」を伴った者が闇組織に接触したら、単身であっても、あれだけのことを仕出かせるということだ。


わたしは王都の守りが手薄になるほどの大量動員をかけ、大型軍船を一隻犠牲にしなくてはならなかった。


ゆるやかで形を持たない組織体の底知れない闇を覗き込んだ思いがする。


コショルーのお義祖父様のもとに騎士をさし向け、ギーダを捕縛した。王都に移送し、クラウスのもとで裁きにかける。


そして、元親分たちに直接脅されていた者に、彼らの捕縛を伝えると、恐る恐る証言を始めた。


脅されてやったこととはいえ――、と、自分の犯した罪を告白してくれる者も出始めた。


その者たちが証言を始めたことで、次に脅されていた者たちも証言を始める。


脅しの連鎖は徐々に解明されていき、国境を超え、各国での捕縛者たちも重い口を開き始めた。


ただ、証言した者の多くは安堵の色も見せず、夜には牢でうなされる者もいる。


闇組織の罪深さに、眉根が寄る。


これだけ心の奥深くまで脅し上げていたからこそ〈沈黙の掟〉が、堅く守られてきたのだろう。


闇組織に宝飾品を販売していた宝飾商も摘発し、捕縛した。



「……正常な商取引であっても、資金源が不正なものと知りながら販売していたのなら、それは同罪です」



と、財産をすべて没収し、衛士団のもとで詮議にかけている。


不正に得られた財貨を宝飾品に替えていた分については、追跡が難しい。


そういう意味では〈幽霊船荷〉より罪が重いとも言える。


厳正に取り調べた上で、厳罰に処すようクラウスに指示した。


わたしの執務室に、エイナル様が顔を出してくださった。



「……ブラスタのリエパ陛下から親書を頂戴して、謀反は無事、すべて鎮圧できたそうだよ」


「そうですか。……闇組織への対応と同時並行での対処でしたから、すこし心配していたのですけど……、良かったですわ」


「それで、レオナス陛下の戴冠式を改めて執り行うからって……」


「あら、ご招待ですか? 素敵ですわね」


「……いや、コルネリアに戴冠役を務めてもらえないかって打診なんだけど」


「え? ……いや、それはどうでしょう」


「ポトビニスのヨジェフ陛下の戴冠役も務めたコルネリアだし、是非にってリエパ陛下は仰ってるけど……」


「い、いやぁ……」



それは、わたしがレオナス陛下を後見するのも同然のことになる。


言い方が難しいところだけど、小国のポトビニスとは意味が違う。


いずれにせよ、戴冠式は雨期が明けてからとのことだったので、お返事はしばらく保留にさせてもらった。


そして、闇組織への対処を通じ、関係の深まった大河流域の各国とは、常駐の『大使』を交し合うことになった。


これまでは、外交案件が発生するたびに、特使を派遣していた。


それを常駐にすることで、意思の疎通が機動的に図れるようになる。


テンゲルから各国に派遣する大使については、枢密院議長としてクラウスに選任してもらう。


さらに、各国からは『大河委員会大使』がカルマジンに派遣され、常駐することになった。



「……まあ、なにかあるたびに各国の国王が集まるのも大袈裟だしねぇ」



と、カリスとシトシト雨が降り続く夜空を見上げた。


雨期も終盤にさしかかっている。


大河の水防は各国で有効に機能しており、いまのところ大きな水害は起きていない。



「ネルはどうする? 王都に帰る?」


「そうなのよねぇ……。女王だし、王都を粗略に扱う訳にもいかないんだけど、大河委員会を通じた外交案件が目白押しで、なかなかカルマジンを離れにくいのよね」


「いまさら、清流院を王都に移すのも、なにかと大変だしねぇ」


「まあ、清流院がカルマジンにあるから、テンゲル王政と大河委員会とをハッキリと分けられてるし、悪くはないんだけど……。ていうか、そろそろ〈お出かけ〉したい」


「ふふっ、そうね。……堤防に軍船を〈突き刺し〉てからは、カルマジンに籠り切りだものね」


「ええ~っ? ……アレを〈お出かけ〉にカウントされちゃうの?」


「……観光名所になりそうなんでしょ?」


「まあ……、珍しい景色だし……」



と、苦笑いした。


それからも、闇組織事件の後始末、捕縛者の詮議と追及、黒幕シャルルの捜索、大河委員会の雨期対応と各国との今後の外交関係の調整などに忙殺されて過ごす。


そして、間もなく雨期も明けようかという頃、しばらく姿を見かけなかったサウリュスから呼び出された。


わたしの肖像画が完成したらしい。


エイナル様をお誘いして、いそいそとサウリュスのアトリエへと向かう。


昨年の秋、わたしの〈生誕祭〉で知り合ったサウリュスが、ながい時をかけて、ついに描き上げてくれたのだ。


期待に胸を膨らませ、歩みが自然と速くなった。



本日の更新は以上になります。

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