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213.冷遇令嬢は先導する

眉を寄せ、苦虫を噛み潰したようなお顔のメッテさんと、冷淡な表情のクラウスに両脇を護られながら、夕闇の迫った街道を駆ける。



「くぁ~っ! まったく、胸糞悪い話ばかり聞かされて、たまんねぇな……」


「……任務なら平気だ」


「平気とか、よく言えるな、クラウスの旦那! ……だいたい、脅して手下みたいにこき使ってた民には〈沈黙の掟〉を強いておきながら、自分たちはよくもまあペラペラ、ペラペラと……」


「無頼など、その程度のものだ」


「あぁん? なんだそりゃ、私に喧嘩売ってんのか!?」



ご機嫌の激悪なメッテさんを、まあまあと宥める。


元親分たちの調子に乗った自慢話は、かなりひどかった。


わたしには、かいつまんだ要約だけを報告してくださったのだろうけど、それでも眉間に盛大なシワを刻んでしまった。


家族を殺す、無関係な者を殺すと民を脅し上げ、不正資金の洗浄を手伝わせ、自分たちは何食わぬ顔で正業を隠れ蓑にして贅沢三昧。


無実の者たちを逃してやるという建前で、最終的には逃した者たちも手下にし、奴隷のように組織のために働かせていた。



「残してきた家族がどうなるかは、お前の働き次第だな。……なぁんて言ってやりゃあイチコロだったな! がははははっ!」



と、聞いてるこちらの耳が腐りそうなことを自慢げに言う。



「ふーっ、その場で斬り捨てなかった私は偉いな……」


「え、偉いですわっ!」


「だろう? ……もっと褒めてくれよ」



と、力なく苦笑いされるメッテさんを、エイナル様と一緒に褒めそやしながら、王都を目指す。


もちろん、クラウスも褒めるのだけど、冷淡な表情のままで褒め甲斐がない。


だけどこれで、大河流域で四千人に及ぶ捕縛者のうち、元親分や元無頼に脅されていた者たちは証言を始めてくれるだろう。



「もう、あなたを脅す者も、あなたの家族を脅かす者も、すべて捕えました」



と、早く伝えてあげたい。


きっと、その証言してくれた者も、ほかの誰かを脅している。脅せと脅され、脅していくのだ。


この脅しの連鎖を丁寧に紐解いていけば、四千人を縛る〈沈黙の掟〉が解けるはず。


そして、その国境をも超える、卑劣で陰湿な組織をつくらせた『シャルル』という男の行方を追わなくてはならない。



――シャルルは嫌なヤツだったけど、カッコ良かったんだよ……。何も恐れてない感じでな。



と、いい歳をした元親分たちは、



「思春期か!? 思春期のガキかーっ!?」



と、メッテさんが天に向かって吼えるほど、夢見がちな目をして『シャルル』のことを語っていたらしい。


善良な民を脅して使役することなど何とも思わず、それでも元は暴政から民を守るために立ち上がった元親分たちを〈悪の美酒〉で酔わせてしまった男、シャルル。


前王の第2王子マーティンを取り込み、テンゲル王国の乗っ取りさえ企んでいた。


闇組織の創建当初からシャルルの姿はあったらしく、それなりの年齢になっているはず。


だけど、いつまでも若々しい筋骨隆々の偉丈夫だったらしく、年齢は不明だ。



「……すでに西方に逃亡している可能性もありますわね」



ただし、西方から流れてきたというのも、本人がそう語っていたというだけで、なんの証拠もないそうだ。


凶悪で残忍な手下を従え、突然、柳のじいさんのもとに現れた。


そして、お母様の考案された〈輸送手形〉の仕組みを悪用し、巨大な資金洗浄ネットワークにまで育て上げた。


なのに、わたしの新通貨発行で、あっさりと見切りをつけて、姿をくらませた……。


得体の知れない男。


だけど、いまはまず、闇組織の攻撃部隊の残党をすべて捕縛し、民を守るのが最優先だ。


それには、デジェーが命がけでもたらしてくれたメモが大いに役立つ。


日が沈み、西の空に浮かぶ雨雲まですべてが暗い闇に覆われる寸前、王都に入った。


王宮に向かうメインストリートを駆けるわたしたちを、



「コルネリア陛下――っ!!」



ワァッ! と、王都の民が拍手と歓声とで出迎えてくれた。



「お帰りなさいませ――っ!」


「王都は私たちが守ってますよ――っ!」


「賊なんか、前の王様に比べたら可愛らしいもんですわ――っ!」



あはははっ! と、爆笑が起こる。


なんと、逞しくて頼もしい、強かな民であることかと、目頭が熱くなった。



「……エイナル様の仰る通りでした。水没策さえ受け入れ、わたしを女王にと望んでくれた民たちを……、少々甘くみておりましたわ」


「うん。その後のコルネリアの国づくりにも、深く共感して、支持してくれていればこそだと思うよ?」



わたしを馬に乗せて下さるエイナル様のお顔を見上げた。


自然と顔を雨滴が打つのだけど、このままずっと眺めていたい気持ちだった。


沿道のところどころには、焼け焦げた跡が残っている。


すぐに消火されたのだろう。燃え広がってはいないけど、復興途中で真新しい建物だけが立ち並ぶ王都の街並みには痛々しい。


王宮に入るとフェルド伯爵が出迎えてくれた。


人を喰ったような笑みに変わりはなかったけれど、四角い顔の頬はこけている。



「大儀でした、フェルド伯爵。……ひとり立ちしたばかりの衛士団だけを率い、街の無頼に協力を仰ぎながら、大きな被害は食い止める采配。見事にございます」


「いえいえ、私など。……クラウス閣下がお戻りで、ようやく肩の荷を降ろせます」



ただちに、王都守護の指揮権を、枢密院議長クラウスに移管。


帰還したばかりの騎士団の指揮もクラウスに委ねる。


先行して王都に入ってくれていたピシュタたちコショルー兵にも、クラウスの指揮下に入るよう命じた。


夜闇に包まれた王都の市街地では、火の手があがりはじめ、ただし、帰還した騎士団が次々に鎮圧し捕縛していく。



「……それでは、王都は任せましたわね、クラウス」



と、わたしは急ぎ、カルマジンへの帰還の途に就く。


両脇をルイーセさんとメッテさんに護ってもらい、率いるのは最初に連れてきた、騎士団のカルマジン駐留部隊のみだ。



「……馬の前じゃ落ち着かないと思うけど、すこし寝たら?」



と、エイナル様が仰った。


ルイーセさんの後ろに乗せていただいたときには、紐で縛りつけてもらい、グッスリと寝てしまったことを思い出す。



「ありがとうごさいます。……ですが、ちょっと怖い……、ですわね」


「それもそうか」



菌糸体のように広がる闇組織とはいえ、やはり急所はあった。それを教えてくれたのはデジェーのメモだった。


最速で駆けていただき、夜明け前にカルマジンに到着し、ただちに騎士団を展開させる。


早馬の報せで、清流院でわたしを待っていてくれた住民の代表を引見した。



「……まだ日も昇らぬ早朝に出向いていただき、申し訳ありません」


「いえ、とんでもございません、……女王陛下よりのご依頼とあらば」



真っ白な装束を恭しく受け取り、カリスに着替えさせてもらった。



「おかえり、ネル」


「ふふっ……、まだ、帰ってきたっていう気持ちじゃないけど。眠いし」


「……大丈夫?」


「ほんと、悪い人って、夜が好きよねぇ。捕えたら、全員、早起きの刑だわ」



欠伸を噛み殺し、長柄の武器を手にしたルイーセさんとメッテさんを伴い、清流院を徒歩で出た。


そして、登山口でエイナル様に見送られ、わたしは〈聖域〉に再び足を踏み入れた。


人の立ち入らない禁足地。封じたわたしが巫女役として先導していく。


ふたたび、人の欲が踏み荒らしたことを精霊に詫びながら、一歩一歩、登っていく。


ルイーセさんとメッテさんが持つ松明の灯りが、雨粒に打たれるたび、ジュッという音を発する。


ウルスラとノエミ。茜集落の者たちが囚われていた悲しい記憶と、楽しかった記憶。


不意に、ルイーセさんとメッテさんの身体が同時にしなり、長柄の武器が同時に放たれた。


夜闇の向こう、ギャという声がしたとき、山の稜線を朝陽が撫でる。



「……どうせ、山はすべて騎士団に包囲されてるっていうのに」


「それが分かる知恵があるなら、こんなとこに逃げ込んだりしねぇんじゃないか?」



ルイーセさんとメッテさんの軽口に、一緒に苦笑いを浮かべながら、ほの明るくなった森を進む。


一度、完全に浄めた〈聖域〉に再び菌糸を伸ばすようにして入り込み、息を潜める。ほんとうにしつこい菌のような性質。


何度でもお掃除するしかない。


やがて、片腕と片脚を、長柄の武器で貫かれた〈柳のじいさん〉の呻きながら這いつくばっている姿が目に入った。


周囲に散乱しているのは、旧通貨の札束と、色とりどりの宝石。


大きな麻袋からこぼれて散らばっていた。



「お久しぶりね……、柳のじいさん」


「う、ううっ……」


「ゆっくりとお話を聞く約束、ようやく果たせそうですわ」


「……こ、小娘が」



デジェーのメモにあった、柳のじいさんの潜伏先。最初の震源地、王領伯が緋布を偽造させていた〈聖域〉だった。


何重にも人を馬鹿にした話だ。


ラヨシュたち若者を囮に、自分は財貨を抱え込んで人の近寄らない禁足地に潜む。


かつて、自分を慕ってついてきた王家領の元無頼の親分たちも見捨てている。


それも、すでに価値を失っている旧通貨まで抱えこんで逃げ込むとは、性根が浅ましいにも程がある。


おそらく、柳のじいさんは、シャルルという男の傀儡。


名目ばかりの首魁に堕ちていただろう。


それでも、闇組織に脅された者たちを〈沈黙の掟〉から解放するのには役に立つ。


シャルルが闇組織を操るのに象徴的な首魁を必要としたのと同様、わたしにも闇組織の壊滅を象徴させるものが必要だ。



「……わたしの好みではないのですが、檻車で王都に護送します」



捕えた柳のじいさんを檻の中に入れ、晒し者にしながら王都の街を引き回せば、いまだ身を潜める闇組織の者たちにも伝わるだろう。


闇組織は終わったのだと。


ルイーセさんが柳のじいさんを縄で縛り上げ、引き抜いた長柄武器の痕を止血する。


護送は騎士団に委ねる。


かるく仮眠をとらせてもらってから、各国に事態の収束を告げる親書をしたため、大河流域の全域における、闇組織の掃討に着手した。眠い。


だけど、シャルルの行方も追わなくてはならない。


シャルルを放置したままでは、菌糸体のような組織が、またどこで再興されるか分からない。


清流院に集う当局者会合を通じ、各国にも協力を要請した。



本日の更新は以上になります。

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