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209.冷遇令嬢は抱きあげた

騎士団の休息が終わり、慌ただしく出立の準備が始まる。


ただ、それは迅速で整然としたもの。


わたしの目から見ても、騎士たちの身体には俊敏さがもどり、動きには無駄がない。


エイナル様と一緒に激励して回り、返ってくる声にも張りがある。



「……訓練されているとは、本当にすごいことなのですね……」



感嘆の思いを、つい呟く。


ほんの1日半前まで、彼らは土木工事の力仕事に従事し、気力体力の限界まで働いてくれていた。


地面を穿ち、丘を崩し、水路を掘り、木杭を打ち込み、軍船を引き上げてくれた。


精根尽き果てたように座り込み、疲労困憊のなか、達成感だけで爽やかに笑ってくれていた。


それが、あっと言う間に見違えるような精悍さを取り戻し、凛々しい騎士様たちが、こちらも休息充分な愛馬に荷をテキパキと積んでいく。


目を輝かせるわたしに、エイナル様が微笑んでくださった。



「みんな、コルネリアのために働けることが嬉しいんだよ」


「いえ、そんな……」


「ふふっ。本当だよ? 聞いてみる?」


「あ、いえ、わたしのために、作業の邪魔をする訳には……」


「……騎士というのは不思議な生き物だ。気高い主君のためなら、どこまでも働ける。剣や槍を振るうばかりじゃない。陣地を掘り、索敵にも出る」


「……はい」


「それを、意気に感じてくれる主君なら、なおさら働ける」


「か、感じます!」


「うん。……みんな、コルネリアがつくる世の中を見たいんだと思うよ」



エイナル様は目をほそめ、騎士たちの姿を愛でるようにして眺めた。



「……負い目に感じるな、と仰っているのですね?」


「そうだね……。騎士たちは、コルネリアのために働いてるんじゃないんだ」


「わたしのつくる……、国のため」


「うん、そうだね。恩に感じるなら、民に返してあげたらいいと思うよ?」



学問としての君主論から、エイナル様は何も外れたことも目新しいことも仰ってはいない。


だけど、血肉の通ったお言葉が、胸に突き刺さり、そして、胸を軽くしてくださる。



「みんな、コルネリアの荷物を一緒に背負わせてほしいんだ」


「……はい、感謝します」



いま、王都は大変だろう。


わたしは王都が手薄になると分かっていながら、堤防破壊テロを防ぐ方を選んだ。


ピシュタたちコショルー兵が闇組織の小舟を追ってくれたことに、わたしは褒詞を授けた。


だけど、本当は王都に向かってほしかった。そのための派兵要請だった訳だし。


ただ、時は巻き戻らないし、小舟を一艘残らず捕縛できたことに、ピシュタたちの働きが役立ったことは確かだ。


そして、燃えた舟をすぐに補修し、すでに王都に向かってくれている。


湿地帯に潜んでいた闇組織の小舟をあぶり出せたこと自体が偶然の産物だし、そこにコショルー兵が遭遇したことなど、偶然を超えて奇跡と言ってもいい。


ただ、結果として、王都の民を危険にさらしているのだ。



「大丈夫だよ。王都の民はあの暴動を耐え忍び、コルネリアの水没策に賛成する覚悟を持った者たちだ。……きっと、大丈夫」


「はい」


「……前王の暴政と、一緒に戦ってくれた者たちだ。民には民なりの戦い方がある」


「はい」


「コルネリアのつくる世を、一緒に背負ってくれる者たちだよ」



エイナル様の表情はやわらかで優しげだったけれど、瞳には力強さが映っていた。


見詰め合い、頷く。


いま出来ることに万全を尽くすよりほか、わたしがやるべきことはない。


なにもかもが、すべて、ただちに、良くできる訳でもない。


悪人を改心させるような力がわたしにあるのなら、父はとっくに善人で、フランシスカは聖女になっていることだろう。



「……それでも、わたしはここで闇を根絶させることを目指しますわ」



騎士団を出立させる。


雨足が強くなり、エイナル様の馬の前で軍用外套のフードをグッとさげた。


わたしの両脇にはクラウスとメッテさん。


まだ休息が必要な国軍の指揮を大将軍であるビルテさんに任せ、堤防を塞ぐ大型軍船を護るため、軍用高速船も残した。


騎士団はルイーセさんに指揮を委ねる。



「……不愛想で毒舌。ルイーセは元来、集団をまとめるのは不得手だからな」



とは、ビルテさんのルイーセさん評。


かつては大将軍職に音を上げてしまい、ビルテさんに交代してもらった。


だけど、



「……まあ、騎士なら問題ない」



と、見事な統率を見せてくださっている。


要するに、新兵の比率が高い国軍の統率に、手を焼かれていたのだ。



「兵士と騎士は似て非なるものだからな」



と、出立前、ビルテさんが申し訳なさそうに囁かれた。



「……水兵の教導にも力を入れる」


「よろしくお願いいたします」


「誰かを貶めなくとも、お前たちは充分に尊いのだと、よく言ってきかせ……、私のふる舞いにも気を配ろう」


「水軍は大河平穏の要。……わたしの大切な宝です」


「そうだな。女王陛下の宝であることは、この上ない栄誉だが、自分のことを宝だと自惚れた瞬間から、人は腐り始める……。難しいものだ」


「そうですわね。……自分のことは大切にしてほしいのですけど……」



泥沼の戦場を駆けて育ったビルテさんの懐は深く、自らの限界を知ったルイーセさんの器もまた大きい。



「……将に将たる器とは、コルネリア陛下のこと。私は兵にも将たれない。よく訓練された騎士を率いるので精一杯だ」


「皆、ルイーセさんを仰ぎ見ておりますのに」


「こちらは見下げている訳ではないからな。……なかなか視線が合わなくて困る」



軍権の長、大将軍職を投げ出すなど、あまり聞いたことがない。


しがみつき、のさばり、居座ったという話は古今、よく聞く話。


わたしの剣聖様は高潔にして英邁(えいまい)。苦手そうにしながら、采配は鋭く、騎士団は機敏に動く。


時間は既に夜。


騎士団の進軍は街道沿いに、森に入った。


回復した騎士団の進軍は速く、夜明けと同時くらいには王都に到着できる。


わたしの右を護るメッテさんの肩には、長柄の鉾槍(ハルバード)。先端には槍の穂先に斧頭、その反対側には鉤爪を備えた重装武器。


万一、油壷が投げ付けられたら叩き落してくださる装備だ。


そして、わたしの左を護ってくれるクラウスの手には長柄の薙刀(グレイブ)。先端の刀身が大きく湾曲していて、刃の根元には精緻な装飾が施されている。


クラウスは、さすがの外交上手で、交渉上手。ラヨシュから証言を引き出した。


冷淡そうに見えて、クラウスの、



「ほう……」



の、ひと言には、人の口を軽くさせる魔法がかかっているかのよう。


すごく尊敬されてる気分にさせられてしまうのだ。



「王都近郊には、まだ相当数の者たちが潜んでいる様子にございました」


「そうですか……」


「……陽動のための捨て兵と判断するのは危険かと」


「むしろ、ラヨシュたちが陽動だった……、と?」


「……コルネリア陛下は、ビルテと共に、こちらにお残りいただく訳には参りませんか? 賊のごときは、オレとルイーセがいれば充分。エイナルにも残ってもらいますゆえ……」


「……ありがとう、クラウス。ですが、民を危険にさらしながら、わたしひとり、安全なところで報せを待つ訳には参りません。……足手まといなのは分かっているのですが」


「足手まといなどということは……。出過ぎたことを申しました」


「いえ。とても嬉しく思いますわ」



執政官、外交官と文官的な働きの多かったクラウスだけど、歴戦の勇将でもある。


手にする薙刀(グレイブ)の柄は太い朱塗りの金属製で、とても重たそう。


それを、ひょいっと軽く持って構えたまま、もう一方の手では手綱を握る。


美丈夫、偉丈夫とはこのこと。


とても、頼もしい。


そして、クラウスの薙刀(グレイブ)と、メッテさんの鉾槍(ハルバード)が同時に動いた。


周囲の騎士が手にする松明が、周囲をほの明るく照らす中、ふたりの長柄武器が同時にカツーンッと高い音を立てた。



「石だね……。投石か?」



エイナル様の鋭い呟きが、頭上で響いた。



「……止めてください」



わたしのひと言で、エイナル様の馬が高く前足を上げ、クラウスとメッテさんの馬も止まる。


騎士団の進軍が止まり、先頭からルイーセさんの騎馬が戻ってくるのが見えたとき。


背中の曲がった老人が木陰からヨロヨロと、松明の明かりに入ってきた。


クラウスとメッテさんが、長柄武器を握り直される気配がする。


老人に見えたのは、その姿勢と歩みの遅さのせいだった。腹と太ももを押さえた、その男性は、ゆっくりと近付く。


俯いた顔は地面を向き、うす汚れたマントのフードから、藍色の髪が垂れ下がる。



「何者か」



と、ルイーセさんの声が響き、わたしは急いで馬から降ろしてもらう。


エイナル様とクラウス、それにメッテさんに護られながら、男性に駆け寄った。


雨に打たれながら男性は、ぬかるんだ地面に倒れ込んだ。


わたしは男性を抱き起こし、濃い藍色をした髪が片目を隠すその顔をのぞき込んだ。



「デジェー!」


「……じょ、女王……、陛下」



わたしの外套の上に、血が滲んでは雨が洗い流していく。



「……この先、伏兵が……」


「そう、分かったわ。……ありがとう、デジェー」


「……雨でも、油壷の油は……、燃えます」


「分かった。もう、大丈夫だから、喋らないで」



ルイーセさんの指揮で、騎士団が素早く展開していく。


デジェーの命がけの報せは、すでに敵に知られていると思った方がいい。


片膝を突き、デジェーの傷を改めるクラウスが、険しい表情を浮かべた。



「……深いな」



次の瞬間、メッテさんの鉾槍(ハルバード)が夜闇を切り裂き、それから、すうっと、やわらかく流れるように動いた。


穂先に当たった油壷を、そのまま割ってしまわず、弾き飛ばすという動き。



「来るぞ」



メッテさんの声が低く響いた。


四方を護る騎士たちの元から、コツっ、コツっ、コココツっ、と、油壷を弾き飛ばす音が、静かに響き始めた。


雨の闇夜。


街道の両脇には、うっそうと茂る夜の森。


そして、陣の外。森の木陰で火の手が上がった。


縄で縛った油壷を、ヒュンヒュンとふり回す男たちの影が見えた。



本日の更新は以上になります。

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