208.冷遇令嬢は称賛する
軍船の上に立つわたしの両脇に松明を灯し、闇組織の者たちの気を引いて、続いて正面に浮かぶ軍用高速船にも松明を灯して虚を突き、急襲する。
「……そんな、コルネリアが囮になるような策をとらなくても……」
と、エイナル様にボヤかれた策は、見事な空振りに終わった。
後ろから燃える舟をものともせずに追い迫る、コショルー兵に恐慌をきたし、わたしの存在に気が付いてもらえなかったのだ。
メッテさんに気の毒がられる。
「せっかく、ドレスで着飾ったのにな……」
「持って来てるなかでは、いちばん目立つ、キラキラのを選んだんですけどね……」
結構、張り切っていたので、すこし恥ずかしい。
コショルー兵と、エイナル様たちの軍用高速船に挟み撃ちされる形になった闇組織の小舟は、次々に捕縛されていく。
とはいえ、闇夜の雨の大河の上だ。
一艘も逃がさないよう、緊迫した戦闘が続いている。
「コ、コルネリア姉様ーっ!」
と、眼下から、どこか恥じらいを含む、透んだ声に呼ばれた。
「ピシュタ! 来てくれてたのね、ありがとう!」
「お祖父様から、総大将に任じていただいたのです!」
コショルーの公世子で、わたしの4つ年下の従姉弟。
すこし垂れ気味の大きな青い瞳には、久しぶりに会う『憧れの従姉弟のお姉さん』へのはにかみが浮かぶ。
アップバングにまとめたサンディブロンドの金髪が、下からの炎に照らされ、ゆらゆらと揺らめいて見えた。
「……ていうか、燃えてる、燃えてる。舟が燃えてる」
ルイーセさんが、ピシュタの乗る小舟に濡れた厚手の布を投げ落してくれた。
配下の者が、足下の火を消す間も、ピシュタは特に気にする様子もなく、ただ照れ臭そうに、わたしを見ていた。
メッテさんが、そっと囁かれた。
「……褒めてほしいんじゃねぇか?」
「そういうお年頃だな……」
と、ルイーセさんも頷く。
堤防に突き刺さった大型軍船は、地表近くに乗り上げた形で、堤防の上面がちょうど喫水線あたり。
わたしの立つ船尾は、堤防上面より高く、ピシュタの浮かぶ河面よりだいぶ高い。
息を吸い込み、声を張った。
「す、すごいわねぇ! ピシュタ!」
「い、いやぁ……、それほどでもありませんよ……」
「……可愛いな」
と、メッテさんとルイーセさんの声がそろった。
すこし頬を赤らめ、強がってみせるピシュタの仕草には『お姉様ごころ』を刺激されるものがある。
わたしも、そうだ。
「よ、よく、あの小舟たちが『悪いヤツら』だって気が付けたわね!?」
「姉様からの親書に、カリス殿が小舟で襲撃されたってありましたから……、念のため改めようとしたら、いきなり襲いかかってきたんです……」
「そう! わたしの親書をよく読んでくれてたのねー!」
「……ね、姉様からの親書だからって訳ではなくて……」
いや、そこは宗主国の女王からの親書なので、それでいい。
照れるポイントがズレているのだけど、そこもなんだか可愛らしい。
ピシュタは、わたしたちから視線を逸らすようにして、戦闘の続く河面を見た。
「……エイナル兄様の方が、すごいです」
「そうね。カッコいいでしょ? わたしの旦那様」
「はいっ!」
ピシュタが尊敬の念を隠さない声で元気よく応えてくれたとおり、エイナル様たちは獅子奮迅のお働きだ。
軍用高速船から、闇組織の小舟に飛び移られ、敵を次々に槍の柄で突き倒される。
腹を突かれ、膝を薙ぎ払われ、戦闘不能になって倒れ込む闇組織の者を、配下の水兵たちが縛り上げる。
そして、次の小舟に飛び移られ、再び槍の柄で打ち据える。
エイナル様と、クラウスとビルテさん。
3人が次から次に河面を飛び跳ねるようにして、制圧していく。
「所詮は賊だからな。……正体を現してしまえば、エイナルやクラウスの敵になるはずがない」
ルイーセさんが不愛想に呟かれた。
たしかに、剣豪同士の息の詰まるような果し合いでも、陣形と陣形がぶつかる兵法の駆け引きでもない。
実力差の歴然とした「賊」の捕縛劇。
だけど、エイナル様の金糸のような金髪が松明の炎に照らされ、賊を撃つ槍さばきは流れるように美しい。
長身であられながら身軽に舟から舟へと飛び移り、ナイフや短剣で応戦しようとする賊を軽々と制圧していくお姿に、しばし見惚れてしまった。
やがて、闇組織の小舟はすべて制圧された。
縛り上げられた者たちを乗せたまま、小舟が曳航されてくる。
燃えていたコショルー兵の小舟もすべて鎮火し、一緒に堤防沿いに着岸した。
わたしも軍船から降り、幕営に戻る。
皆の帰りを待つ間に、ルイーセさんがボソリと呟かれた。
「……エイナルも、褒めてやれよ?」
「あ、はい……」
「嫁さんにいいところ見せようと頑張ったんだ。大袈裟なくらい褒めておけ」
「べ、勉強になります……」
と、〈奥さん〉の先輩に、苦笑いを返した。
果たして、顔に『褒めて』と書いてあるエイナル様が、クラウスと「ボクは何人捕縛した」「オレは大男を組み伏せた」と、ピシュタに自慢話を聞かせながら帰ってこられて、苦笑いを重ねた。
「クラウス、素晴らしい働きでした」
わたしに復命するクラウスに褒詞を授け、お隣に座るエイナル様にも微笑みを向けた。
「……エイナル陛下も八面六臂のお働き。感服いたしましたわ」
「そう?」
「はい」
ピシュタの目もあり、つい控え目になってしまったけど、エイナル様の嬉しそうな笑みが、すこし眩しくて、誇らしかった。
「そして、ピシュタ」
「は、はいっ!」
「わたしの求めに応じた派兵。それも、臨機応変に賊を追捕する働きは、まことに見事なものでした。厚く礼を申します」
「こ、光栄に存じます!」
片膝を突くピシュタが、紅潮させた顔をガバッと伏せた。
ピシュタから、闇組織の小舟と遭遇したときの状況を聞き取っていく。
やはり、陽動部隊とおぼしき、いくばくかの小舟が王都の側で舟を捨て、陸に逃げ散ったとのことだった。
「追っ手をさし向けるか、迷ったのですが……」
「いえ。土地勘もないところに小勢を降ろしても見失うだけだったでしょう。本隊のみを追う決断は正しかったと思いますわ」
「……こ、光栄です!」
わたしが何を言っても、感激されてしまうので、皆ですこし苦笑い。
だけど、これで局面は掃討戦に移った。
恐らくは、先ほど捕縛した者たちが闇組織の本体で、あとは残党を捕えれば事件は収束に向かうハズだ。
そして、なおも闇に潜む者たちがいたとしても、ジイちゃんの証言で狩り出せるだろう。
ただ、いまごろ王都では、陽動部隊による放火が始まっているはず。
まずは、フェルド伯爵とゲアタさんの対処を信じて、こちらは騎士団の回復を待つ。
やがて、ビルテさんの指揮で水兵たちが、捕縛した闇組織の者たちを連行してきた。
「柳のじいさんがいない……?」
「ああ。……全員改めたのだが、皆、若い者ばかりで、それらしき者がいない」
ビルテさんの報告に眉根を寄せる。
――自ら囮となり、配下の若者たちを逃がそうとした……?
ジイちゃんの告白からも、闇組織の首魁は〈柳のじいさん〉であろうと推定していた。
あるいは、ジイちゃんたち諸侯領の無頼と袂を別った後で、組織はさらに変質し、首魁は別にいるのか……。
縛り上げられ両膝を地に突く、捕縛した者たちを引見した。
「恐れ多くも、女王陛下の御前であるぞ」
と、水兵たちが乱暴に、彼らの頭を地に伏せさせた。
そのなかに、ラヨシュの姿があった。
「へへっ……。あんたを小娘と見くびった、俺が甘かった」
と、ラヨシュは卑屈な笑みを浮かべた。
わたしが愛した、あの爽やかさはどこにもなかった。
「そう……、わたしを見くびっていたのですか」
「へへへっ。……テレシアの娘だ、隙を見せるなと〈柳のじいさん〉からは釘を刺されていたっていうのに……、しくじった」
「ラヨシュが漏らしてくれた『無実の者を逃がしていた』という言葉が、水没文書の保護、ひいては再審庁の設置となり、多くの者を救うことにつながりましたわ」
「へへっ。……じゃあ、褒美をもらわないといけませんね」
「それは、これから正直に、すべてを証言するかどうかにかかっていますわね」
「へっ……」
ラヨシュは、ふて腐れた顔を伏せた。
「ラヨシュ。柳のじいさんは、どこ?」
「へっ、さあね。……どこかでくたばってるんじゃねぇか?」
「……柳のじいさんさえいれば、結社は再興できると考えてるのね?」
「恐ろしい女だな、あんたは」
と、吐き捨てたラヨシュを、水兵が蹴り上げた。
「女王陛下に、なんたる口のきき方! 捕縛された身を弁えよ!」
わたしの眉根が寄る。
水兵の行いは咎められるものではないけれど、わたしの好みではない。
前王弟の配下にあったテンゲル水軍の水兵たちは、ときに過剰にわたしへの忠誠を演出してみせることがある。
ラヨシュは、ヘラッと笑い、それ以上には何も話さなくなった。
水兵たちには捕縛の働きへの褒詞を授ける。
そして、捕縛した者たちの身柄を、水兵たちから衛士団に引き渡させた。
堅苦しく言えば、軍権のもとから警察権のもとに、罪人の身柄が移譲された。
さしあたっては、王都に向かった陽動部隊と、柳のじいさんの行方について、クラウスの指揮下で厳しい尋問を行う。
後ろ手に縛られ、連行されていく者たちの列を見渡した。
目を凝らしたけど、デジェーの姿はない。
闇組織に潜入しわたしのために働こうとしていたのなら、もう出てきてくれてもいいのに……、と心配になる。
エイナル様たちにも、明日の進軍に備えて休息をとってもらわなくてはいけない。
わたしも緋布の天幕に入り、寝室でたっぷりエイナル様を褒めた。
「ま、まあ、相手が弱かったよね。メッテ殿のような剣豪がいるかと思ってたんだけど、期待外れだったよ」
と仰りながら、まんざらでもない笑顔。
ふたりで微笑み合いながら、眠りに落ちた。
翌日の正午すぎ。王都からの早馬が届く。
やはり、陽動部隊によるゲリラ的な放火で、王都は騒乱状態。
ただ、フェルド伯爵の指揮で、住民に人的被害は及んでいない。
犯人の捕縛より避難誘導と消火活動に注力することで、王都に残る衛士団の戦力を分散させることなく、騎士団の帰りまで攻撃をしのいでくれていた。
やられ放題に見せかけながら、こちらの致命傷は避けつつ時間を稼ぐ。実にフェルド伯爵らしい人を喰った指揮だ。
ひと呼吸入れる。
ビルテさんと約束した休息が終わるまで、あと少し。
騎士団はまもなく出立可能だ。
心を鎮め、その時を待った。
本日の更新は以上になります。
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