表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

205/207

204.冷遇令嬢は想像だけで胸を弾ませた

大型軍船から、(いかだ)状に組まれた長くて太い、そして黒々とした木杭が、雨の大河に降ろされていく。


それを軍用高速船で曳航して、堤防に引き上げる。


木杭は王都の軟弱地盤に対応したもの。地中深くに埋めても長くもつよう、火を入れて表面を炭化させてあるので、色が黒い。


それと、水没策による地盤沈下で発生した大量の瓦礫を満載に送ってもらった。


軍船の喫水線が低い。


堤防上、狷介博士とビルテさんを伴い、杭の打ち込み箇所を最終検分して歩く。



「ふむ。……破壊工作の跡が、ほかに見付かっておらんのであれば、この幅でよろしかろうと存じますが」


「そうですね。では、ビルテさん、お願いします」



狷介博士と見解の一致をみて、早速、作業を始めてもらう。


堤防上に杭が自立する程度の「初期穴」を掘り、さらに杭の真上に頑丈な丸太で三脚櫓を建てる。


櫓の頂点に滑車を取り付け、鉄で補強された重い丸太の塊、〈重錘(じゅうすい)〉を、屈強な騎士たちが8本の綱で引き上げた。



「せーの!」



ビルテさんの掛け声で、騎士たちが一斉に綱を持つ手を緩めると、落ちた重錘が杭を打ち、



ドォォォンッ!



と、地響きのような轟音が辺り一帯に鳴り響く。


そして、また騎士たちが綱を引いて重錘を引き上げ、ふたたび杭を打つ。


杭が何本も立っていき、三脚櫓が次々に組み上げられ、轟音が幾重にも鳴り響き始める。



「ええっ!?」



と、なにかを話しかけてくれたウルスラに問い返す。



「す、すごいですねぇ!」


「ええ、なかなか見応えがあるでしょ?」



現場から離れ、声の通りやすい場所に簡易天幕を張り、作業を見守りながら、ウルスラの淹れてくれたお茶をいただく。



「……て、堤防を壊してるんですか?」


「ううん。守ってるのよ」



と、現場を指さし、ウルスラに説明してあげる。



「杭の列が二列あるでしょ?」


「あ、はい」


「あの幅の間に、ギーダにあけられちゃった穴があって、そこから堤防が崩落しちゃうのよ」


「……なるほど」


「だから、崩落したあと、残った堤防の両端を、流れ込む水流から守る必要があるの。でないと、どんどん削られちゃうでしょ?」


「あっ。なるほど~」



まったく。土竜(もぐら)のように穴を穿ったギーダの執念も大したものではあるけど、後始末する方も大変だ。


これだけ大掛かりな工事で対策をとらないといけない。


誘導水路と排水路の建設は、おおよそ五合目。大量動員による人海戦術で、完工の目途が立ってきた。


エイナル様は、屈強な騎士や兵士たちの活気あふれる土木作業を見て、ウズウズされるものがあったのか、丘の開削の指揮を執ってくださっている。


遠目にも、丘が削られていく様は、なかなか見応えがあって、目が輝く。


誘導水路でいちばん気になっていた、堤防が崩落した瞬間に流れ込む〈土石流〉への対応も、どうにか目途がついた。


水路の入口部分を幅広にとって、底に大きな石と丸太を敷き詰めて補強。


土砂と水の混合物による、崩落して最初のエネルギーを受け止めつつ、水路に急勾配をつけ、途中で詰まらせることなく一気に流し切る。


狷介博士とウルスラに模型をつくってもらい、何度も構造を確認したし、おそらく大丈夫だろう。



「わははっ。ウルスラは模型づくりが上手だ。手先が器用なのだな。……ここまでの活きた学問。王立学院でも、そうそう習えるものではないぞ?」



と、狷介博士に頭をポンポンっと撫でられたウルスラが嬉しそうにはにかんでいて、微笑ましかった。


事態が落ち着いたら、進学の意志がないか、もう一度、聞いてあげたい。


ここまでの段取りがつけば、本来、わたしは王都かカルマジンに戻って、王国と大河流域全体の指揮を執るべきだ。


だけど、万一があれば、隣国ブラスタに被害を及ぼしてしまう。


ここは慎重に、事態の収束まで現場指揮を執っておきたい。


夕刻。リエパ陛下から親書が届く。


轟音が鳴り響き続ける堤防への杭打ち作業を、ぜひとも見分させてほしいというお願いだった。



「……まったく、優雅な貴族趣味を出してきやがって……」



ボヤくメッテさんにも、ドレスに着替えてもらう。


要するに『珍しい光景を見物したい』という話だ。正直、わたしも苦笑い。


急きょ、遠望できる簡易天幕を張り、床板を敷き詰めて絨毯を敷き、リエパ陛下をお迎えする。


艶やかなミントグリーンのドレスがよくお似合いで、目にした騎士たちの作業の手が一瞬止まる。



「……ご無理を申しまして」


「いいえ。ご興味を持っていただき、光栄ですわ」



苦笑いのメッテさんと3人でテーブルを囲む。


ウルスラが、ばあやから託され携行していた上等なカップでお茶にする。


空は雨雲の覆う宵闇。いくつもの篝火(かがりび)に照らし出される杭打ち作業は、勇壮で見応えがある。



「堤防に杭を打つなど、レオナス陛下によい土産話を頂戴しましたわ」


「ふふっ。たしかに、二度はない景色かもしれませんわね」



優雅にお喋り。雨のなか、力仕事に勤しんでくれている騎士たちには、すこし申し訳ない気もする。


だけど、女王と王妃と王女が見分しているというのは、彼らをとても、やる気にさせるものらしい。


重錘を引くかけ声が、一段と力強く響いてくる。


にこやかに、リエパ陛下が声を潜めた。



「……ブラスタで謀反の動きありとの報せが」


「まあ……」


「すべて、レオナス陛下が把握されており、明日払暁、私の兵が敵の腹背を突きます……。兵が動きますが、誓って他意はなく……」


「承知いたしました……」


「土嚢を積む作業は、すでに完了しておりますが、そうは見えないように表面を乱雑にしております」



リエパ陛下の率いてこられた兵が、やや多いような気はしていた。


わざと王都を手薄に見せかけ、謀反を誘っていたのか。と、合点がいく。


すこし考え、リエパ陛下に中座を詫びた。



――えっ!? ふたりにするなよ……。



という視線を送ってこられたメッテさんには、ふかく頭をさげる。


やはり、テンゲルの王都が手薄なのが、どうしても気になる。


天幕に戻り、コショルーのお祖父様に親書をしたためた。王都の防衛に、兵を急派してほしいというお願いだ。


ラヨシュたち、港の組合の追捕にまで、手が回っていない。彼らは、カリスを襲撃した小舟に乗り、どこかに潜んでいるはず。


コショルーの強兵を派遣してもらえたら心強い。


親書を早馬に託し、簡易天幕に戻る。


自陣に帰るリエパ陛下をお見送りし、メッテさんに肘でつつかれた。


翌朝。杭打ちの轟音にまぎれるようにして、ブラスタの兵は姿を消していた。


鮮やかな撤兵に、鮮やかな奇襲攻撃。謀反は鎮圧されるだろう。


そして、国境地帯に兵を集結させているテンゲルを信頼しているという、なによりの証しだ。



「いやぁ? ……乱雑に積んだと見せかけてる土嚢のなかに、罠のひとつやふたつは仕込んでると思うぜ?」



メッテさんの皮肉気な笑みに、わたしも苦笑いを返す。それは、きっと間違いない。


さらに3日後。誘導水路および排水路が完工。堤防への杭打ち作業も完了する。


大型軍船を堤防に寄せ、雨どいのような木製の樋をながく伸ばし、ギーダの穿った穴に差し込む。


そして、大河から組み上げた水をどんどん流し込む。


水位はまだ低い。いまのうちに決壊させれば、排水路に流れ込む水量は少なく、いちばん懸念される土石流の初撃を、多少は安定して受け止められる。


基礎部分の崩壊状況が測れず、上からシャベルで削っていくような壊し方だと、突然崩落する恐れもあって、作業員を危険にさらしてしまう。


なので、ギーダの破壊工作の時を早める。


丸一日、水を注ぎ続け、その間、騎士たちにはようやく休息をとってもらえた。


ギーダの穴は、水を吸い込まなくなり、杭の列で挟まれた間の堤防は、たっぷりと水を含んでやわやわだ。



「それでは、ビルテさん。始めてください」



わたしの言葉を受け、ビルテさんの合図で、軍用高速船4隻が堤防の前に横一列に並んだ。


各4門ずつの大弓は、片側の舷に集めている。


打った杭の外側、堤防の安全な場所から見守る。


そして、ビルテさんが旗を振りおろすと、大弓から太い槍が一斉に放たれる。


水で飽和し、強度の著しく低下した堤防を壊すのは、巨大な破壊力ではなく、瞬間的で強力な『衝撃』だ。


鋭い風切り音を響かせ、豪快に突き刺さる16本の槍。


たちまち亀裂が走り、堤防が自重による崩壊を始める。


ゴーッという地響きがして、もとは堤防だった土砂が水流に押し流されていく。



「……決壊の瞬間なんて、なかなか見られるものじゃないね……」



と、エイナル様の口がぽかんと開いていた。


誘導水路を埋めた水は、そのまま排水路へと走っていく。


水の到達が確認できたところから順に、安全なところに建てた物見台から、見張りの騎士が旗を振って知らせてくれる。


白旗は「激流の先頭が、想定内の水位・勢いで通過」、黄旗は「やや危険」、赤旗は「想定を超えて危険」を意味する。


次々に振られる白旗に、あごを上げ、目をほそくして遠くを見守る狷介博士のお声が、すこし上ずった。



「……順調なようですな」


「ええ。……でも、勝負はここからですわ」



大河に目を移すと、軍用高速船と大型軍船は、すでに配置を終えている。


わたしの〈奥の手〉は、ここからだ。


軍用高速船から太い綱を伸ばし、大型軍船を四方から固定。乗員を降ろす。


さらに、大型軍船から誘導水路に向け、数本の綱を伸ばす。


休息をしっかりとった騎士たちは、気力充分。



「女王陛下にご覧いただいてるんだ! 気合入れて引っ張れぇ!」



と、ビルテさんの合図に、かつて、エルヴェンで遊覧船にする軍船をドッグに引き上げたときの、老水兵を思い出す。


騎士と兵士たちの掛け声が大きく響き、綱が引かれて、大型軍船が進み始める。



「ふわぁ~、壮観ですわねぇ……」



自分のアイデアなのに、思わず目を輝かせてしまう。


雨の中、まるで入港していくように、大型軍船が大きな水しぶきをあげて、堤防の決壊部を塞いだ。


つまり、軍船は堤防に〈突き刺さった〉。


騎士たちがバケツリレーで土嚢を運び、堤防と大型軍船の隙間を塞いでいく。


大型軍船に瓦礫を満載に積んでもらったのは、重りにするため。誘導水路の水深は大河より浅く、わざと座礁させた形だ。


引き入れた綱をしっかりと固定し、これで雨期の間はもつだろう。


このために大型軍船は退役間近のものを選んでもらった。


わたしは、堤防破壊テロを喰い止めた。


改めて、堤防に突き刺さった軍船を見上げると、つい、みんなが笑っちゃうくらいの威容。


わたしも笑った。



「そ、壮大過ぎましたわね……、ぷぷっ」



リエパ陛下にも見せてあげたかった。


視線を、排水路の先に向ける。


水は湿地帯に到達したようだけど、大河からの水の流入は、初撃のみにとどめた。


雨期が終わったら、今度は湿地帯の向こうにある小川を付け替え、排水路につなぐ。


また大規模な土木工事になるけど、今度は騎士団や国軍ではなく、公共工事としてちゃんと職人に発注する。


そして、大型軍船を解体し水門を設けたら、排水路は立派な灌漑に生まれ変わる。


なにもない荒野を、農地として活用できるようになる。


最初はクローバーやライグラス。山羊や羊、豚など家畜の餌にできる飼料作物から植える。これらの植物には土壌を肥沃にする効果がある。


数年して土壌を改良できたら、ひまわりを植えたい。


種からは高品質な食用油が採れる。搾りかすは、栄養価の高い飼料にもなる。


なにより、一面のひまわり畑。


ブラスタの小麦畑と、テンゲルのひまわり畑。農産物として競合もしないし、景色も素晴らしいものになるだろう。


想像するだけで、胸が弾む。


ふと、クラウスの馬が、最速で駆けてくるのが見えた。



「湿地帯の葦原に激流が流れ込み……」



片膝を突くクラウスの声が震えた。



「葦の合間から、数多の小舟が出現! 奥の小川から逃亡を図っております!」


「……不覚でした」



と、唇を噛む。


そこにいたのか。すぐ側に。


わたしとエイナル様が目を輝かせている間も、息を潜めて。


あたまの中で地図を広げるけど、湿地帯を回り込んで、後を追っても間に合わない。


急ぎ、幕営で軍議を開いた。



本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


もし気に入っていただけたり、おもしろいと思っていただけたなら、

ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけるととても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ほんと周到だなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ