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202/210

201.冷遇令嬢は呆気に取られる

まだ早朝のうちに王宮に入った。


汗だらけの服をウルスラに着替えさせてもらい、正装のドレスを身にまとう。


謁見の間に赴き、エイナル様と玉座を並べた。



――陛下と陛下になって……、初めての王宮ですわね。



と、視線を交し合えたのは一瞬のこと。


在都の枢密院顧問官が勢揃いしており、その中央でナタリアの父、フェルド伯爵が片膝を突いた。


緊急勅令で託していた、王都の治安維持の任を、改めて命じる。



「フェルド伯爵。ご長女、ナタリアの働きには目覚ましいものがあります。どうぞ、ご令嬢に勝るお働きを」


「ふふっ。……コルネリア陛下と宮中伯カリス閣下に鍛えられたナタリアに、果たして私が及びますものかどうか」



相変わらず飄々と、人を喰った物言い。


だけど、それが頼もしい。


リレダルとの偽造緋布の補償交渉を大過なくまとめ上げ、ノエミの留学にも陰ながら骨を折ってくれた。


繊細な剛腕だ。


お腹周りもぶ厚くて丸い、大柄な体躯を鷹揚にたたみ、四角い顔をさげた。



「精一杯、娘ナタリアの名を汚さぬよう、務めを果たさせていただきます」


「父娘で、フェルド伯爵家の英名がますます上がることを期待いたしますわ」



そして、フェルド伯爵を伴い、衛士団を督励して回る。


騎士団は出兵済みで、連絡諜報を担う斥候の騎士を残し、王都にはほぼ不在。


国軍も多くをビルテさんが率いている。


エイナル様と、随行するクラウスも交え、フェルド伯爵と打ち合わせてから、メッテさんを呼んだ。



「……やはり、王都が手薄なのが気になります。申し訳ありませんが、ゲアタさんをお借りできますか?」


「承知した。好きに使ってやってくれ」



ゲアタさんには残ってもらい、王都の無頼と、港湾の荷役人夫たちを率いてもらう。



「王都の治安維持に、ご助力いただければ幸いです。必要な日当は王宮から支給させていただきます」


「豪雨災害時のエルヴェンと同様に……、ですね?」


「その通りですわ。……ただ、今回の脅威は水ではなく、人です」


「かしこまりました。すぐに取りまとめます。安心してお出かけくださいませ」


「ふふっ。物騒な〈お出かけ〉ですわね」


「どうぞ、よき旅を」



ゲアタさんが、ニヤリと笑ってくれた。


ふたたび略装のドレスに着替え、港に向かう。


ルイーセさんの指揮で、すでに荷物は荷馬車から軍用高速船に積み終えている。



「あら……?」


「……どうした?」



あたりを見回すわたしに、ルイーセさんがふり向いた。



「えっと……、あの髭の騎士は……」


「ああ、ゼンテか?」


「あ、はい」


「ゼンテは、カルマジンに置いてきた。……どうやら、あの髭ヅラに似合わず、カリスを守りたいらしい」


「あら」


「襲撃で負った火傷の手当てに握った、カリスの手が忘れられないんだそうだ」


「あらあら」


「……まあ、ふつう騎士は後詰めを嫌がるものだからな。理由はどうあれ、やる気のあるヤツを残しておくほうが安心だ」


「ええ、そうですわね」


「どうせ、口説いたりはできないだろうが。……髭ヅラに似合わず、シャイなヤツだからな、ゼンテは」



ルイーセさんの不愛想な物言いに拍車がかかっていて、どうやら髭を伸ばした男の人は好まないらしい。


エイナル様と目を見合せ、クスッと笑いながら、軍用高速船に乗り込む。


高速船は船体がちいさい。


4隻に分乗して、王都から出港した。


ラヨシュたちの小舟の行方が分からないことも気になっている。


場合によっては、大型軍船を急派してもらう可能性を、フェルド伯爵に伝えてある。


出港の前、ひと悶着あった。



「女王陛下を描こうという画家が、別の船に乗ってどうせよというのだ!?」



船には定員というものがある。


不愛想なルイーセさんが仏頂面を浮かべて、騎士のひとりを差し替え、サウリュスをわたしの乗る船に乗せてくれた。


メッテさんが、笑う。



「剣聖様も、エイナル陛下も、クラウスの旦那も、私も乗ってるんだ。降ろされた騎士は不満だろうが、コルネリア陛下の護りに問題はないだろ」


「それは、そうだが……。画家殿のことを、すっかり忘れていた私が、自分に残念なだけだ」



という、ルイーセさんを、みんなで宥めた。


なんというか……、あの存在感しかないサウリュスのことを失念するとは、ルイーセさんも豪気だ。


同行してくださる狷介博士のことはお忘れでなかったのに。


雨がシトシト降り続く大河を、下流に向けて快調に下っていく。


カリスが襲撃された後、軍用高速船は大幅に改良した。船体全体に薄い鉄を張って、油壷攻撃の炎から防御。


さらに、太い槍をボウガン状に飛ばす大弓を4門備え、小舟なら一撃で沈められる。


それでも警戒は怠らず、哨戒の騎士が油断なく目を光らせてくれる。


皆が徹夜で駆けた中、申し訳ないことに、エイナル様とルイーセさんから休息を勧められた。



「……現地に到着したら、コルネリアの目と感覚が頼りになる」


「そうだな。狭い船室だが、すこしでも身体を休めておいた方がいい」



ここは、素直に甘えることにした。


ある程度の範囲は絞り込めているものの、豪雨災害時、そして、ブラスタの堤防補修時とは、格段に難度が違う。


けれど、まずは目視で異変を発見したい。


集中力は不可欠だ。



「儂は荷馬車でぐっすり寝させてもらいましたからな! 貴重な船旅を楽しませてもらいます」



と、お元気な狷介博士を船橋に残し、船室に入らせてもらった。


波を切る音が大型軍船とは違うものの、窓を滴る雨水の情景はおなじ。



「……昨年の今頃は、コショルーに向かって駆けておりましたわね」


「そうだね。アッという間に1年が過ぎた」



と、ベッドの上で膝枕をしてくださるエイナル様が、わたしの髪を撫でる。



「サジー酒の醸造所の親方に会って……」


「ふふっ。……コルネリアの『ジイちゃん』だね?」


「そうですわ。ジイちゃん……、元気にしてるかな……」



ポツリ、ポツリと思い出話に微笑み合い、そのまま、まどろみに落ちていく。


昼過ぎ。エイナル様に、やさしく起こしていただくまで、夢も見ずに眠っていた。


軍用外套を着せてもらい、雨のそぼ降る甲板に出た。



「よう! 起きたか。どうだ、スッキリしたか?」



と、メッテさんが笑顔で迎えてくれる。



「はいっ! お陰さまで」


「イグナスが、グジグジと私の肖像画を握り締めてたって辺りまで来たぞ!」


「はい……、船首に立ちます」



言い方……、と苦笑いしながら、甲板を進む。


両脇をメッテさんとルイーセさんが固めてくれ、わたしは堤防に目を凝らす。


堤防は草が青々と生い茂る、土堤。


草の根は、天然の網になって土の粒子を固く結び付け、雨風による堤防表面の浸食を防いでくれる。


増水時には、草そのものがクッションの役割を果たし、水流が堤防の土を削り取るのを食い止めてくれる。


生い茂る草は、堤防の強度の証でもある。


ただ、いまは破壊工作の痕跡も覆い隠しているはず。


手元に図面を持ち、目視と見比べながら、草の根元を思い描く。


船尾には狷介博士。


騎士たちも目を凝らしてくれる。


とにかく、かすかな違和感でも、いったん船を停めて確認する。


見付かるまで、何往復でもする。


堤防の向こう側では、ビルテさんが排水路の開削を始めてくれている。


破壊箇所を特定し、そこから排水路に水を誘導する水路を、早急に築きたい。


ブラスタとの国境まで至り、折り返す。


ジッと目を凝らす。


あたまの中では、堤防の構造と、ブラスタ側の小麦畑までの距離、そのほか様々な要素を計算し続けている。


さらに、折り返す。


三往復して、四往復目を下り始めたころ、雨雲が茜色に染まり始めた。



――今日は、無理だったか……。



夜間は、目視での確認が難しく、襲撃にも備えなくてはならない。


より大変になるけど、松明を頼りに堤防の上を徒歩で確認して回ることにしている。


今日は切り上げようかと思ったとき、雨の中だというのに、わたしの側で木炭を走らせていたサウリュスが首を傾げた。



「……これは、なにをしている?」


「え?」



知らずに付いて来ていたのかと、吹き出しそうになるのをこらえ、目的を説明する。


サウリュスが、ますます不思議そうな顔をして、首を傾げ、堤防を指さした。



「……あそこだけ、草の色が違うではないか」


「停めてください!」



わたしの声で、船が急停止する。



「え? え? どこですか?」


「だから、あそこ……、見て分からないのか?」


「見て分からないから、聞いてるんです」



陽が落ちようとしている。すこし、焦っていた。


メッテさんが、苦笑い気味に、サウリュスに声をかけた。



「……サウリュス殿。申し訳ないが、その色が違うというところを、まっすぐに見て、それから指さしてくれるか?」


「ん? かまわんが……」


「ふふっ。……珍しく、コルネリア陛下がハッキリとお焦り遊ばされている。はやめにやってくれると助かるのだが」


「あ、ああ……」



と、サウリュスが堤防の一点を見詰め、長い腕をまっすぐに伸ばして指さした。


わたしも身を乗り出して、その場所を見詰めようとしたとき。


外套を脱ぎ捨てたメッテさんの、スタイルのいいお身体が、弓なりに大きく後ろにしなった。


右手にお持ちの長柄の鉾槍(ハルバード)が、まっすぐ後ろに引かれ、次の瞬間、お身体の全体が前に大きく跳ね返る。


ながい銀髪が雨滴を飛ばして広がり、薊の刺青の映える右腕から、鉾槍(ハルバード)が堤防に向かって放たれた。


呆気に取られ、堤防に目を向けると、長柄の鉾槍(ハルバード)が土堤に深く突き刺さっていくのが見えた。



「す、すご……」


「サウリュス殿……。あそこでいいか?」



と、メッテさんが涼しげな表情で、額に張り付いた髪をかき上げた。



「あ、ああ……、そうだが……」


「だ、そうだ、コルネリア陛下」


「す、すごいパワーですね……。鉾槍(ハルバード)の柄が完全に埋まって、見えなくなってます」


「はははっ。私は、そんな馬鹿力じゃねぇよ。ありゃあ、堤防に穴があいてるんだ」


「え? 確定じゃないですか」



急いで、軍用高速船を堤防に寄せてもらう。



『私だって、出来るもん』



という顔をしたルイーセさんと、メッテさん、それにエイナル様と一緒に降ろした小舟に乗り込む。


着岸し、エイナル様におんぶしていただいて堤防にあがる。


メッテさんの鉾槍(ハルバード)が埋まったのは、かなり大河の水面に近い位置。


こんなに低い位置なのは想定外。


また、ギーダに裏をかかれたかと、苦笑いする。


そっと手を伸ばすと、鉾槍(ハルバード)の開けた穴があって――、



「布です……。布の上に土を張って、草を植えてカモフラージュされていました」



サウリュスも、メッテさんも、異能が過ぎると、わたしが唸ったら、



「はははっ! コルネリア陛下の異才には敵わねぇよ!」



と、メッテさんに笑われた。


だけど、陽が落ちる寸前、今日の内にテロの決行箇所を見つけ出せた。


ただちに、対策の検討を開始した。



本日の更新は以上になります。

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― 新着の感想 ―
サウリュス様相変わらず絶妙なタイミングでいいとこ取ってくwww
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