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2.冷遇令嬢は想像で遊ぶ

屋敷の門から足を一歩踏み出したとき、背中に羽根がはえたかと思った。


いつも、わたしが出ていかないか目を光らせていた騎士たちも、最敬礼で見送ってくれる。


グレンスボー子爵の差し向けてくれた馬車は、意外にも豪華で瀟洒なものだった。


外装には精緻な彫刻が施され、威厳さえ感じる。なかに入ると座面の深緑のベルベットはふかふか。長旅にも疲れそうにない。


リダレル王国の慣習で、わたしは婚約者としてグレンスボー子爵領に赴き、半年間の〈夫人教育〉を受ける。


お母様以外から何かを教わるのは生まれて初めてのことで、つい先日まで交戦状態にあった敵国に送られるというのに、浮き立つ心が抑えられない。


一緒に馬車に乗ってくれる侍女のカリスがクスリと笑った。



「コルネリア様は、そのように笑われるのですね」


「へ、変……、かしら?」


「いいえ、ちっとも。自然な笑顔がステキですわよ」



実は屋敷の侍女は全員、わたしへの随従を拒否した。


これまでも、わたし付き侍女はいなかった訳だし、ひとりで行くのもやむなしと思っていた。


けれど、輿入れにそれはあんまりだと、執事長が屋敷でハウスメイドとして働いていた孫娘のカリスを付けてくれたのだ。


カリスはツヤのある黒髪を前下がりショートボブにした、いかにも仕事の出来そうな、腰細女子だ。



「ね、ねぇ……、カリス」



なんだか照れ臭くて、出発を待つ馬車の窓の外に目を向けたまま話かける。



「はい、なんでしょう。コルネリア様」


「わたしのこと……、ネルって、呼んでくれない?」


「えっ? あの……」


「……お母様にそう呼ばれてたの」


「ですが……、私ごとき急ごしらえの侍女が、そのように馴れ馴れしくお呼びすることなど……」


「お友だちになってほしいなぁ……、なんて」


「ええっ!?」


「カリスは、わたしと同い年でしょ? 同い年の19歳」


「ええ、それはそうですが……」


「いないのよ……、お友だち。これからお嫁さんになりに行くグレンスボー子爵がどんな方か分からないけど、子爵夫人になるのなら社交も必要になるわよね?」


「……さようですわね」


「お友だちのひとりもいないのでは、人とどうお付き合いさせていただいたらいいのか分からないわ……。練習よ、練習」



そう言いながらも、自分がなにか変なことを言ってるんじゃないかと不安だ。



「分かりましたわ。……ネル様」


「ダメよ」


「……えっ?」


「お友だちなんだから、呼び捨てにしてくれないとダメ。……ふたりきりの時だけでいいから」


「ふふっ。分かりました。いえ、分かったわ。ネル」


「……もう一回」


「ネル」


「……もう一回」


「ネル。先は長いのよ? それに、お友だちとの友情は、ゆっくり築くものだわ」


「それ知ってる! 物語で読んだことあるわ!」


「……グレンスボー子爵家領まででも10日以上、ほとんど馬車でふたりきりよ?」


「ふふふっ。ほんとだ」



舞い上がっていた。


そして、馬車が出発し、初めて直に見る王都の市街に、わたしの目は釘付けになる。


思わず窓ガラスに顔をあてようとしたら、カリスにレースのカーテンをシャッと引かれた。



「な、なにするのよぉ……」


「ネルは、自分の顔面の破壊力を知るべきだわ」


「……破壊力?」


「綺麗過ぎるのよ、ネルは。街の人がみんなこっち見ちゃうわ」



それでも、レース越しに見える王都の街並みに心躍らせた。


行き交う人々を、一人ひとり、まじまじと眺めてしまう。


メイドや侍女は交代で世話してくれてたし、カリスにも面識はあった。父や義妹フランシスカも別邸に姿を見せた。領地の家臣が王都にのぼれば挨拶に来た。人間を見慣れてない訳じゃない。


だけど、想像の中にしかいなかった〈無関係な他人〉の息づかいに興奮した。


王都を抜けても、山に野原、大河では船に乗り、そのすべてがキラキラしてる。


子爵家の護衛騎士に頼み込んで、川縁でカリスと水遊びをした。季節は秋。水の冷たさが、気持ちよくてたまらなかった。



「冷酷な鬼将軍?」


「いやいや、陰険な策士タイプかも」



日が沈み、夜の闇に包まれた馬車のなかで、カリスとヒソヒソ、グレンスボー子爵がどんな方かと想像して遊んだ。


長年の敵対関係にあったリダレル王国の情報は、わが国に届きにくい。グレンスボー子爵のことは、誰も知らなかったのだ。



「……ネル。護衛騎士に聞いてみる?」


「ええ~っ!? そんなのつまらないじゃない。……それに、きっと主君のことは悪く言わないわ」


「それもそうね」


「……余計な期待をしたくないの。敵国との政略結婚だなんて」


「……ネル」


「ふふっ。わたし、このカリスとの馬車の旅の10日間が、一生でいちばん楽しかった思い出になってもいいの」



窓の外。深い夜闇のなかに、ちいさな明かりが見えてきた。


あれがきっと、今晩、宿を借りる村だ。



――嗚呼! 外泊だなんて!



今晩。わたしは生まれて初めて、自分のベッド以外で床に就くのだ。


わたし、寝付けるかしら? ウキウキワクワクして、ずっと寝返りを打ってそう。


そしたら、わたし、テラスに出るわ。


世界が寝静まった、静かな星空を見上げるの。


一生出られないかと思ってた別邸で夢見てた、外の夜空。きっと同じもの。だけど、世界で唯ひとり、わたしには違うもの。


カリスも、一緒に見上げてくれるかしら?


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