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195.冷遇令嬢は備えを厚くする

「知ってるか? コルネリア陛下は」



と、メッテさんが悪戯っぽく笑った。


軽口を叩こうとされるときのお顔。


幹部と思しき者が投降との報に、わたしが浮き足立つのを鎮めようとしてくださっているのだろう。



「ふふっ、なにをですか?」


「大親分ともなると、子分の下にも子分がいる訳だ」


「ええ……」


「その子分の子分は、大親分のことを『おじいさん』って呼ぶんだぜ?」


「へぇ~……、……えっ?」


「ふふっ、そうなんだよ。……私を『おばあさん』って呼ぶヤツがいるんだよなぁ~っ! うら若き乙女だってのに!」


「ふふふっ。……『姐さん』ではいけないのですね?」



メッテさんが笑って肩をすくめる。



「アイツらなりに、私に敬意を示してるつもりだからな。まあ、メッテばあさんで、精々頑張らせてもらうさ」


「まあ」


「……私から見たら、ひ孫分のチンピラが大魚を釣り上げてくれた。ばあさんは鼻が高いよ」



ふたりでクククッと笑うのを、狷介博士だけが笑って見ている。


クラウスは冷淡な表情で、ルーラント卿は曖昧な微笑み。法の番人たちにとっては、さして面白い話でもないのだろう。


威儀を改め、今後のことを打ち合わせる。


投降した幹部がカルマジンに到着するのは、明日夕刻の見込み。



「……まあ、ゲアタを付けた。手練れの子分を連れて出たし、途中、襲撃があっても退けられると思うんだがな……」



と、メッテさんが頭を掻く。


ルイーセさんや騎士団を護衛に回せば、無頼の顔を潰してしまう。


ここは、信じて待つしかない。



「……再審庁への出頭扱いとし、証言後の処遇はメッテさんにお任せいたします」


「そうか……、それは助かるな」



幹部を説得してくれたメッテさんの子分は、



――メッテに任せておけ。悪いようにはしない。



と、言い聞かせたはず。


わたしや王政が捕縛すれば、その子分さんの顔を潰すことになり、親分としてメッテさんの立場もなくなる。


裏社会に生きる無頼だからこそ、幹部を説得することができたのだ。


ここは、無頼の流儀に任せた……、



「場合によっては、私が斬る」



メッテさんは、目元に涼やかな笑みを浮かべ、こともなげに言った。



「……その野郎が、これまでに犯した非道の程度による」


「はい……」


「ご心配いただかなくても、無頼のメンツなんざ、その程度のもんだ。女王陛下のお気を煩わせるほどのもんじゃねぇ」


「……承知しました。わたしは、処遇はお任せすると申し上げました。どうぞ、メッテさんのご存分に」


「ふふっ。悪いな」



尋問は再審庁が担当。様子を見て、必要ならクラウスやルーラント卿に乗り出してもらう。


証言に有効なものがあれば、ただちに衛士団による捜査に移す。


いちばんほしい証言は「テロは中止になりました」だ。さもなくば、テロの標的箇所を証言してもらいたい。


メッテさんが、わたしに釘を刺す。



「ま……、それを知ってる大物だとは思えねぇけどな」


「ええ……」


「……組織の旧通貨をつかんで、安く投げ売りしての逃亡を企てた……。まあ、小物だ。上役の名前が出てくれば上々、実際は自分が出入りしてたアジトの場所を売ってくれたら御の字ってところだな」



たしかにその通りと、うなずく。


それと、この件に関わったメッテさんの子分は、全員がカルマジンに向かっている。


情報の流出を防ぐためだ。



「ま、庭先ででも、バッタリ出くわした女王陛下から褒詞のひとつも賜れば、感激させてやれるんだがな……」


「はい、承知しました。ばあやに取り計らわせます」


「……すまねぇ」



相手が無頼では、なかなか正式な謁見とはいかない。


しかも、いちばん殊勲のチンピラさんは、違法な金貸しを営んでいる。


偶然を装って声をかけるので、ギリギリ。


クラウスなどは、冷淡を通り越して憮然とした表情を隠せていない。


メッテさんとゲアタさんに、わたしがおおっぴらに会えるようになったのは、王女殿下と、その騎士団長という身分を得てのことだ。



「……これは、身分の壁なんて話じゃねぇぞ? ただのケジメだ」


「はい」


「コルネリア陛下がピカピカでいてくれるからこそ、私らも役に立てるってもんだ」



メッテさんを交えた打ち合わせを終え、次はナタリア。カリスとクラウスも加わる。


そして、リレダルから到着したばかりの老博士にも加わっていただく。



「ははは、……ご立派になられましたな」


「遠いところをお呼び立てしてしまい、恐れ入ります」


「……王配に『陛下』の尊称。大河の歴史を塗り替えられましたな」



挨拶もそこそこに、さっそく協議に入る。


短期間での通貨切り替えは、かなり乱暴な手段でもあった。


事後の混乱を最小限に抑えるため、金融学にもお詳しい老博士を招聘した。


まずは、ナタリアの配る資料に、皆で目を通す。



「野放図な前王政でしたが、水没文書の解読から、旧通貨のおおよその流通量を推計した資料がこちらです……」



そして、クラウスからの報告。



「……こちらは、現在における新通貨への交換状況。集計は昨日時点です」


「まずは順調ですね……」


「はい。なんらか正当な理由をもって、期限までに交換できなかった者に向けた追加対応はこちらにまとめました。……期限を迎えた後に公表します」


「……緊急策でやむを得なかったとはいえ、無辜の民が不利益をこうむることがないよう、柔軟な対応をお願いします」



そして、ナタリアとクラウスの資料を突き合わせると、塩漬けになっている現金、つまり闇組織が隠匿する資金が見えてくる。


強制捜査と、ナタリアたちの解析によって、資金洗浄は無効化されつつある。


隠匿資金は元の不正な闇資金に戻った。



「……交換されなかった旧通貨の分だけ、新通貨が王政の手元に残ることになり、大雑把な議論としては、それを王政の臨時収入と見做して差し支えありますまい」



老博士からのご助言に頷く。



「ただ、博士。……理論的には、一時的とはいえ通貨の流動性が著しく落ちることになりますわよね?」


「うむ……。資料を見させていただく限り、その懸念はあります」


「デフレーションが発生する可能性は……」



老博士が、ため息を吐かれた。



「……あります。しかし、それほどの巨額な資金が闇に流れて、テンゲル経済が回っていたとは……。別の研究対象になりそうですな」


「はい……、ほんとうに」



出回るおカネの量が急激に減ると、モノの価値に対して、おカネの価値が上がる、デフレーションが起きる。


物価は下がるけれど、大きな不況を招く可能性が高くなり、破産者や失業者が続出する、かなり危険な状態にもなり得る。


恐らくは、すでに浪費された隠匿資金も多いと思われる。どれだけ取り返せるかは、まだ未知数なところがある。


だけど、闇組織が旧通貨を交換せず、紙くずにすることを選べば、残った新通貨という形で取り戻したことにはなる。



「ただちに、被害者や被害国への補償に充てることで、通貨の流動性を確保し、デフレーションの到来を防ぎます」


「うむ。まずは、順当なところでしょうな……」


「それから復興を加速させる公共事業への投資額を積み増して……」



と、こまかな点まで、老博士の助言を仰ぎながら打ち合わせる。


たとえ、堤防破壊テロによって、わたしが失脚してしまっても、民の生活に迷惑がかからないよう入念に準備しておきたい。


途中から協議に参加してくださっていたエイナル様が、わたしをからかうように微笑まれた。



「心配し過ぎじゃないかな? ……この打ち合せが終わってから報告しようと思ってたんだけど、実は前王弟から早馬が届いたんだ」


「前王弟……、伯爵から?」


「うん。……前王弟に、旧通貨を持ち込んだ者たちがいる」


「え?」


「ふふっ。……前王政に参与していた前王弟は、コルネリアの治政に不満があると見込んだんだろうね。だけど、それをボクに密かに報告し、指示を仰いできた」


「さ……、さすがですわ……」


「ん?」


「……前王弟と、そこまで密な関係を築かれていたとは……」


「ふふっ。ボクは『仲良くしようね』って言っただけだよ? ……コルネリアの治政が盤石だからだと思うな。いまさら、テロぐらいで権威が揺らぐことがないほどに」



老博士が、深くうなずかれた。



「いや、まさにエイナル陛下の仰る通り。……遠くリレダルで拝見しておれば、なおのこと、それがよく分かりましたぞ」


「老博士まで、そのような……」


「コルネリア陛下は、大河六王国を武力で従えたのではありません。……大河の五王から望まれ、いわば推戴されて盟主の座に就いたのです。これが、いかに凄まじい権威となっていることか……」


「ありがとうございます。心強い限りですが、……テロは防げるに越したことがありません。いえ、どうしても防ぎたい……」



わたしの言葉に、皆がうなずいてくれた。


前王弟に旧通貨を持ち込んだ者たちは、闇組織の人間である可能性が高い。


いまは泳がせているとのことだったので、騎士団から、陰働きの騎士を急派して正体を探らせることにした。



「……また、エイナル様には心配性だと笑われるかもしれませんが」


「うん、なに?」


「闇組織の統制がとれなくなっているのではと、心配です……」



新年の大火に続いた放火未遂。


現場を押さえ、チーズ屋の主人を捕縛したのだけど、あれから、一度も放火は行われていない。


手口を読まれたと犯行を控える、理性的なところが闇組織からは窺えていた。


けれど、凶暴であることに変わりはなく、巨大な組織がバラバラと無秩序に動き始めるのも心配だ。


エイナル様が、わたしを労わるような、すこし寂しげな表情を浮かべた。



「……それからね、コルネリア」


「はい……」


「新規国債の噂に喰い付いてきた者たちの中に、やっぱり、コルネリアが懸念していた名前があったよ」


「……そうですか」



柳の組合――、カルマジン近郊の港町にある水運事業者組合。


善良そうに見えていた、柳のじいさんとラヨシュたちが、わたしの仕掛けた罠にかかってしまった。


これまで、何度も捜査線上に浮かんでいた〈柳の組合〉への、再度の内偵をクラウスに命じた。



本日の更新は以上になります。

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