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191.王配殿下の最後の日

カルマジンに豪華な馬車が次々に到着してくる。


ボクのカルマジン公への叙任式は、清流院で執り行われることになった。



「……騒がせて申し訳ないね」



街の者たちに謝ると、高揚した表情で、ボクの叙任を喜んでくれる。



「いえいえ、エイナル殿下を儂らのご領主様にお迎えできるとは! なんと、光栄なことでしょう! それに、高貴な方々とお付きの方々のお陰で……、儲かってます」


「ふふっ。じゃあ、商売に精を出さないとね」



と、ボクが微笑むと、皆が意気込む。



「せっかくカルマジンに来たのだからと、真正緋布も茜緋布も、とにかく緋布の注文が殺到してるんです!」


「それは良かった」


「儂らが儲けて納める税が、エイナル殿下に使っていただけると思えば、商談にも張り合いが出るというものです!」



税を納めることが、あたかも楽しいことのように語ってくれる。


こんなに領主冥利に尽きることがあるだろうか。


コルネリアの布く公正な治政。納めた税が、自分たちの暮らしを良くするために使われているという実感。


王位と王国の品位を保つ、他国に恥じない華麗な儀式や儀礼は維持するけれど、すぎた贅沢はせず、決して貧相でもない生活。


それらすべてのコルネリアの統治姿勢が、民からの絶大な支持となっている。


ボクは、カルマジン公として、そして、女王コルネリアの王配として、その名に恥じない統治を行わなくてはならない。


急ぎ召集されたテンゲル諸侯たちの馬車がすべて到着すると、続いて、大河流域五王の馬車が到着してくる。


それぞれ儀仗隊を率いた、華麗なる隊列がカルマジンへと入る。


雨の中だというのに、コルネリアとボクが初めてカルマジンに到着したときのように、沿道には住民が押し寄せ、王の到着を大歓声で出迎える。


清流院ではテンゲル諸侯がすべて立ち並び、王の到着に敬意を表す。


それが、1日に5回。


宿舎の割り当てに、ばあやとウルスラがてんやわんやだったけれど、どうにか、みな様方を無事にお迎えできた。



「……大河委員会の枢要機関、清流院に大河の六王、すべてが揃うことに意味がある」



と、リレダルの国王陛下が、ボクにお声がけくださった。



「わざわざのお出まし。痛み入ります」


「……本日をもって、ブラスタとポトビニスが、大河委員会に正式加盟。大河流域国家はコルネリア陛下の知性と、エイナル……、いや、エイナル殿下の提唱された『大河の民』の理念のもと、ひとつになる」


「……恐れ入ります」


「清流院が手狭とのことで、大公にそなたの勇姿を見せられなんだは残念だが……、大公もいま手一杯だ」


「え?」


「……後ほど、コルネリア陛下のお耳にも入れるが、テンゲルから亡命していた王子のひとりが大公領から姿を消した」



リレダル王の眉間に険しいシワが刻まれる。



「逃げたのか、(さら)われたのか、まだ詳細は分かっておらんが……、タイミング的に、強制捜査と無関係とは考えにくい。それに、実は西方がきな臭いという話もある」


「……西方が?」


「大公領に出入りする交易商から、西方の戦支度が聞こえてくる」



ただし、その刃がこちらに向くのか、西方諸国内での戦乱の兆しなのかは、まだ判然とせず、急ぎ領地に戻った父上が、情報収集にあたっているとのことだった。



「エイナル殿下……、こうお呼びするのも、これが最後。エイナル陛下。闇資金問題に引き続き、大河流域国家が力を合わせて対処しなくてはならない場面が、早々に来るやもしれん」


「……心いたします」


「そのとき、軸となるのは、コルネリア陛下とエイナル陛下であられる。……大河とリレダルの未来を、よろしくお願い申し上げる」



大公世子としては、いまだ主君であるリレダル王に深々と頭をさげていただき、恐縮すると同時に、身が引き締まった。


控え室に向かう途中、前王弟の伯爵に呼び止められた。


姿を消した亡命王子から見れば叔父にあたる。


なにか知っているかもと、探りを入れるのだけど、ただボクに祝いの言葉をかけたいだけのようだった。



「しかし……、コルネリア陛下は本当に怪物ですな。あ、いや、いい意味でですぞ、いい意味で、怪物。う、美しく可憐な怪物」


「ふふっ。きっと、コルネリアは気にしませんよ?」


「ははっ……、失言でした」


「ここだけの話ということで」


「……あのとき、素直にテンゲル水軍の軍権を引き渡した儂を、自分で褒めてやりたい気分です」



テンゲル動乱時、前王弟は抵抗することなく、コルネリアに水軍を引き渡した。


動乱平定をスムーズに終わらせた、影の立役者と言ってもいい。



「……エイナル殿下。儂も息子も、王家への復帰は望んでおりません。伯爵としてコルネリア陛下への忠勤に励む覚悟」


「ありがたいことです」


「どうぞ、コルネリア陛下にも、よしなにお伝えくださいませ。……逆心を抱くようなことは微塵もないと」



心配は分かる。前体制で枢要な地位を占めていた前王弟は、潜在的には不満分子と見做さざるを得ない。


だけど、テンゲルの安定した復興と治政。さらに、大河委員会の発展。一斉強制捜査に見られる、大河流域国家へのコルネリアの優れたリーダーシップ。


コルネリアの権威と権力は増大する一方。


前王弟からすれば、自分は歯向かうつもりなどないと、ボクに取り成しを期待しているのだろう。


彼らを慰撫し、手懐けるのも、これからボクの重要な役目になっていく。


忠義を疑うようなことはないから、安心して忠勤に励むよう伝え、前王弟と別れた。


そして、叙任式に臨む。


今後、カルマジン公の称号はテンゲルの王妃、王配に受け継がれるとコルネリアが宣し、盛大な拍手で祝われる。



「うむ。この佳き日より、大河の民の理念を提唱された偉大なる王配エイナル殿下を、ぜひにも〈陛下〉とお呼びしたいと思うが……」



レオナス陛下のお言葉に、バーテルランド王が呼応する。



「おお、それは良い。わが王妃も陛下。いささか、不自然に思っておったところ」



こまかな文言まで、事前の外交交渉で調整済み。大河の諸王が、次々と、順に声をあげ賛同を表明してくださる。


正直、こんなに緊張したことはない。


すべての段取りを知らされているというのに、5人の「陛下」から、「お前も陛下にならないか?」と言われるのだ。


かいた覚えのない汗をかく。


視線が定まらず、ふと、リエパ陛下のお姿に目が止まりギョッとした。



――はやくも、ほっそりし始めてる……。



お会いしたのはつい先日。今日のために無理なダイエットに励まれたのではないかと、すこし心配になる。


だけど、すでに美貌の片鱗が垣間見える。


目が合って、たがいにニコリと微笑みを交し合った。


すべての王が、レオナス陛下の提案に賛意を表し、クラウスが、コルネリアの前で片膝を突いた。



「大河の五王、そろわれましてのご提案。コルネリア陛下、いかがなさいますか?」


「……ありがたきお申し出。わたしとしては、謹んで拝受したく思いますが、諸侯らの存念はいかがでしょうか?」



列席するテンゲル諸侯から、盛大な拍手が巻き起こり、ボクに「陛下」の尊称が贈られることが正式に決定される。


すべての国王は、独身のイグナス陛下を除き、王妃もお連れになっている。


大河流域六王国の国王と王妃、そして女王と王配、合計11の玉座が並べられ、ボクはコルネリアの隣に腰を降ろした。


11人の陛下。


ボクは、そのひとりになった。



「ふふふっ……。これからも、よろしくお願いしますわね、エイナル陛下」



割れんばかりの拍手に包まれる中、ボクに顔を寄せ、声を潜めて囁くコルネリアが、照れ臭そうに微笑んだ。



「こちらこそ、よろしく。……コルネリア陛下」


「ふふっ。……ね、ねえ、エイナル陛下? メッテさんをご覧になってください」


「ん?」



ボクを「陛下」と呼びたくて仕方ないんだろうなというコルネリアが、微笑ましくて愛らしい。


苦笑いして、視線をやれば、貴賓席に座るメッテ殿が、なんとも言えない難しい顔をしていた。



「ふふっ……。こういうとき、独身の国王は近縁の方を王妃の代理に連れてこられるものですが……、イグナス陛下が敢えて空席にされたことに、照れてるんですわ」


「あ……、そういう」


「王妃の席は空いてるんだけどな~、って、メッテさんへのメッセージなんですよ、きっと。……ふふふっ」



楽しげに笑うコルネリア。


会堂の隅では、サウリュスが木炭を走らせている。



――ナタリアが言うところの〈サウリュスの恋心〉に、コルネリアは気付いているのかな……?



と、チラッと、コルネリアの横顔に目をやる。


いや、気が付いていれば、サウリュスにとっては苦行のようなモデルの時間を、コルネリアが止めてやらないはずがない。


ナタリアの思い込みかもしれないし、ボクから言うことでもない。


いつか絵が仕上がったとき、その絵に答えが描かれているのだろうと、密かに楽しみにしておくことにしよう。


そして、コルネリアが立ち上がる。


レオナス陛下に提案への謝辞を述べ、大河委員会への正式加盟を求める。



「……大河の諸王をリードされたレオナス陛下とブラスタ王国を、大河委員会の心強い仲間として、ぜひともお迎えしたく存じますわ」



これをレオナス陛下が受諾され、現在はオブザーバー参加のヨジェフ陛下も正式加盟を表明された。


ついに、大河委員会に、大河の六王国がすべてそろい、議長のコルネリアは名実ともに、大河の盟主となった。


すべての場面に立ち会ったテンゲル諸侯は、表情を高揚させている。


コルネリアが、穏やかな声音で語りかけた。



「今日の佳き日。親愛なるテンゲル諸侯のみなに祝ってもらえたことを、深甚に思います。……わたしとエイナル陛下は、これからもテンゲル王国の未来のため、大河の平和のために尽くすでしょう」



万雷の拍手が、コルネリアを包む。


やがて、拍手がおさまり、ふたたび皆がコルネリアの言葉を待った。



「……本日のエイナル陛下のカルマジン公就任、および大河の五王がそろって祝してくださったことを記念し、テンゲルでは新通貨を発行いたします」



大きなどよめきが会堂を包む。



「クラウス枢密院議長のもと、すでに準備は万端。現行の旧通貨はすべて廃止とし、テンゲルの新時代を象徴する新通貨への切り替え期間は2週間とします」



コルネリアとボクの姿が描かれた、テンゲルの新通貨が、皆にお披露目される。


すこしだけ、照れくさい。


闇の勢力には痛撃となる、新通貨への切り替え。


隠匿している資金を新通貨に交換しなければ、それは無価値となる。


だけど、交換する際には、すべてが記録に残り、隠匿資金の在り処が露見する。


コルネリアの繰り出した究極の一手。



「……法の側が握る権力を、甘く見られては困りますから」



静かに、コルネリアは微笑んだ。


切り替え期間が2週間というのは、かなり性急なスケジュール。


だけど、大河の水位があがり、堤防破壊テロの恐れが高まる前に、闇組織の本体をあぶり出すための強行手段だ。


ボクのカルマジン公就任、そして陛下の尊称。大河諸王の参集。慶事が重なり、新通貨の発行自体は決して不自然ではない。


テンゲル王国全体が祝福ムードに沸き立つはずだ。


ボクはともかく、コルネリアの姿が描かれた新通貨を一刻も早く手にしたいと、皆が交換に殺到するはず。


そして、コルネリアは闇の勢力を追い詰める、さらなる一手を繰り出す。


ボクは、女王コルネリアの王配陛下として、公にもそれをサポートしていくことになった。



本日の更新は以上になります。

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