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190.王配殿下は馬車でお出かけ

ボクが〈お出かけ〉に誘うと、コルネリアは本当に嬉しそうにパァッと笑顔を広げ、激務に追われる多忙な中、イソイソと時間をつくってくれた。


とはいえ、雨期に入って外は雨。


ふたりで馬車に乗り、カルマジンの街を見て回るだけの、ささやかな〈お出かけ〉。


警備の厚いカルマジンではあるけど、襲撃への備えとして、外套をまとったルイーセが矛を手に伴走してくれている。



――やっとか……。



と、呆れたようなルイーセの視線に苦笑いしながら、雨の中の護衛に感謝した。


ふたりきりの馬車の中。


ボクは、コルネリアの治世、今後20年の見通しを語り、


テンゲルと大河流域の100年を見透す、コルネリアの類稀なる知性に圧倒された。



「……カルマジン公の称号と領地は、エイナル様に贈るのではないのです」



おずおずと、ボクの顔色を窺うようなコルネリアの表情には見覚えがあった。


あれはまだ、コルネリアがグレンスボーに到着したばかりの頃。


自分の知性と学識は隠さないといけないものだと、



――貴族女性はバカでないといけない。



と、コルネリアが堅く心を閉ざしていた頃に、時折、ボクに見せていた表情だ。


今頃になって、またコルネリアにこんな表情をさせてしまったことに、痛烈な後悔と反省を覚える。


だけど、いまはボクの後悔なんかどうでもいい。今夜にでもまた、クラウスに一杯付き合ってもらおう。


コルネリアが続きを話しやすいようにと、表情を緩めて、頷いた。



「……カルマジン公の称号は、この先の王妃、王配が代々継承していきます。そのような制度をつくります」



唸った。次代の王妃はテンゲル諸侯から出るだろう。


ボクが〈よそ者〉であるだけに、「次の王妃は、是が非でもテンゲルから」という声が、必ず諸侯からあがる。


通例、貴族令嬢が王妃となる際には、実家である諸侯家からの相続領を保持したまま嫁ぎ、その領地の税収は、王妃の暮らしと格式を維持する経費になる。


そして、その領地は後に王家領へと編入される。


王妃を輩出することは、諸侯にとって名誉であり、外戚としての影響力を獲得すると同時に、領地を漸減させる痛みを伴う。


だけど、カルマジンが最初から『王妃領』として用意されているのなら……、



「……わ、わたしたちの、む、息子のお嫁さんになってくれる令嬢には、相続領を実家に返し、なんの気兼ねもなく『手ぶら』で嫁いできてほしいのです……」



と、コルネリアが頬の上側をポッと赤くした。



「……わ、わたしが、エイナル様にほとんど『手ぶら』で嫁いでいったように……」


「うん……」


「それに、む、息子が……、相続領を持たないような家柄の娘と恋に落ちても、超えなくてはいけない障壁がひとつなくなります。……本当に好きな人と結婚できる素地になります」



財政面だけで言えば、平民から王妃をとることも不可能ではなくなる。


王妃になってから領地を賜るよりも、王妃の地位に領地がついてくるなら、遥かに抵抗が低い。


いや、先に『女公』の地位に就けることもできるのか。


形式的には、カルマジン女公に封じた後、王妃とすれば身分の壁も超えられる……。



「……サウリュス殿のお母様にも、王妃領があれば良かったのですけど」



と、コルネリアがすこし寂しげに笑った。


別の側面から見れば、王妃の権威は外戚ではなく『王妃領』に由来することになる。


相続領で王妃と繋がらない外戚は、影響力を減じるだろう。


王妃は、最初から王家の人間になる。


外戚となった諸侯だけに権力が偏ることはなくなり、諸侯全体で見れば悪い話ではない。


さらに、国際的な要地となったカルマジンの領有権は、常に「王妃」という地位に紐づけされるため、絶対に王家の手から離れない。



「……だけど、それは次代からでもいいんじゃないかな? ボクの後ろには、どうしてもソルダル大公家が見え隠れする」


「失礼ながら……」


「ううん、失礼なんてないよ。コルネリアの考えてること、なんでもボクに聞かせて」


「は、はい……、嬉しいです」


「うん」



はにかむコルネリアの笑みに、これまでどれほど寂しい思いをさせてしまったのかと、胸が締め付けられる。



「……いまのままでは、むしろ、いずれは枕頭(ちんとう)政治の批判を免れ得ません」



枕頭政治――、王を私的に惑わす枕元の囁きが、王政を乱す原因だと、非常に否定的な意味で使われる言葉。


妃や愛人が(ねや)から政治に介入する、閨房(けいぼう)政治に極めて近いニュアンスの言葉だ。



「エイナル様が表舞台での口出しを控えれば控えるほど……、裏でコルネリアに囁いているのではないかとの疑念を招きます」


「……そうかもしれないね」


「なにせ、()()サウリュス殿が、わたしの王政の黒幕では? と疑うのが世の中というものです」



コルネリアが「あの」に力を込めるのが、すこしおかしくて、我慢しきれず、ふたりでクククッと笑った。



「……ですから、エイナル様にはカルマジン公として枢密院に議席を持っていただきます。正式に発言する権利と義務を負っていただくことで、私的な枕元の囁きではなく、公的な献策として透明性を確保します」


「その権利と義務は先例として、今後の王妃が受け継ぐこともできる……」


「そうです! ……王位継承が男性優先で続くのは伝統かもしれませんが、王妃の王政への参画を阻むのは……、わたしには、しっくりきません」


「……それは、いずれ諸侯家の令嬢や夫人の地位向上、ひいては民にまで広がるだろうね」


「はい。そう願っています」



わたしが男に生まれていたら、父は軟禁し続けただろうか――。


コルネリアが漏らしたことのある疑問に、一定の改善策を示している。


すべてが解決はしなくとも、立場の弱い令嬢が守られる文化を、貴族の間に育む最初の種を蒔くことにはなるだろう。


あるいは、王妃に枢密院での発言を許すと定めるよりも、最初が王配のボクであることが、逆に貴族の反発を抑え、実現のハードルを低くするかもしれない。


諸侯からすれば、公に表明されるボクの意見は、公に反論することもできる。


女王の御前で議論を戦わせられる。


女王の裁定の公正さが問われることにはなるけれど、もしも、身びいきな裁定を下しても、それは白日のもとに晒される。


枕頭政治だとの批判は、未然に防げる。



「……それで、エイナル様には申し訳ないのですが……」


「うん、なに?」


「ふだんは、カルマジン公としての収入だけを、暮らし向きの経費に充てていただきたいのです……」



ボクの経費は、グレンスボー子爵領をはじめとした、ソルダル大公世子として受け取るもので賄っている。


それを、きちんと線引きすれば、他国からの干渉ではないかという諸侯の懸念は、いくぶん解消されるだろう。


ボクが、テンゲル王国にあってはテンゲルの人間であろうとする姿勢を示せる。


コルネリアも、エルヴェン公爵領とモンフォール侯爵領から受け取る経費を、一時的にテンゲルの復興に回すことはあっても、すべて返済している。


その土地の税収は、その土地に還元するという、コルネリアの姿勢は徹底している。


復興後のテンゲルの利益を、他国に回すのではと懸念する者はひとりもいない。



「……つまり、エイナル様が『初代カルマジン公』になられることは、未来のテンゲル王妃のため、ひいては諸侯家のために、地位と制度を整える〈奉仕〉であって、大公家からの〈干渉〉ではないと……、諸侯も理解するでしょう」


「なるほど……」


「さらに……」



まだ、あるんだ……、と頬を緩め、続くコルネリアの言葉に、さらに驚いた。



「……ブラスタのレオナス陛下より、カルマジン公叙任を祝し、エイナル様に『陛下』の尊称を奉ることを、大河の諸王に提案してくださる手筈が整っています」


「ん? ん? ん? ん? ……え? レオナス陛下が? 諸王に? ボクに? ん?」


「すみません……、驚かせてしまって」


「あ、いや……、いいんだけど……」


「レオナス陛下は『大河の民という偉大な理念の提唱者であるエイナル様への称賛』として、諸王に提案されます。……カルマジン公就任はキッカケにすぎません」


「あ……、うん」


「……最初にバーテルランド王が賛同してくださり、続いてリレダル王、クランタスのイグナス陛下、そして、ポトビニスのヨジェフ陛下の順で賛同を表明してくださることになっています」



完全に根回し済みで、賛同を表明する順番まで決まっているのかと舌を巻く。


クラウスの仕業か、ケメーニ侯爵の手腕か、いずれにしても構想したのはコルネリアだろう。



「……レオナス陛下は、ご自身の提案が諸王に広く受け入れられることで、大河流域国家でのイニシアチブを発揮。ブラスタ国内での威厳を大いに高めます」


「う、うん……、そうだろうね」


「リレダル王は統合幕営を提唱され、イグナス陛下は秘密協定を主導されました。最初に賛同を表明していただくことで、すこし影の薄いバーテルランド王の顔を立てます」



ボクの処遇をめぐって、大河流域の諸王を完全に手玉にとっている。


ただただ、感服する。



「……ポトビニスのヨジェフ陛下から、たくさんご助言を頂戴しましたのよ?」



と、コルネリアは、可愛らしく可憐にはにかんだ。


外交巧者で鳴らすポトビニスの王が、いまやコルネリアの謀臣であるかのようだ。


恐らく、この件の根回しは、クラウスでもケメーニ侯爵でもなく、ヨジェフ陛下にやらせたのだ。


そのこと自体が公にはならなくとも、大河の諸王の間で、ヨジェフ陛下は一目を置かれることになる。


小国ポトビニスとしては、充分な果実。


賛同表明が最後になることは、むしろポトビニスの勲章になる。


コルネリアの采配の鋭さに、呆れるほどの感嘆を覚える。



「……わたしから『エイナル様を〈陛下〉と呼べ』と命じたのでは、すこしカッコ悪いですし、諸侯も反発するでしょうし……、レオナス陛下には助けられましたわ」


「う、うん……、そうだね」



コルネリアは目をほそめ、神々しいまでに美しい微笑みを浮かべた。



「大河の諸王にご自身の提案を呑ませるレオナス陛下は、先般の和解を受け入れた〈外交的敗者〉から、大河外交の主導者のひとりへと、立場を大きく向上させます」


「……そ、そうなるか」


「はい、必ずや。……それを背景に、国内での〈弱腰批判〉を鎮め、わたしたち大河の諸王からの求めに応じ、大河委員会に正式加盟する運びです」


「うん……」


「……それは、大河の国際河川化への道を拓き、ひいては、大河百年の平穏の、礎となるでしょう」



深謀遠慮を超え、神算鬼謀の域。


なにもかもが高度で、重層的に絡み合いながら、多方面への解決策になっている。


クラウスが、自分の口から説明してくれなかった理由がよく分かる。


コルネリアの考えが、あまりにも多岐にわたり、ひと言で説明することも、真意を損なわずに伝えることも難しい。


要するに、すごい。


ただただ、圧倒される。


コルネリアが、頬をさらに紅くして、窓の外に顔を向けた。



「へへっ……。はやく、ふつうの国王夫妻のように、『陛下』って呼び合いたいですわね」



コルネリアは、決して諦めない。


こういう言い方は、本人には絶対に聞かせられないけれど、



――19年幽閉されても〈外の世界〉を決して諦めなかった。



可憐な微笑みの向こうに、その凄味を思い知らされた。


ボクは、すごい人を奥さんにした。



「え? ……まだあるの?」


「はい。すみません、長々と……」


「いや……、いいよ。ぜ、全部聞かせてほしいな……」



そして、コルネリアは、頬を紅くしたまま、ボクのカルマジン公就任が、闇の勢力を追い詰める、究極の一手にもつながることを語って聞かせてくれたのだった。



本日の更新は以上になります。

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エイナルが20年先を見て動いていたら コルネリアは100年先を見据えていたとw
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