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179.冷遇令嬢は義妹を追い出す

「高貴な身分にあるお方が、そのような言葉遣いをされるべきではありませんわね」



と、わたしを優しく嗜めてくれたばあやも、目を丸くして口をキュッと真横に引き締めたので、



――マジでございますか?



と、上品に驚いたのに違いない。


あの豪雨の夜、突如エルヴェン総督府に押しかけたフランシスカの相手を、ばあやも一緒にしてくれた。


リサ様の同級生でもあったし、フランシスカのことは、ばあやもよく知っている。


ともあれ、ばあやの持ってきてくれたサンドイッチをいただいて、一旦、落ち着く。


ナタリアからの報せによると、フランシスカのサインが見付かった船荷証券の控えは〈幽霊船荷〉が記載された不正なものだと、既に確認が完了しているとのこと。


わたしの縁者ということで、厳重な調査を優先的に行なってくれたらしい。


ほんと、申し訳ない。


そして、ナタリアは事実が確定する前、サインが発見された段階から、カリスに相談してくれていた。


一緒に届いた、カリスからの書簡。



――フランシスカ様口封じのため、暗殺の恐れあり。ただちにカルマジンへ移送を。



カリスは、フランシスカの身を案じているだけではない。


現在のところ、機密保護のため船荷証券の控えにサインした証人への尋問は控えている。


貴族も多いし、騒ぎになれば捜査の進捗を闇の勢力に察知させてしまう。


でも、フランシスカなら遠慮なく尋問できる。


恐らく、フランシスカに限らず、証人たちは利用されただけの〈善意の第三者〉。


だけど、闇の勢力と接点を持ったことが確実な〈善意の第三者〉だ。証言は貴重で、得られるものなら得ておきたい。


カリスの意見は、



――更生状況を確認すると名分を立て、父君諸共、カルマジンに召喚すべき。



というもの。


確かに、今後、父がサインした船荷証券の控えが発見されないとも限らない。


父もフランシスカも、おカネには困っていた。モンフォール侯爵領の堤防を補修する費用も捻出できないほどに。


ふたつの書類を見比べサインするだけで謝金がもらえるのなら、いい小遣い稼ぎになっていた可能性は充分にあり得る。


にしてもだ。


わたしが闇の勢力なら、証人には『扱いやすい人物』を選ぶ。


足元を見ることができ、多少の不自然さを感じ取られても、謝金に目を眩ませ、口をつぐんでいてくれる。


そういう人物だ。


それに、そもそも侯爵令嬢が請け負うような仕事ではない。


まがりなりにも、モンフォール侯爵家は高位貴族だった。


ほかに確認できている名前は、よほど高位でも爵位を継げない伯爵家の次男三男クラス。多くは男爵か准男爵。あるいは爵位を持たない在地貴族。



――おカネに困ってます。



と、緋布を購入する王侯貴族や聖職者に宣伝するような、恥も外聞もない、高位貴族にあるまじき行いだ。



「罰を定めて一年以上。まだ、わたしを赤面させてくれるとは……、偉大な義妹(いもうと)ね」



義妹といっても父はおなじ。厳密に言えば異母妹だ。


わたしを軟禁していた19年間。


ご飯を抜いたり、わたしを虐げていた間、〈外の世界〉でも、どれほど恥知らずな行いを重ねていたのかと、うんざりする。


いわれなき軟禁を世間から隠そうと散財し、お母様の遺品で着飾り、悪臣につけ込まれて公金横領にまで手を染めていた。


血のつながりがあるとは、いまだ気持ちの上では認めたくない。義理の妹で精一杯。


いまは姓も異なる訳だし。


カリスの助言に従い、手配を開始する。


レオナス陛下とリエパ陛下に頭を下げ、軍船にお移りいただく。


フランシスカと父を保護するのに、いま乗っている高速船が最も船足が速いのだ。


女王旗と国王旗の移動を伴うので、必要な儀礼があり、両陛下とエイナル様とも並んで立ち会う。心苦しい限り。


両陛下のご移動はエイナル様にお願いして、わたしはモンフォール侯爵およびエルヴェン公爵として、フランシスカと父の移送命令にサインする。


さらに、テンゲル女王として、罪人であるふたりをテンゲル王国内に受け入れ、カルマジンへの移送を命じる勅令にサイン。


クラウスには、カリスから連絡が行ってるけど、わたしからも一筆したためる。


カリスから推薦があり、髭ヅラの騎士に移送の指揮を命じて、任務を発令。


わたしも、騎士団長兼大将軍のビルテさんも居合わせてる以上、略式であれ正式な儀礼を開かざるを得ない。


大仰な発令式を手早く終えてから、髭ヅラの騎士の耳元に顔を寄せる。



「……ごめんね。なんだか、わたしの私用に使うみたいで」


「い、いえ、とんでもない! 勅命を受けるは騎士の誉れ。大切なお役目に、身の引き締まる思いです!」



と、使命感に顔を紅潮させてくれるのが、かえって申し訳なくて仕方ない。


以前、エルヴェンで護衛に付いてくれたとき、おかみさんからもらった洋梨を分けたら美味しそうに食べていた。興奮気味だったし、洋梨がよほど好きなのだろう。


今回のお詫びにまた洋梨を贈っておこう。


わたしも軍船に移り、高速船の出発を見送る。


詳しい事情をご説明していない、レオナス陛下とリエパ陛下も並んで見送ってくださり、ますます心苦しい。


すべてがフランシスカの身の安全を図るためだと思うと、ダメージが大きい。


かといって、急にエルヴェンの燻製小屋の警護を手厚くするのも不自然だ。なにがあったのだろうと関心を引きかねない。


素早く、もっとも警備が厳重なカルマジンに移送してしまうという、カリスの助言は正しい。


ゆったり遡上しながら、堤防をこまかく点検する復路の視察に高速船は必要ない。


大型軍船に女王旗と国王旗が悠然とはためく姿も勇壮で、両国の和解と友好を象徴するだろう。


理屈では解かっているのだけれど、気持ちはモヤモヤする。


そして、わたしの気持ちを察して、カリスはこと細かな助言を書き送ってくれたのだろうと、苦笑いもする。


ふたたび艦隊を出発させ、軍船の船首に立って両岸の水防に気を配る。


ペチペチッと、両頬を叩いて、目から耳から肌から入ってくる情報に集中する。


暗い話をすればキリがない。


フランシスカは、証言と引き換えに赦免を求めてくるんじゃないかとか、貴族籍への復帰まで求めて来るかもとか、意味の分からない屁理屈で移送を拒んで髭ヅラの騎士を困らせたりするのではないかとか、そういえばメッテさんがカルマジンに最初に到着したとき、



――そうそう、陛下。燻製小屋の妹君に会ってきたぞ? ……今が、いちばんウザい時期だった。すこし遠い目をして髪をかき上げ『ふっ、私も昔はね……』とか爪を見ながら言っちゃう時期だ……。



とか仰ってたな……。


などと、いま考えても仕方ないことで、頭をグルグルさせてしまう。



「コルネリア陛下?」


「は、はいっ!」



メッテさんの声で、我に返る。


ふり向くと、メッテさんが苦笑いしていて、その後ろにはレオナス陛下が立たれている。



「……妹君に夢中なところ悪いんだが」


「あ、いえ……」


「ふふっ。ちゃんと堤防を見てることは分かってるよ。意地悪を言ったな」


「そうでもありません。……メッテさんのお声で視界がクリアになりましたわ」



と、自分に苦笑いする。



「そうか。……なら、ついでにレオナスの相談に乗ってやってくれ」


「相談……、ですか?」


「堤防の点検をしながらのついで、途切れ途切れでいい。……国王として真正面からは相談しにくい事柄だ」


「あ、はい……」


「……ブラスタも国を富ませるため、本格的に交易の振興に乗り出したいそうだ」


「ああ……、それはいいですわね」


「私に答える体裁で、ご助言を賜わればってヤツだな」



国の大きな方針を国王が他国の女王に問うたとなれば、あとで問題になりかねない。


側近か第三者の問いに答える体裁をとることは、歴史上にもよく見られる。レオナス陛下はそれを〈立ち聞き〉されただけ、ということになる。



「……そうですわね」



視線を河岸に戻しながら、想を練る。


自然と頭からフランシスカが追い出されていき、逆に集中力が高まるのを感じた。


レオナス陛下の発案ではなく、メッテさんのお気遣いなのでは? とか、余計なことも考えないようにする。



「……急激な転換は、民の貧富の差を拡大させてしまいます」


「ほう……」



あくまでも、わたしの話し相手はメッテさんだ。


相槌もメッテさんが打ってくださる。



「富の流通を握った一部の者だけが豊かになり……、小規模な農夫の離農を招けば、農地は荒廃。農業国であるブラスタの根幹を揺るがす事態にもなりかねません」


「……なるほどな」


「……まずは、王政の主導で農夫に『特産品』の開発を奨励。……各地の気候や土壌にあわせ、果物、織物、酒、蝋燭、紙、陶芸、チーズ……。農夫に小麦以外の収入源を確保させ、離農を防ぎます」


「ふむ……」


「その上で、管理貿易港を定めること。特定の港でだけ大規模な交易を許可し、自国の特産品を保護……」


「うん」


「さらに主要な商人たちにギルドを結成させ、独占的な営業権を認める見返りとして、商品の品質保証、価格安定、流通管理を義務として課し、搾取が行われていないかを厳しく監督して、ただし意欲的な若者の新規参入を妨げないためには……。あ、船を停めてください」



と、メッテさんの問いに答えながら、堤防の点検と補修を続ける。


お母様に教わった政治学、経済学、その他あらゆる学問を頭に再現していると、余計なことを考えずに済むし、心がウキウキと浮き立ってくる。


民を豊かに。その笑顔を思い浮かべ、活き活きと働く人たちの姿に励まされる。


堤防を守ることは、彼らの生活を守ることだ。


ブラスタの民と、大河流域国家の明るい未来を思い描くことで、どうにか心の平衡を保ちながら大河を遡っていく。


そのとき。ふわっと、温かい手が、わたしの手をやわらかに握り締めた。



本日の更新は以上になります。

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