174.冷遇令嬢は皆の努力に感動する
大きな夕陽が沈みゆく中、レオナス陛下は帷幕の外で立ってお待ちになられていた。
あきらかに異例な形のお出迎え。
燃え上がるような紅蓮の空を背景に、大柄なレオナス陛下の豪将めいた見事な体躯が、とても絵になる。
その瞳がイグナス陛下の姿を認めると、わたしがお取り成しするまでもなく、レオナス陛下は自ら歩み寄られて、ガッチリと両手で握手を交わされた。
「久しいな、イグナス陛下!」
「ああ……、一別以来か」
「ああ、そうだ。マウグレーテのすこし早目のデビュタント以来だ」
レオナス陛下の近侍の慌てようを見れば、特にお諮りもなく、ご自身のお考えだけで行動されたのだろう。
テンゲル女王の帷幕の前で、あたかも衛兵のごとくに立って待ち、さらにはクランタス王には自ら歩み寄って手を取る。
即位早々に弱腰批判を浴びた国王としては、なかなかに大胆なふる舞いだ。
イグナス陛下は虚を突かれたように、堅い表情のまま、戸惑ったような笑みをこぼされた。
「ふ、ふふっ……。図体ばかり大きくなって、変わらんな、レオナス陛下は」
「ははははっ! 船旅は順調だったか?」
「お陰様で、大きく揺れることも、進路を阻まれることもなく」
「ああ。これからも、イグナス陛下の行手を阻むものは何もなかろう」
レオナス陛下は、サラリと〈謝罪〉を済ませられた。
なるほど……。茶会を前にした、出迎えの立ち話での〈謝罪〉であれば、ブラスタの面目も立つ。
だけど、レオナス陛下の浮かべる笑みから、駆け引きめいたものは感じない。
ただイグナス陛下への、親愛の情にだけ染められていた。
ご真意は、まだ分からない。
けれど、着実に関係改善に向けた一歩を、歩み出そうとされる意思は感じられる。
――和解が成れば、イグナス陛下は、いよいよメッテさんとの面会……。
だけど、クランタスとブラスタの因縁は、長くて深い。
まして、イグナス陛下とレオナス陛下は、メッテさんを巡って恋敵の関係でもあられたのだ。
この後の茶会を無事に終えるまで、気は抜けない。
ふと、帷幕の前に立たれるヨジェフ陛下と、目が合った。
わたしに微笑まれ、ちいさく頭を下げられる。
――ポトビニスへの後見、お忘れなく。
ということだろう。
ブラスタとクランタスが、ガッチリ手を結ぶことになれば、間に挟まれたポトビニスとしては厳しい局面も予想される。
両国が一致して無理難題をふっかけてくれば、ポトビニス単独では断る術がない。
『……ポトビニスの存立を保証するとお約束したこと、忘れることはありません』
と、わたしもヨジェフ陛下に微笑みを返す。
エイナル様がそっと、わたしに近寄ってくださった。
「……レオナス陛下は、イグナス陛下のことを随分、心配されていたんだ」
「そうでしたか……」
「うん……、『噛み付いてくるなら、迎え撃ってやるつもりだったが……。あれだけの悲劇に見舞われ、死んだと思っていた元婚約者が生きていた。いざという日を迎え、動揺は察するに余りある……』って」
大柄なレオナス陛下が、スリムで麗しいイグナス陛下の肩を抱き、大袈裟な身振りを交えて再会を喜ばれている。
男性同士に変な表現だけど、美女と野獣のような光景。
このおふたりの間に、世にも可憐な王女、マウグレーテ殿下がいらっしゃったのかと思えば、若き日の御三方の笑顔がセピア色に立ち上がってくるようで、なぜかわたしが感傷めいた気持ちに襲われる。
「……レオナス陛下のお話ぶりは、恋敵というよりは、まるで旧い戦友を気遣われるような語り口調だったよ」
「想い人のご苦難。……悲劇に見舞われたのは、レオナス陛下も同じですものね」
「……ご自分はメッテ殿の父母の仇、ブラスタの前王を退位に追い込み、惨めに没落させて溜飲を下げられたけど、イグナス陛下はずっと蚊帳の外。……気持ちの持っていきようがあるまいって、わが事のように痛切な表情を浮かべられていたよ」
恐らく、そのようなご心境に至られたレオナス陛下も、イグナス陛下を早くメッテさんのもとに行かせてあげたいのだと思う。
だけど、身分がそれを許さない。
他愛もないじゃれ合いであっても、ともに過ごす時間には外交的な意味があり、それぞれが背負う臣民の生活がかかっている。
過剰に馴れ馴れしくも見えるレオナス陛下のおふる舞いに、イグナス陛下も次第に笑顔を見せられるようになられた。
「暑苦しいな、レオナス陛下。いい加減、肩から腕をどけたらどうなのだ?」
「はははっ! いいではないか。コルネリア陛下のお取り計らいで、こうして久しぶりに会えたのだ。それも、お互い王として。心ゆくまで祝い合おう!」
「まったく、仕方のないヤツだな。王の威厳もなにもあったものではない」
不意に、ダギス家の悲劇が、ブラスタ王国とクランタス王国の、関係改善の志によって引き起こされたことを思い出す。
国を開こうと志されたメッテさんの父君は、時のクランタス王太子、イグナス殿下とメッテさんとの政略結婚を進めた。
それが旧弊に拘泥するブラスタ前王からの警戒を呼び、焼き討ちに滅ぼされた。
――ブラスタ王とクランタス王。レオナス陛下とイグナス陛下が仲良く肩を抱き合うことこそ、メッテさんの父君が望まれた光景で、おふたりからメッテさんに手向けられる最大の仇討ちなのだ……。
おふたりが到達された結論は眩く、光り輝いているように見えた。
エイナル様が、わたしの耳元で囁かれる。
「……コルネリアもお腹、空いてるでしょ? 野営食だけど、晩餐の準備をさせてるから」
「や、野営食ですか?」
「平たく言えばバーベキューかな? ばあやを近所の村に遣って、子羊と七面鳥を買い上げた。国境向こうのブラスタ兵にも贈ったし、レオナス陛下もヨジェフ陛下も楽しみにしてくださってるから……」
たしかに、間もなく陽が沈もうとしているし、お茶会というよりは晩餐の時間だ。
――和解により話が弾んで意気投合、四王は〈野外饗宴〉を開くに至った。
とすれば、イグナス陛下の遅参の件はウヤムヤになる。
結果的に両国を仲裁する形になっているわたしとテンゲルの面目も守られ、誰の威信も傷付かない。
エイナル様らしいご配慮だ。
メッテさんを、さらにお待たせすることになるけど、ブラスタとの和解は、イグナス陛下との面会に出された条件でもある。
ここは丁寧に、禍根を残さないようにしておきたい。
わたしは略装のドレスのままで失礼させていただくことにして、準備されてるという帷幕の裏手に皆さまをご案内し、驚いた。
「ほう、これは趣き深い。なあ、イグナス陛下に、ヨジェフ陛下」
と、レオナス陛下が喜色を浮かべた。
等間隔に立てられた槍と磨かれた盾が会場を囲い、蔦と野草のガーランドが彩る。
なんの用意もなかったはずなのに、武骨な軍用机には白や生成りのテーブルクロスがかかり、色とりどりの花が散らしてある。
ともすればお遊戯会のようにもなりかねない装飾が、実にセンス良く配され、ちょっとした立食の園遊会らしい気品に満ちていた。
騎士に命じて差配していたのは、ばあや。
「……近隣より急ぎカーテンを買い上げ、村の者に教えを乞い、季節の野草で飾りました。賓客への食器やグラス類は私の携行しておりましたものを……」
「え? ばあや、そんなものを持ち歩いてくれてるの?」
「……女王陛下ともなりますと、いつ、どこで、どなたを、もてなさないといけないとも限りませんので。調味料も携行しております。今からソースを作りますわね」
そして、夕闇に包まれる中、篝火が次々に灯される。
すると、立ち並ぶ盾の金属面が炎の光を反射し、まるで会場全体を金色の光で満たすかのように、荘厳に照らし出した。
勇壮で雅な光景に、3人の王が感嘆の声をあげる。
揺らめく陰影は幻想的でもあり、村人のカーテンや野草で飾られているとは、到底思えない。
レオナス陛下が唸られた。
「……まさに『陣中の雅』。武骨な戦陣にあって、まさか、これほどのもてなしを受けるとは……」
「此度の和解にかける、コルネリア陛下の静かなる情熱には感服するばかり……」
と、イグナス陛下が深く頷かれ、レオナス陛下と視線を交し合われた。
ばあやパワー、恐るべし。
イグナス陛下の遅参という、仲介したわたしの外交的失点になりかねないところを、上手にカバーしてくれていた。
涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえる。
クラウスをすんなり王都に帰してしまったことといい、イグナス陛下のお心の内を察し切れなかったことといい……。
状況が緊迫し、メッテさんとイグナス陛下の再会にソワソワし、わたしも気持ちが急いていたのかもしれない。
ここはテンゲル領内。わたしは、3人の王をもてなさなくてはならない。
ここでわたしがしくじれば、ブラスタ王国とクランタス王国の真の和解は遠のき、闇の勢力と対峙する、法の側の戦列が乱れるかもしれない。
そうなれば、メッテさんのことだ。
頑としてイグナス陛下との面会を拒否されることだろう。
「……約束が違う。筋が通らねぇ。筋を通せない者と会っては、無頼の恥だ」
と、プイッと顔を背ける姿が目に浮かぶ。
せっかく至近の距離まで近付かれているというのに、イグナス陛下にもメッテさんにも、お預けにさせてしまうかもしれない。
きっと、メッテさんもイグナス陛下とお会いできることを、本心では楽しみにされているというのに、そんなことにしてしまっては申し訳なさすぎる。
ここは、わたしの頑張りどころ。
気持ちを立て直し、優雅に微笑んだ。
本日の更新は以上になります。
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