171.冷遇令嬢は唸らされる
今晩は、テンゲル動乱以来の夜営。
国境地帯から一方的に兵を退いたことは、ブラスタ王国内で、即位したばかりのレオナス陛下への弱腰批判を招いた。
政変直後は、どこの国でも権力基盤が脆弱。前王派が巻き返す恐れがあった。
だけど、テンゲルとしては、関係改善に意欲的なレオナス陛下の治政が望ましい。
改めて、お互いが布陣し合い、その上での和議という体裁をクラウスが提案し、わたしも承諾した。
レオナス陛下に助け舟を出した形だ。
もちろん、背後には伏兵を展開していて、万一の罠に備えているけど、それはブラスタ側も同じだろう。
帷幕で、クラウスとの最終の打ち合わせを終え、外に出ると満天の星空だった。
しばし、見惚れる。
ルイーセさんが椅子を出してくれ、ばあやがホットミルクを渡してくれた。
「……色んな形があるわね」
不意に口を突いて出た。
レオナス陛下と王妃リエパ陛下ご夫妻のことを考えていた。
レオナス陛下はメッテさんへの好意を隠さず、リエパ陛下はそれを受け止め、眼差しには敬意と愛情が満ちていた。
そんなリエパ陛下を、レオナス陛下も大切に想われ、おふたりは愛しみ合われている。
ばあやが、一緒に星空を見上げる。
「至高の地位にあられる方々が背負われる義務と責任には、私どもでは計り知れないものがありますが……」
「ええ……」
「リエパ陛下の、レオナス陛下を尊重しお支えになられるお姿……。深い感銘を受けましたわ」
メッテさんにとっては、元々すべてが終わったことで、レオナス陛下も前王を打倒してダギス家を帰参させたことで、過去の因縁を清算できたということだろう。
若き日の恋心が、国を揺るがした。
いまはまだ、ブラスタとテンゲルの間に緊張感が漂うけれど、いつか機会があれば、リエパ陛下にお気持ちの置かれ様を、ゆっくりとおうかがいしてみたい。
リエパ陛下のお心の中では、私情と権力と地位とが、渾然一体と調和されているようにも見えた。
玉座に座る者として、ひとつの理想形のような気もするし、なにかを犠牲にし過ぎているようにも思える。
「……レオナス陛下のことを、心からお慕いされているのだと思いますわよ?」
「ふふっ。そうね」
「たとえ、レオナス陛下の目的がご実家の財力で、それをかつてお好きだった女性のために使われるのだとしても……。ご自分を選んでもらえたことが嬉しかったのでしょうね」
なにが、こんなに引っかかっているのか、自分でもよく分からない。
皆さん、それぞれのお立場で、幸せそうにされているというのに。
ルイーセさんが、ボソリと呟く。
「いや、あれはヒドい女だな」
「……え。リエパ陛下のことですか?」
「旦那がほかの女をチラチラ見ているというのに、やきもちのひとつも焼いてやれんようでは、妻の務めを果たしているとは言い難い」
「ふふっ。ルイーセさんらしいですわね」
「いいものだぞ、やきもち」
「ルイーセさんも旦那様に焼いてあげるのですか、やきもち?」
「いや……。残念ながら、旦那はいつも私しか見ていない」
「あら……」
「いつでも焼いてやろうと待ち構えているのだが……、なかなか機会に恵まれぬ」
ばあやと目を見合わせ、クスクスと笑ってしまう。
「なんだ? 人が真剣に悩んでいるというのに」
「し、真剣だったんですね……」
「愛の確認の仕方は人それぞれだ」
「ふふっ。……その通りですわね」
「……しかし、メッテは見事だ。ふたりの王を未練タラタラにさせて、自分はどこ吹く風」
「ほんとですわね」
「それも、クランタスではイグナス陛下に諸侯を討つ兵を挙げさせ、ブラスタではレオナス陛下に政変を起こさせ王位を奪わせた。……ある意味では、傾国の美女そのものだな」
「ほ、ほんとですわね……」
「……そのメッテを心服させるコルネリア陛下が、いかに偉大かという話だぞ?」
「え、ええ~っ!? ……そういう話になります?」
「見ていろ。……闇の勢力との戦いが終わり潰滅に追い込めば、大河流域ほぼすべての無頼を統べるメッテは、本人が望むと望むまいと、裏社会の女帝になる」
「え、ええ……」
「大河委員会の盟主たる表のコルネリア陛下と、裏のメッテ。ふたりの協調により、大河流域国家は統一されたも同然になる。……二度と、大河で戦争は起きない」
「そうなると、いいのですけど」
「なる。……表が裏を従える限り盤石だ。逆では安定しない。しかも、ふたりともまだ若い。平和はながく続く。返す返すも、私は主君に恵まれた」
ルイーセさんの視点は鋭い。
剣の達人であるだけでなく、騎士団の斥候を担う諜報のスペシャリストでもある。
闇の勢力との戦い。その戦後体制まで既に見据えていた。
天幕に入り、エイナル様のお隣に腰掛ける。
「……エイナル様?」
「ん? ……なに?」
「わたしに……、やきもちを焼いてくださったことはありますか?」
「え? ……な、内緒」
「ええ~っ!? ……あるんだ」
「内緒だってば」
そういえば、わたしのデビュタントの頃までは、わたしが男性と踊ったりすると、ピクッとされていたことを思い出す。
「……ふふっ。誰ですか? わたしが誰と一緒のときに焼きました? やきもち」
「もう……、教えないよ」
と、エイナル様はわたしに背を向け、ゴロリと横になられた。
ならんで横になり、お背中に頬をあてる。
いつもと逆。いつもは、わたしの背中をエイナル様に包んでいただく。
だけど、広いお背中には、かえって安心感を覚えてしまう。そのまま呼吸を数えているうちに、眠りに落ちてしまった。
Ψ
翌朝は未明のうちに沐浴。
日の出とともに、ポトビニス王ヨジェフ陛下を、わたしの帷幕にお迎えする。
「国王の外交とは、実に退屈なものです。息の詰まるような駆け引きも大胆な妥協も、すべて臣下がやり終えています。王の私は振り付け通りに踊るだけ……」
「あら?……ご自身でブラスタに乗り込まれ、ブラスタ諸侯の説得に奔走されたと聞いておりますわよ?」
「ふふっ。……宴席を駆け回り、美酒を堪能しただけですよ。クラウス閣下のお働きには、足元にも及びません」
ヨジェフ陛下のお運びは『ポトビニスが、ブラスタのために仲介した』という体裁を整えるため、だけ。
旧弊と形式を尊ぶブラスタ宮廷への配慮であり、茶番だ。ゆるゆる、お茶を楽しむ。
頃合いを見て、ヨジェフ陛下は、ブラスタ側の帷幕に赴かれ、レオナス陛下をわたしの帷幕にお連れくださった。
帰参叶ったマウグレーテ王女殿下と並んで、お出迎えする。
「な? ……堅苦しいだろ? ブラスタは」
「ふふっ。新鮮ですわよ?」
メッテさんの出番は、これでお仕舞い。
あとはイグナス陛下との面会に備え、ご自身の天幕で待機。
そして、三王が一堂に会し『テンゲル・ブラスタ・ポトビニス三国水防協定』に調印した。
協定は将来的な大河委員会への正式加盟含み。当面、大河委員会からの情報はテンゲルを通じてブラスタに提供される。
まわりくどいけど、ブラスタも間接的に大河委員会体制に参画したことになる。
ただし、ブラスタもポトビニスも、秘密協定には先行参加を決めた。
クラウスの外交手腕が光る一手。
母体である大河委員会には正式加盟していないのに、形式上は下部機関である清流院には参画し、機密の共有に応じたのだ。
たしかに、大河委員会条約と秘密協定に直接の関係はない。
だけど、さすがに、
「その手がありましたわね!」
と、わたしも驚き、クラウスの秘策に唸らされた。
リレダル、バーテルランド、クランタスの原締結国も同意。
ブラスタ、ポトビニスの王権の一部が、わたしに委譲された。
最上流のリレダルから、河口のクランタスまで。大河流域の六王国すべてが、法の側の戦列に揃った。
本日の更新は以上になります。
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