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165.冷遇令嬢は舌を巻く

ブラスタとポトビニス。二国の王が退位したとの急報には続きがあった。



「……テンゲル王都に〈ご滞在中〉の王太子ヨジェフ殿下を戴冠させるべく、ポトビニス宮廷からの特使が、こちらに向かっているそうです」


「え? ……テンゲルで戴冠するの?」



エイナル様が、目を大きく見開かれる。


透んだエメラルドグリーンの瞳に映る、寝室のランプの灯りが揺らめいていた。



「……はい。それで、わたしにヨジェフ殿下への戴冠役を……、と」


「はぁ~。ポトビニスの宮廷はブラスタもクランタスも見限って、テンゲルの後見を求めてきた訳だ」


「……ポトビニスの戴冠宝器を携えた特使が、まもなく王都に入るそうです」


「どうする? 受けるの?」


「……断る理由は、ないのですが……」


「なに?」


「わたし……」



思わず、遠い目になる。



「……3人も王を退位に追い込みました」



テンゲルの前王、ブラスタ王、ポトビニス王。


ブラスタ王とポトビニス王にいたっては、会ったこともない。


なんだか、凹む。


苦笑い気味のエイナル様が、やさしく肩を抱いてくださった。



「……コルネリアの登場は、大河の歴史を凄まじい勢いで書き換えていってる。大河委員会の設立だけじゃない、ナタリアの事件への対処などは、その最たる例だ」


「……そうなのでしょうか」


「そうだよ? これまで皆がウヤムヤにしてきたようなことでも、きちんと光を当てて正す。公正さをもたらす」


「あ、ありがとうございます」


「ふふっ。その速さに振り落とされるのが、民ではなくて、王であるっていうところも実にコルネリアらしいし、痛快だね」


「もう……。エイナル様? 意地悪なお顔をされてますわよ?」



夜明けとともに、王都に発つ準備を整える。


まず、水脈史編纂室でわたしが不在中の体制を確認する。ただ、メンバー皆の結束が高まっていて不安はない。


他国の王に冠を載せるともなれば、こちらも文武百官を揃えて寿がなくては礼を欠く。テンゲル諸侯に召集令を発する。


当然、宮中伯であるカリスも帯同させるので、ウルスラは編纂室に残すことにした。


ナタリアはゲアタさんのもとに残し、ばあやはまだナタリアの側に置いておきたい。


メッテさんは、わたしの庇護する亡命王女として、戴冠式に列席してもらう。



「また、ドレス着ないといけないのか」



と、遠い目をするメッテさんを宥めた。


さらに、急ぎイグナス陛下への親書をしたためる。


ポトビニスの新王にわたしが戴冠させることをイグナス陛下がご存知なければ、テンゲルとクランタスの関係を微妙にするかもしれない。


経緯を綴って理解を求め、急使を発する。


ところが、行き違いにイグナス陛下からの親書が早馬で届く。



――ポトビニスの新王が、コルネリア陛下の御手によって戴冠する。誠にめでたい。大河泰平の礎となりましょう。



ポトビニスの宮廷が、既に根回しを終えていたのだ。


慌てて〈急使を止める急使〉を発する。


ルイーセさんにからかわれた。



「さすがのコルネリア陛下も、翻弄されているではないか」


「……ポトビニスの外交巧者ぶり。甘く見ておりましたわ」


「まあ、奇襲を受けたようなものだ」


「ふふっ。そうですわね」



事前の調整もなく、いきなり押しかけてくる。非礼といえば、非礼。


だけど、向こうから軍門に下りにくるようなもので、戴冠も特使も拒絶して追い返すのは、いかにも惜しい。


国の宝ともいえる本来は門外不出の戴冠宝器を携えた特使を、仮に追い返せば、関係は決定的に悪化し、



――戴冠のため王太子を帰国させよ。



と、人質を取り返される口実にもなる。


それまで断れば、王太子とは別の者が新王に即位し、在位中の関係改善は絶望的。


わたしが大河の平和を望むことまで読み切った、まさに捨て身の奇襲的外交。



「国王の退位に加え、戴冠宝器すらも外交カードにするとは……。さすがに読み切れませんでしたわ」



苦笑いをルイーセさんに返した。


改めてイグナス陛下への返書をしたためている間に、今度はクラウスからの続報が届く。


ブラスタで新たに即位した新王は、テンゲルとの関係改善を強く望んでおり、ポトビニス新王への戴冠も黙認。


水面下では、ブラスタ新王の統治体制が整い次第、和解に向けた詰めの交渉に入ることで合意済みとのことだった。


当座の分析を行いたくて、王都にはエイナル様とカリスと3人で、馬車に乗り込む。


襲撃への備えは馬車の両脇にルイーセさんとメッテさん。さらに完全武装の騎士たちが、護りを固めてくれる。


エイナル様があごに手をあてた。



「……ブラスタで新王に即位したのは、王家の分家筆頭ピピラス家の当主。ダギス家にも同情的だけど……」


「ええ……」


「本当のところは、ダギス家のメッテ殿を旗印にしてテンゲルに攻め込まれたら、勝ち目がないという判断だろうね」



カリスが頷く。



「……メッテ様に王位を襲われるくらいなら、先に……、ということでしょうね」


「ブラスタの王家は建国時、国内の要所に分家を配置した。……建国当初は国の安定に役立ったけど、時を経るにしたがい分家の力を削ぐ方向に走った……」


「……王家と諸侯の力学。分家を藩屏にして諸侯を押さえれば、いずれ分家が力を持ち過ぎる。分家を立てなければ、諸侯から力を持つ者が現われるかもしれない。……永遠に正解の出ない問題ですわね」



わたしの言葉に、カリスが涼やかに微笑んだ。



「おふたりにお子様がお生まれの暁には、よくよく思案せねばなりませんわね」


「ちょ……、カリス? いまはブラスタとポトビニスの話でしょ?」



もちろん、いずれは考えないといけないことだし、王の世継ぎは、王国の命運を左右する一大関心事だ。


だけど……、そんな、いきなり、エイナル様もいらっしゃるのに、馬車の中なんて密室で……。と、反応に困る。


だいたい、初めてキスの感動に続いて、初めての夜の感動を語ろうとしたわたしに、



『それは、さすがにエイナル様とふたりだけの内緒にしておいて』



と、諭してくれたのはカリスではないか。


わたしに恥じらいというものを教えておきながら……、カリスの意地悪。と、口を尖らす。



「ボクたちのことはさておき、ブラスタは王を退位させることで、クランタスに非礼を詫びた形だ」



ちいさくなるわたしを気遣ってか、エイナル様がサラリと話題を戻してくださった。



「……しょ、小隊を派兵していたポトビニスは梯子を外されたことになりますわね」


「うん。ブラスタをテンゲルにけしかけてたポトビニスから見れば、周辺三大国の間でいきなり孤立した訳だ」


「……この状況から主導権を取り戻すなら、ブラスタの頭越しにテンゲルに服従するしかなかった……」


「それも、コルネリアが戴冠させたら、テンゲルがポトビニスに出兵する訳にもいかないし……」


「テンゲルが後見するポトビニスに、クランタスもブラスタも手を出せない」



ブラスタの政変を受け、即座にこれだけの策をひねり出す。


しかも、イグナス陛下からの親書が早馬で届いたのは、ポトビニスからの働きかけがあってのことだろう。



――どうぞ、コルネリア陛下に早急にお知らせくださいませ。



と、伏して願い出ることで、クランタスがテンゲルと特別な友好関係にあることを認め、イグナス陛下の顔を立てている。


イグナス陛下からすれば悪い気はしないだろうし、ポトビニスの知略が光る。



「やはり、ポトビニスは侮れませんわね」



そして、王都に着く直前、ビルテさんからの早馬が届く。


国境地帯に集結していたブラスタ兵およびポトビニス兵の、撤兵が確認されたとのことだった。


こちらも、万一のため潜ませていた、迎撃の伏兵を引き上げさせる。



「……いずれにしても、軍事衝突が避けられたことは、喜ばしいことですわ」



わたしの言葉に、エイナル様とカリスが頷いた。


王宮に入り、まずはケメーニ侯爵からの報告を受ける。



「……戴冠式の準備は、取り急ぎ王宮の大広間にて進めており、領地に戻っていた者を含め、テンゲル諸侯が王都にそろうのは早くて3日後……」


「ご苦労様です。それで進めてください」



そして、ヨジェフ殿下に謁見を許す。


通常、即位と戴冠は別の概念だ。王の退位や崩御があれば、王太子はすぐに即位し王位に就く。


いわば即位とは、王権継承の法的手続き。


それに対して戴冠は、即位の後、王位の正統性や権威を国の内外に示す儀式として行われる。


ハッキリ言えば、ただのパフォーマンスであり、国内を巡業するように戴冠式を何度も行う王もいる。


王権が神から授けられたものと考える国では聖職者が戴冠させるし、諸侯との契約だと考える国では筆頭諸侯が戴冠させる。


わたしの場合は他国で生まれ育ったこともあり、また動乱という特殊事情もあって、王家の血脈を受け継ぐアピールとして、前王に戴冠させてもらった。


そして、新たにポトビニス王になるヨジェフ殿下は、わたしと同様に、戴冠をもって即位とした。


つまり、法的にはいまだ王権は前王のもとにあり、わたしが戴冠を拒めば、別の者が即位する余地を残している。


ヨジェフ殿下は、まだ「殿下」であり、わたしとエイナル様の前で片膝を突いた。



「ふふっ。人質に取ったはずが、あっと言う間に最重要の国賓に。……してやられましたわ」


「はて、なんのことやら」



と、ヨジェフ殿下は紺藍の瞳を、柔和にほそめた。



「コルネリア陛下よりお授けいただくポトビニスの王冠は、大河のほとりで永遠に輝き続けることになりましょう」



わたしを否応なく後見人の立場に引きずり込んだ、小国が生き残るためのポトビニスの凄まじい執念と知略には、舌を巻くほかない。


けれども、これで闇の勢力に対抗する、法の側の戦列が整っていくだろう。


晴れやかな気持ちで、戴冠式に臨んだ。



本日の更新は以上になります。

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