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148.冷遇令嬢は独り占めにしない

「これは……、見事なものだな」



と、ユッテ殿下が唸れば、カーナ妃殿下の視線もキャンバスに釘付け、リサ様もため息を漏らされる。


真っ白なキャンバスに、木炭で黒線を引いただけの下絵のスケッチ。


だけど、わたしたちのピクニックが、実に活き活きと描かれている。


普段から王宮にお住まいで数々の名画に囲まれてお過ごしの両殿下。そして、芸術家たちのサロンをお持ちのリサ様をしても、言葉をなくして見惚れていた。


ノエミとウルスラの目はキラキラと輝き、カリスとばあやも感心している。


後ろで腕組みするナタリアが、なぜか鼻息荒く自慢げなのが、すこし可笑しい。


ゲアタさんに何やら解説している。


ただ、描いたサウリュス自身だけは物憂げだ。



「……見たままを描き写すなど、路傍の似顔絵描きの所業。まともな画家のやることではない」



あ……。これは爆発しちゃうヤツかな?


と、すこし身構えたのだけど、サウリュスはそのまま億劫げに語り続けた。


王女殿下に王太子妃殿下、公爵世子夫人と、なかなかの貴人に囲まれてるというのに臆するところは微塵もない。



「だが……、喜んでくれる者がいるのなら、それも絵画なのではないかと考えるようになった」


「うむ、気に入ったぞ!」



と、ユッテ殿下が満面の笑みを、サウリュスに向けた。



「ぜひ、このまま譲ってくれ!」


「ん? ……これは下絵もいいところだが」


「かわまん! ……今日という日を見事に描けておる。目にするだけで、すべてを思い起こさせてくれるだろう」


「そうか……」


「私はノエミに贈る!」


「ええっ!?」



ノエミとウルスラの目が大きく見開き、ユッテ殿下に向けられた。



「親元を離れ、異国の地にひとり留学。だがこの絵があれば寂しくあるまい。……妹がいて、コルネリア陛下がいて、カリス宮中伯もいる。それも、実に楽しげにだ!」


「殿下……」



と、思わず呟く。ノエミを大切に想ってくださる気持ちが嬉しくてたまらない。



「そうか……」



もう一度、そう言ったサウリュスが、絵の具皿を出し、無造作に絵筆を振った。


皆から感嘆の声があがる。


乱雑にも見える筆さばきが描き出したのは、抜けるような青空。


そして、背景には庭園の美しい緑。


青と緑の太い線を数本描き加えただけで、まったく別の絵に生まれ変わった。


涙が出そうに美しい。



「まるで魔法のようですわ……」


「……コルネリア陛下より頂いた、アズライトとマラカイトだ」


「……これほど自在にお使いいただけるようになられていたのですね」



ユッテ殿下は興奮気味に、カーナ妃殿下と語り合われている。


カーナ妃殿下を実の姉のように慕われていることが伝わるし、カーナ妃殿下を通じ、リサ様とも友情を育まれているようだ。


聡明で威厳に満ちたカーナ妃殿下が、いずれは名王妃と称えられ、輿望を集めるのは確実。


王政で重きを成されることだろう。


ただそれは、ホイヴェルク公爵家の政治力が増大することでもある。


もう一方の雄、ソルダル大公家には、わたしを通じテンゲル王国がある。


いまは両家ともに王家と結束している。


だけど、今後50年は、わたしやユッテ殿下の時代が続く。


もしも、王家とホイヴェルク公爵家の利害が対立することがあれば。もしも、王家とソルダル大公家の間に諍いが起きれば。


ユッテ殿下が、個人としてカーナ妃殿下を尊敬されていたとしても、他国に嫁すことを躊躇われる気持ちはよく分かる。



――王家を守るため、分家を興し、王家の藩屏として兄君を支えることも厭わない。



わたしに打ち明けてくださったことも、純粋な友情からだけではなく、テンゲル女王にして大公世子夫人であるわたしへの、牽制でもあるはずだ。


王家に生まれた以上、個人の幸福だけを追求する訳にはいかないと、ユッテ殿下は誰よりも強く責任を感じておられる。


豊かにすることだ。


仲良くあれば豊かになれる。そう信じ合えたとき、たとえ多少の対立が生じても、互いに和解の道を探るだろう。


大河を平和の河に。繁栄の河に。


わたしが闇を晴らし、公正で公平な交易をもっと盛んにすれば、リレダル王国内の結束はさらに増し、絆は強固になる。


そうすれば、きっとユッテ殿下も安心して恋に落ちてくださる。


遠回りかもしれないけれど、わたしに出来ることを一歩ずつ、一歩ずつ。


ユッテ殿下が、わたしの顔をのぞき込まれた。



「なんだ、コルネリア陛下? 難しい顔をして」


「いえ。……こんな楽しい時間が、いつまでも続いたらいいな……、と」


「私も同感だ!」



満足げに笑うユッテ殿下を、皆で微笑ましく眺めた。


晴れ渡る青空の下、リレダル王家の歴史と伝統の詰まった格調高い優美な春の庭園で、つかの間の休息を満喫した。



  Ψ



王都に戻り、武具の購入協定に調印する。


リレダルは戦争終結で、武器商が大量の不良在庫を抱えている。


協定により、リレダルでは武器商に燻る不満を解消し、前大公に資金提供するような戦争再開の機運を遠のかせられる。


テンゲルでは王都水没で事実上壊滅した正規軍が再建途上。元は不良在庫なので、通常より安く武具を購入できた。


ただ、テンゲルの軍事力を向上させることでもあるので、リレダルと正式な協定を結んだ。


黙って買い漁れば、要らぬ不信を招きかねない。



「コルネリア陛下は律儀だな」



と、ユッテ殿下が笑った。



「ふふっ。悪い武器商がまがい物を紛れさせないか、リレダル王政に見張ってもらわないといけませんから」


「はははっ! 勉強になるな。……大義名分を立て、他国の顔も立てる。信頼とはこのように積み重ねていくのだな」



武具は一旦、リレダル王政に納入され、一括してテンゲルに送られる。


武器商の感謝はテンゲルではなくリレダル王政に向く。不良在庫が片付けば、生産力を農具や漁具に振り向ける余裕ができる。


戦時経済からの脱却が加速する。



「……目詰まりは、ひとつずつ丁寧に取り除いていくしかありませんわ」



ユッテ殿下に微笑んだ。


ナタリアたちを、清流院立ち上げのため、軍用高速船で先にテンゲルに帰す。


カリスへの襲撃事件を受けて、軍用高速船は大幅に改良させた。


船体全体に薄い鉄を張り、太い槍をボウガン状に飛ばす大弓を4門備えさせた。小舟なら一撃で沈められる。


本当は、こんな工夫はしたくない。


だけど、降りかかる火の粉は払うしかない。


カリスとエイナル様を伴い、わたしは大河を遡る。


テンゲルに戻れば、怒涛の日々が始まる。


わたしは、リレダル滞在中にもうひとつやっておきたい大きな仕事があった。


大公家領に亡命させた、テンゲルの前王に面会する。


闇の組織について、なにかを語ってくれるかもしれない。



「ふわぁ~! 大公家領をちゃんと訪ねるのは初めてですわ~!」


「ふふっ。すこしは景色のキレイなところを案内できるかな?」


「ええっ! ぜひ!」



軍船の甲板でエイナル様の腕に手をかけ、微笑み合った。



「……サウリュス殿が描いてくれるわたし。もう充分に……、自分で言うと恥ずかしいですけど、キレイで可愛らしいのに、……なにが満足いかないのでしょうね?」



ユッテ殿下がお求め下さった絵は、お言葉の通りノエミに贈られ、わたしの別邸に飾ってある。


当然エイナル様の目にも触れ、随分と感心されていた。



「……なんなら、わたし本人よりキレイに見えますのにね」


「ふふっ。ボクは本物のコルネリアの方がキレイだと思うけどな」


「もう。……今はそういうのはよいのです」



春の河風に揺れるエイナル様の金糸のような髪が美しい。


腕にかけた手に力をこめ、エイナル様の胸のなかに頬を寄せた。


わたしは幸せ者だ。


政略結婚の結果、心から信頼できる伴侶を得ることができた。


この幸せを、独り占めにしてはいけない。


サウリュスが他者の喜びに目を向け始めたように、ユッテ殿下が惜しげもなくノエミに絵を贈られたように。


エイナル様と力と心を合わせ、大河を平和へと導く。リレダル王家とも、他国とも無用な諍いなど起こさないと、皆に信じてもらえるよう誠を尽くす。


大河の闇を晴らし、猜疑と虚栄の見えない壁を取り払い、どこまでも〈お出かけ〉できる、自由の河へ。


雄大な大河の流れに揺られながら、光り輝く未来を夢見ていた。



本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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