147.冷遇令嬢は友と語らう
三つ葉紋様の透かし彫りが施された、重厚ながらも優美な石壁がつづく。
正門は天を突くような尖頭アーチが特徴的で、黒い鉄製の門扉をくぐると、柘植の低い生垣で精巧な幾何学模様を描いた、整形式の庭園が広がっていた。
馬車を降りると、ユッテ殿下が穏やかな表情でお出迎えくださる。
「ようこそ、我がリレダル王家が誇る『第一王女の世襲庭園』へ」
「ほんとうに見事な庭園……。お招きいただき、光栄に存じますわ」
「約300年前、植物学と外交に長けた時のリレダル女王エリセ陛下が創設された、第一王女のための庭園だ。どうしても一度、コルネリア陛下のお目にかけたかった」
ユッテ殿下が、普段よりも落ち着いた物腰でお話になられるのは、リレダル王家の歴史と伝統を感じられてのことだろう。
庭園中央の多層式の美しい噴水『沈黙の噴水』、様々な種類の薔薇やラベンダーが植えられた『薔薇の幾何学庭園』などをご案内いただき、目を輝かせる。
雄大な大自然も美しいけれど、庭師が腕によりをかけた人工的な庭園の優美さにも圧倒される。
庭園の東側には、リレダル様式の石柱が並ぶ美しい回廊が続く。
アーチ状をした木組みの天井には、白や紫の蕾が膨らむ藤が垂れ下がり、幻想的な光のトンネルになっている。
「もう少しで、藤も咲くのだがな」
「ええ、きっと美しいのでしょうね」
「着いた途端に申し訳ないが、またぜひ藤の見頃にもお運びいただきたい」
「ふふっ。それは、喜んで」
回廊に沿って、代々の第一王女の名を刻んだ石板が並ぶ。
ユッテ殿下がご自身の名の刻まれた石板を撫でた。
「フォシュテ・アーウハーヴェを任された第一王女は嫁に行く前に、友好国の植物をひとつ、新たに植えるのが慣わしだ」
「……リレダル王国の外交史と、代々の王女殿下の想いが込められた、生きた年代記になっているのですわね」
「はははっ。その通りだ。……私の代にはバーテルランドの植物を植えることになるかと思っていたが……、さて」
「……お悩みなのですね」
「コルネリア陛下のテンゲルも、イグナス陛下のクランタスも友好国だ。どうしたものか、実に悩ましい」
「嬉しい悩みですわね」
「ははっ。それも、その通り。……リレダルは大河流域国家で孤立してきた。私にとっては生まれた時からだ」
「ええ……」
「……だが、一方で前大公の仕掛けた政変で、王政は大いに動揺した」
ユッテ殿下の視線が険しく石板を睨む。
王家にお生まれになられた責任を、一身に背負われたかのような眼差し。
「……婿をお取りになり、王家の分家を立てるべきなのではないかとお悩みなのですわね」
「はははっ。さすがコルネリア陛下のご賢察。……他国との友好以前に、私はリレダルの安定を図るべきなのではないか? 王家の一員として国に残り、兄上の治政を支えるべきなのではないか?」
「難しいですわね」
「イグナス陛下は面白い。……だが、そんな私情に流されていいのか、大いに迷っている。だから、縁談の話は私が父上に言って止めさせている」
「はい。……どうぞ、大いにお悩みくださいませ」
「ふふっ。カーナ義姉上に兄上を締め上げてもらったら、コルネリア陛下に随分深く相談していたと白状したのだ」
「ふ、深くというほどでは……」
ユッテ殿下はお若くして聡明だ。
深窓のご令嬢や、箱入り娘とは対極にあられる。
あどけない容姿であられながら、王政を深く見通している。
「うむ。……恋というものも経験してみたいが、一旦、保留だ」
「かしこまりました」
「その間にイグナス陛下が妃を娶られるようなら、それもまた運命。……ちょっといいなと思える男性に出会えたことを、青春の思い出としよう」
「ふふっ。……ちょっといいんですわね?」
「ああ! ちょっといいぞ!」
「ふふっ」
「熱いし行動が早い! とても私好みだ! その上、なんといっても美形だ! 婿にきてくれるのなら何の問題もないのだが、そういう訳にもいくまい!」
「ええ、そうですわね」
「だから……、コルネリア陛下も板挟みにならないでくれ」
「……かしこまりました」
「うむ。皆でピクニックを楽しむ前に、ひと言、申し上げておきたかった!」
いつもの快活な笑顔で笑われたユッテ殿下が、庭園の西側にご案内くださる。
眺望の良い丘陵地。
中腹にある方形の池に早咲きのスイセンが咲き乱れ、遠くには大河を望み、王都ストルムセンの市街を見晴らすことができた。
すでに、カーナ妃殿下とリサ様がお待ちくださっていて、抜けるような春の青空の下、和やかなピクニックが始まる。
ブロムでは頻繁に顔を合わせていたけど、飽くまでも堅苦しい公式の場が多かった。
カリスにばあや、ナタリア、ゲアタさん、ウルスラとノエミにルイーセさんも加わって、和気藹々と女子トーク。
ばあやのサンドイッチに、テンゲル産の濃厚なチーズも大好評。
大役を果たされたリサ様を皆で労う。
急遽決まった四王列席で、創建祭の席次表は一から作り直し。
宿舎の手配に、ハウスメイドはお連れになるのか、料理人はどうか、随行の重臣方の人数とその近侍。
警護体制は先方の警護当局とすり合わせ。
もちろんリサ様おひとりで対応された訳ではないだろうけど、催行責任者として、てんてこ舞いにさせたはず。
カーナ妃殿下が優雅に微笑む。
「けれど、コルネリア陛下より賜ったご配慮に傷を入れることもなく、リサは見事にやり遂げました。まさに、ホイヴェルク公爵家の誇り。王家に嫁入りした私も随分、鼻の高い思いをさせてもらいました」
「……カーナお義姉様」
「満足された各国の賓客からは、王家にも丁重な御礼の言葉が届いておりますのよ」
「ありがとうございます……」
と、肩の荷を下ろされたリサ様は、涙腺が緩みがち。みんなで、すこしもらい泣き。
そして、ユッテ殿下の恋バナ未満の、恋の話に皆で頬を赤くする。
政略を伏せれば、可愛らしい恋心のお話だけが残る。
「悩んでいるうちは、恋ではありません。……自分ではどうしようもなくなってからが恋なのです」
と、カーナ妃殿下のお言葉に「おお~っ」と、皆で唸った。
ノエミとウルスラの目を輝かせてる顔が愛らしい。
ルイーセさんとカリスは、座の中心にカーナ妃殿下がおられるのが不満みたいだけど、わたしには勉強になる。
貴族令嬢のお手本だったカーナ妃殿下は、わたしの〈貴婦人のお手本〉だ。
優雅な所作をチラチラ盗み見る。
ばあやと早くに亡くされた旦那様との大恋愛の話に胸をときめかせたり、涙したり。
旦那様との誓いを守って、ご子息を立派に育てあげた。ばあやはカッコいいのだ。
「おお! これは見事な鳳蝶だな!」
と、ユッテ殿下はゲアタさんの刺青に興味津々。
普通、王族が間近に目にすることはない。
「脱ぎます」
「それはよせ」
と、止めるルイーセさんとナタリア、ふたりの声がそろって、見事なユニゾンをやっとカリスに聞かせられた。まんまと吹き出してる。
カーナ妃殿下がわたしの耳元に顔を寄せられた。お綺麗な顔が間近に来て、すこし緊張する。
「……あの侍女は、薊の者の?」
「ええ。子分さんですわ」
「ふふっ。……それでは私からはアクセサリーなど贈っておきますわ」
「うわ。お気遣いいただいて、申し訳ありません。メッテさんが喜びます」
「いや……。薊の者は細剣の達人、剛の者と聞き及びます。主従に金銀一対の肩当などいかがでしょう?」
「……きっと、来る日のメッテさんとゲアタさんによくお似合いになられますわ」
「ふふっ。では、そのように。……無頼による港湾の安定。徐々にリレダル全土にも浸透しております」
「それは、なによりですわ」
「……薊の者の功績。そして、コルネリア陛下が登用された理由が漏れ伝わり、その大胆さに我が国王陛下も驚嘆されておりますのよ?」
「恐れ入ります……」
「ふふふっ。……コルネリア陛下には、あと何回驚かされるのでしょうね」
無頼の地位が向上し、それが彼らの法に触れる行為を抑制する。
枠に収まらない生き方しか選べない人たちを、統治の中に緩やかに招き入れる。生き場をつくる。
わたしとお母様の理想が形になり始めているのは、メッテさんと出会えたからだ。
無頼の親分が全員〈いい人〉な訳はない。あくどい親分もセコい親分もいる。
それを、無頼の世界にも革新をもたらすことができたのは、粋で美人な銀髪の女親分の人徳と尽力があればこそだ。
カーナ妃殿下の細くて長い指が、スッと伸びた。
「それで……、あの者は?」
すこし離れて立つイーゼルとキャンバスの向こうで、ながい腕がグリングリンとのた打ち回っている。
原則男子禁制の庭園だけど、庭師や護衛の騎士は例外。画家もそれに準じる。
サウリュスが芥子色の髪を振り乱していた。
「……げ、芸術の高尚な問題で、お悩みなのですわ」
ブロムが刺激になったのか、サウリュスも完全復活だ。いや……、復活なのか?
ともあれ、元気になって良かった。
どれどれと腰を上げられたユッテ殿下が、サウリュスのキャンバスをのぞきに行く。
カーナ妃殿下とリサ様も続かれて、皆でサウリュスのキャンバスを囲んだ。
本日の更新は以上になります。
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