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145.冷遇令嬢は委ねられる

荘厳な大聖堂。薄衣を表現した彫刻は、石造りなのに今にも舞い飛びそう。


列席する四王の席次は即位順。


最後にわたしが着席すると、楽団が重厚な調べを奏で始める。


お隣のクランタス王がちいさく唸った。



「……見事な建築ですな」


「ええ。……設計はクヌーズ伯、意匠はゴーム老。リレダルの誇る至宝ですわ」


「……サウリュスは?」


「ホイヴェルク公爵家のご好意で、ブロムの記録画家たちと同じ席に」


「それは、ありがたい。公爵には後で私からも礼を申しておきます」


「……サウリュス殿がこの光景をどう描かれるのか。わたしも興味がございますわ」


「ブロムの画家と揉め事を起こさなければよいが……」


「ふふっ」


「面白がっておられますな?」


「いえ、そんな、とんでもない。イグナス陛下こそ笑っておられますわよ?」



数多の王族、貴族、将帥、高貴な者たちが埋め尽くす大聖堂。


翼廊と身廊の交わるクロッシングに設けられた、四王のための貴賓席。


皆の視線が集まる最も尊貴なお席で、隣の王とヒソヒソ、クスクス内緒話を交わす。


我ながら、なにか夢の中にでもいるかのよう。


事前の調整で、未婚のクランタス王に足並みを揃えることになり、エイナル様のお席が離れてしまったことだけが残念。


リレダル王国内であることから、大公世子としてのお席に着座されている。


クランタス王の首が反対側に傾き、今度はリレダル王とヒソヒソ談笑される。


その麗しい横顔に、ふとユッテ殿下の嘆きを重ねてしまった。



『いきなり恋をせよとは、兄上は乙女心というものが、まったく分かっておられん!』



ぷくっと膨れたほっぺたをつつきたい。


とうやら、兄君フェルディナン殿下の『ユッテ縁談計画』は、いちばんよろしくない形で本人に伝わったようだ。



――あんなに気を揉んでたのに……、ぷぷぷっ。



と、笑いは内心にとどめる。



「……で、ど、どうでしたか? お会いになられたんでしょう、イグナス陛下と?」


「どうもこうも話にならん!」


「まあ……」



ぷいっと、ほっぺを膨らませたまま顔を背ける、ユッテ殿下。



「……兄上に変に意識させられ、最初はまともに顔も見れなんだわ」


「ふふっ。おキレイですものね、イグナス陛下」


「そんなことはない! コルネリア陛下の方がはるかに美人だし、カーナ義姉(あね)上だって、あんなのより美人だ!」


「ぷぷっ。……比較対象が女性になっておりますわよ?」


「……ほんとだな」



キョトンとしたユッテ殿下と見詰め合い、どちらからともなく吹き出した。



「かように、私に恋は早いという訳だ」


「殿下のご存分になさいませ」



わたしが微笑むと、ようやくユッテ殿下は肩の力を抜かれた。



「まったく……。政略なら政略と言ってくれた方がよほど気が楽だ」


「ふふっ。フェルディナン殿下なりに、可愛い妹君の幸せを願われてのことですわよ?」


「それが余計なお世話だというのだ。たとえどんな環境であっても、自力で幸せになってみせようというのに……。必要なら恋でもなんでも、勝手に落ちる」



結局、イグナス陛下のことが、まんざらでもなかったのだろう。


ほっぺたが薄紅色に染まっている。



「ただな、コルネリア陛下!」


「は、はいっ!」


「そもそも、なんだ……、先方の意向も確認せずに、恋せよとはヒドイ言い草だとは思わんか!?」


「た、たしかに……」


「断られたら、強制失恋だぞ!?」


「ふふっ……」


「兄上のそういうところがダメなのだ! 気が回っているようで、大事なところが抜けておる!」



奔放に見えて策略家。だけど、妹君の婚姻のことともなると勝手が違うのかと、微笑ましい気もする。


これ以上にわたしが口出しすると、かえって話がこじれそうだし、



「……カーナ妃殿下にご相談されては?」



とだけ、申し添えた。



「そうだな……。失恋の達人だしな」



というユッテ殿下には苦笑いを返すしかなかったけれど、より良い結果に結びついてほしい。


やがて大聖堂に響く調べが盛り上がり、わたしも威儀を正す。


内陣の扉が開き、茜緋布の法服をまとわれた大神官様が、厳かに入場してこられた。


わたしのピンチを救うため、リサ様のご配慮で採用していただいた茜緋布。


近侍の控え席では、ウルスラとノエミも目に出来ているだろうか?


生まれた時からずっと、集落ごと幽閉されて従事してきた茜緋布づくり。王領伯に騙されていた象徴でもある。


それでもやはり、茜集落の者たちにとっては誇りの逸品だ。


理不尽に幽閉されたその中で、技術に磨きをかけ、改良を重ねて、ケルメス染めに比肩する鮮やかな緋色を出した。


その生い立ちは、あの別邸でお母様から学問を授けられたわたしの軟禁生活に重なるものがある。


四王集う、荘厳な場の中心で大神官様が身にまとわれたことは、必ず語り継がれる。


新たな誇りにしてくれることだろう。


わたしにとっても、万感胸に迫るものがあった。


壮麗な儀式が続き、次の100年が平和であるようにと、四王そろって祈りを捧げた。


正式な祭儀をすべて終え、続く親善プログラムを待つ間も、リレダル王とバーテルランド王は親しげに歓談し、わたしとクランタス王もそれに加わる。


国王同士が私的に(よしみ)を通じ合う姿は、列席する貴族たちの口から自然と広まっていくだろう。


リレダルとバーテルランドの和平が、仮初めのものではなく、真に平和を希求してのことだと民にまで深く浸透する。


そして、その平和は大河河口のクランタス王国にまで及ぶのだと、皆が信じられる日に近づいていく。



「最近、歳のせいか王冠が重たくてのう……」


「バーテルランド王もですか? 実は私も」


「リレダル王もか。……首肩にくるだけだったのが、最近は背中にまでくるのだ」


「分かります。分かりますぞ、バーテルランド王。肩甲骨のあたりが...」


「いやいや、バーテルランド王も、リレダル王もまだまだお若い!」


「……そうは言うがのう、クランタス王。歳はとりたくないものぞ?」


「女王であればティアラで代えることもできようが……」


「ふふっ。楽ですわよ?」


「……いいのう」


「男の王がティアラという訳にも参りませんからな」


「……いいのう」



内容はともかくだ。



  Ψ



ブロム大聖堂内の講堂に場を移し、改正条約の締結式に臨む。


四王が席を並べ、両脇にオブザーバー参加国の君主たちが並ぶ。


オブザーバー参加には二種あり、将来の正式加盟を見据えた条約署名国と、非署名国とがある。


ブラスタ王国から圧力を受けていたポトビニス王国は非署名を前提にブロムに訪れ、現地で重ねた個別会談を経て、署名国に転じた。


ただし、これはクランタス王が事前に描いたシナリオ通り。


ブラスタ、クランタスの両大国に挟まれた小国の悲哀と受け止めることもできる。


だけど実際は、大国に挟まれた小国ながらに独立を維持する、強かな外交巧者と見るべきだろう。


ポトビニスからの勅使、ヨジェフ王太子殿下は圭角のない温和な人柄ながら、時折鋭い視線を見せる。



「……コルネリア陛下におかれましては、(あざみ)の者を使われているとか。我が父、ポトビニス王もご慧眼に唸らされるばかりでおります」



個別会談において、伏し目がちの紺藍の瞳をほそめ、わたしに意味ありげに微笑んで見せた。



「恐れ入りますわ。……薊の花の孤高の美しさ。大いに助けられております」


「並みの者が手にすれば、たちまち薊の鋭い棘に刺されてしまうことでしょう。さすがは世に名高いテンゲルの女王にして大河伯。敬服するばかりにございます」


「ふふっ。……いまに大輪の花を咲かせてくれるものと期待しておりますのよ?」



迂遠な表現にも不快を感じさせない細面の貴公子。薄いブラウンの眉は太く、険しい表情をすれば精悍にも見えるだろう。


首筋に伸びた淡いコルク色の髪をサラリとかき上げ、わたしを見詰める。


ポトビニス王国から見れば、ブラスタ王国の背後にテンゲルがある。


友好的な姿勢は、わたしと誼を通じることでブラスタへの牽制になると踏んでのことだろう。


大河の外交シーンに、わたしやエイナル様と同世代の者たちが出そろいつつある。


ヨジェフ殿下、クランタス王、フェルディナン殿下。


コショルーには従姉弟の公世子、ピシュタもいる。


わたしがテンゲル女王に在位する限り、彼らと渡り合い、手を握り、時には対立し、駆け引きをして大河を平和へと導かねばならない。


民に平和と繁栄を享受してもらいたい。


願いを込め、数多くの各国の臣下が見守る中、改正条約に署名した。


そして、席を貴賓室に移す。


リレダル、バーテルランド、クランタス、そしてテンゲル。


大河委員会に正式加盟する四王国だけによる、秘密協定の締結。


緊張感をはらみつつ、厳かに署名する。


四王国は条約改正によって新たに設ける水脈調査機関〈清流院〉に、各国の機密情報へのアクセスを許可する。


つまり、大河委員会議長に加え、清流院総裁に就任するわたしに、王権の一部を委ねる。


大河を清らかにする、闇を晴らす責務がわたしに課された。



「大河流域国家の未来。コルネリア陛下に託しましたぞ」



リレダル王の言葉に、バーテルランド王とクランタス王も頷いた。


そして、話題はブラスタ王国への対応に移る。


ブラスタ王国は、条約改正への明確な妨害行為を行ってきた。


ブロムに向かう、クランタス王の軍船の進路を阻んだのだ。


クランタス王のご到着が遅れたのはそのため。クランタス王のご気性を考えれば、そのまま開戦に至らなかっただけでも褒めてあげたい。



「大河委員会議長として、わたしが代表して交渉にあたらせていただきます」


「……偏屈にして狷介。旧弊に囚われ一歩も動こうとしない手の焼ける相手ですが、融和策でいかれますかな?」



クランタス王がニヤリと笑った。



「いえ。明確な敵対行動をとられ、融和策だけとは参りません」



大河の国際河川化のためにも、ここは避けて通れない。


闇資金の解明にあわせ、ブラスタ王国への対応もわたしの手に委ねられた。

本日の更新は以上になります。

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